【第185話 リーマンショック】
ガーゴイル軍を指揮していたロンドは、背後から銃撃を受けて振り向いた。そこには、ゾーン団の宿敵――木べらの戦士が、44オートマグを構えて立っていた。
ダン! ダン! ダン!
弾丸は、ロンドの魔法防壁を確実に削っていく。
(このままでは魔法防壁が持たない)
焦ったロンドは、命中率の悪い電撃魔法を唱えてしまった。だが、その電撃も、木べらの戦士が空へ放り投げた鉄杭で、いとも簡単に無効化されてしまう。
(木べらの戦士に出会ったら逃げろ)
これが、ボスの最重要命令だった。ロンドは射程圏外まで高く飛び、戦場の様子を観察することにした。
ところが、相方のジャックスは、木べらの戦士の前に立ち塞がっていた。
(無理もない。オーディーン様がやられたのなら、ジャックスは引き下がれない……)
ジャックスがオーディーンに憧れて槍使いになったことを知っていたロンドは、命令違反を犯して立ち向かうジャックスを、止めようとは思わなかった。
(ジャックスは序列五位の戦士だ。簡単にやられるはずがない!)
そう思った矢先――ジャックスは、一分と経たないうちに、あっけなく負けてしまった。ロンドの見立てでは、木べらの一撃だけだった。
(ボスが、木べらの戦士からは逃げろと言った意味が、やっとわかった……。次元が違う!)
ロンドは、見た光景をゾーンに報告するため、全速力で魔族領の小さな無人島まで飛んだ。
◆
数日後。
ロンドは小島で、ガウルとゾーンの前で、ジャックスと木べらの戦士の戦闘を報告していた。
「なるほど。そんなにチートなオヤジなんだね。ジャックスと言えば序列は五位だけど、ガウル程度の攻撃力はあったよね?」
ガウルも苦笑いしながら答える。
「まあ、一撃の強さは俺と大差なかったなぁ。と言っても、俺はそもそも武器が下手ですからね」
「まあ、ジャックスが瞬殺されたってことは、オーディーンもやられたと思って良いんだよね? そもそもオーディーンを倒さないと、北門には来れないもんな〜。う〜ん、木べらの戦士は本当に厄介だなぁ。あんな奴が江差にいるなら、トンプソンも核兵器をそう簡単に持ち込めないのかもしれない……」
核兵器というものを全く知らないガウルが、ゾーンに尋ねた。
「ボス、その核兵器があれば木べらの戦士を殺せるんですよね? それなら、トンプソンは何故、木べらの戦士に核兵器を使わないのですか?」
ゾーンは呆れて答える。
「ふぅ。そんな事もわからないの? 木べらの戦士相手に江差で核兵器を使うと、ゲートごと吹き飛んで、しばらくはゲートも汚染されて使えなくなるんだよ。確かに核兵器で木べらの戦士は簡単に殺せる。でも、それをどこで使うかが難しい。トンプソンが知恵者で良かったよ。蛮族の君らならきっと、江差に核兵器を使いまくって奥尻島を汚染地区にしてたんだろうなぁ」
「汚染? それは毒って事ですか?」
「そうそう! 毒地帯になる! 核兵器を使うと、その土地はしばらく毒地帯になるのさ」
核兵器の知識のないガウルも、ようやくその恐ろしさを少しだけ理解できた。
「とりあえず、今回の作戦も失敗だ! もうお手上げ! こうなったら、俺が直接トンプソンに会いに行こうかな?」
ガウルとロンドは呆気に取られたが、ゾーンならそれが可能だとすぐに理解し、二人は深く頷くしかなかった。
◆
その頃、南区のパチンコ屋に滞在中の来翔は、街の復興のために働いていた。
南区の建物の多くは半壊や全壊していたので、かぐや姫のヘイアン島でも使った重機のラジコンを使い、フェアリー達と共にまちづくりを進めている。亡きビリーの秘書をしていたミーネルは生きていて、予見眼の魔眼を持つ彼女が新たな南区の区長として指揮を執り、開発を進めていた。
