【第190話 バレバレの社会未経験者】
トロントに着いたトンプソンとデビットとレベッカは、現地のカナダ人としてホームデポの店員をしているペックと再会していた。
ペックは工具売り場で和やかな店員を『模倣』スキルで演じているため、どこから見ても蛮族のゾーン団には見えなかった。
「いらっしゃいませ〜。おっと、トンプソンさん!? やはり生きてましたか!!」
ペックは愛想良くトンプソンを出迎えた。
「ペック、ニュースを見たか? ホワイトハウスにボスが住んでるのだが、これはどういう経緯なのだ?」
ペックは和やかな笑みのまま答える。
「僕の仕事は十七時までなので、近所のカフェで待っていてください。勤務が終わったら合流しましょう」
トンプソンは客らしく振る舞うため、ペックの担当売り場で最も高価な十四インチコードレスチェーンソーを買ってからホームデポを出た。
◆
ホームデポの近くのカフェ。手持ち無沙汰なトンプソンが、買ったばかりのチェーンソーを開封してデビットと語り合っている。
「デビットよ、このリチウム電池を見ろ。SONYの電池に比べてかなりデカくて重い」
「そうですね。電動自転車サイズの缶を使ってるんでしょうね」
「そうだな。ここはカナダだ。林業が盛んだからこのくらい大型のリチウム電池じゃないと半日持たないのだろう……しかし、これでは取り回しが不便だな……俺ならこれくらいでも振り回せるが、普通の人間には重すぎるんじゃないだろうか」
デビットは片手で持とうとしたが、自由自在に扱うには重すぎるようだった。
「そうですね。もう少し軽めに作っても良いのかも知れません。リチウム電池を半分にするだけでも、かなり扱いやすくはなりますね」
等と男子の新品工具への好奇心トークをレベッカが呆れながら聞き流していると、仕事を終えたペックがそそくさとカフェに入ってきた。
「お待たせしました!」
ペックがホームセンター店員をしながらでも集めた情報を、トンプソンに語り出す。
「ニューヨークが壊滅する前に、一応、キャロラインからゾーン団のメンツにはちゃんと連絡がありましたよ。ニューヨークから退避ってね。それで、ユーロ圏の生き残りも近々アメリカへ移動してくるそうです。自由の国となったアメリカを、ゾーンの新たな土地にするとボスが決めたそうです」
トンプソンが全てを聞いた上でペックに尋ねる。
「カナダやメキシコはどうなるのだ?」
「今のところ、ボスはアメリカ本土だけをゾーンの国土とするそうです。隣接する強奪する国がないと、ゾーンの民の強奪欲を満たせないですからね。今後はこのカナダやメキシコは、ゾーン団の強奪の為にだけ存在する国となるみたいです」
ゾーンの民は欲しいものを奪う。惚れた女は攫う。その欲を満たすには、獲物となるターゲットも必要なのだ。つまり、カナダとメキシコへ大量に逃げ出したアメリカ人は、上手く逃げたつもりでも、それは逃げきれた訳ではなかった。ゾーンの民の強奪欲や独占欲を満たすためだけの、いわば放牧や放流に過ぎなかったのだ。
この場でその理を理解できるのは、ペックとトンプソンだけだった。地球人であるデビットとレベッカには、少し理解の範囲を超えていた。
トンプソンはもう一つ、気になることがあったのでペックに質問を投げた。
「ボスはどうやって核ミサイルを見つけたのかわかるか? 隠し場所はペックにも知らせてなかったはずだが」
「それは地球側の協力者からの情報提供だと聞いてますよ。ほら? ZON社の……なんて言ったかな? カリーナの恋人の〜〜」
そこまで聞いた時、レベッカが即座に反応した。
「モナ! モナね! モナが隠し場所を見つけたのね?」
「そうそう! そのモナ! ボスはカリーナの事を聞くために、モナの所へ行ったんじゃないですかね?」
それを聞いてトンプソンはますます混乱してきた。
「しかし……だな……俺はモナにも隠し場所は教えてないんだ。あの頃の俺とカリーナは、完全に敵対していたからな……」
そんなトンプソンにレベッカが答える。
「主任! モナならプロファイリングが出来ます! 主任が潜水艦から生き延びた事を推理した事で、主任の無限収納の収納出来る制限時間の限界値を知っているので、何ヶ所か候補地をピックアップしたんだと思います。モナにはそれが出来る人でしたから。あの暗殺に関する知識も、全てモナが考えた事だと思います」
「なるほどな。カリーナにしては暗殺に関する全てが綺麗すぎた。完全犯罪などカリーナには無理だったからな……それでレベッカよ。お前ならモナに会いに行くことは可能か?」
