【第180話 赤ヘルの誇り】
数日前。魔族領の小さな無人島で、ゾーンはガウルをべた褒めしていた。
「凄いじゃん、ガウル! 魔族を連れて来いとは言ったけど、オーディーンは予想外だったよ!」
ガウルの案内で小島へ上陸したのは、大型のフルプレートの鎧に身を包み、グングニルを片手に持ったオーディーンだった。
「はい。オーディーン様が直々に、木べらの戦士に会ってみたいと仰いまして」
「グワハハハァ! 久しいのう、ゾーンよ。ん? お主、また強くなっておるな? どれ、手合わせしてみようか!」
「え? 嫌だよ。オーディーンは手加減を知らないから、うっかり俺のことも殺しかけるもん」
魔族領の四天王の一角がこのオーディーンだった。ゾーンとは、ゾーンがコナ国を捨てて魔族領の無人島を買い取った頃からの付き合いで、互いに強さを求める探究心の塊だったこともあり、かなり懇意にしていた。
「コナ国へ行けというのは、何かトラブルか?」
「うん。ガウルからも聞いてると思うけど、最近、ゲートを通過した奴らが全く帰ってこないんだ。あのザンドスですら帰ってこなかったよ」
「それが、木べらの戦士が原因であると?」
「うん。今代の勇者には、ザンドスを殺せる手段が無いからね。あの盾に勝てる奴なんて、魔族領にもいないだろ?」
オーディーンはグングニルを見つめながら答える。
「うむ。確かに破壊の盾の前では、このグングニルすら消滅するからなぁ。まあ、俺ならば盾に触れることなく、ザンドスを屠ることは容易いのだがな」
「でも、木べらの戦士は人族なんだよ? 人族が、オーディーンみたいな戦い方をできるわけがない」
「グワハハハァ! だからこそ会ってみたい! そして、この俺がその木べらの戦士を屠る! ゾーンでも手を焼いているという木べらの戦士を倒した時こそ、この俺がゾーンよりも強かったという証明にもなる!」
「でも、今回の目的はあくまでも、我々の仲間がゲートを無事に通過することだからね。もううちには、透明化を使える奴なんていないんだよ。とりあえず、君たちが騒ぎを起こしてくれたら、『気配遮断』のスキルを持った斥候がゲートを通過するからさ。派手に暴れてよ。ガーゴイルなら沢山集めたからね。あとは勇者対策で、とびきりのサキュバスのノーベルも行ってくれるみたいだから、ノーベルだけはちゃんと守ってあげなよ」
ガーゴイル族は、魔族領でも最下層の扱いを受けている種族だった。身体が石でできていて硬いだけで、さほどの強さはない。頭もあまり良くない。そんなガーゴイルは、僅かな金銭でも簡単に集められる存在だった。
「ふん。ガーゴイル共か。俺が指揮しなくても良いのだろ? ノーベルに関しては、俺の前に出なければ安全だ」
「うん。ガーゴイルの指揮は序列五位のジャックスにやらせるよ。一応、ジャックスも戦士タイプでそこそこ強いから、戦力としてアテにしてもいいよ」
「うむ。俺と同じで、槍使いだったな」
「あと、俺も透明化して何処かに潜伏してるけど、俺のことは気にしなくていいよ。俺は木べらの戦士の顔だけ見たら、すぐに逃げさせてもらうからさ。団員には木べらの戦士に出会ったら即逃げろと言ってる手前、俺だけが立ち向かって行ったら示しがつかないからさ」
「それこそ、一騎打ちを邪魔するなら、貴様といえど殺すぞ? ゾーン」
◆
こうして数日後、帝国の城壁をあっさりと半壊させてから、オーディーンとゾーンは共に透明化を施し、旧コナ国へと潜入していた。
久しぶりにゾーンの地であるコナ国へ来てみたゾーンが、まず目にして驚いたのは――目の前のパチンコ屋だった。
「オーディーン! オーディーン! パチンコ屋があるじゃん! ここ、ここだけは壊すなよ! 暴れるならゲート付近の草原で頼むわ!」
「なんだ? この派手な建物は!」
「あちら側の賭場さ! 木べらの戦士を倒した後で、やり方を教えるよ」
「グワハハハァ! あいわかった! 戦いの後は賭場で、ゾーンと勝負してやるぞ!」
こうしてガーゴイル軍を引き連れたオーディーンは、ゲートから最も近い小さな宿場町を根城にした。北からは帝国軍の追撃もあったが、ガーゴイル軍と序列五位のジャックスがそれに対応し、オーディーンは木べらの戦士がこの地に訪れるのを、じっと待っていた。ゾーンも透明化を一切解くことなく、オーディーンの傍らで、木べらの戦士を一目見るためだけに待っていた。
