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【第19話 家政婦を見た?】

 バリケードが完成した頃、山頂の防犯カメラ映像を見ていた詩音が立ち上がった。


「酷い……っ」


 タブレットの画面を来翔も横から見た。


 トカゲ人類が若い男女を選んで、強制的に番わせようとしていた。繁殖の実験だ。人間を家畜として増やそうとしているのが、映像から見て取れた。


 詩音はトイレに駆け込んだ。


 代わりに映像を見たタコ助が怒りに顔を歪め、スナイパーライフルで山頂に向けて威嚇射撃を繰り返した。


 ナオミが来翔に静かに言った。「ここからじゃ届かないんですけどね……」


「わかってる」と来翔は呟いた。「でも、何かしてないと気が休まらないんだよ。タコ助くんはああ見えて正義感の塊だから」


 ロープウェイ駅には各地の遠距離系ハンターが集まりつつあった。来翔のやることはなくなっていた。接近戦の禁止は決定事項だ。



 ◆



 そんな中、来翔に見知らぬA-Classハンターが声をかけてきた。


「お疲れ様です!噂のC'の来翔さんですよね。私、Aの桜井です。道南には普段いないので、今まで会う機会がなくて」


「はあ、どうも。来翔です。道南に住んでいないんですか」


「ええ。移住組じゃなくて元々の北海道在住なので、移住手当の対象外で。今も実家の名寄市に住んでます。内陸の街なので実戦経験はほぼなくて、来翔さんの方が経験値は上だと思いますよ」


「名寄市は良い所ですか」


 桜井が少し目を丸くした。「それは、戦闘中にする話ですか?でも、その平常心こそが強みなのかもしれないですね。……贔屓目なしに言うと、名寄市は何もない田舎です。休暇で行こうと考えてるなら絶対に止めます」


「そうですか。通りかかっても素通りします」


「そんな意地悪を言わないで下さいよ!通りかかったら声くらいはかけてくださいよ。ウフフ」


 桜井は軽く笑って詩音への挨拶に向かった。来翔はその背中を眺めた。コンパウンドボウを背負っている。


(詩音さんの魔法武器に比べると、地味な弓だな)


 だが知っている人間が見れば違う。桜井の弓には「連射」の効果が付与されていた。矢を一本放つたびに同型の矢が三本に分裂する。連射すれば六本、さらに連射すれば十二本——広範囲を薙ぎ払う点では、詩音の一撃必殺とは対照的な、面制圧の弓だ。


 詩音の「貫通」と桜井の「連射」。この二人が揃ったことは、自衛隊が函館山決戦に本気を出した証だと、来翔には感じ取れた。



 ◆



 二人のA-Classが揃ったことで、来翔には一時帰宅が許された。


 五日ぶりの江差だった。玄関を開けた瞬間、ネーラとレフトが勢いよく飛んできた。


「ただいま。ちゃんと食えてたか」


「うん!食ってた!レフトももりもり食ってたよ!」


「レフトはともかく、ネーラはどうせカロリーメイトしか食ってないだろ」


「うん!でも好きだから大丈夫!」


 ネーラは冷蔵庫が開けられない。お湯も沸かせない。電子レンジも使えない。こういう事態を想定して、カロリーメイトや乾パンは用意していた。だが来翔が長期で不在になるたびにネーラが乾パンだけで耐えていると思うと、心が痛かった。レフトの世話も問題だ。


