【第202話 ゾーンの心得】
ローラの家にはプールもあった。季節はもう十一月で肌寒かったが、モニカがプールで泳ぎたいとビズに頼むと、ビズは水魔法でお湯を出してプールに温水を貯めてくれる。
水着なんて持ってないモニカは、下着姿でプールに飛び込んだ。ローラも水着なんて持っていなかったので、下着姿でそれに続いて飛び込んだ。
「うわ〜。ちゃんと温水になってる!」
ローラがお湯の温かさに驚いていると、モニカが昨夜の風呂の事もドヤ顔で自慢していた。
「昨日は風呂にも入れたんだよ!」
「魔法って本当に便利よね」
「そうだね! でも、地球人は使えないんだってさ」
ローラとモニカは気持ちよさそうに、スイスイとプールを泳いでいた。ベスとビズは泳げないので、家の中に放棄されていたバーボンを飲みながら、やはり放棄されていたジャズのレコードを大音量で楽しんでいた。
◆
そして、ベスとビズの酔いが回った頃、プールで泳ぐ二人をプールサイドから見下ろす四人のチンピラが、二人に銃口を向けて話しかけてきた。
「お嬢さんたち! プールから出てもらおうか!」
(ダァン!)
その瞬間、威嚇射撃をローラとモニカの目の前に撃って、水しぶきが派手に飛び散った。ローラとモニカは大人しく言うことを聞くしかなく、プールから出るとすぐに二人は結束バンドで両腕を縛られてしまった。
「あと二人いたよな?」
ローラが素直に答える。
「はい……二階でお酒を飲んでいるかと……」
「おい、お前らは二階に行って二人を片付けてこい!」
二人のチンピラが二階へと上がって行った。そして、その場に残った二人はローラに銃口を突きつけて尋ねる。
「カジノで現ナマを突っ込んだリュックを出せ! 出さねぇと、この子供を撃つ!」
モニカの頭にピストルが突きつけられた。ローラも一人のチンピラに腕を掴まれながら、リュックのあるローラの寝室へと案内した。
「この部屋にあるわ。さっさと持って出ていってよ!」
一人のチンピラがリュックの中の現金を確認すると、ローラをベッドに押し倒した。
「バカか? お前。俺たちが金だけで済むと思ってんのか?」
チンピラがベルトに手をかけたその時、二階から銃声が響いた。
「ほら? 二階の友達が死んだぞ?」
ローラがビズとベスの死を確信して、もはや抵抗するだけ無駄だと悟り、それでも身をよじって抗おうとしたその時――外のプールサイドからも銃声が響いてきた。
「お? ガキも殺されたか?」
「……っ!」
ローラの目から、うっすらと涙が溢れた。
しかし、そのチンピラが再び覆いかぶさろうとした瞬間――寝室にビズが呆れ顔で入ってきた。
「一応、聞くけどコイツってアンタの彼氏? 他の三人はぶっ殺しちまったけど仕方ないよね? いきなり銃口を向けてきたんだもん」
チンピラは咄嗟にピストルをビズに向けて放ったが、魔法防壁に全て弾かれてしまった。
「彼氏にしちゃあ、めっちゃ失礼な奴だね! 即撃ってきたって事は、殺されても文句言うなよ! グズ!」
ビズはチンピラの左足を掴んで魔法を唱えた。
「フローズン!」
すると、チンピラの膝下がカチコチに凍ってしまい、そんな凍った膝下に、ビズは容赦なくゲンコツを振り下ろした。
(バキィッ!!)
