【第203話 無鉄砲はスキルじゃない】
シエラネバダ山脈を越えた所に、カリフォルニア大学があった。初見でもビズがすぐにわかったのは、長距離砲――レールガンがあまりにも巨大で、物々しかったからだ。その巨大なレールガンを守るように、建物の周りを七十台ものトレーラー用のコンテナでバリケードにして、それら全てのコンテナの上には武装した学生が見張りに立っていた。
そんな学生連中をからかうように、ビズが軽く挨拶をしながら、徒歩で近づいていく。
「やあ! 学生諸君」
見た目は美人なビズなので、バリケードの上から学生連中が湧いていた。
「お姉さん! 我々の大学においでよ! 一緒に楽しもう!」
「いいね! それ! アタイも中に入れて欲しいな〜」
すると、見張りの一人がトランシーバーで誰かと話をしていて、そのトランシーバーから、
『そいつは異世界人だ! さっきまで空を飛んでいたぞ! 監視カメラで確認した! 撃て! 殺せ!』
と言う、焦った声が聞こえてきた。
「な〜んだ。もうバレたか」
ビズは飛行魔法でコンテナの上に立つと、怯える学生連中に向かって「トルネード」と風魔法を唱えた。コンテナの上の学生四人が、あっという間に吹き飛んでしまった。
「弱っ!」
他の見張りの学生連中から、一斉に銃弾が飛んできたが、魔法防壁の前では何の効果も無かった。銃が効かないとわかると今度は、学生連中が新兵器の音響兵器を一斉に放ってきた。
この新兵器は、彼らが開発した暴動鎮圧型の武器だった。強烈な音の塊をピンポイントで浴びせるもので、喰らった相手は激しい目眩と吐き気に襲われ、平衡感覚を根こそぎ奪われてしまう。
物理的な弾ではないその攻撃は、魔法防壁では防げなかった。ビズは激しい目眩に襲われて、飛行魔法を保っていられなくなり、地面に落ちてしまった。
そんな地上に落ちて膝をついているビズに向かって、巨大なレールガンの銃口がこちらに向いていた。
「や、ヤバい!」
ビズは魔法防壁を重ねがけしてレールガンを防ごうと思った。が、その刹那、音速を超えるレールガンの弾丸は肉眼では捉えきれない程の速度で、発射音よりも速く、魔法防壁をわずか一発で打ち砕いてしまった。
(バリーーン!!)
その魔法防壁が砕ける音は、学生連中にもハッキリと聞こえた。学生連中はコンテナから一斉に降りてきて、地面の上で片膝を着いているビズの元へ走り迫る。
「クソっ! 腹立つ!」
ビズは飛行魔法でギリギリのところで学生連中から逃れて、真下にいる学生連中に対して苦し紛れの「フローズン!!」と氷結魔法を唱え、学生連中を一瞬だけ凍えさせる事で、上空まで逃げ切った。
レールガンの追撃は無かったので、何とかビズは学生連中から逃げ切ることに成功した。ビズは唇を噛みしめて、ローラの家に向けて敗走するしか無かった。
「めっちゃ強いじゃん! 学生……」
敗走の中、ビズには新スキルが派生していた。
『無鉄砲』
「な、なんだこりゃ!? そんなのはスキルは自覚してるっつーの!!」
衝動的な行動しか出来ない、ビズの無鉄砲な性格に上書きするように、『無鉄砲』というスキルが派生していた。
◆
そして、ローラの家に戻るとモニカが武勇伝を聞こうと、すぐにビズのもとへと駆け寄ってきた。
「お姉さん! 早かったんだね! さすが! ゾーン最強の大魔道士」
困ったビズは『虚偽』スキルを発動させて、自信満々に答える。
「モニカ、焦っちゃダメさ! 今のは偵察! そう、これはただの偵察なのさ! 本番は最後まで取っておかないとね」
そんなビズを見て、ベスは何かを察したように、
「モニカ、ローラの店へ行ってテイクアウトのハンバーガーでも買っておいで。大魔道士様は偵察から帰ってきたばかりで腹が減ってるからね」
そう言われたモニカは、ローラの働くダイナーまで走って行ってしまった。
