【第182話 これぞ広島県民!】
オーディーンの周りを結界のように縦横無尽に飛び回るグングニルを見て、LEONの頭の上にとまっているネーラが囁いた。
「あの鉄壁な結界があるんなら、攻撃できないよ? どうするの?」
「アリャマ! それでもやるしかない」
LEONは馬鹿の一つ覚えのように大型ブーメランを放ってみるが、やはり槍に打ち落とされてしまう。時折、グングニルがLEONの身体目掛けて飛んでくる。軽量化されて身軽になっているからこそ何とかギリギリでかわせているものの、いつ致命傷を受けても不思議ではなかった。
そんな一進一退の攻防がしばらく続いていると――そこへ、もはや見慣れた漆黒のヘリコプター、エアウルフがLEONの背後にピタリとホバリングし、四十ミリキャノン砲をオーディーン目掛けて連射した。
「やったー! カーコとキーコも間に合った!」
ネーラが一際喜んだが、グングニルの結界はエアウルフの砲撃すら完全に防いでしまう。そんなエアウルフに向かって、LEONが叫んだ。
「ゲートに行って我が主を連れ帰れ!! オーディーンは主でなければ倒せない!」
それを聞いたエアウルフは、マッハ3のスピードで奥尻島目指して飛んでいった。
オーディーンも、LEONの言う『主』の正体が木べらの戦士だということは想像がついた。一瞬、グングニルでエアウルフを追撃しようかとも考えたが、結界を解けば目の前のLEONが大型のブーメランを放ってくるのは見え見えだったので、追撃を断念した。
「それならば、木べらの戦士が来る前にカタをつけようか! 賞金稼ぎのLEON!」
「ああ、特に貴様には賞金はかかっていないが、江差を破壊する者は許さん。キッチリと始末させてもらう」
その刹那、グングニルがLEON目掛けて飛んできた。だがLEONは、カメレオン自慢の反射神経の舌で、槍を見事に受け止めてみせた。
「ほう! グングニルの速さについてこれるとは! 見事なり、カメレオン」
ネーラもLEONの荒業に興奮気味だった。
「やったー! 槍さえこっちのものになれば、あんなオジサンはタコ殴りだー! やっちゃえ、LEON!」
LEONがグングニルを舌から手へ持ち替えようとした瞬間、グングニルはオーディーンの意思に従い、巻きついた舌を引っこ抜くように天高く飛び上がった。LEONは舌を引っ張られる形で、そのまま上空へ持ち上げられてしまう。上空三十メートル付近で、槍は強引に舌を振りほどき、LEONを切り離した。
地面まで真っ逆さまに落ちるかに見えたが、ネーラが並航スキルでLEONと共に空で静止した。
「アリャマ! ネーラのおかげで命拾いした」
「でも、LEONの重さじゃ自由に飛べないの。もう降ろすよ!」
体重百九十キログラムのLEONを並航スキルで牽引するのは、ネーラには重すぎた。ゆっくりとLEONが地上に降ろされると、オーディーンは今度はネーラの価値に気づいた。
「そこのフェアリーは凄いスキルを持っておるな。どうだ、フェアリー。俺の元へ寝返らないか? フェアリーは好奇心の塊なのだろ? 俺に付けば、バトルの毎日を過ごせるぞ? 俺は魔族の四天王なのだからな!」
好奇心旺盛なネーラにとって『四天王』という響きは、多少心を揺さぶられる殺し文句ではあった。だが、ネーラはこの江差で「幸福」という二文字を学んだ。もう迷いは無かった。
「行かない! 絶対に江差から出ない! バトルなんてつまんない! 私は江差でもう好奇心は満たされたもの!」
フェアリーからこんな回答が来るとは思っていなかったのか、オーディーンはかなり驚いていた。
「ほう。こんな田舎町でフェアリーの好奇心を満たせるとはな……」
オーディーンはグングニルを構え直し、無言でLEON目掛けて槍を突いてきた。今度は投擲ではなく、手持ちの突きだ。再びLEONは反射神経の塊である舌で受け止めようとしたが、口から舌が伸びるより早く、グングニルはLEONの鳩尾を正確に貫いていた。
LEONはその場に倒れ込んだ。
ネーラが必死に声をかけるが、LEONの傷口からはどんどん血が流れ出ていく。そんなネーラを、オーディーンが捕まえた。
