【第187話 正義の閃光】
かつてトカゲ軍のダラス将軍たった一人に壊滅させられた旧中国には、現在ロシアやインドの人々が流入し、多国籍な国家へと生まれ変わろうとしていた。中華人民共和国という名は、もう無い。今は『シン』という多民族国家になっている。
そんな現在の事情など全く知らないゾーンは、高度一万メートルを飛行魔法で滑空していた。核ミサイルもまた、その飛行魔法で共に浮かせながら。
「トカゲのせいで、今の中国には中国人だけじゃいないんだな……」
二千年代、坂本が工場勤めの末期に差し掛かっていた頃、日本国内で派遣の仕事が無条件で見つからなくなっていったのは、まさにこの国の存在が理由の一つだった。桁違いの人件費の安さと豊富な労働力を武器に、あらゆる製品の製造拠点として急成長していったこの国のせいで、日本国内では安価な製品が普及し、企業はコスト削減のために工場を海外へ移していった。来翔もまた、その頃から木製の杓文字が市場で売れなくなっていったはずだった。
「まあ、この国だけが悪いわけじゃないってことは、俺でもわかるさ。でも、この国から流れてくる粗悪な部品のせいで、日本の『ものづくり』は静かに殺されていったんだ。四十点の製品すら作れなくなって、せいぜい二十点の製品しか作れなくなった。……悪いけど、付き合ってもらうよ」
ゾーンは、そう独りごちた。
◆
その先に何が起きたのかを、詳しく語ることはしない。
ただ、ゾーンの意識の中では、時間の感覚が引き延ばされていた。
(トンプソン。君はやはり、ゾーンに置いておくのは勿体ない天才だ)
網膜スキャンに瞳をかざすと、核ミサイルを浮かせていた魔法が解けた。ミサイルは、静かに落下を始める。それはすぐに豆粒のように小さくなり、やがて視界から消えた。
そして――旧中国の空の一点が、閃光に染まった。
ゾーンの眼下に広がったのは、ほんの一瞬で更地に変わった大地と、ゆっくりと立ち上がっていく巨大な雲だった。
それは、ゾーンにとって、まるで現代アートのように美しく映った。円形に広がる爆風の跡と、その中心から立ち昇っていく雲のグラデーションを、ゾーンは鼻歌混じりに見下ろしていた。長年、胸の奥に刺さっていた棘が、その光景を見た瞬間、すっと溶けていくような感覚があった。
「うん。これは、癖になるな。あと十九発、大切に使おう。でも、日本はメインディッシュだからね……。次は、どこにしようかな?」
そう言うと、ゾーンはニューヨークへ向けて飛び去っていった。
◆
ニューヨークのパークアベニューにある美容整形クリニックでは、キャロラインがテレビの緊急生放送を見つめていた。
「ただいま、キャロライン。さすがはトンプソンだね。彼の『統御』スキルは完璧だ。空からの眺めは最高だったよ。次はキャロラインも見てみるかい? このニューヨークにも落とそうか?」
キャロラインはクスッと笑って答えた。
「素晴らしい。このニューヨークには、勘違いしたセレブしか住んでませんの。世界の中心が自分達だと本気で信じているような人種ばかり。このような、まがい物の自由の国は、我々ゾーンの民が目指す自由の国とは、まるで違うのです」
欲しいものは奪う。憎い相手は殺す。それこそが、ゾーンの民が本来目指すべき『自由な国』の姿だった。その自由の思想は、アメリカという国が掲げる自由とは、根本からまるで違う。
「うん。俺たちの言う自由の国ってのは、西部劇の頃のアメリカに近いんだよ。開拓時代のアメリカは、コナ国のような蛮族しかいなかったのさ。そんな古き良きアメリカに戻すために、ここを更地に戻すのも悪くない。そのためにも……俺達の思想を、世に問うてみようか。この国にはまだ、色んな理不尽に不満を抱えてる人間が大勢いるだろう?」
ゾーンの言葉に、キャロラインは早速、受付嬢のソフィアへ新聞広告の手配を指示した。ソフィアはすぐに、新聞各社へ電話をかけ始めた。
そんなソフィアを見ながら、ゾーンがキャロラインに尋ねる。
「あの受付嬢の家族は、避難させてやれ。家族はいるんだろ?」
「あの娘の家族はメキシコですわ。あの娘自身、不法移民なんです。それこそ今、ボスが仰った、虐げられていた側の人間ですわ」
それを聞いて、ゾーンも納得した。ニューヨークを破壊するという話を聞いて、誰よりも嬉々として電話をかけていたのがソフィアだったのだから。
ほとんどの大手新聞社からは何の反応も無かったが、あるタブロイド紙だけが、キャロラインのクリニックの一面広告に応じてきた。広告面には、こんなキャッチコピーとキノコ雲の写真が掲げられた。
『秩序という名の鎖を断ち切る、正義の閃光を見よ。本物の自由は、ゾーンにあり』
旧中国での謎の核爆発が起きたばかりだったこともあり、一般紙は見向きもしなかったが、このタブロイド紙だけはむしろ食いついてきた。それどころか、広告掲載の条件として決行日を教えるよう求めてきた。社に勤める記者やその家族を、先に避難させるためだった。つまり、この小さな新聞社は、アメリカを裏切ってゾーン側につくことを選んだのだ。
先日の核爆発は、依然として原因不明とされ、原発事故説が有力視されていた。だからこそ、この予告は極めて重要な意味を持つ。世界に対して、ゾーン団が核を持つという事実を証明するための布石を、ニューヨークの小さなタブロイド紙が担うことになった。
翌日から数日にわたり、キャロラインの美容整形クリニックの広告が、そのタブロイド紙の一面を飾り続けた。ニューヨーカー達は、その異様な紙面を気に留めることもなく、何の変化もない数日間を漠然と過ごしていた。
◆
そして、決行日。
ニューヨーク上空一万メートルには、ゾーンと、飛行魔法で浮かされたキャロライン、ソフィア、そしてタブロイド紙の記者とカメラマンが、核ミサイルを前に、眼下に広がる摩天楼を見下ろしていた。
ある意味で共犯者となってしまった記者が、ゾーンに尋ねる。
「ゾーンさん。本当に、ニューヨークに落とすんですか?」
「当たり前だ。古き良きアメリカに戻ることを祈ってな。無法者だけが生きる、本当の自由の国。それが、俺達の理想なんだ」
「あなた方の民にとって、それが本来の自由だと?」
「そうだ。欲しいものは奪う。惚れた女は攫う。本能のままに動くことこそが、俺達の理念だ。さて、カメラマンくん。準備は良いかい?」
カメラマンが、震える手で撮影を始めた。
その先の光景を、これ以上細かく描写することはしない。
ただ――数十秒後、全員の目を貫くほどの閃光が走り、やがて美しい爆風のグラデーションが視界いっぱいに広がった。その後には、爆音とも、人の嘆きともつかない不思議な音色が、上空一万メートルの静寂を揺らしていた。
キャロラインとソフィアは、それに聴き惚れるように、ただ黙って耳を傾けていた。
目の前に、美しいキノコ雲が完成する。
この日、ニューヨークは、開拓される以前の、静かな湿地と島々の姿へと戻っていった。
そして世界は、あのタブロイド紙の連日の一面広告が、何を意味していたのかを、ようやく思い知ることになった。
秩序という名の鎖を断ち切る、正義の閃光を見よ。本物の自由は、ゾーンにあり。
(第188話へ続く)