チンピラの膝下は、粉々に砕け散った。
「あ〜あ、部屋を汚すなよ! グズ! ローラ、寝室を替えなよ。まだ寝室はいっぱいあるだろ?」
チンピラが号泣しながらもがき苦しんでいるが、ビズは涼しい顔をしてローラに手を貸して立たせてあげた。
「無事だよね?」
「うん……」
「この街ではこんな事よくあるのかい?」
「うん……。でも、ボブル一家もそれなりに治安維持には動いてくれてるんだけど、どうしてもよそ者が治安を乱すのよ。多分、コイツらは最近、この街に流れてきたカリフォルニア大学バークレー校の学生なの。凄くエリートだったんだけど、アメリカが崩壊した事で暴走しちゃって、このリノに目をつけてボブル一家から街を奪おうとしてるみたい。カリフォルニア大学バークレー校ってノーベル賞も取ってる人がいるくらいの超エリートで、ボブル一家も手を焼いてるのよ……」
「そのカリフォルニア大学ってのは近いのかい?」
「シエラネバダ山脈を越えたところにあるんだけど、車で四時間位だから、割とこうして末端のチンピラがたまに街へ来ては悪さをするの。私の店のウエイトレスも何人かコイツらに攫われて、そのまま帰ってこなかったわ……」
◆
ローラは、この街の治安を守っているボブル一家の若手の男達を呼びに行って、すぐに帰ってきた。
ボブル一家の治安部隊は二人来てくれて遺体を検分すると、すぐに回収の手配をして、三体の遺体をどこかへ運んで行った。そして、片足を失った男へ聞き込みを始めている。足を失って戦意を喪失したチンピラは、素直に取り調べに応じて、そのまま連行されていった。どうやらボブル一家の治安部隊には死刑執行権を与えられているようで、その場で死刑を宣告されていた。
そして、治安部隊から改めてビズに感謝を述べられている。
「アナタは異世界人なのですね?」
「そうだよ。アタイと母ちゃんが異世界人だね。他の二人は普通のアメリカ人さ」
「今回の事で後日、ウチのボスから呼び出しがあるかもしれません。数日ほど、この街に滞在願いませんか?」
ビズはベスの顔を見て、判断をベスに委ねた。すると、ベスが治安部隊に尋ねる。
「滞在して私らに何かメリットは?」
「現金で良ければ、現金を差し上げられると思います」
「そんなもんいらないよ。まあ、この街のことは気に入ってるからね。ボスに会ってみたいってのもある。良いよ。しばらくローラの家で厄介になるよ!」
こうして、三人はローラ宅に滞在することを決めた。
◆
それから、数日後。ビズとベスはボブルに呼び出されて、トラッキー川の上流にある水力発電所にやってきた。水力発電所と言っても、そこは完全に要塞化されていた。発電所周りは全て重機関銃で守られていて、至る所に土嚢が積み上げられていて、何人たりとも近づけないようになっている。
「ここまでして発電所を守ってるんだねぇ」
呆れたようにベスが呟いていた。
中に通されたビズ、ベス、モニカは応接室のような立派な部屋へと案内されると、そこには街のボスである初老の男性、ボブルが待っていた。
「アンタらが異世界人か。街の娘が世話になったみたいだな」
ベスが答える。
「まあ、居候の身としてはローラに死なれちゃ困るんでね」
「そうか。こちらとしてはそれなりの礼をしたいのだが、現金はいらないと聞いた。現金以外ではウチとしてはバーボンくらいしか出せないのだよ。密造は崩壊前からやっていたビジネスでな。ウチのバーボンは評判が良いのだがどうだ?」
「まあ、本当に大したことをしたつもりはないから、そのバーボンのボトルをよこしてくれりゃそれでいいよ」
ボブルが部下に合図すると、バーボンの入った木箱がベスの前に置かれた。ベスも木箱の中を確認すると、