復興途中の街の様子を見るために、鈴子と久乃が南区までやって来た。リリベットはまだ入院中で来られなかった。
目の前の瓦礫の山を見て、鈴子は自分の店であるハッピージョーカーも潰されたのではと顔を青ざめさせたが、街の中で唯一無傷だったパチンコ屋を見て、安堵した。
「パチンコ屋だけは無事だったんですね」
「そうなんだ。なぜかここだけ安全地帯でね。今は避難所として使ってるんだ」
案内していた来翔が答える。
鈴子と久乃が店内のハッピージョーカーへ入ると、厨房では地元の主婦連中が炊き出しの真っ最中だった。
「緊急時だったから厨房を借りてるよ?」
申し訳なさそうに告げる来翔に、鈴子は決意したように顔を上げて答える。
「もちろん厨房は使ってください! 私もセントラルキッチンでパンを焼いて、毎日ここへ届けさせます! それだけじゃ足りないと思うんで、ラッキーピエロにも復興支援を援助してもらえるように直談判してきます!」
その決意を聞いた久乃も続けた。
「私も手伝います! 鈴子さん、実家のじゃがいもを提供させますよ!」
こうして、日本からの救援物資も、徐々に集まりだしていた。
◆
一方、怪我人の治療を続けていたリスタオールも、ようやく全ての治療を終え、江差へ帰る日が来た。帰り際、リスタオールは来翔に請求書を手渡しながら告げた。
「さすがの私も、こんなに大勢の治療をしたことがありませんの。ですから、今回は特別に二千億円ポッキリでよろしいですわ。本来ですと二千四億円かかったのですが、端数はサービスですの」
ほくほくとした笑顔で、リスタオールは江差へと帰っていった。
◆
ある日、復興作業中の来翔の元に、見知らぬ男性が現れた。三十代中盤くらいの、黒髪黒目のどこにでもいそうな、モブ的な雰囲気の男だった。
「この街の復興ボランティアとして来たのですが、同じ日本人ですよね? 僕は坂本と言います。もし良かったら、復興ボランティアの受付まで案内してもらえませんか?」
この男の正体は、ゾーンがオリジナル魔法である『変化魔法』で日本人に化けた姿だった。木べらの戦士を間近で観察するために、復興ボランティアとして潜入したのだ。
そんな事情を知る由もない来翔は、ごく自然にボランティア事務所まで案内した。
「良いですよ。僕は来翔と言います。一応、木工職人なので、家の建築や家具の直しをしてるんですよ」
「へぇ〜。職人さんですか。実は僕もずっと派遣で工場勤めしてまして、工具などの扱いはほとんど出来ます。機械類のメンテが得意です」
「お? これは嬉しいなぁ。復興スタッフには、なかなか坂本さんのような技術者がいないもんですから」
ボランティア事務所で簡単な手続きを済ませると、坂本は重機のラジコン担当になった。
ラジコンを操作しながら、ゾーンはかなり驚いていた。
(木べらの戦士は、巨大化スキル持ちのフェアリーも従えてるのか……)
ゾーンの中で、来翔の危険度がさらに一段階引き上げられた。
◆
日没になると、来翔の方から坂本へ声をかけてきた。
「坂本さん! 今日の作業はここまでです! ここの作業時間は日没までなんですよ! 復興ボランティアの方はパチンコ屋の空きスペースで適当に雑魚寝ってことになってますんで、パチンコ屋の方へどうぞ! 個室的なものが欲しい人には、テントも貸し出してます」
来翔の案内でパチンコ屋へ行くと、炊き出しボランティアからハンバーガーとフライドポテトが手渡された。
「ハンバーガーとポテトですか……」
異世界転生してから初めてのハンバーガーとポテトに、ゾーンはかなり懐かしさを覚えた。三十年以上ぶりにかぶりついたハンバーガーは、とても美味かった。
