【第194話 さらば工業地帯】
「北九州工業地帯か〜。こうして空から見るのは初めてだな……。こんな日本の果てまで来ると、大手メーカーの派遣先でもブラックが多かったなぁ〜。北九州でなんの仕事をしてたっけな? 色んな土地で期間工や派遣で働きすぎて、もはや記憶がぐっちゃぐちゃだよ。でも、ブラックが多かったのは覚えてる。この辺の奴らの言葉遣いも印象が悪かったなぁ……。ナチュラルなパワハラみたいな喋り方でさ。さあて、ブラックに苦しんでる作業員たちの為に、俺が終わらせてあげるからね」
北九州上空一万メートルで、坂本が地上を見下ろしていた。飛行魔法で浮かせている核ミサイルに、躊躇うことなく坂本は網膜スキャンをして、自然落下させてしまった。
核ミサイルはあっという間に米粒になり、四十五秒後、北京、ニューヨークに続き、もう見慣れた眩い閃光が、坂本の狂気に満ちた瞳に映っていた。
「さて、今日はいっぱい落とさなくちゃならないから、急がないとな……」
キノコ雲を確認すると、坂本は次の攻撃ポイントまで飛び去って行った。
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続いてやってきたのは、瀬戸内工業地帯の上空。
「ここは悲惨だったよ。銅のインゴットをひたすら作ってた。黒いシャツを着ていても、一時間後には汗の塩で真っ白になるんだ。本当に過酷。給料も良かったし休憩も多かったけど、二度とやりたくないよ。こんな過酷な工業地帯は、浄化してやらなくちゃね」
北九州工業地帯と同じように、坂本は躊躇うことなく核ミサイルを落下させた。そして四十五秒後には、眩い閃光が坂本の瞳に映っていた。
「さてと、次行こうか!」
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続いてやってきたのは、阪神工業地帯の上空。
「ここも結構、色んな仕事をしたんだよなぁ。ここも北九州工業地帯と同じで、言葉遣いが既にパワハラ! 関西人の口調は本当に嫌いだった。職場でも関西弁、コンビニ行っても関西弁、牛丼屋で飯を食っていても関西弁。本当に憂鬱だったよ。二度と関西弁なんて聞きたくないから、ここも浄化してあげまんねや! 関西弁は大嫌いでんがな!!」
坂本は嬉々として網膜をスキャンして、核ミサイルを落下させた。
そして四十五秒後、上空一万メートルまで届く閃光を見て、「眩しいでんがな! アハハ!」と言って、次の攻撃ポイントまで飛び去った。
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愛知県小牧市の上空。
「この街は嫌いじゃなかったんだ。俺はここで死んだけど、愛知県は嫌いじゃなかった。期間工や派遣労働者の天国だった。言葉遣いも『デラ』とか『だもんで』とか、決して嫌いな言葉遣いでは無かった……。けど、俺はこの街で死んだんだよ……」
坂本は初めて網膜スキャンを躊躇ったが、結局、核ミサイルを落下させた。そして、ここの坂本は四十五秒を待つことなく、次の関東へと飛び去った。
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そして、坂本は北関東工業地帯の上空へとやって来た。
トンプソン、レベッカ、デビットが住む栃木県下野市は、この北関東工業地帯にある。実はゾーンが日本に核ミサイルを落としている姿は、トンプソンの『統御』スキルで衛星をハッキングし、一部始終をパソコンで見つめていた。もちろん、来翔の宿屋では、レベッカやデビットもゾーンの愚かな行動を全て見つめていた。
ゾーンが北関東工業地帯の空の上でも躊躇うことなく網膜をスキャンする姿を見て、レベッカは耐えきれずに涙を流しながらパソコンを見つめていた。
「何が、確定事項よ……結局、ゾーンのことを止められなかったじゃない! 地球人最強なんて嘘っぱち! あんな杓文字で戦ってること自体がふざけてんのよ! 次は東北、その次はこの江差なのよ? 私たち死ぬのよ? デビット! 逃げましょう! 今から出来るだけ遠くへ!!」
デビットもパソコンの画面を見つめながら答える。
「もう手遅れだ。レベッカ。ここで逃げ出したとしても、私たちにはもう帰る家も無い……」
そんな二人に、オンラインで繋がっているトンプソンが語りかける。
「二人とも落ち着け。まだ失敗したとは限らない。ボスは空の上だ。木べらの戦士といえど、空の上のボスは射程圏外なのだ。それに、俺たちは奴の作戦に一度は乗ったのだ! 最後まで奴を信じろ! 決戦は江差上空だと奴が言っていただろ!!」
レベッカは涙を流しながら答える。
「はい……。しかし、栃木の家が……。もしも奴が生きて帰ってきたら、私は必ず奴を殺します!」
トンプソンはモニター越しに答える。
「あぁ、作戦が終わったあとは好きにしろ。本当にレベッカが奴を殺せるならな……」
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ゾーンは東北の北上川流域工業地域上空でも、躊躇うことなく核ミサイルを落下。眩い閃光が、東北の街を照らしていた。
