【第195話 断捨離オリマー】
江差の街へ、坂本が核ミサイルを自然落下させた瞬間、来翔が核ミサイルに手をかざして叫んだ。
「オリマー!!」
その瞬間、核ミサイルは一瞬にして消え去ってしまった。
「は?」
坂本は唖然としてしまった。
「き、君、君も無限収納を持ってるんだね……。これは想定外だよ。でも、トンプソンでさえ無限収納は時間制限があるみたいだから、どうせ君なら二、三分が限界だろ?」
慌てた坂本は残り二発の核ミサイルも網膜をスキャンして自然落下させようとしたが、来翔はその二発の核ミサイルにも、
「オリマー!!」
と唱えると、最後の二発も完全に消えてしまった。
「ハハ、嘘だろ? 無限収納を連発したのかい? もしかしてフェアリーの力かい? ただの日本人が無限収納みたいな燃費の悪い魔法を何回も出来るはずが無い!!」
核ミサイルを全て失って気分を悪くした坂本でも、魔法ヲタクであるサガで、来翔の使った無限収納について色々と尋ねてみたくなっていた。
「『オリマー』? そんな短い詠唱で起動する魔法って事は、オリジナル魔法だよね? いや、違うな……わかった! スキルだろ? トンプソンの無限収納もスキルだったからね。地球人なのにスキルが派生するなんて、さすがは最強の男だね……仕方ないか……俺も君とは戦いたくなかったけど、こう見えてゾーン団のトップなんだよ。序列一位よりも強いからトップになれたわけさ。悪いけど、必死で抵抗させてもらうよ!!!」
坂本は背中に担いでいた、世界樹とミスリルとドラゴンの魔石で作られた超魔竜の杖を構えて、来翔に向けた。そして、無詠唱で風魔法のトルネードを放った。
異世界人が風魔法を多用するのは、攻撃魔法の中で唯一、見えないからだ。炎や氷は視覚視認出来てしまうため、敵の反射神経次第ではアッサリとかわされてしまう。ところが風魔法のトルネードは、空気の渦を発生させるだけなので視覚では全く認識ができない。今、坂本が放ったように無詠唱で放たれると、もはや身構えることもできずにダイレクトに喰らってしまうはずだった。
「オリマー!!」
トルネードは、来翔の身体に触れることなく消滅してしまった。
それでも坂本は諦めることなく、トルネードとかまいたちを織り交ぜたオリジナル魔法のキラーサイクロンを、無詠唱で連発していた。来翔は魔法防壁のようにオリマーを周囲に展開させているので、キラーサイクロンが来翔の身体に触れることはなかった。
そんな攻防が五分間も続いた頃、坂本はニヤリと笑って呟いた。
「ホーリーレイン」
坂本はキラーサイクロンを無詠唱で放ちつつ、実は詠唱に五分もかかるホーリーレインの魔法詠唱を、既に唱えていたのだ。二人の上空から、広範囲の光の雨が降り注いだ。かつてカリーナのホーリーレインでは完敗してしまった来翔だったが、天に手をかざすと、
「オリマー!!!!」
と叫び、広範囲の光の雨でさえ全て消滅させてしまった。
「な、な、なんで!? 今のはガッツリ広範囲だぞ!? か、片手でどうして全ての光の雨を取り込めるんだよ!! 君の無限収納はチートすぎるだろ!!!」
坂本はもはや見境なく、
「メガリィズフォールン!」
「メガリィズフォールン!」
「メガリィズフォールン!」
「メガリィズフォールン!」
「メガリィズフォールン!」
「メガリィズフォールン!」
と唱えると、上空から巨石が大量に落ちてきたが、それらも全て「オリマー!」の一言で消滅してしまった。
さすがの坂本も、大魔法の連発で息が切れてきていた。
「ハァハァ、クソー!! クソー!! どれだけ努力してもやっぱり無駄だ! 無駄! 俺は何をやっても全てが無駄な男なんだ!!!」
坂本は、見るからに高価そうな杖を放り捨てた。
「来翔!! 俺は帰る! もう二度と君の前には現れない! どうせ君なんてあと二十年もすれば死んでるか、戦えない老人だ! それまでは歳のとらない月で引きこもってるよ!」
そんな自暴自棄な坂本を見て、ネーラが来翔に囁いた。
「来翔、あいつ逃げちゃうよ?」
「うん。わかってる。坂本さんが本気で逃げたら、僕らには追いかけられない」
「カーコとキーコを呼ぼうよ。エアウルフならマッハ3で飛べるから、追いかけられるよ?」
そんな二人の会話に、坂本が口を挟む。
「おいおい、さっきのヘリコプターはマッハ3で飛べるだと? 嘘を言うな!」
坂本でも、オリジナルの飛行魔法でマッハ1がせいぜいだった。
「坂本さんは年代的にエアウルフは見たことあるだろ?」