来翔がそんな坂本へ、缶ビールを手渡す。
「坂本さんはリーマンショックの時は大丈夫だったのかい?」
二千年代初頭に日本で死んだ坂本は、リーマンショックについて全く知らない。何の話をされているのかわからず困り果てて、坂本は苦い顔をした。それを見た来翔の方が、勝手に解釈を進めてしまう。
「やっぱり大変だったんですね……。今思えば、あのリーマンショックから日本の職人さんは根こそぎいなくなりましたもんね……」
「えぇ……まあ……」
坂本は瞬時に、バブル崩壊のような出来事が、再び日本国で起きたのだろうと理解した。
「来翔さんはリーマンショックは乗り越えられたのですか?」
「ハハハ、ギリギリうちの工房はリーマンショックの年は生き残れたんですが、それ以降は年々落ち込んで、数年前に倒産です」
「来翔さんは木工職人と言ってましたが、何を作ってたんですか?」
「僕は広島県の職人だったので」
来翔は腰の樫の木製、六十センチ業務用杓文字を坂本に手渡しながら答えた。
「この杓文字を作ってたんです。これは樫の木ですが、本来は檜や竹で作るんですよ」
坂本は、木べらの戦士のメイン武器を直接手に取ったことで、ようやく来翔の強さの片鱗を見た気がした。
その樫の木の杓文字には、製作者の魂が込められていた。派遣の流れ作業員だった坂本にも、ものづくりの真髄はわかっているつもりだった。実は、工場の大量生産で百点満点の製品が出来ることは稀なのだ。だいたい六十点から七十点の製品が出来れば極上。不特定多数の人間で作り上げる自動車などは特に、百点満点の製品など坂本でも見たことがない。出荷が許容される範囲は四十点もあれば十分で、だからこそ車にも家電にも当たりハズレが出てくる。それが、この世の当たり前だった。
しかし、この杓文字は、一人の男が木を切り出し、最初から最後まで、百点満点が当たり前と言わんばかりに仕上げられている。その職人の魂が、この杓文字に性能以上のスペックを宿していた。
「美しい……とても良い杓文字です。来翔さん。僕もこんな良い仕事をしてみたかったです……」
「大量生産には、大量生産にしか出来ないこともありますからね」
坂本は、缶ビールを一気に飲み干した。
木べらの戦士もまた、自分と同じように職人として日本国に、社会に見捨てられた男なのだと思い込んだゾーンは、ますます日本を滅ぼす決意を固めていった。
「来翔さんは、今の日本をどう思いますか? こんなに美しい杓文字を作れる職人を見殺しにした日本を、許せるのですか!?」
「うーん、僕は時代についていけなかっただけだからね。木の杓文字よりも、百均で売ってるプラスチックの方が圧倒的に安くて使いやすい。うちの工房はアップデート出来てなかっただけなんだと思う……」
「アップデート? これ以上に美しい杓文字なんて、百均にはありませんよ! プラスチックの杓文字を買ってしまう今の日本人も、僕は愚かだと思ってます!」
坂本は、そう言って二本目の缶ビールを煽った。
◆
そして、坂本がボランティア活動として申し込んでいた十日間は終わりを迎えた。
来翔達に見送られながら、坂本は核兵器を求めて――地球にいるゾーン団の残党、そして妹であるカリーナとトンプソンに会うため、ゲートを通過していった。
(第186話へ続く)
(あとがき)
・坂本の死は200X年、つまり2000年代初頭です。リーマンショックが起きたのは2008年なので、それより前に亡くなった坂本にとっては、まさに「初めて聞く単語」だったわけです。来翔さんはそんな坂本の反応を見て「よほど大変な思いをしたのだろう」と勝手に納得してしまいましたが、実際は「そもそも存在自体を知らない」という、少しズレたすれ違いでした。




