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【第39話 決断】

 首都の街をネーラとレフトが毎日、楽しんでいた。


 人混みの中を妖精とインコが縦横無尽に飛び回り、フェアリーが目視できる魔道士たちには日頃のストレスの癒しになっていた。二人はよく露店市に遊びに来ていた。可愛らしい妖精とインコが飛んでいるだけで、お菓子をくれる紳士淑女がいるからだ。


 この日も、テーブルに座っていた淑女が二人に声をかけてきた。


「妖精さん、小鳥さん、こちらへいらっしゃい。葡萄がありますわよ」


 ネーラとレフトが葡萄を一粒ずつもらって、その場で食べ始めていると、淑女がネーラにそっと相談してきた。


「貴女のような妖精さんとお友達になりたいのよ。もし良かったら、我が家まで来て欲しいの」


 好奇心旺盛なネーラとレフトに断る選択肢などなかった。淑女の肩に乗って屋敷まで着いていくと、子供部屋のベッドで眠っている女の子を紹介された。


「娘のローラよ。妖精さんが昔から好きでね。たまにでいいから、またローラに逢いに来てもらえるかしら」


 こうして、ネーラとレフトはこの日を境に毎日ローラに会いに来るようになった。



 ◆



「ネーラ、レフト、今日も来たのね!」


 ローラがベッドに寝たまま二人に挨拶した。


「うん。今日も来ちゃった。レフトもここが好きみたい」


「ピヨ!」


 ローラの母親がネーラとレフトのためにオヤツを運んできた。二人はオヤツを食べながらローラとおしゃべりをして夕方まで過ごすのが日課になっていた。


「そろそろ暗くなるから帰るね!行こうか、レフト」


 二人がローラの部屋の窓から飛び立とうとした瞬間、急にローラが苦しみ出した。


 驚いたネーラはすぐに母親を呼びに行った。母親が回復薬をローラに飲ませると、しばらくしてローラはスヤスヤと眠ってしまった。


 辺りはもう暗くなっていた。暗いと怖くて飛べないと言うレフトのことを思って、ネーラはギルドへ来翔を呼びに飛んでいった。


「来翔!暗いとレフトが怖くて飛べないっていうから、ローラの家まで迎えに来て!」


 来翔にはローラの家など全くわからなかったが、ネーラの案内でどうにか屋敷まで辿り着いた。ローラの母親から事情を聞いてようやく経緯を把握した来翔は、レフトを自分の肩に乗せてビリーの屋敷へと歩いて帰った。


 来翔の肩でネーラとレフトがローラのことを延々と話し続けた。


「ローラはいつも寝てばかりなの。だらしがないよね」


「ピヨピヨピー!」


「そんな寝たきりのローラに毎日会いに行ってたんだね。偉いよ、ネーラとレフトは」


「毎日行くことが偉いの?」


「うん。とても偉いよ……」


 ネーラとレフトには来翔がなぜ褒めてくれたのかよくわからなかったが、褒められて悪い気はしなかったので深く考えなかった。



 ◆



 その夜、ネーラとレフトがスヤスヤと寝ている頃、来翔はリスタオールに相談した。


「ローラの件をお願いできますか?」


「様態を診てからじゃないと判断できませんわ……」


「出来れば明日……いや、今からでもお願いできますか?」


「もちろんですわ。それがヒーラーのお仕事ですもの」


 来翔とリスタオールはすぐにローラの屋敷へ向かった。リスタオールがローラを診察して、静かに口を開いた。


「これは魔素失調症ですわ。この子は空気や水から魔素を取り込めない体質なのに、魔道士の才能まで開花してしまってMPが垂れ流し状態になっていますの。今すぐ処置をすれば何とかなりそうですわ。来翔さん、またアナタの借金が増えましてよ?」


「良いですよ。僕が勝手に頼んだことですから、僕が治療費をお支払いします」


「そんな太っ腹な来翔さんは嫌いではありませんわ。これで来翔さんのお孫さんの代まで私はこの家系とお付き合いできそうですわね! それでは早速、治療を始めますわよ。男性の来翔さんには、出来ることもございません。とっととビリーさんの屋敷へ戻っていただいて結構ですわ」


 来翔は素直に屋敷へ帰り、明日の仕事に備えて眠った。


 リスタオールはローラに明け方までじんわりと回復魔法を施して、魔素失調症を完治させた。ローラの両親が何度も頭を下げた。リスタオールはMPが尽きてしまい、ビリーの屋敷に帰るとすぐに眠ってしまった。



 ◆



 翌朝、来翔はいつものようにギルドへ出勤した。


 昼を過ぎた頃、いつものようにネーラとレフトがローラの部屋へ飛び込んだ。すると、常に寝たきりだったローラがこの日だけはベッドの上に座って待っていた。


「あれ? ローラ、今日は寝てないんだね」


 ローラが満面の笑顔で答えた。


「うん! 起きられた!」


「そうだよ、いっつも寝てばかりだとつまらないでしょ?たまにはピクニックでも行こうよ!」


「うん! 行ってみたい!」


「ピクニック行ったことないの?」


「うん! 無いの。だから私をピクニックに連れてって! ネーラ、レフト!」


「うん! 良いよ!」


「ピヨ!」


 この日からローラはネーラとレフトの前で寝たきりになることはなくなった。来翔のリスタオールへの借金だけが膨れ上がったが、来翔は後悔などしていなかった。病人を見たらヒーラーを紹介する。それだけのことだった。



