【第200話 1 Days】
モニカの運転で、ホワイトハウスを目指してクライスラー300Cは走り出した。
サンフランシスコの街は、まだ、人が暮らせるような街並みが続いていたのだが、信号機は全て停止されており、そこら中に車が激突して大破し、放置されていた。ショッピングモールでは通貨による取引ではなく、完全に物々交換が主流となり、売る側の店主がとても偉そうに物を販売しているのが、母娘にはとても懐かしく見えていた。
「モニカ、何処か食事のできるお店に寄ってちょうだい。それから、衣服が手に入る店があれば、そこにも寄ってちょうだい」
ベスがモニカに指示を出すと、まずモニカは、崩壊前には地元民が溢れていた人気店――スターバックスへと車を進めた。
◆
「ここでも良いかい? おばさん」
スタバなど全く知らない異世界人の二人は、特に不思議とも思わずに車から降りた。モニカは車から降りずに、二人のことを待つと申し出る。
「おばさん、私はここで待ってるよ。車を盗まれるといけないからさ」
すると、ビズがニヤリと笑ってモニカに答える。
「良いからモニカも降りなよ。車は絶対に盗まれないから!」
半信半疑でモニカがクライスラー300Cから降りると、ビズが車へ飛行魔法を唱えた。クライスラー300Cは地上からフワリと浮いて、高さ五メートルの位置に浮揚している。
「ほら? これなら誰も盗めないだろ? 行くよ。モニカ」
モニカや周囲の人々が、騒然としてクライスラー300Cを見上げている。
「お姉さんは……もしかして異世界人なの?」
母娘はクスクスと笑って答える。
「だから、ホワイトハウスに仲間がいると言ったでしょ?」
それを聞いて全てを悟ったモニカは、恐る恐る尋ねる。
「ま、まさか、おばさん達はゾーン団なの?」
ビズはニヤリと笑って答える。
「そうさ。アタイが序列一位のビズ! ゾーン最強の大魔道士さ!」
それを聞いてモニカが、とびきりの笑顔になった。
「ゾーン団の一位なの!? 凄い! それじゃお姉さんがホワイトハウスの主になるために、ホワイトハウスへ行くんだね?」
「そうさ! アタイがこの国のトップになるために来たんだよ!」
◆
三人が店内に入ると、そこにはスタバのオシャレな店員などは一人もいなかった。代わりにいたのは、無愛想な小太りの中年男性だった。
「いらっしゃい。現金は使えねぇぞ? 何を持ってる?」
ベスが手提げカバンからミスリルのインゴット三百グラムを、カウンターの上に置いた。
「これで何か食わせておくれよ」
ミスリルのインゴットを初めて見た店主は、淡いゴールドの輝きと、電灯にかざした時の虹色に反射する美しい輝きから、すぐにミスリルだと判断した。
「こ、これがミスリル……。いいぜ。美味いキッシュを出してやる。お二人さんはビールで良いだろ? お子様にはミルクを出してやる」
店主は厨房の奥さんらしき女性に、オーダーを通していた。
やがて、三人の元にはキッシュとビールとミルクが並べられた。久しぶりに食べるまともな料理に、モニカが感動している中、ベスがカウンターにいる店主に情報を聞き出している。
「この街には水道やガスのインフラが残ってるんだね?」
「あぁ、ここはギリギリ電線が残っててな。リノからの電気の供給があるのさ」
「リノ?」
「この街から車で六時間のところにある、この辺りで一番でかい街さ! そこは未だに現金で買い物も出来るし、豪華なホテルもあるぞ。元々、リノはかつて『世界で一番大きな小さな町(The Biggest Little City in the World)』と呼ばれ、ギャンブルと観光で栄えた眩しい街でな。今はギャング共が堂々と街の運営をしているんだ。アメリカがこんな風になっちまったら、逆にギャングが正義になるなんてな……。狂ってるぜ……。とはいえ、俺もこの店を勝手に拝借して生計を立てているんだけどな……」
ベスは、夢中でキッシュを食べていたモニカに尋ねる。
「モニカはリノまで走れるかい? 場所は知ってるのかい?」
「うん。わかるよ! 崩壊前には行ったことあるもん」
こうして、三人は食事を済ませると、店主から着替えなどは買わなくても街の廃墟から簡単に盗めると聞いたので、オススメのタワーマンションを教えてもらった。
「足腰に自身があるなら、地上六十階建てのマンションがこの店の裏側にある。エレベーターが止まってるそこなら、三十階以上はおそらく手付かずで家財道具が残ってるぜ」
◆
三人は教えられたタワーマンションまで来ると、ビズの飛行魔法で簡単に最上階までやってきた。
ガラスを割って中へ入ると、本当に家財道具などは荒らされていなかった。それどころか、中には家族らしき四体の遺体まで残されていた。
「最後は自殺したんだね」
ベスが白骨化した遺体の頭蓋骨を見ると、弾丸が抜けた穴が四体の遺体には刻まれていた。遺体の傍らにも、ピストルが落ちていた。
崩れ落ちる文明の中で、静かに終わりを選んだ家族。この街のあちこちに、こういう部屋がまだいくつも残っているのだろう。ビズもベスも、こんな事で動揺することもないので、そのまま臆することなく衣服や金目のものを物色していたのだが、その隣を見ると、若干十二歳のモニカも動揺することなく、黙々と金目のものを探していた。ただし、ここの家庭には小学生くらいの子供がいなかったようで、モニカにピッタリなサイズの衣服はなく、ブカブカのスウェットを見つけて、それを着ていた。
そして、遺体の傍らにあったリボルバー式のピストルを手に取り、机から見つけた弾丸を込めて、カッコつけて構えて見せた。
「アンタ、クソガキのくせに強いんだね」
ビズが褒めると、モニカもニコッと笑って答える。
「当たり前! 今日まで私一人で生き残ったんだよ?」
三人は黙々と金目のものを物色して、車へと積み込んだ。この家には紙幣も腐るほどあったので、次の街のリノでは現金が使えると聞いた三人は、車のトランクいっぱいに紙幣とゴールドを積み込んだ。ただし、食べ物はほとんど見つからなかった。
◆
そして、三人はリノを目指して、再び走り出した。
(ゴォォォ……!)
