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【第196話 三悪党が守った街】

 地上に来翔と坂本が降り立つと、そこには既にMI6からグレンとその部下達が待っていた。


「随分、準備が良いんだな。今の来翔はMI6なんだね」


「まあ、そんなとこです。グレンさん、坂本さんは自首するそうです」


 グレンも持っていたミスリル製の手錠を腰のケースにしまい込んで、坂本に語りかける。


「ゾーン、お前は北京とニューヨークに核攻撃をした容疑がかけられている。このまま連行するが、本当に良いのか? 正直、貴様に抵抗されても、俺たちには抗う手段が無い」


 坂本もクスッと笑って答える。


「無駄な抵抗などはしない。完敗だ! 来翔にはどんな事をしても勝てないことがわかったんだ。さあ、俺をとっ捕まえてくれ!」


 その傍らでは、爆竹の箱を持って見守っていたペックが、切なそうにゾーンに言葉を投げかけていた。


「ボス……すいません。俺……貴方を裏切ってしまった……」


 そんなペックにニコッと笑って、坂本が答える。


「いや、こんな愚かな俺の後始末をしてくれて助かった! 見事な『模倣』だった。ペック! お前のおかげで俺は罪を重ねずに済んだ! ありがとう」


 それだけ言うとグレンに促され、坂本は護送車に自ら乗り込んで、その場から去って行った。


 ペックだけが、いつまでも護送車を見送っていた。







 やがて、来翔やペック、そして全てのフェアリー達が宿屋に帰ると、そこにはオンラインで繋がっていたトンプソンもペックに語りかけてきた。


「ペック。本当によくやった! お前の『模倣』は完璧だったぞ! レベッカ等は本気で核爆発が起こったのだと泣いていたくらいだ!」


 顔を真っ赤にしたレベッカが、恥ずかしそうに呟いた。


「だって、木べらの戦士って見た目が頼りない中年体系のクソ親父なんですもの……絶対に失敗したんだと思ってしまいました……」


 そんな喜びあっていたペックとレベッカとデビットに、アインが水槽の中からイケボで語り出した。


「そこの三人。喜んでる場合では無いぞ? すぐに帰り支度をせぬと、連休が終わってしまうのでは無いか? 貴様らだけなら江差から栃木県下野市までは明日には着くだろうが、ワシントンDCにいるトンプソンは間に合わん」


「あ! そうだった! 今のアメリカには普通にチケットが買えないんだった!!」


 レベッカとデビットが青ざめていたので、ヤレヤレと水槽の中のアインが再び呆れたように語りかける。


「とりあえず、レベッカ、デビット、ペックは今すぐ栃木県へ帰るんだ。そして、間に合わないトンプソンに代わり、『模倣』でトンプソンに化けて出社すればバレんだろう」


 三人の顔が、みるみる晴れやかになって行った。


「そうよ! ペックさんなら主任の代わりが務まるわ!」


 レベッカにそう言われて、ペックはトンプソンの姿を模倣した。


「うむ。これならば工場の奴らも気づくまい」


 デビットが笑って答える。


「喋り方までソックリです!」


「当たり前だ。ただし、外見だけだ。俺には『統御オペレーター』スキルは無い。つまり、トンプソンさんが戻るまでは、リチウム電池にはエラーが出まくるだろう」


 レベッカとデビットが大笑いしている中、オンラインの向こう側では、トンプソンだけが不機嫌そうに呟いた。


「レベッカよ、俺が戻るまで検査検品を怠るなよ! リコールなど絶対に許さんぞ」


「はい! 主任! 任せてください!」


「あぁ、頼んだ。俺もなるべく早く帰る。お前らが守ってくれた北関東工業地帯にな」


 ようやく、モニター越しのトンプソンにも笑みが零れていた。三悪党と呼ばれた三人が、いつの間にか、自分たちの手で一つの工業地帯を守り抜いたのだと、静かに実感していた瞬間だった。







 レベッカとデビットとペックは江差を出て、新函館北斗駅から新幹線に乗り、懐かしの栃木県小山駅へと帰って来ていた。


「ペックさん。ここは小山駅です。我々の寮は隣町の下野市という田園地区になりますが、この小山市は栃木県内でもかなり大きな都市なので、ペックさんの身の回りのものを買い揃えてから寮に帰りましょうか」


「そうかい? すまねぇな」


 三悪党の暮らす自治医大駅の周辺には、これといった大型店が無い。買い物といえば、地元の人間はみんな小山駅まで足を伸ばすのが当たり前だった。三悪党もすっかりその生活リズムに馴染んでいて、こうして小山駅で買い出しをするのが、いつもの休日の過ごし方になっていた。


 三人は小山駅前にあるドン・キホーテへとやって来た。店内でペックの為の着替えや髭剃り等を買っていると、たまたま買い物中だった派遣会社の担当・岩井氏が声をかけてきた。


