【第179話 正義の鉄杭】
ハッピージョーカーの朝は早い。
社長である鈴子は朝の五時には起きて、来翔家のキッチンへと出勤する。コロッケやフライドポテト、唐揚げ、そしてパンを焼き上げ、それらをマーチスーパーターボに積み込むと、江差港から旧コナ国まで食材を届けてくれる配送業者へそれを託す。そのあとで、本業でもあるラッキーピエロへ出勤する――そんな毎日を送っていた。
それが本日、とうとう終わりを迎えていた。
◆
ラッキーピエロ最後の出勤日。来翔はカウンター内の鈴子へ声をかけた。
「鈴子ちゃん! 今日で終わりだね。お疲れ様。今夜、ウチの宿で送別会をするからね!」
「ありがとうございます! 必ず伺います」
今夜は来翔の宿屋の宴会場で、ラッキーピエロの店員と、鈴子と親しいマーガレットとリリベットと久乃も参加することになっていた。ラッキーピエロの営業時間も終わり、従業員一同、来翔の宿屋へ集まった。
「お疲れ様ー!」
全員で乾杯をし、食事を楽しんでいると――突然、傷ついてボロボロになったセイレーンのレンカが、宴会場へ飛び込んできた。
「来翔!! 助けて……」
宴会場は騒然となった。
「レンカさん! その怪我は……」
すぐにリスタオールが回復魔法を唱え、レンカの怪我を治していく。
「レンカさんならお金持ちですから安心ですわ。今回の治療費は千五百万Qですからね」
そんなリスタオールに、レンカは頼み込んだ。
「リスタさん! 頼む。アンタもあちらへ来てくれ! 怪我人が多過ぎて……」
リスタオールは、冗談を言っている場合ではないことを瞬時に察し、ここから先はおちゃらけ無しで治療に専念しながら呟いた。
「まさか、戦争ですの?」
「戦争? そんな生易しいもんじゃないよ! 侵略だ! 魔族が突然、コナ国に強襲してきやがった!」
「魔族が? レンカさんでも敵わないほどの?」
「ああ、私なんて雑魚さ! 魔族の中でセイレーンなんて雑魚なのさ! 今、コナ国に侵略してきたのはオーディーン。神に近いと言われてる男さ」
オーディーンという名前は、リスタオールでも知っているほどの強者だった。
「まさか! オーディーンが? 何故……」
「わからない。多くのガーゴイル共を従えて、魔族が軍隊となって押し寄せてきたんだ……」
それを聞いた帝国の娘であるマーガレットが、即座に反応した。
「て、帝国は!? 魔族がコナ国まで来たということは、帝国を越えて来たということですか!?」
レンカは苦い顔をしてマーガレットに告げた。
「ああ、恐らく帝国も潰れたんだと思う。一昨日から、首都とは全く連絡がつかない……」
マーガレットは真っ青になり、大至急、ワタルへ電話で報告を始めた。
レンカがここまで逃げてきたということは、パチンコ屋のある南区にも被害が及んでいるということだった。つまり、鈴子のハッピージョーカーも危うい。
今度は鈴子がレンカに尋ねた。
「レンカさん! パチンコ屋は? 私のお店は!?」
レンカは俯いたまま答える。
「ごめんなさい。わからないの……。ミーネルが現地に残ってくれてるけど、ミーネルは戦えないから、逃げ切ってくれると良いのだけど……」
鈴子は既に泣きそうだった。そんな鈴子へ、久乃が寄り添っていた。
そんな沈みきった雰囲気の中、来翔がレンカに告げた。
「レンカさん! 僕は行くよ! リスタオールさんも、出来れば着いてきて怪我人の治療をお願いしたい」
「私の治療費はお高いですわよ?」
「うん。僕のツケにしといてよ」
リスタオールもスクッと立ち上がり、来翔と顔を見合わせて深く頷いた。
その二人の背後には、いつの間にかLEONも立っていた。
「アリャマ。私も行こう」
LEONの背中を、カスミがピシャンと張り手で叩く。
「ありゃま! LEONちゃん! よく言った! 魔族なんてやっちまいな!」
◆
来翔、LEON、リスタオールの三人は装備を整え、LEONの漁船で奥尻島へ乗り込んだ。奥尻のゲートからは既に魔族のガーゴイルが三体通過していて、自衛隊員達と交戦になっていた。
来翔は顔見知りの自衛隊員に声をかけた。
「高橋さん!! 魔族は三体ですか?」
「おお! 来翔さん! 来てくれたんですね! 今のところ敵の数は三体です! 飛べるタイプの魔族で、銃が当たっても死にません! 剣を使って上空から襲ってくるので、距離を詰められません!」
試しに来翔も、44オートマグをガーゴイルへ向けて放ってみた。
ダン! ダン! ダン!