「フェアリー、この俺にも『軽量化』を付与しろ。しないなら羽根をむしって殺してやる。いや――このカメレオンにトドメを刺すぞ!」
オーディーンがLEONの後頭部に槍を突き立てる。
「辞めて! 軽くな〜れ!! ほら? やったよ!」
ネーラは号泣しながら、オーディーンに軽量化70%を付与してしまった。
「ほお! これは素晴らしい! これならば木べらの戦士に勝てる! おい、フェアリー。この軽量化はどれくらい持つのだ?」
「知らない。私が解除するまでじゃないの?」
「そうか! 持続型の付与魔法か! ますます気に入った! が、お前がいると、木べらの戦士にも軽量化を付与されては困るのでな。やはりお前だけは、殺させてもらう」
そう言ってオーディーンがネーラの羽根をむしろうとした、その時――漆黒のヘリコプター、マッハ3で飛行するエアウルフから、来翔が飛び降りてきた。
「その子を離せ、オーディーン! 四天王がそんな弱いものをいたぶるな!」
地球の言葉を話せないオーディーンには意味は分からなかったが、侮辱されていることだけははっきりと伝わり、ネーラを手放した。
「ШССОЙЁЛЗДБЕЕыьч」
「ん? 異世界語なんて、悪いけどわからん! さあ、決着を付けよう、オーディーン! 一騎打ちだと言ったのはお前だろ?」
「жбЭ!!」
オーディーンがグングニルを構えた。ネーラは来翔の胸ポケットへ泣きながら飛び込んできた。
「ごめんなさい! 来翔。オーディーンにも軽量化を付与しちゃった……」
「大丈夫! 僕は負けない!」
来翔も、世界樹の八十センチ杓文字を小早川毅彦のように構えた。
◆
その刹那、オーディーンの見えない突きが、軽量化によりさらに速く、さらに見えなくなった速度で来翔を襲った。来翔もLEON同様、簡単に肩を貫かれ、衝突の衝撃だけで後方へ数十メートルも吹き飛ばされてしまう。グングニルにはマッハコーンが発生していた――オーディーンの突きは、すでに音速の壁を超えていたのだ。
軽量化によるパワーアップを体感したオーディーンは、嬉しくなって笑みをこぼした。
(木べらの戦士を一撃で倒したぞ!)
満足してゲートへ帰ろうと海の方へ振り返ると――瓦礫の中から、広島カープの衣笠祥雄のような不死身の笑顔で、ゆっくりと来翔が立ち上がってきた。
(急所を外したか……)
オーディーンは冷静さを取り戻し、再びグングニルを構える。音速の壁を超える突きを、再び来翔へ炸裂させた。今度はLEONと同じように、鳩尾を完璧に貫いた。
来翔は再び瓦礫の中へと吹き飛んでいった。
(今度は完璧に急所を貫いた。これで俺が最強という証明になった!)
今度こそゲートへ帰ろうと海に向かって振り返ると――先程と全く同じように、広島カープの衣笠祥雄のような笑顔で、ゆっくりと来翔が立ち上がってきた。そして、杓文字を小早川毅彦のように構え直す。
(ば、馬鹿な!? 確実に急所を捉えたはず!)
動揺しながらも、オーディーンは再びグングニルを構え、音速の突きを放った。だが今度は、小早川毅彦のようなフルスイングで、その音速の突きを世界樹の杓文字が打ち返した。
バギーーン!!
弾かれてよろめいたオーディーンに、今度は正田耕三の左右のフルスイングが連打される。
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
オーディーンの腫れ上がった腰へ、再びアンカーピンが深々と突き刺さる。初戦と全く同じ結果に、さすがのオーディーンも焦り始めた。
もう一度、音速の突きを放つが――今度はいとも簡単に、小早川毅彦のようなフルスイングで綺麗に弾き返され、グングニルは宙を舞った。
バギーーン!!
オーディーンには意味がわからなかった。自分自身、軽量化でかなりのパワーアップを果たしたはずだった。なのに、木べらの戦士はそれすらも超えてくる。これ以上ダメージを受けられないと判断したオーディーンは、鉄壁のグングニルの結界を展開した。
「ФПъьэээээ!」
結界の前では、杓文字とアンカーピンでは相性が悪い。来翔は44オートマグを引き抜いて放ってみた。
ダン! ダン! ダン!
