【第207話 YES!ヘブライ!】
「そこのアナタ! なぜ、笑うのですか? 人前で笑うことはゾーンの教えでは、罪とされる事を知らないのですか!? ゾーンの教えでは、歯を見せて笑う時は家の中と決められてますよ!」
牧師がビズに対して非難してくると、それを聞いたビズはますます笑い転げてしまった。
「ゾーンの教えだって? アハハ! もうダメダメ! 母ちゃん! コイツ面白すぎる〜!」
ビズが笑えば笑うほど、ベスとモニカは恐怖していた。
「ビズ! いい加減におし!」
「お姉さん! 街の人が皆、見てるよ!」
「だって、だって! ゾーンの教えって……アハハ!」
牧師の演説を聞いていた敬虔な信者のひとりが、笑い転げているビズの元へ歩み寄ってきた。
「アナタ、少しうるさいですわよ?」
信者らしき若い女性はシスターのような格好をしていて、ビズと同年代の清楚な女性だった。
「あぁ、ゴメン、ゴメン! 私らは余所者なんだよ。その辺で放置車両をかっぱらったら、すぐに出ていくから気にすんな!」
ビズが笑いを堪えて立ち上がると、それを聞いた牧師が叫んだ。
「放置車両を盗むというのですか!?」
ビズはドヤ顔で答える。
「当たり前だろ? ゾーンの教えってやつには『欲しいものは奪う。憎い相手は殺せ』ってのがあるのを知らないのか?」
その言葉を聞いた牧師や周りの信者が、今度はビズの事を軽蔑の眼差しではなく、只者では無いという困惑の眼差しで見始めていた。
シスターがそんなビズに尋ねる。
「アナタ、余所者にしてはゾーンの教えのことをわかってますのね?」
ビズは胸を張り答える。
「当たり前だろ? 私がそのゾーン団序列一位のビズさ! ボスのゾーンが私の相方だ!」
と言ってビズは飛行魔法で宙に浮いてみせた。
すると、その場にいた信者が一斉にひれ伏し、牧師に至っては涙を流して拝んでいた。
そんなビズを見て呆れ顔のベスが、モニカに呟いた。
「我が娘ながら恥ずかしいよ……」
モニカも呆れ顔で答える。
「お姉さんだもん……『無鉄砲』スキルが悪いんだよ……」
「いや、ビズはそんなスキルが派生する前から、無鉄砲なのさ……」
◆
牧師は信者に語り始めた。
「皆さん! これは……Xmasの奇蹟です! この方たちを丁重にもてなさなければなりません! すぐに教会に、この方たちの安住の場所を作りましょう!」
信者の一部は教会まで走り出していた。
牧師が宙に浮いているビズに向かって話しかけてきた。
「ゾーン団の大魔道士様! 貴女様の実力を街の者へ示すために、是非とも聖水を!!」
突然、聖水と言われても困ってしまったビズは、適当に水魔法で信者の上から水をぶっかけた。
(バシャン!)
信者や牧師がずぶ濡れになると、その場にいた信者と牧師は怒るどころか、涙を流して聖水を喜んでいた。
(な、なんだコイツら!?)