「あぁ、米ドラマだろ? チラッとだけ見たことはあるよ。あのヘリコプターがそのドラマのヘリコプターだとでも?」
「そうなんだよ。あれの持ち主がエアウルフマニアでね。設定どうりに作りあげたレプリカなんだ。本来は設定ではマッハ2なんだけど、あの操縦者自信もレベルアップしていてね。そうしたらマッハ3で飛べるようになったらしいよ」
「そうか……地球人でもアチラではレベルアップ出来るのか……それじゃ、君はきっと凄いレベルなんだろうね? もし良ければ君のレベルを教えてくれないか? 俺のレベルも教えるからさ」
そう言うと坂本は、鑑定モノリス無しで、オリジナル魔法である「ステータスオープン!」と唱えた。坂本のステータス画面が、二人の間にデカデカと表示された。
「ほら? これが今の俺のステータスさ……」
┌─────────────────┐
│ ゾーン(坂本)
│ [35 years old]
│ 魔道士 Lv.360
└─────────────────┘
HPやMPなどの項目は、xxxxと表記されて隠蔽されていた。
「凄い! 鑑定モノリス無しでこんなことが出来るんですね?」
「君のステータスも見てもいいかい?」
来翔が頷くと、坂本は来翔に向けて「ステータスオープン!」と唱えた。
┌─────────────────┐
│ 来翔
│ [42 years old]
│ 職人 Lv.1
│
│ ネーラ
│ [? years old]
│ 付与術師 Lv.44
└─────────────────┘
「は?」
坂本は唖然としてしまった。
「おいおいおい! 来翔! 隠蔽魔法なんて卑怯だぞ!?」
「いや、僕は隠蔽魔法なんて使えないよ。僕は本当に未だレベル1なんだ。特にレベル上げもしたことないからね」
「アハハハハハハハハ! 最強の男がレベル1!? アハハハハハハハハ! そ、それはちょっと怠惰だよ! 来翔!」
「うん。それは自覚してる。僕は強さなんていらないんだ。弱くても幸せになれるんだ。坂本さん。強さと幸せはイコールではない。貴方は自分の人生を虚しいと感じてるかも知れないが、本当に虚しかったかい?」
坂本は即答する。
「あぁ、最悪な人生だった。ゾーンに生まれ変わっても聖教国に両親を殺されて、必死で生き抜いてようやくゾーン団のトップになったのに、今日、レベル1の君に手も足も出なかったよ……こんなクソみたいな人生の中に幸せなんて一度も感じたことは無いよ。さて、無駄話が過ぎたね。俺は逃げさせてもらう。さすがのエアウルフでも、宇宙空間までは追って来れないだろ? 俺はこのまま宇宙に逃げるよ! もう君とは会うこともないと思う。じゃあな! 親友!!」
坂本が天を見て上昇しようとした、その瞬間――来翔が叫んだ。
「モンロー!! 頼む!!」
すると、坂本の頭の上空二十五メートルの位置に待ち構えていたフェアリーのモンローが、飛び去ろうとする坂本の目の前を通過する瞬間に、付与魔法を唱えた。
「ホッコリホコホコ〜! ホッコリンコなの〜!」
フェアリーのモンローの唯一のスキル『ハートフル+30%』。どんな錆びついた心も、ほんの少しだけ暖かくなる付与魔法。モンローは、坂本の心へ『ハートフル』を付与したのだ。
すると、坂本の脳裏に、過去の自分のホッコリした瞬間が、走馬灯のようにフラッシュバックした。
初めて貰った給料で、Gショックを買った時のこと。
期間工で初めて県外に行くために、会社の費用で飛行機に乗れたこと。
パチンコで二十万円も勝ったこと。
近所に美味いラーメン屋ができたこと。
とある派遣先では、社員食堂が実質無料だったこと。
会社の飲み会に誘われた時のこと。
風が心地よかったこと。
春には眠かったこと。
そして、満足いく製品が完成したこと。
次々と、日頃の些細な三十パーセント程度のホッコリする事が、坂本の頭をよぎった。
「な、な、なんだこれは!?」
来翔もネーラの並航で、坂本の高さまで並んで語る。
「その子はモンロー。『ハートフル+30%』を付与出来るのさ。やっぱり坂本さんにも、些細な事だけど幸せを感じる瞬間があったみたいだね」
坂本は、次々とフラッシュバックする過去の些細な幸福を思い出しながら、狼狽えてしまっていた。三十年以上、誰にも語ったことのない小さな喜びの記憶が、まるで凍っていた氷が溶けるように、坂本の胸の奥に流れ込んでいった。
「もう良い!! やめろ! 人の頭の中を掻き乱すな!!」
困ったモンローが、来翔の顔を見た。
「もう良いよ。モンロー。下にお帰り」
モンローは坂本のハートフル効果を解除して、地上へと帰って行った。