弾丸はガーゴイルの身体に命中するのだが、その身体が石で出来ているのか、弾丸がめり込むだけでダメージには至っていなかった。
「なるほど。西洋の屋根に飾られてるガーゴイルの石像にそっくりだ」
西洋には魔除けとして屋根にガーゴイルの石像を飾る風習がある。来翔がそれを思い出していると、リスタオールが補足した。
「そうですよ。あれは魔族領でよく見かけるガーゴイル族ですわよ。今、来翔さんが仰った通り、身体が石で出来てますの。身体の中の魔核を破壊するか、身体自体を粉々にするしか、ガーゴイルを討伐する術はありませんわ」
LEONが世界樹の大型ブーメランを思い切り投げ、ガーゴイルへ命中させた。世界樹の硬さには、さすがのガーゴイルもダメージが入ったのか苦悶の表情を浮かべ、ヘイトを一気にLEONへ向けて三体同時に襲いかかってきた。
LEONは持っていた三つのブーメランを全て投げたが、一度喰らった大型のブーメランは、二度目からはいとも簡単にかわされてしまい、そのままLEONと来翔のいる岸壁へと突っ込んでくる。
その時、来翔はオートマグを腰に戻し、特製のガントレットに忍ばせていた四十センチのアンカーピンを三本抜き取って、ネーラに叫んだ。
「ネーラ! 軽量化!」
「OK! 軽くな〜れ!」
ネーラが三本のアンカーピンに『軽量化70%』を唱えると、来翔はその三本のアンカーピンを振りかぶり、広島カープの元投手、ロベルト・コルニエルのようなダイナミックなオーバースローで、右手から三本同時に投げ放った。
その刹那、リリースされた瞬間にネーラが軽量化を解除する。時速百七十キロというスピードで、三本のアンカーピンはガーゴイル達の鳩尾へザックリと突き刺さり、三体のガーゴイルは魔核を貫かれて木っ端微塵に宙へ散った。
それを間近で見ていたLEONが、驚きのあまり呟いた。
「アリャマ!」
同時に自衛隊員の高橋も、驚きのあまり腰を抜かしてしまった。
「ら、来翔さん、い、今のは?」
「ああ、あれはアンカーピンですよ。工事現場や建設現場で使う、テントのペグみたいなものですね。ブルーシートを固定したり、用途は沢山あります。あのサイズのアンカーピンだと、コンクリートに打ち込んだりすることもあるんですよ」
「なるほど……。だけど来翔さん、いくら鉄の杭でも、あんなスピードで三本同時に投げられますか? 刺さった瞬間に爆発したみたいに砕け散りましたよ!?」
高橋が腰を抜かしたまま尋ねると、来翔はネーラとハイタッチを交わしながら胸を張った。
「これはね、『ネーラの魔法』と『物理学』のコラボなんだよ」
一本〇・六キログラムある鉄杭三本の総重量は、およそ一・八キログラム。普通なら三本同時に投げること自体が困難だが、ネーラの『軽量化70%』によって、投球時にはわずか五百四十グラムほど――硬式野球のボール三、四個分くらいの重さまで軽くなっていた。
そして、リリースの瞬間にネーラが魔法を解除する。運動エネルギーは、質量と速度の二乗に比例して決まる。時速百七十キロ、秒速にしておよそ四十七メートルで手から離れた瞬間に、質量が本来の一・八キログラムへ一気に戻ることで、総運動エネルギーは跳ね上がる。乗用車が時速五十キロで正面から突っ込んでくる衝撃、あるいは大型の重機関銃を至近距離で受けるのに匹敵するほどの数値だ。新幹線並みの初速で叩き込まれた重金属の激突波に、ガーゴイルの魔核は耐えきれず、粉々になったのだった。
「ちなみに高橋隊員、このアンカーピンの主要生産地はどこか知ってるかい?」
「え? 建築資材ですよね……新潟の燕三条とかですか?」
「甘いね! 答えは広島県だよ!」
来翔は誰も聞いていないのに熱く語り出した。
「広島県は金属加工や釘、針の製造が非常に盛んでね、この手の強力な鋼鉄アンカーピンの多くは広島産なんだ。だから広島ではね、庭先で飛んでいる蚊やハエを、手元にあったアンカーピンを投げつけて一閃でぶち殺すなんてのは日常茶飯事なんだよ。『あ、ハエだ』『シュッ!(カチン!)』ってね」
「いやいやいや! どんな修羅の国ですか、広島県!? 蚊相手に四十センチの鉄杭投げないでしょ、普通!!」
高橋が命がけのツッコミを入れる中、来翔は意に介さず、百九十三センチの長身から最速百六十五キロの直球を投げ込んだ元広島カープの助っ人右腕、ロベルト・コルニエルのフォームを、しなやかに再現してみせた。
「今のフォームもコルニエル直伝だからね。広島の鉄と、広島の投法……まさに広島が生んだ必殺技だよ」
「……来翔さん。あなた、自衛官やめてプロ野球のスカウトに行くか、広島の観光大使になった方がいいんじゃないですか?」
呆れ果てる高橋とLEONの横で、来翔は爽やかに汗を拭った。だが、足元で木っ端微塵になったガーゴイルの残骸が、その「広島のアンカーピン伝説」の凄まじさを、何よりも雄弁に物語っていた。
◆
ゲートからガーゴイルが次々と溢れてくるのを見て、来翔は決断した。
「LEONさんはここで、僕が取りこぼした敵を食い止めてください。リスタオールさんは、僕と一緒にあちら側へ行きましょう!」
LEONは素直に頷いた。自衛隊員達もLEONのために、彼がかつて使っていたブローニングM2重機関銃を用意してくれる。
「LEONさん! これを! 魔族は飛べる奴も多い! 是非、これを使ってください!」
LEONは久しぶりに重機関銃を装備し、ゲートの前に立つ来翔へ向けて親指を立てた。
来翔も親指を立てて返し、ゲートへと走り出した。
ゲートの中へ消えていく来翔とリスタオールを見送りながら、奥尻基地の自衛隊員達が、ビシッと敬礼を捧げていた。
(第180話へ続く)