「一本で良いんだよ。少し多すぎるねぇ〜。他に要件があるならさっさと言いな! こっちもアンタも政治家じゃないんだ! 腹の探り合いは嫌いだよ! 悪党なら悪党らしく、お互い腹を割って話そう」
ボブルが申し訳なさそうに語り出す。
「実は異世界人のアンタらに頼みたいことがある。アンタらは例の賊のことはなんか聞いてるか?」
「何とかって大学生の天才どもとか言ってたね」
「そうだ。シエラネバダ山脈の向こう側にあるカリフォルニア大学の学生連中なんだが、アメリカ崩壊後から大学を占拠して武装を整えてやがる。そして、先日、このリノの街を無条件で明け渡せと要求してきたんだ。ウチが手を引かないと街を破壊するそうだ」
そう言ってボブルは、写真を何枚かテーブルの上に並べた。その写真には、大型のカジノ施設が崩壊している様子が写っていた。
「奴ら、長距離砲レールガンの開発に成功したようでな。先月、とあるカジノがシエラネバダ山脈の向こうから砲撃されて倒壊した。奴らは天才でな。崩壊後からあっという間に、新兵器を次々と開発してやがるのさ」
「なんだい? その長距離砲レールガンってのは?」
ベスが写真を見ながら質問をした。
「詳しい仕組みは俺にもわからん。電気で撃てる大砲みたいなもんだ、としか聞いてない」
「は? それなら、電気の供給を止めりゃ良いじゃないか」
ビズが小馬鹿にしたようにボブルに提案をすると、
「いや、それが、奴らも発電と蓄電施設を作りやがってな。もはやウチの電気を使ってねぇ」
「ふ〜ん。電気って簡単に作れるもんなんだねぇ〜。異世界じゃ一年前くらいにようやく発電所が出来たって言うのに。それこそ母ちゃんが住んでるコナ国に発電所が出来たばかりだよ?」
「こちらの世界では百年以上前には、発電所はどこの国にもあったんだ。だから、頭の良い学生連中なら、簡単に発電所などは容易いことなのさ」
ベスは深い溜息を吐きながら、半分呆れて語りかけた。
「それで、アンタは私らにその学生連中を殺せと言うんだね?」
「そうだ。ウチも何度か襲撃はかけたんだが、恥ずかしい話、全て返り討ちにあっている。奴らも大学を要塞化していて近づく事も出来ん。異世界人のアンタらなら可能だろ?」
ベスがビズの顔を見ると、ビズは既にやる気満々なのが、手に取るようにわかってしまった。
「はぁ〜。うちの娘がやる気満々だから、やってあげるよ。その代わり、バーボンじゃ割に合わないよ!」
「何が欲しいんだ?」
「食料! アンタの街には金はあってもメシが不味い。孤児も多い。孤児が多いなら、孤児に畑仕事を与えな。水運びよりも畑仕事の方が金になるだろ?」
「努力しよう……」
「努力じゃダメだね。今すぐ動きな! 私の娘をご覧よ。既に戦闘態勢に入ってるだろ? アンタも娘よりも早く、畑を耕しな! この街の親分なんだろ!? 我々、ゾーン団は完全実力主義なんだよ。いちばん強いヤツがトップに立つんだ。二千年のゾーンの歴史において、ふんぞり返っていたボスはいなかったよ!! ほら! 早く畑を耕しな!!」
それを言われたボブルは背筋がピンと伸びて、
「お、おぉ、わかった! おい! 畑に使えそうな土地はあるか?」
ボブルは早速、手下に手頃な土地のことなどを確認し始めた。それを見て、ベスが満足そうに頷いた。
「さあ、ビズ。何とかって山を越えて、舐め腐った学生連中の根性を叩き直して来な!!」
「はいよ!」
ビズは応接室の窓から、飛行魔法で飛び出して行った。
そんなビズを、尊敬の眼差しでモニカが見送っていた。ボブルと手下の男たちも、初めて見た飛行魔法で空を飛ぶ魔道士の姿を、羨望の眼差しで眺めていた。
ビズは、街のためでも、ローラのためでもなく、ただ、単純にカリフォルニア大学の学生連中が嫌いだった。ただ、それだけの事。
ゾーンの民は『欲しいものは奪う。嫌いな奴は殺す』ただそれだけの事だった。
(第203話へ続く)




