【第201話 電気のある街リノ】
チェックアウト時間なんて無い、この国のモーテルの朝は遅い。昼過ぎまでベッドの中でゴロゴロとしていた三人は、ようやく起き出して目覚めの風呂を沸かして、さっぱりしてからクライスラー300Cに乗り込んだ。
「おばさん! このままリノに行ってもいいのかい? ギャングだらけだよ?」
「何言ってんだい! ギャングよりも強いゾーン団の序列一位が乗ってんだよ? ギャングが束になっても叶わないさ!」
モニカは笑顔満点でハンドルを握っていた。
「お姉さん。私も魔法を使ってみたい。ダメかな?」
ビズは少しだけ困った顔をして答える。
「魔道士ってのは才能がないと出来ないんだよ、だから、うちの母ちゃんも魔法は使えない。ましてやこの地球には魔素という魔法の燃料が無いからね〜。モニカには難しいかもしんない」
それを聞いたベスが、モニカに真面目に答える。
「モニカ、一見派手なのは確かに魔道士だ。でもね、魔道士って基本的に一人で戦えないんだよ? 異世界では必ず魔道士と戦士がペアで戦うのさ。魔道士ってのは魔法を唱えるために時間がかかるからね。簡単な魔法なら一瞬で唱えられるんだけど、大魔法なんてのは魔法詠唱がかなりのロスタイムがかかるのさ。それを補うためには、必ず戦士の力を借りなくちゃいけない。それに実際に戦士と魔道士が戦うと、勝つのは戦士なんだよ。魔道士にはMPの限界があるからね。MPが尽きた魔道士なんて、十二歳のアンタでも簡単に倒せるよ」
モニカは、思い描いていた魔道士の姿がガラガラと音を立てて崩れていくのが、自分でもわかった。
「それじゃお姉さんには、どうして戦士の相方がいないの?」
「そ、それは……相方がゾーンのボスだから……かな?」
「え? お姉さんの相方はゾーンのボスなの!?」
咄嗟についた嘘だったのだが、ビズの『虚偽』スキルのせいで、完全にモニカは信じきってしまった。とはいえ、現在、暫定一位であることは間違いないので、ビズも否定することなく、そのまま押し通した。
ただ、ベスだけは、そんなビズのことを見てクスクスと笑ってしまった。
そして、ベスがモニカに提案をした。
「モニカ、魔道士には才能がないとなれないけど、戦士なら誰でもなれるんだよ? アンタが大人になったら、ビズの相方になっておくれ」
それを聞いてモニカはますます笑顔になり、「なる! なる! なるよ! 戦士に!」と元気よく答えていた。
◆
やがて、日が沈む前にクライスラー300Cは、ついに文明の残された街――リノへやって来た。
街は昼間からネオン全開の派手なカジノが立ち並んでいた。街を歩く人間たちも、オシャレな服を着て歩いている。まさに、崩壊前よりも栄えているのだった。
三人を乗せたクライスラー300Cは、一軒のダイナーへと入ってみた。食事と言うよりも、情報を得るためだ。
派手なネオンのダイナーに入ると、店員は美しい女性がズラりと並んでいて、愛想良くオーダーを聞いてきた。
「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょうか?」
ベスが静かに答える。
「モニカ、アンタの好きな物を頼んでいいからね」
すると、モニカが三人分の料理と飲み物を適当にオーダーした。
「ウエイトレスのお姉さん、少し聞いても良いかい? オススメの宿はあるのかい? 寝込みを襲ったりしてこないまともな宿があれば教えてくれないかい?」
「宿ですか……」
ウエイトレスは少し困った顔をして答える。
「この辺の宿は全て満室なんです。アメリカ中から逃げてきたセレブ達がホテルの部屋ごと買ってしまって、もうフリーの客はホテルには泊まれないんです」