「お先にかえるの〜!」
ホッコリ笑顔で地上へと帰っていくモンローを見ながら、坂本が愚痴る。
「フェアリーを二体も従えてるのは反則だろ? 来翔」
「うん。でも、彼女たちもこの江差を守りたいと言って着いてきちゃうんだよ」
その来翔の一言で、一斉に上空からたくさんのフェアリー達が舞い降りてきた。そして、フェアリーの女王であるクノンが、坂本を指さした。
「アンタね! 江差を破壊しようとするなんて馬鹿なの? 江差にはラッキーピエロもセイコーマートもあるのにさ!」
そんな荒ぶるクノンに、優しく来翔が語りかける。
「クノン。もう大丈夫。彼は江差を攻撃しないから。君たちももう下にお帰り」
クノンは渋々、フェアリー全員を引き連れて地上に帰って行った。その光景を見て、坂本も思わず笑ってしまった。
「ハハ、そうか、最初から俺は手を抜かれていたのか……。今のフェアリーの数……全てのフェアリーから付与される事を考えると……下手すりゃ宇宙まで追いかけて来るかもね……そうなんだろ? 来翔。今の君なら、宇宙まで追いかけて来れる手段があったんだろ?」
「どうかな? 僕もまだ全員のスキルを把握してないんだよ。でも、きっと彼女たちなら、宇宙で活動できるスキルを持ってる子もいるかもしれない」
そして、完全に観念した坂本は呟いた。
「俺を殺すのかい?」
来翔は、静かに首を横に振った。
「貴方は間違った道を進んだ僕だ。僕では貴方を裁けない。その資格がない。あの日、僕もハローワークでハンターという仕事が見つからなければ、絶対に社会に絶望していたはずだから……」
坂本は顔を見上げて答える。
「法と秩序を嫌うゾーンの親玉が、日本の法廷に立つのも案外、悪くないかもな……………」
坂本はしばらく沈黙したあと、両手を差し出して呟いた。
「連行してくれ。もう逆らう気力も無くなった。きちんと日本人の坂本として、法の裁きを受けることにするよ」
来翔は腰のミスリル製の手錠に手をかけたが、その必要性がないと判断して、坂本を拘束することを辞めて坂本に語った。
「自首出来るかい?」
「そうだね。ちゃんと自ら自首をするよ」
二人は顔を合わせて、さわやかに微笑んだ。江差の海風が、二人の間をゆっくりと通り抜けていった。
そして、坂本は北九州工業地帯から核ミサイルを落として行った事を、今更ながら後悔の念が襲いかかってきた。
「嗚呼、俺は本当に良くないことをした……北海道以外の日本はこの先五十年は復興しないだろうなぁ……」
来翔はそんな坂本に呟いた。
「それなら大丈夫。北九州も四国も関西も東海も関東も東北も、ギリギリ守ったよ。僕のオリマーでね。ずっとエアウルフで坂本さんを尾行しながら、核ミサイルは全てオリマーで消したんだ」
坂本は先程までの眩い閃光とキノコ雲を目視で確認済みなので、困惑しながら尋ねる。
「な、何を馬鹿な事を? 俺はちゃんとキノコ雲まで確認したぞ?」
その時、来翔がスマホで誰かに合図を送ると――地上にいたペックが爆竹に火をつけて爆発させた。その爆竹の爆発を『模倣』スキルで、核爆発に変化させていただけだった。江差の街にも閃光とキノコ雲が発生したが、それは全てが幻に終わった。
(バチバチバチッ……!)
「え?」
坂本が唖然としてる中、ようやく坂本自身も気がついた。
「こ、この閃光とキノコ雲は……そうか! ニューヨークのニュース映像の!!」
坂本はニューヨークの爆撃の際、マスコミを同伴させて上空から撮影させていたのだった。すなわちペックは、その時のニュース映像を丸パクりして、爆竹の爆破をニュース映像に模倣しただけなのだ。よく見れば、日本を縦断していく中で全て全く同じ光景だったはずなのだが、坂本は有頂天となり、そのことに気づく事は出来なかった。
地上では突然の閃光とキノコ雲で住民は多少のパニックにはなっていたが、その辺もきちんと前日からテレビの速報で『核爆破のホログラムテストを行います』と何度もクレジットしていたので、そこまで大きな混乱には至らなかった。
全てを悟った坂本は、少しだけ悔しそうに呟いた。
「やっぱり、君は転生者だろ?」
来翔もニコッと笑って、
「本当に違うんですよ」
とだけ答えていた。
江差の上空一万メートルは、この日も真っ青に広がっていた。二人の影だけが、静かに並んで浮かんでいた。もう、そこに核ミサイルは無い。閃光も、キノコ雲も、全てが幻だった。あるのはただ、同じ時代を、同じように生き延びられなかった、二人の男の穏やかな終幕だけだった。
(第196話へ続く)