 ◆



 その頃、北の大地では行商人の馬車隊を護衛しているワタルが冒険者たちと共に魔物と戦っていた。


「勇者様! ヘビモスです! 奴は強い! 逃げましょう!」


 ワタルはバスターソードを背中から抜いて構え、他の冒険者たちに告げた。


「大丈夫。俺が仕留める」


 二階建てバスほどの大きさのヘビモスを、冒険者たちの目にも追えない速度で一刀両断にした。


「お? またレベルが上がった」


「さすが勇者様! ヘビモスをソロで倒せるなんて歴代の勇者にもそんな方はいませんでしたよ!」


「ハハハ、褒めすぎですよ。この魔法剣のお陰で勝てているようなものですから」


 冒険者たちがヘビモスのモモ肉や角を採取し始めた。魔物肉を食べられないワタルには全く興味のない作業なので、バスターソードの手入れをしながら考えていた。


(歴代の勇者のレベルは五十前後とか言ってたっけな。でも今の俺は九十か。ゾーン団やトカゲ人類に勝てるようになるには、まだ足りないんだろうな。せめて魔法が使えればなぁ……)


 採取作業が終わると馬車隊が再び動き始めた。先頭を歩くワタルに御者が声をかけてきた。


「勇者様! このペースなら暗くなる前に次の宿場町に着けると思います。宿場町が近いと盗賊も増えますので気をつけてください」


「なるほど。魔物以外にも盗賊の危険があるんですね」


「そうです。ある意味では人の方がヘビモスより厄介ですよ。罠や遠距離攻撃や透明化を使ってくるんで油断できません」


「透明化か。苦い経験が一度あるから、同じ過ちは繰り返さないよ」


 馬車隊は暗くなる前に宿場町に到着した。行商人たちが数日間商売を行うため、ワタルと冒険者たちも数日間の休暇が取れることになった。



 ◆



 ワタルはクエスト中に仲が良くなった中年の冒険者ベンと宿場町をぶらぶら歩いていた。この宿場町は人族より魔族が多く、珍しい店や屋台が並んでいる。


「勇者様、この街の肉はほとんど魔物肉なんで絶対に食べないでくださいよ! 野菜と果物は農家が作ってるんで安心ですけどね」


「確かに、この辺は畑が多かったですもんね」


 露店市を歩いていると、虫カゴを並べた屋台が目に入った。


「ベンさん、あの屋台って虫カゴ屋さんですかね?」


「確かに虫カゴを売ってますな。しかもただの虫カゴなのに一個一万五千Qって、ぼったくりすぎでしょう」


 二人が不思議そうに見ていると、魔族の店主が声をかけてきた。


「そこの人族の旦那! ウチは虫カゴ屋じゃありませんぜ! 人族の旦那さん方には見えないとは思いますが、これでも立派なフェアリー屋なんですぜ」


 どう見ても中は空っぽだった。ベンが店主を睨んだ。


「魔力のないあっしらみたいな人族を騙して、空の虫カゴを売ってるだけじゃないのか? 中にフェアリーがいるってことをどうやって証明するんだい?」


「人を詐欺師呼ばわりして貰っちゃかないませんぜ! 旦那。それなら、魔力の才能のある仲間を連れてくれば済む話ですぜ?」


 ワタルはネーラが日本では見えなかったことを思い出して、店主に尋ねた。


「店主さん、仮にこの中にフェアリーがいるとして、彼女たちは無理やり攫ってきたわけじゃないですよね? 俺たちにはフェアリーの表情が見えない。今も悲しくて泣いているかも知れない」


「旦那、フェアリーの事を何もご存知ないんですね。フェアリーってのは好奇心の塊なんですぜ。人間社会に憧れてフェアリーの国を出てきちまう子も多くてですね、そういう子は誰かに依存しないと生きていけないんで、こうして屋台で売られるフェアリーが後を絶たないんですぜ。今もここにいるフェアリー達は旦那が買ってくれるんじゃないかとワクワクして待ってますぜ」


「勇者様、絶対に詐欺ですよ。行きましょう」


 ベンが屋台から離れようとすると、ワタルは店主に向き直った。


「この子らのバフを教えてください」


 店主がニヤリと笑った。


「さすが旦那! 話が早い! まずイチオシがこの子。バフは素早さ五パーセントアップ。次にオススメがこの子で、防御力三パーセントアップ。次が集中力六パーセントアップ。あとこの子は浄化のスキル持ち。最後の子はまだスキル獲得前の若い個体です。どの子も値段は同じですぜ。さあ、どの子にします?」


 ベンが呆れたようにワタルを見た。


「勇者様、本当に買うんですか?やめときましょうよ」


 ワタルは虫カゴに顔を近づけて腰を屈め、中にいるであろう妖精に目線を合わせてみた。


「う〜ん、やっぱり見えないな……やめとくか……でも、バフ要員は欲しいよなぁ……」


 しばらくそのまま迷っていたワタルの気持ちが、不意に晴れた。


「決めた! 買うよ!」


 その瞬間、スキル無しと言われていた虫カゴの中で、ぼんやりとした輪郭が浮かび上がった。それがだんだんはっきりして、一人のフェアリーの姿が見えてきた。


「あ、見えた! 店主さん、見えたよ。このスキル無しの子が今はっきり見えます!」


「ほらね? 詐欺じゃないんですぜ?」


 絶対に詐欺だと思っていたベンが気まずそうに黙り込む中、ワタルと店主は笑顔でお金のやり取りをした。


 虫カゴから出てきたフェアリーは早速ワタルの肩にちょこんと座り、元気な声で語り始めた。


「私を買ってくれてありがとう! 私はチックル。たった今、『決断』というスキルが派生したチックルよ! アナタが迷ってたから決断のバフをかけてみたの! 良かった、上手くいって!」


 屋台の前で散々悩んでいたワタルを即決させたのは、このフェアリーが土壇場で使ったスキルだった。


 チックルはワタルの肩の上でドヤ顔を浮かべていた。



   



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