そして、いよいよ北海道の小さな町、江差町と奥尻島の中間地点の海の上空に、ゾーンが現れた。ただし、そこには漆黒のヘリコプター、ベル222通称エアウルフがホバリングして、坂本を待っていた。
坂本は途端に不機嫌になり、エアウルフ目掛けて手をかざして魔法詠唱を唱え出すと、エアウルフの外部スピーカーから、坂本には聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「坂本さん! 少しだけ話さないかい?」
来翔は胸ポケットのネーラに囁いた。
「ネーラ。僕に軽量化と並航で、坂本さんの近くまで運んでおくれ」
「うん。わかった。軽くな〜れ!」
来翔はエアウルフから飛び出して、ネーラの並航で坂本の前まで飛んだ。そして、来翔が坂本の前に浮いてるのを確認したエアウルフは、二人から距離を取って坂本の視界から消え去った。
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「木べらの戦士、来翔! 少しだけ遅かったね。もうあとは江差を壊滅させたら、俺は月に帰らせてもらうよ」
「坂本さん……。今日、破壊した街は全て、貴方が務めていた地域なんだね?」
「そうだよ。俺は期間工や派遣で、日本の全ての工業地帯で働いた。そして、死んだのさ。俺は転生してゾーンとなった。いわゆる転生チートってやつさ!」
「うん。知ってる。小牧で亡くなったのも調べたよ」
「さすが地球人最強だね。力技だけじゃない。頭も切れる。もしかして君も転生者?」
「ハハハ、僕はごく普通の日本人。転生も転移もしてないよ」
風が唸る上空一万メートル。それでも二人の声は、まるで工場の休憩所で交わす世間話のように、不思議と穏やかだった。
「せっかく、こんな上空一万メートルに来てくれたんだし、君にも核ミサイルの綺麗な閃光を見せてあげるよ。まさか、こんな空の上で魔道士の俺に勝てるとか思って無いよね?」
「うん。僕は胸ポケットのフェアリーの力で浮いてるだけだからさ。自由に飛び回れる訳じゃないんだ。だから戦うつもりもないし、僕としては坂本さんを殺したくない。同じ製造業者として、坂本さんの気持ちがわかるから」
「フフフ、そうだろ? やはり、君も俺と同じ匂いがしたんだよ」
坂本は、少しだけ嬉しそうに笑った。長い年月、誰にも理解されなかった何かを、ようやく分かち合える相手を見つけたような笑い方だった。
「なあ、来翔さん。俺は工場でも現場でも、ずっと『代わりのきく歯車』だったんだ。頑張っても頑張らなくても、同じ扱いをされた。でも、君の杓文字は違った。あれは、代わりのきかない仕事だった。俺はあの日、あんたの杓文字を手に取った時、初めて羨ましいと思ったんだよ」
「僕も、坂本さんの手つきを見てわかったよ。あの重機のラジコン操作、無駄が一つも無かった。あれは、長年、機械と真剣に向き合ってきた人間にしか出来ない動きだった。僕は坂本さんの仕事を、ちゃんと尊敬してたんだ」
二人はしばらく、黙って見つめ合っていた。眼下には、既に光を失った工業地帯の跡がいくつも広がっている。それでも今この瞬間だけは、まるで古い付き合いの同業者同士が、久しぶりに肩を並べているような、奇妙な穏やかさがあった。
「こんな日本を二人で浄化しないか? 核ミサイルならまだ半分は残ってる」
「いや、残念ながら残りの核ミサイルは、昨日のうちに処分させて貰ったよ。残りは坂本さんが今持ってる三発だけさ」
「は? 残りを処分? そんな事が出来るはず無いよ。残りの核ミサイルはワシントンDCにあるんだよ?」
「僕の知人で無限収納を使えるやつがいて、その人に捨ててもらった。二度と回収できないところにね」
坂本は、飛行魔法で浮かせている残り三発の核ミサイルを見上げて、ガッカリしたように呟いた。
「ハァ〜。まさかトンプソンが裏切ったのかい?」
「うん。坂本さんには悪いけど、使えるものはトンプソンでも使わせて貰ったよ。こっちもなりふり構ってられなくてね」
「ハハ、まあ良いさ。俺の真の目的は聖教国や帝国じゃなくて、日本の破壊だったからね。それはもう全て終わったから、言ってみりゃあ、この残りの三発もいらないっていえばいらないんだよ。ただ、今後も奥尻のゲートを心置き無く使いたいから、江差と上ノ国に君と勇者が住んでると厄介なのさ。だから、こんなクソ田舎には勿体ないけど、核ミサイルを落とさせて貰うからね」
その声には、もう憎しみも怒りも滲んでいなかった。ただ、淡々と作業を終わらせようとする、一人の労働者の声だった。
「坂本さん」
「なんだい?」
「僕は、貴方を止められなかったことを、悔しく思うよ。同じ現場で働いた者同士、本当ならもっと違う形で話せたら良かったんだけどね」
「フフ、いい奴だなぁ、来翔さんは。だからこそ、俺はあんたを恨めないんだ。でも――やる事はやらせてもらうよ」
坂本はここでも躊躇うことなく網膜スキャンの装置を開いて、最後のスキャンを行おうと瞳をセンサーに近づけようとする。
しかし、来翔はその場から動くこともなく、坂本に網膜スキャンをさせてしまった。
坂本はスキャンを終え、起爆へのカウントダウンのタイマーが動き出した瞬間、ニヤリと笑って、目の前の来翔に勝ち確を信じきって呟いた。
「サヨナラ。木工職人さん」
坂本は、核ミサイルの飛行魔法を解除した。
(第195話へ続く)




