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【第183話 魅了vs魅了】

 クスクスと笑い続けるサキュバスを、ワタルは睨みつけていた。その視界の中には、傷だらけのリリベットが映っていた。ラッキーピエロの男性従業員達が、精気を抜き取られて動かなくなっている姿も見えていた。


 潰れたカルタスからマーガレットを救出し、その傍らにいた鈴子が叫んだ。


「勇者様! アイツはサキュバスです! 目を見ないで!」


 ワタルは慌てて視線を外した。


(危ない! 確かサキュバスには、男を魅了する能力があるんだった……)


 サキュバスはニヤニヤと半笑いで挑発してくる。


「目線を外しただけで、私の魅了をレジスト出来ると思ってるの? 勇者様の精気は、さぞかし美味しいのでしょうね〜。ねぇ、勇者様。私って可愛いでしょ?」


 ワタルは必死でサキュバスの顔を見ないようにしながら、二刀のバスターソードのうち右手のものを投げつけた。だが、まともに敵を見られないので、かすりもせずどこかへ飛んでいってしまう。


 ワタルは胸ポケットのチックルに囁いた。


「『加速』スキルを頼む。剣の間合いに入らないと、投擲では難しい」


 チックルが加速を付与すると、ワタルは一気にサキュバスとの距離を詰めた。


 ところが、サキュバスの間合いに入った途端、ワタルの動きは明らかに鈍くなった。


「ワタル! どうしたの? 加速を付与したのに、めっちゃ遅い!!」


 ワタルは脂汗を流しながら、剣を地面につけて身体を支えた。もはや剣を杖にしなければ、立っていられない。


「ね? 勇者様。目を合わせなくても、私のことが好きになったでしょ? 私の周囲には、私の香りが漂ってるの。この香りにも魅了の効果があるのよ? 知らなかった?」


「ク、クソッ! これはどうなってるんだ!?」


 サキュバスは勇者のアゴをクイと上げ、とうとう目線を合わせてしまった。


「はい、私の目を見たわね。おめでとう」


 サキュバスはワタルへ口づけ、そこからワタルの精気を吸い上げ始めた。ワタルはそれだけで立っていられなくなり、その場に膝をついた。


「あら、膝をついてプロポーズ? でも、アナタはこのまま力を全部持っていかれちゃうんだけどね」


 チックルが泣きながらワタルの頬を叩いて正気に戻そうとするが、サキュバスの魅了に対抗する手段が無い。ついに、ワタルは決断剣まで手放してしまった。


「そこのフェアリーちゃん。今から貴方の勇者様の性巣から精気を全部いただくから、そこで見てなさい」



 ◆



 勇者の危機に、鈴子がカルタスに積んでいた十字レンチを勇者のズボンを下ろそうとベルトに手をかけていたキュバス目掛けて投げつけた。それはサキュバスの側頭部へ見事にヒットした。


「辞めなさい! 変態女!」


「チッ! クソ娘が!」


 お楽しみを邪魔された腹いせに、サキュバスは鈴子へトルネードを唱えた。鈴子と、まだ気を失っていたマーガレットが吹き飛ばされてしまう。


 その隙を見て、久乃とプリメが勇者の元へ駆け寄り、プリメのスキル『冷静5%』を付与した。


 ほんの少しだけ、ワタルは正気を取り戻し、決断剣に手をかけて立ち上がろうとする。それを見たサキュバスが嘲るように呟いた。


「サキュバスの魅了は、生半可な付与魔法ではレジスト出来ないわよ? 諦めて精気を私に捧げなさい!」


 そう言って久乃とプリメにもトルネードを放ち、二人を吹き飛ばしてしまった。


 いよいよワタルが精気を吸い尽くされようとした、その瞬間――空からセイレーンのレンカが急降下し、猛禽類の足の爪でサキュバスの背中を切り裂いた。


「勇者! しっかりなさい!」


 背中に傷を負ったサキュバスは、急いで回復薬を傷口へかけて応急処置を済ませた。


「鳥のクセに!!」


 サキュバスはレンカにもトルネードを放つが、レンカは空へ逃れてそれをかわした。そして、完全にサキュバスへ魅了されているワタルへ向けて、セイレーンの歌を歌い始めた。


 セイレーンとは、元来、船乗りを惑わす存在だ。歌で船乗りを惑わし、海へと誘い込む。レンカもまた、男を魅了する天才なのだ。空の上から、レンカが澄んだ歌声をワタルへ聴かせる。サキュバスもワタルの目を見つめ続けたまま、セイレーンの歌に対抗した。


 やがて歌が終わる頃、ワタルは決断剣を二刀に分裂させて両手に構えた。だが、構えるだけで精一杯で、サキュバスを斬るところまでは至らない。


「クソッ! 身体が言うことを聞いてくれない!」


 そこへ、ワタルの胸ポケットからチックルがレンカへ叫んだ。


「セイレーンの歌をもう一度! 今度は私の『歌唱』スキルで、二人で歌おう! せえの!」


 レンカのセイレーンの歌に、チックルの『歌唱』スキルが重なり、さらに美しいハーモニーが戦場に流れ込んだ。


 二人の幻想的なハーモニーを聴いたワタルは、ようやく身体の自由を取り戻す。危険を感じたサキュバスは、空へと逃げた。


 ワタルはすぐに決断剣を振りかぶり、サキュバス目掛けて投擲した。だが、まだ完全に自由になったわけではなく、かすりもしなかった。


 空へ逃げたサキュバスへ、はるか遠方から漆黒のエアウルフの三十ミリチェーンガンが炸裂する。魔法防壁を展開していたサキュバスも、息つく暇のない連射の前では、その壁を維持しきれなかった。


 チックルが決断剣に加速を付与し、プリメがワタルへ冷静を付与する。ようやく本来の投擲が出来るようになったワタルの決断剣が、サキュバスへ突き刺さり――真っ二つに切り裂いた。


 サキュバスの魅了とセイレーンの歌の影響を同時に受けたワタルの精神は限界を迎え、その場に崩れ落ちた。



 ◆



 エアウルフから来翔が降りてくると、全壊したカルタスを見て、現場の凄惨さを思い知った。鈴子も久乃もリリベットも傷だらけで、来翔はガマの油を手渡す。鈴子が、気を失っているリリベットの傷にガマの油を塗っていく。


 仰向けで倒れているワタルが、来翔に語りかけた。


「すいません、来翔さん。サキュバスにやられちゃいました」


「サキュバスなら仕方ないですよ……男の天敵ですもん」


 エアウルフが急いでワタルとリリベットとマーガレットを回収し、函館市の救急病院へと飛んでいった。


 現場に残された来翔と鈴子と久乃は、十四番シェルターへ移動した。ようやく安心したのか、鈴子と久乃は来翔へ何度も礼を述べていた。


 レンカから、アインの指示の内容を確認した来翔は、再び奥尻島を目指して自衛隊のアパッチヘリコプターに乗り込んだ。ネーラが心配そうに囁く。


「まだ闘うの?」


「うん。ここからが本番だ。コナ国の人々を助けなきゃ!」


 ボロ雑巾のような出で立ちの来翔を、ネーラだけでなく、アパッチを操縦していた自衛隊員も、不安げに見つめていた。



(第184話へ続く)







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