レベッカはノートパソコンを開いて、しばらくの間カタカタと検索してから答える。
「たぶん……ここ。主任! 彼女が住んでいそうな地域を数箇所に絞りました。私が彼女に会って、トロントまで連れてきましょうか?」
「いや、そこまでしなくてもいい。ただ、会って誰の発案で中国やニューヨークを狙ったのかを知りたい。地球のことを全く知らないはずのボスが、ピンポイントで今の旧中国と世界の中心でもあるニューヨークを狙った意味がまるでわからん。核ミサイルは二十発しか無いんだ。無駄打ちしてる場合ではないからな。あの核ミサイルは、聖教国と帝国を滅ぼすために使うはずなのだからな……」
それを聞いてペックも不思議そうな顔で同意した。
「確かにおかしいですね……。残りは十八発か……アメリカ本土をゾーンの新たな土地にするってのも、よくよく考えるとおかしな話ですね。聖教国と帝国を滅ぼせば、わざわざ地球側に移住しなくても、あちら側で好き放題できますからね……? そう考えると、ボスは何故二発も無駄打ちをしたんだろう?」
「それをモナに聞いてきてくれ。レベッカ。デビット。二人でシアトルまで行ってきてくれ。ペックは仕事を何日か休めるか?」
「それは可能ですよ。僕はただのアルバイトですからね」
こうして、魔道士タイプのペックの飛行魔法で、デビットとレベッカがトロントからシアトルまで飛んで行くことが決まった。
「それでは、主任はこれからどうするのですか? トロントで我々が帰還するのを待ってるのですか?」
トンプソンは先程買った十四インチチェーンソーを撫でながら答える。
「ボスの行動が怪しすぎる。俺の『統御』スキルが、ボスの不可解な行動に対して不具合を感じているのだ。だから、俺は一人でホワイトハウスへ行く。そこでボスの行動について直接聞いてみる事にするさ。レベッカにはその為の裏付けを頼みたい。モナからボスの目的を探ってくれ」
今後はペック班とトンプソンが直通できるようにと、ペックが自身のホームセンター内にある携帯ショップからプリペイド携帯を買ってきて、お互いに配っていた。
「もしも、ボスの真の目的がモナから分かったら、この携帯で報告してくれ。俺もボスに不審な動きがあるようなら、すぐに連絡をする。ペック。この二人を必ず守れ」
ペックが模倣スキルを解除して素顔の荒々しい人相に戻り、トンプソンへ忠誠を誓った。
「任せてくださいよ! 俺はトンプソンさんに憧れてゾーン団に入ったんですからね! 俺の忠誠はボスではなく貴方だ!」
翌日、ペックはホームセンターにしばらく休むと伝えると、レベッカとデビットを伴って、漆黒の深夜の空へと飛び立って行った。三人を見送ったあと、トンプソンは一人、ホワイトハウスのあるワシントンDCへと飛び立った。
◆
数日後。レベッカとデビットは、シアトル市内を走っていたモナの夫であるタクシー運転手のジムを発見。ジムを尾行して、ついにモナのマンションを見つけていた。
そして、ある日の午後。マンションにはモナと赤ん坊しかいないことを確認してから、ペックがジムの姿に模倣して、モナの部屋のインターフォンを押した。
「ごめん! モナ。免許証を忘れたよ〜」
マンションの入口は簡単に開けられ、三人は一気にモナの部屋まで突入した。
突然部屋に入ってきた三人に慌てふためき、赤ん坊を必死に守ろうとしていたモナだったが、それがレベッカとデビットだとわかると、急に力が抜けたように腰を抜かしてしまった。
「レベッカ……デビット……どうして? どうしてここが?」
「そんな事はどうでもいいの。貴女、ゾーンのボスに核ミサイルの隠し場所を教えたわね?」
それをズバリ言われたモナは、突然号泣し始めた。
「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」
散々泣き腫らしたあとで、ようやく落ち着きを取り戻し、モナがポツリポツリと答え始めた。
「まさか、地球で核を使うと思わなかったの……カリーナからも核は、あちら側で使うと聞いていたから……」
その声は震えていた。あの頃の自分は、ただ生き延びるためだけに動いていた。カリーナを死なせるための情報が、まさか遠く離れた見ず知らずの街の人々の命を奪う引き金になるとは、モナ自身、想像すらしていなかったのだ。
「でも、貴女には隠し場所は教えてない! 何故、わかったの?」