◆
そこへ、ガーゴイル達をアンカーピンで滅しながら、来翔が威風堂々と現れた。
近づいただけで粉微塵にされていく仲間の姿に、ガーゴイル達が恐れおののいているのが、オーディーンからも、透明化しているゾーンからも、はっきりと見えていた。
「オーディーン、来たよ。間違いなくアイツだ!」
ゾーンが目を凝らして、来翔の腰の木べらを観察する。そして、ようやくそれが杓文字だと気づいた。
「杓文字だ! 木べらの正体は、杓文字だったんだ!」
「ん? ゾーンよ。その杓文字というのは、珍しい武器なのか?」
「いや……杓文字は武器ではないはずだよ……マジか……杓文字って……」
その時、ゲート付近で気配遮断を展開していた女斥候のソフルが、来翔に気づかれることなく、サキュバスのノーベルと数体のガーゴイルを連れて、まんまとゲートを通過していった。
「オーディーン、ウチの斥候がゲートを通過したみたいだから、俺はもう帰るよ。木べらの戦士は想像以上にヤバい! あのガーゴイル共を木っ端微塵にしてるの、どうやってるか見えるかい?」
オーディーンは、来翔が投擲している武器を目を凝らして見つめながら答えた。
「わからん。細い何かだな……あれは……釘か?」
「釘? 一文字手裏剣の類かな? まあ、いいや。バレる前に逃げさせてもらうよ。さっきのパチンコ屋で落ち合おう!」
「うむ。すぐに行くから、賭場で待っておれ!」
そう言うと、ゾーンはそそくさと逃げ出した。
(あれが地球人最強のオヤジか……。ガーゴイル程度ではやっぱり無理だったか……。これなら、残念だけど、オーディーンを待たなくても良いかな?)
ゾーンはパチンコ屋で待つことなく、一人で月へと帰っていった。
◆
やがて、オーディーンの目の前には、噂の木べらの戦士が立っていた。
「アンタがガーゴイルの親玉かい?」
「ふん! 俺はソロだ。一騎打ちにしか興味はない! ガーゴイル共は、まあ、ある人からのサービスだ! 木べらの戦士よ! 一騎打ちを所望……」
オーディーンの口上が終わる前に、来翔はロベルト・コルニエル投法でアンカーピンを投げつけた。
それをオーディーンは、当たる直前でグングニルで弾き落とした。
「おいおい、俺の前で不意打ちを平然とやれる奴は、これまでにいなかったぞ!」
そう言ってオーディーンは、グングニルを来翔へ向けて一気に突進してきた。ネーラが言われる前に『軽量化70%』を付与すると、来翔はグングニルをかわすようにオーディーンの背後へ一気に回り込み、六十センチの業務用杓文字で、広島カープの山本浩二のような大胆なフルスイングを、オーディーンの尻へ叩き込んだ。
ビダーーン!!
初めて受ける面の攻撃の激痛に、さすがのオーディーンも驚いてしまった。
「グッ! なるほど! 面の痛みか!」
あまりの激痛にオーディーンが隙だらけになると、今度は正田耕三の左右のフルスイングが、オーディーンの腰へ炸裂した。
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
ビダーーン!!
オーディーンの腰が真っ赤に腫れ上がったところへ、至近距離から来翔はアンカーピンを、広島カープの大野豊のようなシャープなオーバースローで投げつけ、根元まで突き刺した。そして一旦、オーディーンから距離を取るために後方へ飛んだ。
腰にアンカーピンを埋め込まれたオーディーンは、すぐにそれを抜こうとしたが、深々と突き刺さったアンカーピンは、なかなか抜けなかった。
「ぬ? 抜けん!」
「当たり前だ! 広島産のアンカーピンはそう簡単には抜けない! 工事現場や建設現場では抜けてはいけないんだ!」
腰にハンデを背負ったオーディーンは、グングニルを来翔へ投げつけた。
来翔もそれをかわそうと身体をずらしたが、グングニルは軌道を変えて来翔の方へ追いすがってくる。来翔は広島カープの小早川毅彦のように下半身をどっしりと構え、飛んでくる槍を呼び込んで杓文字で打ち返した。
バキーーン!!
