【第198話 三よりも四!】
栃木県下野市、自治医大駅付近に、トンプソン、レベッカ、デビットの住む社員寮がある。寮と言っても、五LDKの一戸建て住宅にシェアハウスという形で、三人は暮らしていた。そんな社員寮に、ようやくトンプソンがワシントンDCから帰国した。
「ペックよ、俺の身代わりを引き受けてくれて助かったぞ」
ペックは久しぶりに、元の自分の姿に戻った。
「いえ、こんな事でお役に立てるなら、何時でも呼んでくださいよ」
そんなペックに、レベッカが尋ねる。
「これからペックさんは、またカナダへ帰るんですか?」
「そうですねぇ〜〜」
ペックが少しだけ頭を悩ませていると、トンプソンがペックを引き止める。
「ペックよ。今はカナダへ行くのは辞めておけ! アメリカはもうまもなく、この世から国家として消える。ゾーンの民もアメリカ本土へ上陸してしまっていてな。アメリカは四百年前の無法地帯に戻りつつある。あの国が今後、元のように復興することはないだろう」
それを聞いたペックは、即断した。
「それなら、俺も日本で暮らしますよ!」
こうして、三悪党はこの日を境に――四悪党になった。
◆
ペックも他の三人と同じ職場を希望したので、レベッカが岩井氏に紹介という形で、ペックの事をニッケン人財センター小山支店まで案内してきた。
「そうですか。この方もトンプソンさんの一族の日系人なんですね?」
レベッカが頷いて答える。
「そうです。日系三世のペックさんです。これが履歴書です」
岩井は履歴書と身分証を受け取ると、それらをコピーして、即採用となった。もちろん、身分証はペックが模倣スキルで作った模倣品だ。ちなみに、ペックの見た目はオリジナルのペックのままにした。何処でボロが出るかわからないために、トンプソンがペックのまま面接を受けさせたのだ。
◆
そして、翌日からペックはSONY工場で働くことになった。初日は、工場内を岩井が案内する。これは、どの派遣社員にも行う恒例の行事で、岩井も慣れた感じでペックを案内している。
「ここが社員食堂です」
とはいえ、トンプソンが帰国するまではペックがトンプソンとして働いていたので、建物内のことは岩井よりも詳しいのだが、大人しく岩井の案内を受けていた。
「食堂は現金が使えません。Edy支払いしか出来ませんので気をつけてください。Edyカードが無ければ買うことも出来ます。チャージもこの機械で行います」
「はい。わかりました! ところで僕の持ち場は何処になるんですか?」
「ペックさんの適性検査の結果は、出来上がったセルを梱包係まで運ぶという持ち場です。ほら? あそこで変わった形の台車を引っ張ってる人がいますよね? あれです! 工場作業としては一番初歩的なポジションですので安心してください。初心者にはまずは工場内を覚えてもらうという狙いもあるんです。あの持ち場は全てのラインを巡るので、わりと楽しいですよ。あの台車も電動アシストなので力は必要ないですから」
ペックが工場内の、真っ赤な台車を運んでる従業員達を見ると、本当に楽そうに運んでいた。
「セルと言うのが電池なんですね?」
「そうそう。工場内ではセルと呼んでる人が多いです」
こうして、ペックは午後から現場で先輩に仕事を習いながら、初日を終えた。
◆
そして、四人はSONY工場から、派遣会社から支給されたママチャリに乗り、夕方の下野市をオレンジ色の空の下、仲良く並んで帰っていく。
「ペックよ。初日はどうだった?」
「へい、かなり環境の良い職場で驚きましたぜ!」
そこへレベッカも同意する。
「さすが世界的に有名な企業だと思います。が、残業が無いと稼げないのが派遣の辛いところです」
それにはデビットが反論した。
「残業なんて無くても良いじゃないか! 私は定時で十分。たくさん稼いだところで、下野市にはそれを使えるような繁華街も無いからね……」
四人の自転車は、夕陽に照らされて田園風景に溶け込んでいる。
「それはそうですけど、前回のシルバーウィークではカナダまでの飛行機代にも困ったじゃないですか?」
「少しくらい貧乏してるほうが、幸せを噛み締められるって事を、レベッカも覚えた方が良いよ!」
デビットが勝ち誇ったように諭す。
そこへペックが提案をした。
「そんなに金に困ってるなら、俺の模倣で偽札を作りましょうか?」
