【第205話 神の思し召し】
十二月某日。江差の街もクリスマスムード一色になっていた。そんな江差町に、今まで一件もなかったカラオケボックスが出来た。
セキセイインコのレフトは歌が大好きなので、当然、行きたいと駄々をこねているのだが、街に初めてできたカラオケボックスとあって連日連夜、予約客でいっぱいで、来翔も予約が取れずに困り果てていた。
「ピヨピヨ?」
「うん。ごめん。レフト、今日も予約がいっぱいだったよ」
「ピヨピヨ?」
「わかった、わかった。明日も朝イチで予約を入れてみるよ」
レフトとフェアリー達はこうして、いつか予約が取れる日を願って、毎日歌の練習に励んでいた。
「♪ピピピピピピ〜♪」
◆
一方では、隣町に住む勇者ワタルも、江差に出来たカラオケボックスの予約が全く取れないことを、『歌唱』スキルを持っているフェアリーのチックルに猛烈に怒られていた。
「せっかく私の『歌唱』スキルで皆に本物の歌を聴かせてあげようと思ってたのに!!」
ワタルを庇うように、妻であるマーガレットがチックルを宥める。
「まあまあ、歌ならここで歌えば良いじゃないの。わざわざカラオケボックスなんて行かなくても、チックルの歌声は可愛いわよ」
「こんな家の中じゃダメなの! ちゃんとマイクを持ってエコーを効かせないと嫌なの!!! ねぇ、ワタルなら勇者って名乗れば、強引に予約を取れないかな?」
ワタルは呆れて答える。
「そんな勇者は、チックルだって嫌だろ?」
釈然としないまま、チックルはいつか予約が取れると信じて、ヒクイドリのファルコに『歌唱』スキルを使って、歌の練習を繰り返していた。
「♪私には〜あ〜いする〜歌が〜♪あるから〜♪」
◆
そんな中、大野荘に住んでいる女子高生の久乃が、江差初のカラオケボックス「蛙ゲコー」で、アルバイトとして採用された。その事をリリベットから聞いた来翔は、すぐにリリベットを通じて、ようやく予約が取れた。十二月二十五日に。
来翔家ではクリスマスパーティーは毎年、十二月二十五日に行っている。ケーキが半額だからだ。なので来翔は、その日を近しい人らを招いてクリスマスパーティーをカラオケボックスで行うことにした。
もちろん、チックルは大喜びでワタル夫妻とともに出席をする。来翔家のご近所でもある田吾作と詩音夫妻も参加することが決まった。もちろん、リリベットやカスミ、LEON、鈴子も、関係者全員が参加する。来翔家に居候しているフェアリー達も、全員が参加することになった。
そんなクリスマスパーティーを盛り上げるためにと、勇者ワタルが身銭を切って、カラオケの採点で一位になった人へ賞金として五万円を用意してくれた。参加者の目の色が変わったのは、この頃からだった。
『歌唱』スキルのあるチックルは、当然優勝候補なので、既に勝ち誇って五万円で何を買うのかを悩んでいる。セキセイインコであるレフトも歌声には自信があった。当然、優勝を狙って毎日「♪ピピピピピピ〜♪」と練習を欠かさなかった。
お金が大好きなリスタオールに関しては、プロの歌の先生を雇ってボイスレッスンから始めていて、喉が潰れるまで練習をしては、自らの回復魔法で喉を治しつつ、ハードな練習を繰り返していた。そんなリスタオールには負けられないと、カスミは自慢の江差追分を基礎から学び直し、高齢女性とは思えないほどの仕上がりを見せつけていた。
そして、借金が二千五百億円を突破している来翔も、負ける訳にはいかなかった。広島県民として、広島カープの応援歌「宮島さん」を、ひたすら練習を繰り返していた。
◆
そして、カラオケ対決前夜。フェアリー達とインコのレフトの元には、毎年恒例の来翔サンタとカスミサンタが、全員分のプレゼントを枕元に並べていく。
ここ数日間は、全員がカラオケ対決に取り憑かれていて、全員の間柄がギスギスしていたが、イブの夜だけは、穏やかで暖かな夜を迎えていた。
そして、翌朝、フェアリー達やインコのレフトが目を覚ますと、枕元のプレゼントを見て、今年もサンタクロースがやって来てくれた事に感謝を捧げていた。
そんな穏やかな光景は、午前中だけだった。午後からは全員がライバルとなり、全員が予約時間に備えて発声練習を繰り返していて、誰も会話などはしていなかった。
◆
そして、カラオケボックスの予約時間となり、全員が「蛙ゲコー」の一室に集まっていた。
久乃が全員の集まっている部屋へと注文された商品を運んでくると、部屋の中の空気は張りつめられていて、とてもじゃないが声をかけられる状況ではなかった。久乃は逃げるように部屋から出ると、『歌唱』スキルの恩恵を受けているチックルが、先陣を切って歌い出した。
「♪信じた〜この道を、わ、た、し、は〜ゆくだけ〜♪」
チックルはいきなり九十八点を叩き出した。
もはや、部屋の中の全員が殺気立った。続いてセキセイインコのレフトが、小鳥の歌を見事に歌いきった。レフトもまた九十八点と、チックルの『歌唱』スキルに匹敵する点数を叩き出してしまった。
そんな二人に対抗すべく、カスミが江差追分を熱唱すると、カスミもまた九十八点をいとも簡単に叩き出した。
そして、勢いづいた来翔が満を持して、広島カープの応援歌である宮島さんを迫力満点で歌い始めると、先程まで殺気立っていた全員が困惑して、来翔の歌っている姿に注目をした。
「カッチ! カッチ!! カッチカッチカッチカチ!!」
歌ってると言うよりも、普通にがなり声をあげているだけだったのだ。それはまるで球場で熱心に応援をしているカープファンのように、ただがなっているだけで、とても歌と呼べるものでは無かった。もちろん点数は十二点。本日の最低点だった。
(ピロリロリン……)
採点画面に表示された「12」の数字を見て、部屋中が一瞬静まり返った。
そんな最低点を見て、本気で争っていた参加者たちの緊張の糸がプツリと切れて、全員で大笑いしてしまった。
この後は全員で仲良くクリスマスを幸せに過ごして、初めてのカラオケボックスを有意義に楽しんでいた。それは、宮島さんの神主さんが「争うな」と、全員に言ってくれたかのように、穏やかな十二月二十五日を、全員で仲良く過ごしていた。
バイト中の久乃が、彼らの部屋の前を通りかかると、中からは幸せそうな歌声が聴こえていた。誰が一位かなんて、もう誰も気にしていない。ただ、笑い声と拍手だけが、扉の向こうから絶え間なく漏れていた。
賞金の五万円は、結局、その場にいた全員でジャンケンをして、ケーキ代として山分けすることになったという。
(第206話へ続く)




