【第208話 三人のトラクター】
三人の世話係として、先程広場で三人に説教をしかけたシスターマリーが挨拶をしている。
「ゾーンの皆様、私はマリー。先程は失礼致しました。今後はこの私が皆様のお世話を致します。何なりとお申し付け下さいませ」
早速、ビズがマリーに車のことを相談する。
「この街にはガソリン満タンの車はあるかい? 出来ればFRが良い。雪が積もってるうちにドリフトの練習がしたい」
「かしこまりました」
そう言ってマリーはどこかへ行ってしまった。
「お姉さん、まだドリフトを諦めてなかったんだね……。まずはテレビゲームから始めた方がいいんじゃない?」
「テレビげーむ? ってのはなんだい? モニカはそれを持ってるのかい?」
「アハハ! 持ってるわけないよ! だって電気がないんだよ? 電気がなくちゃゲームは動かないんだよ」
「なんだよ! リノの街でそれを知ってればなぁ〜」
モニカはビズとベスに、テレビゲームには運転を覚えられるような物や、飛行機の操縦を覚えられる物まである事を教えると、意外にもベスがそれに食い付いた。
「なんだって!? 飛行機の操縦方法も覚えられるのかい!? それは是非とも欲しいねぇ〜。そのためにはもう一度、リノに戻らなくちゃならないのかい?」
「そんなことないよ。発電機があれば電気は作れるもん」
「発電機?」
「そうだよ。車もある意味では発電機なんだよ。車の中でも電灯や音楽が聴こえたでしょ? あれが車が作った電気なの。おばさんは飛行機の操縦を覚えたいの?」
「当たり前だろ? 娘のビズが自由自在に飛べんのに、親の私が飛べないのは癪に障るだろ?」
「そだね。私も自由に飛んでみたいなぁ〜。それじゃこの辺の学校なんかを家探しして、発電機を探そうか!」
◆
三人はマリーが帰ってくる前に、勝手に教会を出て街の中を探索し始めた。街の中は誰もが黙々と仕事をしているか、ヒソヒソと小声で立ち話をしていて、リノに比べると真逆の生活感で、逆に三人はだんだん面白くなっていた。
「もうすぐクリスマスなんだけど、異世界にもクリスマスってあるの?」
モニカが街の至る所に飾られたツリーやリースを見て、ベスに尋ねる。
「クリスマス? 知らないねぇ〜」
「そうなんだ」
「クリスマスってのは祭りかなんかかい?」
ビズがモニカに尋ねると、
「うん。そうさ。崩壊前まではイエス様って偉い人の誕生日で、家族でご馳走を食べて過ごす日だったんだ。子供にはプレゼントも貰える、楽しい日……」
そう言ってモニカが少しだけ悲しそうな顔をしたことに、ベスやビズも気がついたが、あえてこれ以上はクリスマスについて尋ねることをしなかった。
やがて、三人が避難所ともなっている小学校を見つけたので近づいてみると、そこはすでに孤児院になっていて、多くの子供達とシスター姿の年配女性が暮らしていたので、三人は家探しを諦めて、校庭から孤児やシスターを見ながら発電機のことを諦めた。
「こりゃあ、発電機を家探し出来る雰囲気ではないね」
ベスがお手上げ状態になってるのを見て、モニカが同意する。
「そだね。発電機があってもゲーム機が無くちゃフライトシミュレーターはやれないから、ここで発電機を探さなくてもいいんじゃない? 次の街で探せば良いよ」
三人は家探しを諦めて、小学校から黙って立ち去った。
◆
そして、教会に戻ると、先程まで無かったはずの大型のトラクターが三台並べられていて、マリーがドヤ顔で三人に説明を始める。
「何処へ行かれてたのですか? こちらがご要望のお車ですわ」
と言って、大型のグリーンのトラクターをポンポンと叩いて見せた。
モニカが唖然としてマリーに尋ねる。
「普通の車はなかったの?」
「この街は比較的道路が荒れてませんが、ここから先は荒地が続きますの。普通の車では走れませんよ?」
仕方がないので、モニカが代表してトラクターを運転してきた中年男性から動かし方を学んでいた。一台にはフロントバケットが装着されていて、この先、道が土砂などで塞がれていても難なく進めそうな一台となっていて、他の二台にはリアに荷物を積み込めるようにと、リアブレードと呼ばれる一枚板が装着されていた。
モニカはすぐにトラクターの運転を覚えると、今度はビズとベスにもトラクターの乗り方を教えていた。
「随分と遅いんだね。これじゃドリフトが出来ないじゃないか」
「お姉さん。仕方ないよ。でも、これなら昨日の峠も登れるよ?」
「お? 良いね! それじゃフライの所まで行ってみようか! マリーも乗れ!」
マリーは恐る恐る、リアブレードの上に乗った。そして、三人はトラクターに乗り、昨日の山小屋目指して走り出した。
(ドドドドド……!)