さすがのグングニルも、小早川毅彦のフルスイングの前ではライト方向へ弾き返された――かに思えたが、グングニルは再び来翔の元へと戻ってきてしまった。
来翔が再び小早川毅彦のフルスイングで打ち返そうとした、その刹那。ネーラが叫んだ。
「大変! 来翔! 大男がゲートに向かって走ってる!」
オーディーンはグングニルを置き去りにしたまま、ゲート目掛けて全力で走り出していた。走りながら、周囲のガーゴイル達に命令を下す。
「木べらの戦士を足止めしろ!」
ガーゴイル達が一斉に来翔へ飛んでくる。来翔はアンカーピンを抜いて、それを粉微塵にしていくが――その隙に、オーディーンはゲートを通過してしまった。オーディーンを追うように、グングニルもゲートを通過していった。
「クソッ! ガーゴイルがキリがない! ネーラは先にゲートを通過して、LEONさんの力になってくれ!」
「え? 軽量化無しでアンカーピンを投げられるの? 肩を壊さない?」
「大丈夫! 九里亜蓮投法なら壊れない!」
「わかった!」
そう言うとネーラは、最後に来翔へ軽量化を付与し、ゲート目掛けて飛んでいった。
来翔は、たった一人でガーゴイル総勢六十体を相手にすることになってしまった。
(アンカーピンが足りない!)
◆
その頃、奥尻島のゲート前では、LEONの目の前に絶望的な光景が広がっていた。
「アリャマ。あれがオーディーン……みんな、逃げろ……」
LEONも保護色とステルスを展開し、姿を完全に消していた。
オーディーンという存在を全く知らない自衛隊員達は、一斉射撃を開始した。だが、結果は銃火器によるダメージなし。グングニルの一薙ぎで、自衛隊員達全員の首が落ちた。
ゲート付近で隠れていたリスタオールが、その光景の一部始終を見つめたまま呟いた。
「あれでは……私の回復魔法もお手上げですわね……」
自衛隊員達の全滅を確認したオーディーンは、LEONやリスタオールの存在に気づく素振りも見せず、既に奥尻島に上陸していた女斥候とサキュバスと合流した。鍋釣岩を自衛隊員達に完全包囲されていた二人は、ゲート前から身動きが取れなくなっていたところだった。
女斥候が、自衛隊員達の全滅にオーディーンへ礼を述べる。
「ありがとうございます、オーディーン様。我々はこのまま江差へ向かって情報収集をしますので、オーディーン様は木べらの戦士との一騎打ちにお戻りください」
「グワハハハァ! 一騎打ちだと? もう負けだ! 負け! 奴に勝つには、まだまだ俺も修行が足りん! 気が変わった! せめて勇者だけでも首を持ち帰らないと、カッコがつかん!」
こうしてオーディーンは、来翔からワタルへとターゲットを変えた。女斥候とサキュバスを引き連れ、サキュバスの飛行魔法で三人は江差へ向けて空へと飛び立った。
そんな三人を追うように、保護色とステルスを纏ったLEONが、船で追いかけていく。
(第181話へ続く)
(あとがき)
・ちなみに来翔さんが打ち返した小早川毅彦という選手、実は現実の広島カープでも「あの怪物・江川卓を引退に追い込んだ男」として語り継がれています。全盛期の江川相手にとにかく強かったらしく、江川本人が引退会見で名前を挙げたという逸話まであるほどです。
・つまり今回、来翔さんが小早川毅彦のフォームでグングニルを打ち返したシーンは、裏を返せば「オーディーン=あの怪物江川卓」という構図でもあります。神に近いと言われる魔族の戦士が、まさか広島の一打者に苦手意識を持たれる巡り合わせになろうとは、オーディーン自身も知る由がなかったでしょう。
・大野豊投手も、広島ファンには「精密機械」と呼ばれた技巧派として有名です。荒々しいコルニエル投法との対比で、来翔さんの投げ分けの幅広さが伝わっていれば幸いです。