崩れかけた高速道路を、クライスラー300Cが土埃を上げながら東へ、東へと駆け抜けていく。フロントガラスの向こうには、廃車の群れと、朽ちた看板だけが、延々と続いていた。
やがて夜になる頃、街道沿いにモーテルがあったので、今夜はそこで泊まることになった。
モニカが車から降りて、モーテルのフロントまで空き部屋があるのかを訪ねに行った。
「オッチャン! 部屋空いてる? 三人なんだけど!」
フロントにいたのは高齢な男性で、常にフロントからお客に向かって銃口を向けていた。
「空いてるぞ! ただし、電気もお湯もない! それで良ければ泊まっていけ! 弾丸なら二十発、銃ならそのお前さんが持ってるピストルでもいいぜ」
モニカは先程手に入れたばかりのピストルを老人に手渡すと、部屋の鍵をくれたので、モニカがビズとベスのことを部屋まで案内した。
「シャワーは使えないってさ」
「そんなものいらないさ」
ビズが答えた。そして、三人は部屋に入ると、ビズがバスタブに水魔法でお湯を貯めてくれる。
「あ! そっか! 魔法が使えればこんな事も出来るのか!」
「そういう事さ。母ちゃん。先に入りな!」
ベスは一番風呂に、ゆったりと浸かり始めていた。物珍しそうにモニカが魔法のお湯を見つめているのを見て、ベスがからかうようにモニカに声をかける。
「モニカ、ちょっとくらい甘えたっていいんだよ? ママのお乳をまだ飲みたいんだね?それに、こんな贅沢なお湯、久しぶりだろう?」
モニカはみるみるうちに顔が赤くなり、「べ、別に甘えてなんかないもん!」と、母娘にしこたまからかわれていた。
そんな初日の夜は更けていき、三人はグッスリと眠りについた。
◆
そして、午前二時。
三人の部屋には、侵入者が音も立てずに現れた。
侵入者は三人が眠っている隙に金目のものを物色していたのだが、人の気配に気づいたビズが、侵入者に電撃魔法で麻痺させて捕まえた。
(ビリビリッ!)
侵入者を見ると、フロントの高齢男性だった。騒ぎで目が覚めたモニカも、驚いて侵入者の顔を見ている。
「オッチャンが部屋に?」
「あぁ、そうさ。物音も立てずに金目のものを探してたよ」
侵入者は言い訳もせず、憮然とした顔で「宿代は返すよ」と言って、モニカにはピストルを返す約束をしてきた。が、ベスがそれを許さなかった。
「クソジジイ! それは随分と都合がいいね。アンタは殺されても文句は言えない立場なんだよ? それを宿代をタダにするから許せってのかい?」
「わ、わかった! 弾丸で良ければ好きなだけ持っていけ!」
「どうだい? モニカ。それで許すかい?」
モニカは少し悩んで答える。
「弾よりもガソリンがいい。オッチャン。私の車に満タンになるまで、オッチャンの車から抜き取っても良いかい?」
店主は拒否権が無いために、渋々了承した。
しかし、ベスはそれすらも許さなかった。
「モニカ、良いかい? これからのこの国での生き方としては、今のアンタの交渉は完全に間違えてるよ。命に関わることだから、ちゃんと覚えときな! おい! クソジジイ! ガソリンだけじゃダメだ! 弾丸も全てよこせ! 食い物だけは許してやるよ!」
店主は完全に項垂れて、塞ぎ込んでしまった。
「モニカ。こんな奴に情けをかけると舐められる。舐められると、こんなクソジジイはまた盗みに来るよ! そして! こんな世の中では、人を殺してでも欲しいものは奪う。憎い相手は殺す。簡単に殺せる相手も殺されるんだ。まだ十二歳だからと言って、簡単に大人を許すんじゃないよ! 殺すか、心を折るかしない、そうしないと必ずやり返される! それが、ゾーンの教えなのさ。この国はもう、そんな無秩序なエリア(Zone)だと知りなさい!」
それを聞いたモニカが、静かに頷いた。その目には、これまでとは少しだけ違う、覚悟のようなものが宿っていた。
母娘はそんなモニカにニコッと笑って、ビズは店主から倉庫の鍵を受け取っていた。倉庫の中には大量の銃と弾丸がギッシリと詰まっていたので、三人は弾丸を車に詰め込んだ。ガソリンも店主の車から全て抜き取り、クライスラー300Cへと給油した。そして、今度は三人交代制で二人ずつ眠ることにした。
これが、アメリカでの最初の夜の過ごし方だった。
法も、秩序も、信号機の灯りすら失われたこの国で、三人の女――魔道士と、オバサンと、孤児の少女は、確かに一歩ずつ、東を目指して歩き始めていた。
(第201話へ続く)