そんなペックの軽口に、トンプソンが答える。
「ペック、なるべく偽札は作るな」
「え? 何故です?」
「貴様の作る偽札は完璧過ぎるのだ。自販機でも使えてしまうとなると、日銀でも見破れない可能性がある。そうなると、日本の経済のバランスが崩れるのだ。過去には、戦争中の敵国の偽札を作り、敵国の経済のバランスを崩すという策略もあったそうだ。貴様の偽札を日銀でも見破れないとなると、これは本格的に経済がおかしくなる。経済がおかしくなると、大企業から潰れていくのだ。つまり、SONYという有名企業こそ、日本円が値崩れすると一夜にして潰れてしまうのだ。金が欲しいなら、俺の『統御』でパチンコをする方が健全だ! ただし、俺の統御で出ることを事前に知って打っても、面白くもなんともないがな……」
四人は帰り道の途中、パチンコレイト下野店が見えてきた。
「良し、ペックよ。貴様の初日を祝って、今夜はパチンコレイトに寄って現金を手に入れて、すき焼きで祝おうではないか!」
「え? 俺のためにすき焼きを!? マジですか?」
「あぁ、イカサマによる軍資金で申し訳ないのだが、今の俺達には金がない。シルバーウィークで全て使い果たしたのだ!」
四人はパチンコレイトで、『統御』スキルの恩恵でおよそ二時間のフィーバーを楽しんだ。トンプソンが一万五千円を、レベッカが二万三千円を、デビットが一万三千円を、そして、ペックが三万三千円を勝って換金し、寮の傍のスーパーかましんで食材を買って寮まで帰ってきた。
◆
デビットとレベッカが率先してすき焼きを作っている間、ペックとトンプソンが缶ビールを飲みながら語り合っていた。
「トンプソンさん、なんかようやくわかってきましたよ。貴方がこうして、ごく普通の暮らしをしている意味が……。俺にはゾーンの血が流れてるから、ごく平均的な暮らしなんて無理だと思ってたんすよ。でも、今日一日だけだったんだけど、めちゃくちゃ良い! 俺はばかだから上手く言えねぇけど、なんか良い!」
トンプソンは少し微笑んで答える。
「俺はアメリカはあんなふうになると、二度と復興しないと言ったが、もし、日本にも同じことが起こったとしても、日本だけは十年もかからずに、このごく平均的な生活に復興すると思っている。実際に日本は八十年前に焼け野原になるような戦争をしていたのだ。その時も数年で復興し、更に復興前よりも発展したそうだ。俺たちゾーンが強奪をしていないと落ち着かないように、日本の民はおそらく働いていないと落ち着かない民族なのだと俺は思う。そして、そんな民族も、今の俺には悪くないと感じ始めているのだ。もう一度だけ貴様に礼を述べよう。この街を守ったのは貴様だ! ペック。これは誇っても良い!」
ペックは満面の笑みで答えた。そして、
「そんな褒められると俺もその気になって、ついついやっちまいますよ!」
と言って、台所のすき焼き用に買ってきた特売品のアメリカ産の安売り値引き牛肉のパックを手に取ると、『模倣』を使い、最高級の松阪牛に模倣してしまった。パックの中の霜降りは、まるで芸術品のような美しいサシを見せている。
「今夜くらいは霜降りでお祝いしても良いっすよね?」
と言って、ペックがニヤリと笑うと、松阪牛なんて見たこともなかったレベッカとデビットも満面の笑みになり、レベッカが答える。
「ペックさん! ありがとう! この街のことも! このお肉のことも!!」
卓上コンロに火が灯り、割り下の甘い香りが寮中に漂い始める。四人分の茶碗に、割った卵がとろりと落とされていく。
(ジュワッ……!)
牛脂が鉄鍋の上で溶ける音が、狭いリビングに響いた。ペックが得意げに肉を鍋へ投入すると、湯気の向こうで四人の笑い声が重なった。
「うめぇ! うめぇよ! 俺の模倣、最高だろ!」
「本当に美味しいです! これがお肉の味なんですね!」
「デビット、泣いてるの?」
「泣いてない……ちょっと、目にネギが染みただけだ……」
この日、三悪党が――四悪党としての結束力を固めた日となった。
誰にも歓迎されず、誰にも祝われることのなかったゾーンの民が、日本の片田舎の小さな一戸建てで、湯気の立つすき焼き鍋を囲んで笑い合っている。
それは、蛮族と呼ばれた四人にとって、生まれて初めて手に入れた、当たり前の幸福だった。
(第199話へ続く)