そして、二人きりになったベスが「アンタ、負けたね?」と言うと、ビズが素直に負けを認めて学生連中の愚痴を始めた。
「奴らは見たこともない兵器を使ってきたんだよ。銃のような形はしてたけど、弾が飛んでくることもなく、ただ、銃口を向けられただけで気分が悪くなってさ。空中で浮いてられなくて墜落して、例のレールガンってやつをぶっ放されたら、たったの一撃で魔法防壁が破られたよ。魔法防壁を重ねがけしたのに、綺麗にぶち破られたんだ」
ベスも少しだけ考えて答える。
「そうかい。そんなに強い相手だったのかい。ボブルの奴らからもっとよく敵の情報を聞くべきだったねぇ。今からでも、ボブルの若手たちと共闘してみるかい?」
ビズはしばらく悩んでいたが、元来の性格ゆえなのか、はたまた先程派生した『無鉄砲』スキルのせいなのか、悩んだ末、出した答えは、
「いや、私も序列一位になったんだ。あんな学生連中なんて一人でやりたい」
ベスはビズの成長を見て、母親としての笑みが零れていた。
「よし! よく言ったね。それじゃ、明日からは慎重に行動することを覚えようかね。奥尻の大使館で買ったスマホはまだ持ってるだろ? そのスマホで敵のアジトを撮影しときな! しばらくの間は情報集めだけで良い。戦うんじゃないよ! 奴らのアジトのこと、奴らの数だけでもわかれば、作戦を考えやすいからね。奴らには地の利がある。私らは所詮余所者だよ。まずは地の利を封じることから始めようか」
頭の悪いビズには、ベスの言ってる事の半分も分からなかったが、母親であるベスは戦闘力はまったくないのにも関わらず、ゾーンの民としてこの歳まで生き抜いてきたという知恵がある。ビズはそれを信用しているので、素直にベスの言うように、しばらく使っていなかったスマホの充電から始めていた。
◆
そして、翌朝。早朝の日の出前から、カリフォルニア大学の上空五十メートルの高さから、ビズとビズの飛行魔法で一緒に飛んできたモニカが、二台のスマホで動画を撮っていた。
「ねぇ、お姉さん。今のうちに大魔法でこの辺一帯を吹き飛ばせば?」
スマホで撮影しながら、モニカが尋ねてきた。
「この辺一帯をかい? それは、ホーリーレインという大魔法で可能だけどさ、この施設に地下シェルターなんかがあったら、意味が無いからね。その辺の情報を集めるために、こうして撮影をしているんだよ」
「なるほど……地下シェルターかどうかはわかんないけど、地下室は確実にあるはずだよ」
そう言って二人は、敵がこちらに気づくまで、上空五十メートルで浮いたまま撮影を続けていた。魔法に憧れているモニカは、こうして空の上を浮いているだけでも楽しかった。
「ねぇ、お姉さん。この飛行魔法って何時間くらい浮いてられるの?」
「浮くだけなら、ずっと。こちらが解除するまで浮きっぱなしだね。浮上させる時にMPを使うだけで、浮いてる時は、もうMPは消費しないんだ。あとは飛行しながらの移動でMPが減ってくのさ。スピードが速ければ速い程、MPはどんどん減ってく。だから、こうして浮いてるだけなら、何時間でも浮いてられるよ」
飛行魔法は原則として、重量系の魔法ではない。空に浮いている時も自重の重さはある。なので、極端に重いものなどは、かなりのMPが消費される。人一人を浮かせるためのMP消費量が五だと仮定すると、一トンの自動車では百近くも消費してしまう。飛行速度も歩く程度なら毎分五しか減っていかないが、時速四十キロも出すと毎分五十も減ってしまうのだ。元々、序列が下位だったビズのMP量はそこまで多くはない。ホーリーレイン等の大魔法も、一日に連発などは不可能だった。多くの幹部や親衛隊が消えたことで、たまたま繰り上げで序列一位になっただけの最下級魔道士――それが、ビズの現実だった。
やがて、日が昇ると、夜の見張りと朝の見張りの交代が行われていた。