音速を超えるオートマグの弾丸でさえ、グングニルは弾いてしまう。
「бЭъэыЁШ!!」
オーディーンが何やら勝ち誇って叫んでいた。来翔の背後から、エアウルフが四十ミリキャノン砲を数発放つが、やはりグングニルにすべて防がれてしまう。
◆
もはや攻撃手段を失った来翔は、グングニルの結界の前に歩み寄り、精神を統一した。
『オリマー、聞こえるかい?』
来翔は、自分の中の生活魔法『断捨離』に溶け込んでいるオリマーの魂に語りかけた。
『うん。ちゃんと聴こえてる』
『君の断捨離の力を借りるよ?』
『うん、良いよ! それにもう、この断捨離の力は貴方の断捨離でもあるの』
『うん。ありがとう。それじゃ、僕の心と君の心を重ねよう。行くよ!』
来翔は目を見開き、グングニルの結界に向けて、オリマーと共に手をかざして叫んだ。
「「オリマー!!」」
その瞬間、オーディーンの周りを縦横無尽に飛び回っていたグングニルが、一瞬で消滅した。
その隙を逃さず、来翔は44オートマグをオーディーンの鼻っ面へ放った。
ダン! ダン! ダン!
オーディーンは鼻血と涙を流して蹲る。
「жжжБч!!」
そこへ来翔は、世界樹の杓文字で広島カープの正田耕三のように、左右のフルスイングをオーディーンの顔面へ連続して振り抜いた。
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
オーディーンは顔面を真っ赤に腫らして気を失い、完全に沈黙した。
◆
一部始終を見ていたネーラが、呆気に取られながら来翔に質問を連発した。来翔はLEONの傷口にデメタのガマの油を塗りながら答えていく。
「槍が消えちゃった!」
「うん。断捨離で捨てた」
「どうして何度も立ち上がれるの?」
「広島県民は全員が衣笠祥雄だからね」
「あの軽量化してパワーアップした槍を、どうして弾き返せたの? 全然見えなかったよ?」
「三打席も同じ速度で投げてきたからね。プロは三打席目には、目が慣れちゃうんだよ。だから広島カープの投手陣は、緩急をつけて投げるだろ?」
「オーディーンは死んじゃったの?」
「いや、気絶してるだけさ。殺してはいない」
「殺さないの?」
「情報を何も聞いてないからね。ここからは自衛隊員達が色々と情報を集めてくれるさ」
「逃げない?」
「ミスリル製の手錠もあるし、牢屋もミスリル製だから、たぶん大丈夫。それに、逃げてもまた捕まえれば良い」
◆
その時、上空から街の様子を見ていたエアウルフのキーコが、外部スピーカーで地上の来翔に叫んだ。
「来翔さん! 十四番のシェルター付近で、勇者が大変だ!!」
来翔はオーディーンにミスリル製の手錠をかけ、駆け寄ってきた自衛隊員達と共に護送車へ詰め込むと、用心のために麻酔を投与させ、眠らせた。LEONも傷口だけはガマの油で塞がっているが、意識不明のまま自衛隊員達に病院まで運ばれていく。
来翔は護送車から降りると、エアウルフから垂れ下がったワイヤーに捕まり、十四番のシェルターまで運んでもらうことになった。
ネーラが心配そうに来翔へ語りかける。
「連戦、大丈夫? 来翔もたくさん怪我してる……」
「大丈夫。僕は衣笠祥雄だから、怪我しても本当に大丈夫!」
エアウルフがウインチで来翔をピックアップし、十四番シェルターへと飛び去っていった。
(第183話へ続く)
(あとがき)
・衣笠祥雄選手は、広島カープの永久欠番であり、二千二百十五試合連続出場という国内記録を持つレジェンドです。骨折していても出場を続けたという逸話があまりに有名で、広島県民の間では半ば「不死身」の代名詞になっています。来翔さんの「広島県民は全員が衣笠祥雄」発言は、史実であり事実です。
・「三打席目には目が慣れる」というのも、広島カープの投手陣にまつわる緩急談義から来翔さんが導き出した理屈です。プロ野球ファンほど納得してしまう理論かもしれません。




