【第192話 残された手段は?】
キャロラインとの話し合いを終え、キャロラインが部屋から出ると、トンプソンはホワイトハウスから外に出て、未だに営業していた小さなパブに入った。中には老人がカウンター内に一人だけいて、オーダーを聞きにくる。
「何にするね?」
「ビールがあればビールを。爺さん。こんな無法地帯でまだ商売を続けていて大丈夫なのか?」
「お客さんだってこんな無法地帯を一人で歩いて来たんだろ? 店を空けといて良かったじゃろ?」
「確かに……。でも、こんな所で商売をしていたら強盗が来ないか?」
すると老人は突然、カウンター内に隠していたショットガンを取り出して、トンプソンに見せつけた。
「この国のバーテンはこうして開拓時代から自分の身は自分で守ってたのさ! 近頃のひよっこにはわからんだろうがね……」
トンプソンも故郷のコナ国の事が懐かしくなった。
「良い銃だな……」
老人はショットガンをしまい、代わりにミラーライトの瓶ビールを出してきた。
「ほらよ」
トンプソンは代金を支払おうとして、ハッと気づいた。
「爺さん! すまん。つい癖でドルしか持ち合わせがない。まだ、ドルでも構わないか?」
「仕方ないなぁ。今夜だけならドルで許してやる。次回からは物々交換だぞ?」
ゾーンがニューヨークを滅ぼしてからのアメリカ本土では、もはやドルは紙くず同然になっていた。銀行という銀行が機能を止め、電子決済も動かず、それでも人が生きていくためには、目に見える物と物、力と力で交換するしかなかったのだ。これは旧コナ国でも同様で、ものが欲しい時は奪うか物々交換するしかなかった。これもまた、トンプソンにとっては故郷を思い出す懐かしいやり取りだった。
「明日からはビールには何を持ってくれば良い?」
「弾だな。ビール一杯なら弾五発。バーボンなら二十発だ」
東海岸は、もはや金では動かない大地になっていた。
◆
トンプソンはミラーライトを飲みながら、プリペイド携帯からレベッカに電話をかけている。バーテンダーの爺さんは気を利かせて厨房へと入ってしまい、店内にはトンプソン一人だけになって、お互いの情報の擦り合わせを行っていた。
「レベッカ。デビットとペックを愛知県小牧市へ向かわせろ。ボスの前世――坂本という男の身内を探させる。もし親兄弟でも生きていれば、その人間に説得を頼む。血の繋がりというのは、時に何よりも効く」
「わかりました。それで、私は……?」
「お前は北海道の江差へ行け。奴に会って来い」
「奴、というのは……」
「木べらの戦士だ。地球人最強の男。俺たちだけではボスを止められない。それがどれだけ悔しくとも、事実だからな」
電話の向こうで、レベッカが息を呑む気配が伝わってきた。
「敵に頭を下げろと言うんですか……?」
「そうだ。プライドも、体裁もいらん。お前が下げる頭一つで、日本が救われるかもしれないんだ。行ってくれ」
トンプソンの声には、迷いがなかった。
◆
モナの家では、トンプソンからの指示を受けたレベッカとデビットが、飛行機の手配をする事にしていた。
「モナ、東海岸はまだ空港は稼働してる?」
モナは自身のノートパソコンで、すぐにチケットを調べてくれた。
「えぇ、でも、こんな時だからチケットはオークション形式よ? もう日本までのチケットなんて百万ドルからスタートなの……レベッカもデビットも、そんな大金持ってるの?」
西海岸ではまだドルが通用していた。銀行も、カードも、オンラインオークションすらも動いている。ただし、それを求める人間が殺到しすぎて、価格は狂ったように吊り上がっていた。ドルという紙切れそのものが消えた東の荒野と、ドルはあっても札束の山でなければ何一つ買えなくなった西の混乱と――同じアメリカ本土でありながら、まるで違う地獄がそこにはあった。