「うん! 悪くない。犬ぞりよりは速いんじゃないか?」
ビズが楽しそうにトラクターを運転していた。先頭を走るモニカの顔も綻んでいた。
◆
やがて、三人は昨夜の山小屋に到着した。犬たちはもちろん、別れたばかりの三人のことは覚えており、しっぽを振って出迎えてくれると、家の中からはトラクターの音を聞いてフライも出てきて、三台のトラクターを見て驚いていた。
「おいおい、こりゃまた凄いもんを見つけてきたのぉ〜」
ベスがトラクターから降りて、フライに説明をする。
「このマリーが用意してくれたのさ。あの街では私らは神の使いらしいのさ!」
ビズもトラクターから降りてきてフライに話しかける。
「爺さん! あの街には本当に酒は無かったよ! 昨日、ここに残したバーボンはまだ沢山あるだろ? 今夜もアタイらを泊めてくれよ。今夜の鹿ならアタイが狩ってくるからさ!」
マリーとしては今夜は慎ましく三人を出迎えたかったのだが、神の使いである三人には逆らえずに、マリーもこの山小屋へ泊まることを了承した。
「仕方ないですねぇ。今夜はこちらのお世話になりましょうか」
ビズとモニカは大喜びで、早速鹿を仕留めに行くために、飛行魔法で二人は森の奥へと飛んで行ってしまった。
「モニカまで本当に無鉄砲だね〜。全くもう!」
目の前で飛行魔法を見た事で、フライとマリーは驚きながら二人が飛び去った空を眺めていた。
そして、約二時間後には、鹿を仕留めた二人が帰ってきた。
「捕れたよ〜」
ご機嫌でピストルを片手に、モニカがベスに報告をしている。
フライは鹿を手早く解体を始めようとしたが、モニカとビズが解体方法を習いたいとフライに頼み込んだので、フライは丁寧に教えながら解体を始めた。
◆
ベスはその間にパンを焼いて、マリーとキッチンで会話をしている。
「マリーは崩壊前は何をしていたんだい?」
「私は崩壊前から教会のシスターをしていましたわ。十六歳からずっと……」
「そうなのかい。ワケありってやつだね?」
「はい……。私は孤児で学校へ通うお金もなかったので、孤児院からそのままシスターになりました」
「孤児? 両親は?」
「わかりません。産まれた直後に捨てられていたそうです……」
ベスはマリーの瞳をじっと見つめて呟いた。
「アンタ………魔素があるね?」
マリーは聞き慣れない言葉の『魔素』と聞いて、首を傾げるしか無かった。
「ま、まそ? ですか? そ、それは一体なんでしょうか……?」
ベスはそれ以上、何も言わなかった。ただ、パン生地をこねる手を止め、しばらくの間、マリーの顔を静かに見つめていた。地球の民に、異世界の魔法の源であるはずの魔素が宿っている――そんな話は、ベスの長い人生の中でも一度も聞いたことがなかった。
(この娘は、いったい何者なんだろうねぇ……)
外ではフライから鹿の解体をゲラゲラと笑いながら、ビズとモニカがはしゃいでいる声が、キッチンにも響き渡っていた。
その屈託の無い笑い声とは裏腹に、ベスの胸の中には、一つの小さな、けれど確かな違和感が静かに芽生え始めていた。
(第209話へ続く)