レベッカが厳しく問いただすと、モナも罪悪感から素直に答える。
「トンプソンの無限収納には制限時間があるのは知ってたの。だから、潜水艦の沈没場所は知っていたから、そこから逆算すればすぐにわかったの……」
「貴女のせいでニューヨークに住む私の幼なじみが死んだのよ!?」
レベッカは涙を浮かべていた。モナも泣きながら答える。
「私だって大学時代、ニューヨークに住んでたの!! ニューヨークには知人が沢山いたのよ!!」
モナは再び号泣した。腕の中の赤ん坊が母の異変を感じ取ったのか、小さくぐずり始める。それをあやすことも忘れ、モナはただ両手で顔を覆っていた。自分が積み上げてきた推理と情報が、遠い異国の街を焼き尽くしたという事実は、この数日、彼女の眠りを奪い続けていたのだ。
「モナ! しっかりして! ちゃんと答えなさい! ゾーンは目的があって旧中国とニューヨークで核兵器を使ったの!? 地球の知識なんてまったくないゾーンが、ピンポイントでダラスが滅ぼした旧北京を破壊したあと、世界の中心であるニューヨークを破壊する事なんて、確率的にありえないのよ! 北京のことを教えたのは貴女でしょ? ゾーンがダラス将軍よりも遥かに強いという力を見せつける為?」
モナは首を横に必死に振って否定した。
「違う! 私じゃない!! ゾーンが勝手に行ってしまったの!! それに、ゾーンには私の元へ来た時には、地球人レベルで地球の知識を知ってたのよ! 例の貴女達が仕組んだ金星作戦を知っても、金星に関する知識も何故か持ってたもの!!」
ZON社にいた全てのゾーン団を騙し通せた金星プロジェクト。あちらの世界では兄であるゾーンが月を支配した。それに対抗すべく、カリーナや他のゾーン団はそれを超えようと、こちらの世界の金星を支配するために宇宙へ行こうと本気で考えていたほど、ゾーン団という人種は頭が悪かった。まさに蛮族。これから支配しようとしている金星についても、一切学ぼうとしなかった。当然、地球に初めて来訪したゾーンに、こちら側の金星についての知識があるはずがないのだ。
レベッカとデビットが頭を悩ませていると、ペックがレベッカに尋ねてきた。
「ん? 金星ってのは月よりも占領しにくいのかい?」
「占領? 占領どころか、恐らく着陸する前に全員死ぬのよ。金星は地球から行ける範囲内で最も生命が生きにくい星なのよ……。だから、私たちは木べらの戦士の考えで、カリーナという難攻不落の魔道士を金星に送って殺そうとしたの。まあ、打ち上げ直前でバレちゃったけどね……」
カナダですっかり地球人として馴染んでいたはずのペックでさえ、金星や宇宙については無知だった。これが本来のゾーンの民なのだ。
「それなら、ゾーンは何故、金星や中国やニューヨークの知識があったのかしら?」
少し冷静さを取り戻したモナが、何か思いついたかのように呟いた。
「あの人……見た目は三十代のオジサンに見えるけど、中身は社会経験のないクソガキに見えたわ……言葉遣いや家での振る舞いが、年相応の感じが全く無かったのよ……」
そして、モナがハッと思い出してレベッカに告げる。
「そういえば!! 中国に飛び去る前に、私に中国の方角を聞きに来たの! そこのベランダに突然、飛んで来たの! その時に私、中国の方角だけを教えたら、彼は飛び去る前にこんな事を言ったのを聞こえたのよ……『これで積年の恨みを果たせる』って……」
それを聞いたレベッカとデビットは、ますます混乱してしまった。
「ゾーンが中国に恨み……?」
レベッカが頭を悩ませてる中、デビットはすぐにプリペイド携帯でトンプソンへと報告をしていた。
携帯からデビットの報告を受けたトンプソンは、胸ポケットにプリペイド携帯をしまってから、ホワイトハウスの重々しい門を開けた。
(第191話へ続く)
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(あとがき)
・ホームデポ(Home Depot)はカナダ・アメリカで実在するホームセンターチェーンです。プロ向け工具の品揃えが豊富で、林業・建築が盛んな北米では大容量バッテリーの電動工具が定番となっています。
・SONYのリチウムイオン電池は民生機器向けの小型・軽量設計に定評があり、作中のトンプソンの比較表現もそうした実際のイメージに基づいています。
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