カナダまでの旅費すら不正なパチンコで稼いだ三悪党に、百万ドル以上のオークションに参加する手段は無かった。しかし、レベッカとデビットにはトンプソンから日本に飛べと言われてしまっている。二人が困り果てていると、ニヤリとペックが笑って語り始めた。
「オークションなんていくらでも突っ込んでいいぜ! 俺の『模倣』スキルさえあれば、そこのチリ紙すら札束に模倣して作り出せるんだからな! モナ! 入札しろ! 必ずチケットをせり落とせ!」
そう言うとペックは、ボックスティッシュから一枚抜き取ると、瞬時に紙幣へと模倣して作り出した。どこからどう見ても、本物の紙幣にしか見えなかった。
モナはこの日の最高値で、日本行きのチケットを手に入れることが出来た。そして、約二十時間後には、レベッカとデビットとペックが成田空港に降り立っていた。
◆
空港からは二手に分かれた。レベッカは来翔の住む北海道へ。デビットとペックは、かつてゾーンの前世である坂本が暮らしていたという愛知県へと別れた。
まず、愛知県小牧市でデビットが坂本という人物について調べあげた。ペックの『模倣』を使えば、簡単に坂本の血縁関係者の書類を作り上げることが出来るのだ。
二人は、坂本が孤独死したという安アパートの大家の元へやって来ていた。ペックの模倣で、二人は日本の刑事になりきっている。
「貴女が大家さんの小林さんですね。二〇〇X年の一〇二号室の坂本さんについてお話をお聞かせください」
大家の小林という年配の女性が、当時のことを語ってくれた。
坂本は生涯独身で友達付き合いもなく、愚直に仕事場と安アパートの往復の毎日で、たまにパチンコを打つ程度のつまらない男だったと。晩年は失業保険で生活をしているうちに、ひっそりと亡くなり、その死にもしばらくの間、周囲から気づかれることなく、白骨化してから発見されるほど孤独な人生だったという。遺体を回収された後、部屋を片付ける際、生前の坂本の写真が一枚も無かった――旅行やイベント事など何一つ無かった証だ。あまりにも孤独過ぎて、特殊清掃員たちでさえ哀れんで涙ぐむほど惨めな生涯だったのだと、大家の小林は語ってくれた。
アパートを借りる際も家族がいなかったので保証会社を通して借りており、親や兄弟、親戚等も全く見つからなかった。もちろんペックの能力を駆使して戸籍謄本も調べてみたが、両親もとっくの昔に死別しており、天涯孤独。
だからこそ――なんの憂いもなく、日本を破壊できることが確定してしまったのだ。
「ペックさん、これは……もう我々ではゾーンを止められないかも知れない……」
「あぁ、せめて子供でもいりゃあ、説得出来てたかもしれないんだけどなぁ〜。こんな天涯孤独な人生ってあるのかね? 日本みたいな人口密度の高い国で……」
こうして、デビットとペックの身内からの説得プランは、絶望とともに終わってしまった。
◆
一方、江差に到着したレベッカは、来翔の宿屋にやって来た。
「ありゃま! 予約無しで来たんかい? 外国のお嬢さん!」
レベッカが宿屋を尋ねると、割烹着姿の老婆が出迎えてくれた。
「いえ、泊まりたい訳ではなく、来翔という人に会いに来ました」
「ありゃま! アンタは来翔さんの友達かい! せっかく来てもらったのは良いんだけども……残念だったね。来翔さんはここんとこずっと異世界の復興支援に行って、帰ってきてないんだよ」
「いつ頃戻るか分かりませんか?」
「そうだねぇ〜。復興したら戻るんでないかねぇ〜」
その言葉は、レベッカを絶望させた。
「すいません! どうにか連絡をとる方法はありませんか? とても急用なんです!」
そんなレベッカに、奇跡的な一言を、笑顔のカスミが答えてくれた。
「ん? そんなのは簡単さ! 毎朝、現地に食糧支援してるんだもん。明日の朝にでも手紙を業者に託せば良いのさ。今夜はうちに泊まって行きなさいな。輸送トラックが来たら起こしてやるよ」
レベッカは泊まる覚悟を決めてカスミに「よろしくお願いします」と申し込むと、ロビーの水槽の中の不気味な熱帯魚が、水面からニュッと長い口を出して、中年男性のイケボで話しかけてきた。
