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【第186話 勝ち確】

 日本の奥尻島へ上陸したゾーンは、真っ先にオーストラリアのエアーズロック秘密基地へ、飛行魔法で飛んだ。


 ゾーンの飛行魔法は、一般的な魔道士の飛行魔法とはまるで別物だった。風魔法と魔法防壁を融合させて編み出した、音速飛行が可能なオリジナルの魔法だ。奥尻島からマッハ1でオーストラリアまでは、およそ六時間。ゾーンはいとも簡単にエアーズロック基地へと到着した。


 だが――そこでゾーンは唖然としてしまった。


 地下秘密基地が、無くなっていたのだ。地下への秘密扉は完全に塞がれ、政府の立て看板と共に封鎖されている。


「なんだこれは? 秘密基地がバレたのか……。どうりで、オーストラリアゲートからの来訪者がピタリと来なくなった訳だ……」


 オーストラリアでの残党との接触を諦めたゾーンは、そのままZON社のあるシアトルへと飛んだ。だが、そこでもZON社は跡形もなく消え去っていて、妹であるカリーナの行方すらわからなかった。


「チッ! カリーナはやはり馬鹿だったな。あんな馬鹿に会社勤めなんて、無理な話だったんだ! クソッ! 何処に消えたんだ、カリーナの奴は!」


 カリーナがとっくに死んでいることを知らないゾーンは、出来の悪すぎる妹への苛立ちを募らせていた。


「せっかくトンプソンが大きくした会社を、どうせカリーナが潰したんだろうな……」


 ゾーンは西海岸を諦め、東海岸へと飛んだ。



 ◆



 ニューヨークはパークアベニュー。セレブの街にある一軒の美容整形クリニックへ、ゾーンは入っていった。受付の美女が出迎える。


「ボス、地球側にいらしていたんですね」


「あぁ、昨日来た。キャロラインはいるんだろ?」


「ええ。中へどうぞ」


 受付嬢は、クリニックの扉に『臨時休業』の札を掲げた。


 診察室に入ると、美人の女医姿のキャロラインが待っていた。キャロラインには『偽装』というスキルがある。医師免許を取得し、客の要望通りの偽装スキルによる整形を施す天才女医として、パークアベニューでは話題の人気クリニックを営んでいた。団員たちのパスポートなども、すべてキャロラインが制作している。


「あら? ボスが地球側に来るなんて、初めてじゃなくて?」


「あぁ、オーストラリアの基地が無くなっていてな。オーストラリアゲートからの来訪者がピタリと来なくなったから、様子を見に来た。いったい何があったんだ? 西海岸も見てきたが、ZON社も無かったぞ?」


 キャロラインは順を追って説明を始めた。


 トンプソンが核兵器を使用可能な状態にしてボスへ献上に向かったこと。カリーナが内密にボスを超えて金星を侵略し、第三十六代目のゾーンを襲名しようとして失敗し、死んだこと。その後、トンプソンとカリーナを失ったZON社が買収されたこと。エアーズロック基地がいつの間にか封鎖されていたこと。アメリカ在住のキャロライン達には、序列二位のザンドスが地球に来ていたという事実すら知らされていなかったこと――ゾーンが欠けていた情報が、一つずつ埋まっていった。


「なんだと? トンプソンは俺に核兵器を献上しに来たのか?」


「はい。間違いなく、原子力潜水艦でオーストラリアゲートへ出航しましたわ……。まさか、あちらには来ていないのですか?」


「あぁ……来ていないぞ?」


 キャロラインもゾーンも、ネットで勇者側の討伐記事を検索してみたが、答えは見つからなかった。


「これは……どういう事だ? カリーナの死は記事にもなっているから確定なのだろう。しかし、トンプソンの事は一切書かれてないということは、まだ死んでいない可能性が高い。それならば何故、トンプソンは俺の元へ来ないんだ? 核兵器はどうしたんだ?」


 キャロラインが恐る恐る提案する。


「もしかしたら、潜水艦に不具合でもあって沈没したとは考えられませんか? 潜水艦が沈没しても、誰も気づきませんし……」


「た、確かにそうだな……。それでも、トンプソンならば海底からでも脱出は出来るのではないか?……いや、水深三百メートル以上の深さからだと、水圧で死んでるのかもしれないな……。ちょっと時間はかかるけど、俺がサンフランシスコからオーストラリアまでの航路を調べてみるしか無さそうだな……。水圧で核ミサイルも潰れてるかもしれないけど、まだ使える可能性があるなら回収したい」