「やあ! 君たち! 連休も明日で終わりだね! 明日からはまたよろしく頼むよ!」


「あら? 岩井さん! お疲れ様です! 明日からもまたバリバリ働きますね!」


 レベッカと岩井がたわいもない会話をしている隙に、トンプソンの姿をしているペックには、デビットから説明をしている。


「ペックさん、話を合わせておいて下さい。あの人は我々の担当さんの岩井氏です。トンプソンさんは普段から彼のことを岩井氏と呼んでいるので、そこだけ気をつけて下さいね」


「うむ。心得た」


 そんな三人に、岩井が「三人はこれから寮に帰るだけなんだろ?」と尋ねてきた。


「はい。買い物を済ませたらあとは帰るだけですよ? 連休でお金も使い果たしましたし」


 レベッカがバカ正直に答えると、クスッと笑って岩井が三人を夕飯に誘ってくれた。


「もし良かったら、僕ももう帰るだけだから、駅前のホルモン横山でも行かないか? もちろん僕の奢りだよ」


 三人はペックがバレないかが心配だったが、レベッカもデビットもホルモン横山が大好きなので断りにくかった。そこへ、ホルモンという謎の食べ物にペックが興味津々に答える。


「それでは、岩井氏の世話になろうではないか! レベッカ、デビット」


 二人は観念して「ご馳走になります!」と笑顔で答えた。







 そして、四人はドン・キホーテを出て、ホルモン横山にやって来た。


 この店に来るのは、もう何度目だろうか。カウンターの主人も三人の顔を見るなり、軽く手を挙げて迎えてくれる。三人にとって、この店はすっかり馴染みの場所になっていた。


 四人が座ると同時に、すぐに中ジョッキが運ばれてきた。四人は乾杯をして、一気にキンキンに冷えた生ビールを飲み干した。


「プハァ〜! 美味い! さあ、みんな遠慮しないでどんどん頼んで良いからね」


 レベッカが代表して、次々と本当に遠慮なくオーダーを店員に告げていると、二杯目の生ビールを飲み干した岩井から、こんな事を言われてしまった。


「そうそう! 君らが旅行中に、政府から工業地帯で核攻撃の避難訓練があると急に発表があってね。一昨日、この小山の上空でも例の核爆発のホログラムが見れたんだよ! と言ってもかなり眩しくてほとんど見えなかったんだけど、キノコ雲だけはハッキリと見えたんだ。ほら?」


 そう言って岩井が見せたスマホの画面には、その日、岩井が撮影した――ペックが行った模倣の核爆発の後の、美しいキノコ雲が写っていた。


「不謹慎なんだけどさ。ホログラムとはいえ綺麗だったんだ。凄くリアルでね。本物かと思うくらい鮮やかなホログラムだったよ。街の人もしばらく、そのホログラムに見惚れていたよ。でも、あれがもし訓練じゃなくて、本物だったと考えると、こうして君たちと酒を酌み交わすことも出来なかったんだよね」


 岩井はとても無邪気に、政府の避難訓練だと信じきっていた。それを見て、レベッカは自然と涙が溢れてきていた。


「そうですね……岩井さん。本当に訓練で良かった……」


「ん? レベッカさん。泣いてるのかい? 確かに避難訓練とはいえ、やり過ぎなくらいリアルだったもんね。女の人には少々刺激が強かったかな? ハハハ」


 そう言って岩井は、スマホをしまってしまった。


 そんな涙ぐんでいるレベッカに、ペックが優しく声をかけた。


「レベッカよ、誰かは知らんが、この小山の街を守った奴がいたのだろうな……。本物の核兵器が爆発しないようにと……」


「えぇ。北京やニューヨークの事を考えると、本当に日本に核ミサイルが落ちて来なくて良かった……。このホルモン横山が無くならなくて、本当に良かった……」


 目の前の煙が上がるホルモン、キンキンに冷えたビール、岩井の何気ない笑い声。それら全てが、あと一歩間違えば失われていたかもしれないと思うと、レベッカの胸には、これまで感じたことのない愛おしさが込み上げてきた。


 ようやくオーダーした品物が次々と運ばれてきて、いつの間にか四人は楽しい話をしながら笑って、閉店までホルモンを食べながら生ビールを飲んでいた。







 帰りのタクシーの中で、レベッカが車窓を涙ぐんで静かに見つめていた。小山駅から自治医大駅周辺の寮まで、タクシーはのんびりと国道四号線を走っていく。三人で割り勘にすれば、一人千五百円もかからない距離だ。派手な暮らしとは無縁の、庶民の足には、ちょうどいい距離感だった。


「デビット、ペックさん。明日からもよろしくお願いしますね」


「こちらこそ!」


 デビットが答えると、ペックはトンプソンになりきって答える。


「レベッカよ! 明日からは検査と検品を怠るなよ」


「本当にソックリ!」


 三人はタクシーの中で大笑いしながら、深夜の国道四号線をタクシーに揺られ帰って行った。


 窓の外を流れていくのは、何の変哲もない田園地帯の夜景だった。けれど、その何の変哲もない景色こそが、三人が命を懸けて守り抜いたものだった。ゾーン団の落ち武者、逃亡者、蛮族の民――そう呼ばれてきた三人が、この国のこの小さな街を、確かに守ったのだ。




 (第197話へ続く)



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