「カスミ、そのお嬢さんは急用らしいぞ。我が同族の能力を使って、私がすぐに来翔を呼んでやろう。明日の朝に手紙を託すと、早くても来翔がこちらへ帰ってくるのは明日の夜になってしまうではないか。それでは困るのだろ? お嬢さん?」
「そ、そんな事が出来るのですか? 異世界とコチラでは通信は不可能だと聞いてますよ?」
「ふん! 私なら可能であるな。既にあちらにいる同族には今の件は伝えておる。暫し待て」
レベッカが唖然としてしまい、すっかり忘れていたが、今、目の前の魚は人の言葉を喋っていた。急に怖くなってきた。
「あ、あの……今のは貴女の腹話術ですよね……?」
レベッカは目の前のカスミに、恐る恐る尋ねてみた。するとカスミはケラケラと笑いながら答える。
「ありゃま! 私がかい? 腹話術なんて出来るわけないでしょ! 嫌だねぇ〜。今の声は間違いなくこの魚のアインが喋ってんのさ。このアインがこの宿の支配人なの」
アインは再び水面から長い口をニュッと出して答える。
「私はエレファントノーズフィッシュ。この地球上で最も知能の高い生物と言われておる。来翔と連絡が着くまで暇であろうから、Wikipediaでエレファントノーズフィッシュと検索して調べておくと納得も出来るだろう」
レベッカは言われた通りにスマホで検索をしてみると、アインの言っていた事がほぼ事実だった事に衝撃を覚えてしまった。
「は? こんな小さな魚が!? 嘘でしょ?」
「うむ。人は自分たちが地球で最も頭が良いと勘違いしているふしがあるからな。お嬢さんもそう思っていたのだろう。そのショックな気持ちも分からなくは無いが、人よりも頭のいい種族は他にもいるのだと自覚する方が良いぞ?」
その時、アインが何故だか笑ったような気がしたと思ったら――
「喜べ。お嬢さん。すぐに来翔が帰ってくるそうだ。たまたま今日はあちらにエアウルフも復興支援を行っていたために、五分でここへ来るそうだ」
レベッカはにわかに信じられなかったのだが、五分とは言わずに二分半で、超音速で謎の漆黒のヘリコプターから宿の庭に来翔が飛び降りてきた。
(ドドドドドッ……!)
レベッカはびっくりたまげてしまった。
「あれ? 確か……トンプソンの部下の人だよね?」
そんな非常識な登場シーンに、レベッカと老婆のカスミが腰を抜かしてしまったので、来翔が必死でカスミを介抱しながら、リスタオールを呼んでいた。
「リスタオールさん!! 大変だったー! カスミさんの腰が抜けてるー! あと、お客さんの腰も抜けたー! 早く来て治してください!!」
呆れ顔のリスタオールが二人に回復魔法を唱えて腰を治すと、リスタオールは無言で二人分の治療費、三千万円の請求書をバンとテーブルの上に置いて、一言だけ文句を言って部屋へと帰って行った。
「被災者の怪我の治療で、本当にMPが枯渇してますのよ!!!」
今の治療で来翔の借金は、ついに二千五百億円を超えてしまっていた。
◆
来翔は気を取り直して、レベッカに向き合った。
「それで? 何か御用ですか? レベッカさん」
全て事が規格外すぎて、レベッカは言葉がしばらく出てこなかった。
そして、色々とツッコミたかったが、そこは我慢して、ようやく本題から告げることが出来た。
「敵に頼むのは本当に嫌ですが………」
レベッカは深呼吸をして気持ちを落ち着かせてから、真剣な眼差しで語り出した。
「日本はこの世から無くなります。助けてください……」
カスミとアインが顔を見合せて息を飲んだ。
ただ、来翔だけが、いつものように客人であるレベッカにお茶菓子を出して、そのひとつを胸ポケットの中のフェアリーのネーラに手渡しながら答える。
「OK。助けるよ」
まるで、隣の家から回覧板を持ってきてほしいと頼まれた時のような、あっさりとした返事だった。
(第193話へ続く)