 ゾーンはキャロラインに海底で必要な食料などを調達させ、大型のリュックに詰め込むと、オリジナルの音速飛行魔法でサンフランシスコへと飛んだ。風魔法で空気のバリアを作り、魔法防壁で水圧対策を施して、海の中へと消えていった。



 ◆



 水中を進みながら原子力潜水艦を探すと、サンフランシスコを出てから半日もしない距離の、海底六百メートル付近に、吸水口周辺が大破した潜水艦が沈んでいた。


『やはり、沈没だったか……』


 船内をくまなく探索したゾーンは、ある違和感に気づいた。


『死体が無い』


 魚にでも食われたのかとも考えたが、骨すら残っていない。つまり、団員は脱出に成功したということになる。それでも、ゾーンにとって重要なのは生き残った団員よりも核ミサイルだった。ミサイル庫へと進んでいく。


 だが、そこは空っぽだった。


『まさか、政府が回収したか? いや、それなら、それなりのニュース記事があるはずだ。ということは、トンプソンが沈没直前に『無限収納』スキルで核ミサイルだけは守りきったということか? さすがはトンプソン! ただ、その肝心のトンプソンが何処に消えたのかが、全くわからん……』


 ゾーンは再び、キャロラインのクリニックへ帰還した。



 ◆



 潜水艦の顛末を告げ、トンプソンについての情報を集めさせると、彼自身の消息は掴めなかったものの、失踪直後に秘書のレベッカと、右腕だったデビットも行方不明になっていることに気づいた。


 キャロラインが徹底的にレベッカとデビットを調べていくと、レベッカにはモナというライバルの存在があったことにたどり着いた。


「ボス、このモナという人物なら、レベッカの居所がわかるかもしれません! 住所はシアトル市内です!」


 ゾーンはシアトルの、モナとジム夫婦が暮らす家へと飛んだ。


 堂々と玄関の扉を開けて中へ入ると、ちょうど子育て中のモナがいた。ゾーンの顔を見て、ドキッと身構える。


「だ、誰?」


「まあ、落ち着け。モナ。俺はゾーン。カリーナの兄だ」


 それを聞いたモナは、顔を青ざめさせて震え出した。


「カリーナの……ゾーン団のボス……」


「おいおい、そんなに怯えるなよ、モナ。お前のことはカリーナからの報告書で知っているぞ? あのワガママ娘の面倒を見てくれて、礼を言いたいだけだ。カリーナが死んだこともニュース記事で知っているさ。だから、俺にはお前への敵対心はないし、カリーナが死んだ理由も、バカバカしくて笑ってしまったよ。金星を支配して俺よりも序列を上げようとしてたんだろ? こんなアホな妹が死んだくらいで、俺がモナを責めるはずがないだろ? それで、モナには重要な事を聞きたいのだが……トンプソンとレベッカとデビットは、今、何処にいる? 一応、お前のスマホを見せてくれるか?」


 モナは素直にスマホを差し出した。ゾーンは着信履歴やメールを調べ始める。


「うん。やっぱりモナはレベッカとは敵対していたから、その後の連絡は取ってないみたいだね?」


 モナは何度も頷いて答えた。


「し、知りません! 私はトンプソンもレベッカもデビットも、行方は政府でも知りません。ただ、潜水艦を沈めたのはカリーナさんからの命令です。トンプソンを殺害するのは、潜水艦ごと沈める方が手っ取り早いと……」


「はぁ〜。我が妹ながら、そこまで愚かだったとは……。でもさ、野蛮人な妹が、そんな工作員みたいな芸当ができるとも思えないんだけど?」


「それは、ある日、カリーナさんに『判断力』というスキルが派生してしまい、それ以降はトンプソン並みに頭が切れるようになったからです。なので、トンプソンが核兵器をボスへ届けると、カリーナ様のこちらでのミスが報告され、序列三位という自分の立場をトンプソンに明け渡すことになると判断したようです。なので、トンプソンも核兵器も、カリーナさんには邪魔な存在になりました」


「なるほどね。でもね、潜水艦の中には核ミサイルは無かったんだ。モナは、政府が回収したと思うかい?」


 モナもそこまでは考えたことがなかったらしく、慌ててPCで、サンフランシスコ沖の沈没潜水艦についての政府機関のデータを探ってみた。だが、海底からサルベージしたなどの項目は、一つも出てこなかった。


「やはり、政府が回収したとは考えにくいですね……」


「やっぱりそうだよね? 俺もそう思う。トンプソンには『無限収納』ってスキルがあったことは知ってる?」


「はい。でも、無限収納を使用している時はMPが二時間で半分近く失われると聞いていますよ? 海底から持ち出したとして、六、七時間後には一度、何処かに出さないとMPが尽きるはずです」