「あ、お姉さん! 見張りの交代の時間だ!」
下の様子は、寝ぼけまなこのまま朝の見張りがバリケードであるコンテナの上にノソノソと登り、欠伸をしながら今にも眠りそうな顔をしていた。
(この時間なら隙だらけじゃないか)
アホなビズでも、眼下の光景はチャンスにしか見えなかった。なので、モニカに指示を出した。
「モニカ、今からもっと高い所に浮かせるけどビビるなよ! 今からアンタに大魔法を見せてやるから、スマホの望遠で奴らの動きを撮っておいて貰えるかい?」
そう言うとモニカを射程圏外に移動させて、ビズは十五分もかかる魔法詠唱を唱えだした。
そして、詠唱が終わるとビズはニヤリと笑って「ホーリーレイン!」と唱えた。ビズの周囲半径三十メートルの範囲内に、光の雨が降り注いだ。
寝ぼけまなこの見張りや、学生連中のご自慢の巨大なレールガン、コンテナバリケード等は一瞬で無数の穴だらけになり、現場は大混乱となっていた。が、しかし、やはりこの施設には地下があったようで、ワラワラと無事だった学生連中が地上に出てきて、空の上にいたビズに気づいて、例の音響兵器を一斉に構えて放ってきた。
ビズは狙いが定まらないように高速で飛びながら、見えない音の塊を交わしつつ、モニカのいる射程圏外まで退避した。すると、学生連中は驚くべき行動に出た。無数の穴が空いて使い物にならなくなった巨大なレールガンを素早く撤去すると、あっという間に別の巨大なレールガンをセットして、ビズを目掛けて放とうとしていたのだ。
それを見つけたモニカが叫ぶ。
「お姉さん! レールガンが!!」
ビズもレールガンをセッティングしている学生連中を見て、「あ、ヤバい!」と漏らすと、一目散にモニカと共に逃げ帰ってきた。
「お姉さん、レールガンは一個だけじゃなかったね……」
「う、うん……」
今朝撮影した動画をベスに届けると、それを見たベスが呆れていた。
「全くもう、ただの偵察も出来ないのかい! なんでまたホーリーレインなんてぶっ放したんだい」
「いや、あまりにも隙だらけでさ……」
「馬鹿な娘だよ! 相手も監視カメラってのがあるんだよ? ホーリーレインを打つのに十五分もかかることを、もう学生連中にバレちまったじゃないか!」
「え? そうなの?」
「当たり前さ! 今頃、学生連中は監視カメラの映像を何度も見直して、対策を練ってるよ! それに、ゼロからレールガンを作れるような奴らだよ? レールガンが一台って事は無いだろ!」
◆
そして、翌日の夜明け前。ビズは再び偵察に来てみると、今度は大学の四隅にレールガンが四機も、空に向いて鎮座していた。
そして、コンテナバリケードの上にいた見張りの学生を見てみると、全員が暗視ゴーグルを付けていて、明らかに暗闇の中に溶け込んでいたビズの方向を指さしていた。
その刹那、一機のレールガンが瞬時に放たれて、前回同様に一撃で魔法防壁が打ち砕かれてしまった。
「ヤバい!!」
ビズは全速力で敗走するしか無かった。
十一月の早朝、ネバダの砂漠の地平線の彼方には、早朝特有の蜃気楼が、この日も神秘的に広がっていた。まだ夜と朝の境目にある空の色が、遠くの陽炎の中に溶けて、砂漠そのものが揺らめきながら浮かび上がって見える。まるで、この世とあの世の狭間に、もう一つの街が浮いているかのような、幻想的な光景だった。
頭の悪いビズには、その目の前の蜃気楼が、幻ではなく現実の風景として認識されていた。実際には手の届かない、けれど確かにそこにあるように見えるその景色は、まるで今のビズ自身の立場のようでもあった。すぐ側にあるはずの勝利が、掴もうとすると、いつも揺らめきながら遠ざかっていく。
それでもビズは足――否、翼を止めることなく、揺らめく地平線の中を、ただがむしゃらに敗走し続けた。
(第204話へ続く)