さすがのビズも少しだけ怖くなったが、ずぶ濡れの牧師が、
「是非とも我が教会へお越しくださいませ。車も我々がご用意いたしますので、ご安心を」
三人は牧師に促されるまま、街の荘厳で美しい教会へとやってきた。
「ずいぶん豪華な教会だね〜」
ベスが呟くと、牧師が説明をした。
「この街は崩壊前から敬虔な人々が暮らしておりましたので、このような大きな教会がいくつもあるのです」
「なんでまた、そんな敬虔な奴らがゾーンなんて蛮族を神にしちまったのさ?」
「我が宗派では元来、質素に文明に犯されること無く過ごすことを重きとしていました。ゾーン神の思し召しにより文明が崩壊して、我が宗派の目指す所の質素な暮らしが、本当にできる世の中になりました。これこそが元来の人類の尊き生き方。ゾーン神がそれを示してくれたのです。それに……ここから先は、私とゾーンのお三人だけが知って良いこと……」
と言って牧師は、信者を教会から一旦追い出した。教会の中には、牧師とビズ、ベス、モニカだけになった。そして、牧師は一冊のボロボロな分厚い本を取り出してきた。
「これは新約でも旧約でもない、本物の聖書です。我々牧師は、このオリジナルの聖書について触れることを許されております」
牧師が一ページ目を読み始めた。
「我はヘブライ。ゾーンの魔道士になり。我の『ゲート』という秘術により、この地に舞い降りた者なり」
それを聞いたビズとベスが、唖然としてしまった。『ヘブライ』の名は伝説としては残っていたが、それは神などではなく、変人としての意味合いが強い人物だったからだ。ゾーンの民の中では、奥尻ゲートを作った謎の天才魔道士としての認識しか無かったのだ。
「母ちゃん、ヘブライってあのゲートを作ったパープリンの事だよな……?」
「うん。間違いないよ。ゾーンの民がまだ序列もなく『ゾーン』って名乗ってない頃の、超天才ヘブライで間違いない。奴はゲートを作っただけじゃなく、こちらに来て神様になっていたんだねぇ〜。先代のゾーンが聞いたら、泣いて喜んでいたかもねぇ〜」
そんな母娘の会話を聞いていた牧師が、不思議そうに答える。
「先代のゾーンさま? ですか?」
「あぁ、最近、第三十六代目のゾーンが決まったばかりさ! ゾーン初の戦士タイプのボスだよ。ちなみに、私が序列一位だから実質、私の相方でもある!」
ビズがドヤ顔で答える。
「そうでございますか……。この崩壊した世界をもたらせた先代のゾーン様は、もうお役目を終えられたのですね?」
ベスは一応、牧師に尋ねてみた。
「牧師さんは、先代のゾーンが何処に消えたのか知らないかい? 私らも先代がどうして行方不明なのかがわからないのさ」
牧師は困った顔をして答える。
「ホワイトハウスには、その事について詳しい記者がおられます。先代様の行動や理念を、新聞という形で今でも発行しているはずです。ホワイトハウス周辺等でしか手に入りませんが、その聖新聞の噂によると、先代様は大量の核兵器とともに消えたとなっております。先代様は大量の核兵器を持って、日本という小さな島国へ旅立ったまま行方不明になられました」
そして、牧師はとても言いにくそうに呟く。
「実は日本には、ゾーン団が最も恐れている『木べらの戦士』という、地球で最強の男がいるのですが……その男にやられたのではないかと言うのが、もっぱらの噂でございます」
木べらの戦士。
その名前なら、ヘブライの名前よりももっと詳しく、ビズもベスも知っていた。先代のゾーンからも『出会ったら逃げろ』と言及されていたほどの、最強の男の名だった。
ベスが呟いた。
「そうかい……先代は木べらの戦士と戦っちまったのかい……自分で逃げろと仰っていたのにねぇ〜」
「でもさ、母ちゃん! それのお陰でアタイが序列一位になれたんだし、結果オーライ! 儲け! 儲け! ニッシッシ……」
そんなゾーンの塊のような発想をするビズを見て、ますます牧師がビズの事を崇めていた。
「それでこそ、ゾーンの序列一位ですなぁ、ビズ様こそ新たなる新時代に必要な神の使いなのだと思いますぞ!」
それを言われて、ビズも悪い気はしなかった。
「良し! 今夜は皆で飲み明かそうぜ!」
牧師がピシャリとそれを咎める。
「我が町には酒は一滴もございません!」
「あ、そうだった……」
昨夜のフライから聞いていた事を、今更ながら思い出していた。神の使いとして崇められていた三人も、酒も娯楽もないソルトレイクシティからは、さっさと出ていこうと心に誓い合って顔を見合せていた。
◆
教会を辞して、宛がわれた宿坊への廊下を歩きながら、ベスはボロボロの聖書のことを、まだ頭の中で反芻していた。
(二千年前に地球へ降りてきて、無秩序な世界に道徳を広めた魔道士――か)
ゾーンの民にとって『欲しいものは奪う。憎い相手は殺す』が全てだというのに、その始まりの男は、地球という無法地帯に、まるで正反対の教えを広めてしまったのだという。皮肉なものだと、ベスは小さく笑った。
もし本当に、あの落書きのような聖書に書かれている通りなら――今、地球という星に築かれた法と秩序の全ては、たった一人のはた迷惑な魔道士の悪ふざけから始まったことになる。そして今、その同じ地球が、ゾーンという蛮族の手によって再び無秩序へと戻ろうとしている。
(皮肉だねぇ。始まりも、終わりも、いつだってゾーンの仕業なのさ)
ベスは、窓の外に浮かぶ月を見上げた。冷たく澄んだ光が、静かに地上を照らしていた。
(第208話へ続く)