「だよね〜。ってことは、トンプソンは海底から脱出して六時間で核ミサイルを何処かに隠した可能性が高いよね? モナなら何処に隠す?」


 モナはサンフランシスコ近郊のGoogleマップをPCに開いて探し始めた。


「ボス、誤解なさらないで聞いてください。私は途中からカリーナさんを裏切っていました……。と言っても、私がというよりも私の旦那がレベッカサイドの者たちに保護されていたんです。旦那からの情報では、トンプソンは潜水艦から脱出したあと、木べらの戦士に捕まって米軍に拘束されていたはずなんです。つまり、海底から脱出したあとは、もうどこにも核ミサイルを隠すことが出来なかったはずなんです。潜水艦から脱出したあとは、当然、船で救助されて港に帰ってくるはずなので、どこかの港に一度、沈めておいたのではないでしょうか。そして、トンプソンは米軍から逃げて、それを港から回収して他所に移した。海水だとさすがの核ミサイルも錆びてきますから、海底に放置したままには、トンプソンもしたくないはずです」


 モナはサンフランシスコの様々な港から、核ミサイルを隠せそうなポイントをGoogleマップで探していく。


「まず、いちばん簡単な隠し場所はタホ湖。ここは水深が五百メートルもあり、淡水です。海水よりは長く水の中に隠せます。あとは飛行機移動でグランドキャニオンに行って、人が行くことのできない谷底へ飛行魔法で行って隠すのも良いかもしれません。それから、シエラネバダの廃坑という、今は使われていない鉱山があります。ここも隠し場所としては優秀です。まあ、これらは私の憶測ですけどね」


 こうして、モナは候補地を約二十箇所ほど絞ってくれた。


 その優秀さに、ゾーンも驚いていた。


「君、かなり優秀じゃないか。そんなに優秀な君が、何故カリーナなんかを支持していたのか分からないよ。ところで、核ミサイルのセキュリティの上書きについて、君、何か知ってる?」


「いえ、そこまでは……。ただ、セキュリティの上書きだけは、『翻訳』スキルを使える勇者の奥さんを拉致して行い、トンプソンが『統御オペレーター』スキルで修正をしたとは聞いてます。なので、起爆に関してはトンプソンの指紋や網膜スキャンなのだろうと思います。ZON社のセキュリティが全て網膜スキャンだったことを考えると、トンプソンの網膜が起爆装置だと私は考えます」


 それを聞いたゾーンは、しばらく考え込んだ。


「トンプソンの写真はあるかい? 瞳がわかるようなやつ」


 モナがスマホの画像をアップにして、トンプソンの網膜を拡大表示する。それを見たゾーンは、『変化魔法』でトンプソンの瞳へと自分の瞳を変化させた。


「どうかな? これで起動出来ると思うかい?」


 モナはスマホの画面と、目の前のゾーンの瞳をじっくりと見比べた。


「完璧です、ボス。これなら、網膜スキャンを騙せます!」


 それだけ聞くと、ゾーンはモナが書き示した候補地を、地道に探し回ることにした。



 ◆



 そして十日後のある日。


 ゾーンはシエラネバダの廃坑の奥底で、核ミサイル二十発を発見した。


 薄暗い坑道の奥。埃を被った金属の巨体が、ずらりと二十発、規則正しく並んでいる。ゾーンはしばらくの間、その光景の前で立ち尽くした。


 長すぎる旅路だった。ザンドスの失踪から始まり、ガーゴイル軍を送っても木べらの戦士には歯が立たず、オーディーンまで失って、それでも諦めなかった執念の果てに――ようやく、目の前にある。


(ここまで、長かった……。木べらの戦士も、地球という国も、俺のこの手には勝てないんだよ)


 込み上げてくる笑いを、ゾーンはもう堪えることができなかった。


「アハハハ! さすがトンプソン! 良くやった!!! アハハハ!」


 坑道の壁に、笑い声が幾重にも反響する。三十五代目のゾーンにして、坂本という日本人だったこの男が、二千年前の魔道士から続くゾーンの歴史の中で、初めて核という切り札を手にした瞬間だった。


「これでようやく……。これでようやく、俺の死を無駄にしやがった、あの国を……」


 ミサイルの傍らには、起動用の網膜スキャン装置までもが、見事に置かれていた。


 ゾーンはその装置に、静かに自分の――トンプソンの瞳に変化させた目を近づけた。


 坑道の奥で、勝利を確信した男の笑い声が、いつまでも響き続けていた。



(第187話へ続く)






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