ベスも困り果てて呟いた。
「そうかい。困ったねぇ。せっかく現金を持ってきたのに、必要なかったねぇ。それなら、リノを通過してソルトレイクシティでも目指そうかね?」
ベスがモニカとビズに告げると、目の前のウエイトレスが目の色を変えた。
「お客様は現金をお持ちで?」
ベスは財布の中から、今オーダーした分の支払いを現金で百ドル札を数枚、ウエイトレスに手渡した。
「釣りはお姉さんが貰って良いよ。昔のアメリカにはチップ文化ってのがあるんだろ?」
三百ドルを手渡されたウエイトレスは、突然、三人に提案をしてきた。
「私の家に泊まりませんか?」
金を見て、いきなり目の色を変えたので、モニカはかなり警戒をしてしまい、ベスに耳打ちをした。
「このウエイトレスは怪しいよ! 辞めといた方がいい!」
「いいや、モニカ。これも覚えておきなさい。金に目が眩む奴ほど、信用しても良いのさ。こちらが金を持ってる限り、言うことを聞く。金額次第では何でも言うことを聞くからね。逆に金で動かない奴ほど危ない。信じちゃダメだ!」
そして、ベスは更に五百ドルをウエイトレスに手渡すと、
「私はベス。こっちはビズ、その子がモニカだ。今夜から世話になるよ」
すると、ウエイトレスもそそくさと現金をしまい込んで、
「私はローラ。この街には崩壊後にたどり着いたんです。夕方に仕事が終わるから、それまでは店の前にあるカジノで時間を潰してて下さい。仕事明けに迎えに行きます」
◆
三人は食事を済ませると、ダイナーの向かい側に建っている大型のカジノへと入っていった。
カジノ内はチップに交換することなく、直接現金で行われていて、スロットでさえ硬貨でプレイ出来るようになっていた。モニカが早速、手持ちの1ドル硬貨でスロットを回していると、そんなモニカにベスが財布から百ドル札を手渡すと、
「金なら車の中に大量にあるんだ。チマチマ賭けてないで、ガツンと行きな!」
「え? あれを私も使って良いの?」
「ゾーンってのは奪ったものは奪った人のものなんだ。金の積み込みはアンタも手伝っただろ? それなら、あの金の三分の一はあんたのものさ」
モニカはすぐに百ドル札を両替して、バカラなどに興じていた。ルールを知らないベスとビズにやり方を教えながら、モニカは初めてのカジノを満喫していた。
意外にもビズは『虚偽』スキルを使うと、ポーカーでは負けることが無かった。多くのギャラリーが見守る中、ビズは連戦連勝をしていた。そんなビズに目をつけたチンピラ達は、早速、ビズとベス、そしてカジノには似つかわしくない十二歳のモニカに目をつけていた。
◆
そして、日が暮れる頃、カジノに先程のウエイトレスのローラが迎えに来て、一際目立つモニカに声をかけてきた。
「モニカ! 二人はどこ? さあ、帰りましょう」
「あ、ローラ! 二人はポーカーのとこだよ! 行こう!」
モニカの案内でポーカーの卓へと行くと、連戦連勝でかなり目立っていたビズが、周囲の野次馬たちにシャンパンを振舞っていた。
「よお! ローラ。仕事が終わったのかい?」
そう言って卓の上の大量に勝った現金を全てかき集めて、ローラに手渡した。
「ほら? これが宿賃だ。取っておけ!」
パッと見でも百万ドル以上もあるので、ローラも恐縮してしまったが、ベスが、
「私らには現金は必要ないのさ。取っておきな。この街に住み続けるアンタには必要だろ?」
ローラがベスに丁寧に礼を述べると、リュックの中にぎゅうぎゅうと現金を詰め込んでいた。
◆
そして、ローラの案内でローラの自宅まで案内されると、割と大きな一戸建てに住んでいた。ガレージもあり、クライスラー300Cも室内に駐車出来るので盗まれることがないと、モニカが喜んでいた。