 来翔は覚悟を決めた。家政婦を雇う。


 SNSに募集を出したのはバリケード建設中だった。一時帰宅に合わせて面接の約束を取っていた。


 連絡すると、すぐに来てくれた。七十歳の女性で、一人暮らし、年金暮らしで時間が余っているという。清掃も含めてやってくれるという話だったので、その場で採用を決めた。


「カツミさんよろしくお願いします。これが合鍵です。注意点が一つだけ——うちの扉は必ず全部オープンにしておいてください。インコが家中を飛び回るので」


 カツミは優しく微笑んだ。「来翔さんは小鳥にも優しいのね」


 合鍵を受け取って帰っていくカツミを、ネーラが来翔の肩から眺めていた。いつもなら女性が近づくだけで胸ポケットの中でプンプンとしているのに、今日は静かだった。


「別に嫌じゃないよ」とネーラが言った。「あのくらいの年のお婆さんは好き」



 これでネーラが長期間一人になっても餓死しない。レフトも世話してもらえる。インコの世話が建前で、本当の目的はネーラの生活だ。だがカツミにはそれは言えない。



 ◆



 自宅待機二日目の朝、テレビをつけると函館山のニュースが流れていた。


 最後のA-Classハンター、坂上が函館山に合流したという。


 来翔は坂上の名を知っていた。A-Classの中の頂点と呼ばれる男だ。「貫通」の槍と「反射」の盾を装備している。放たれた攻撃をそのまま跳ね返す盾と、何でも貫き通す槍。その二つを使いこなす坂上が現れた以上、作戦に隙はないと見るのが普通だった。


 貫通弓の詩音、連射弓の桜井、そして槍と盾の坂上。


 マスコミは「今日中に全滅予定」と報じていた。国民がテレビの前で固唾を飲んでいた。


 来翔は嫌な予感を覚えた。


 カツミに電話をかけた。「今から留守にします」


 KeiワークスのエンジンをかけてKeiワークスを函館へ向けた。



 ◆



 来翔が函館山の麓、ロープウェイ駅に着いたのは十時三十分だった。


「三人は十時ちょうどに登り始めました。タコ助さんが同行を強く求めて、一緒に行かれました」とナオミが教えてくれた。


 来翔とナオミはロープウェイ駅で待った。


 やがて山頂の防犯カメラ映像に動きがあった。四人が接近したことに気づいたトカゲ戦士が、登山道を降り始めていた。ワニ男一名、コモド男二名。


 次の映像で——来翔はタブレットを止めた。


 全裸姿の詩音と桜井が人質の中に放り込まれていた。


 ナオミが映像を見て悲鳴を上げた。「イヤァァァーーッ!」


 ロープウェイ駅にいた自衛隊員たちの顔が青ざめた。誰かが震える声で呟いた。


「坂上さんとタコ助くんは……まさか……」


 ナオミがその場でへたりこんで、意識を失った。


 来翔は山頂を見上げた。


 ネーラが来翔の胸ポケットから顔を出して、来翔と同じ方向を見ていた。


「例のヤツを試すことになりそうだぞ、ネーラ」


「うん」とネーラが静かに言った。「わかったよ、来翔」


 坂上の敗北が何を意味するか。A-Classの頂点が制圧できなかった相手に、自衛隊の誰もが答えを持てなくなっていた。


 接近戦を禁じられたこの状況で、直接戦闘を許された唯一の人間——C'-Classハンターの来翔だけが、山頂を見上げて足を踏み出すことを決めていた。





 










・名寄市、「北海道の真ん中あたり」と言われがちですが、冬になると寒さがラスボス級なので、位置より温度の印象が強い街です。

・名寄の冬、「息が白い」を通り越して「鼻の中が一瞬で北海道になる」。

・名寄市は星が綺麗で有名です。空気が澄みすぎて、たまに宇宙の方が近く感じる。

・「名寄って何があるの?」と聞かれた市民が、一回空を見上げてから考え始めるのは北海道あるあるです。

・名寄の雪、「積もる」というより「世界を書き換える」が正しい。

・名寄市、夏はひまわり畑が綺麗で、冬は−30℃近くまで行く。気候の情緒がジェットコースター。

・北海道民の「今日は暖かい」は信用してはいけない。名寄基準だと−5℃でも“ぬるい”判定が出る。

・名寄の人に「寒そうですね」と言うと、「今日はまだマシだよ」で返される確率が高い。怖い。

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