そして、四人は家の中に入ると、こんな広い家にローラは一人で住んでいることがわかった。
「こんなでかい家にアンタ一人で住んでるのかい?」
ベスがローラに尋ねると、ローラもドヤ顔になり、
「ウフフ、私がこの街にたどり着いた時には、もぬけの殻だったの。だから、そのまま貰っちゃった!」
ローラの説明では、力のない女子供はこの街に逃れてきては、ローラのように高級住宅街で空き家を見つけては、そこで暮らしているという。この街にはまだこのような空き家が数え切れないほどあるようで、ローラは三人にこの街で暮らすことを勧めてきた。
「女三人で旅をするなんて無謀よ。この街で暮らせば、電気だけは無料で使い放題なのよ?」
「電気料金が無料なの?」
モニカが驚いて食いついた。
「そう。この街はボブル一家の島なのよ。ボブル一家っていうのは、古くからこの街を根城にしていたギャングなんだけど、アメリカが崩壊してからは発電所を制圧して、それを街の人に無料で使い放題にしたの。その代わり、ガスはプロパンオンリーで、そのプロパンはボブル一家から買わなくちゃならないんだ。うちはガスは買ってないからお湯は沸かせないけど、お金に余裕が出来ちゃったから、プロパンを買ってみようかな?」
「水は? 水もボブル一家から買うの?」
「水は街の真ん中を流れてるトラッキー川から汲んできた水を売ってる孤児たちから買ってあげるのよ。川やピラミッド湖から、孤児たちが一生懸命に売りに来てくれるのよ。ほら? あそこにうちの水瓶があるでしょ?」
そう言ってローラが、家の中に点在して置かれていた大きな水瓶を指さした。
「子供たちにお願いしておくと、水瓶にいっぱい汲んできてくれるのよ。水瓶いっぱいで三ドル。安いでしょ?」
家の中の水瓶は全部で七個ほどあったが、満水に満たされているのはキッチンにあった水瓶だけだったので、ビズが水魔法で一瞬にして全ての水瓶に水を満たしてしまった。
(サァァァ……!)
それを見てローラが驚いて、恐る恐る尋ねる。
「まさか、アナタ達は異世界人ですか?」
ドヤ顔でモニカが答える。
「ビズとベスは異世界人だよ! びっくりするよね! 私もビビったもん! それにビズは、あのゾーン団最強の大魔道士なんだってさ!」
そんなドヤ顔のモニカに、ビズが照れくさそうに答える。
「水だけだよ。食い物までは魔法で何ともならないよ」
そんなビズに、ベスが語りかけた。
「仕方ないねぇ。私がパンでも作ろうかね」
そう言ってベスはキッチンを使って、小麦粉をコネ出した。
「この家にはガスがないからオーブンも使えないんだねぇ。仕方ないから、フライパンでフォカッチャでも作ろうかね」
ベスには『発酵』というスキルがある。イースト菌無しでパンが焼けるというスキルだった。ベスはカセットコンロでフライパンを温めて、予備発酵などの作業をショートカットして、あっという間にフォカッチャを作り上げた。その鮮やかな手際の良さを見て、ローラが感動していた。
「嘘……。こんなに簡単にパンが焼けるなんて……」
「ほらよ。次々焼くからどんどん食べな」
ベスは焼きたてのフォカッチャをローラに手渡すと、「崩壊してからパンなんて食べたことないよ……」と涙ぐんでフォカッチャを夢中で食べ始めた。
「うちの母ちゃんは異世界でもパン屋だったのさ」
ビズもフォカッチャを食べながら、ベスの事を自慢げに語っていた。
派手で電気のある街リノに似つかわしくない、質素な夕飯だったが、ローラには崩壊後のアメリカで最高の夕飯となった。
そんな粗末な夕飯の光景を、窓の外から数人のチンピラ達が覗いて、不敵な笑みを浮かべていた。
(第202話へ続く)




