【第178話 古城はロマン】
「は? そんなものダメに決まってるじゃないですか! 変態ですか、来翔さんは!」
鈴子との結婚について来翔がリリベットへ相談した時、リリベットの反応はとても冷ややかで、まるで犯罪者を見るような目つきに変わっていた。
「やっぱり、英国でも二十歳差は異質なのかな?」
「当たり前です! 英国は紳士の国ですよ!? ましてや、来翔さんはRoyalの称号を得た騎士なんです! 絶対にダメです! でも、突然どうして鈴子のことを?」
来翔は本当に気まずそうに、渋々答えた。
「えっと……その……今朝、プロポーズされました……」
それを聞いたリリベットは真っ青になって唖然としてしまった。
「鈴子から!? 何故?」
「えっと……。鈴子ちゃんはラッキーピエロを辞めて、ウチで暮らしたいと……」
以前からリリベットの目にも、鈴子が来翔に対して異常に好印象なのは映っていた。だから、新規事業を機に心機一転して結婚し、主婦となって社長業の励みにしたいのかもしれない。もしそうなら、友達のリリベットとしても、鈴子に協力を惜しまないつもりだった。
「わかりました。英国での印象操作はかなり大変だと思いますが、MI6本部と世間の反応をコントロールしてみます。はぁ〜。ちなみに、私も三十歳前なんですが、私ではダメなんですか? 今更ですが、はっきり言って、私が来翔さんの担当になったのは、本部ではそれを狙っていた節があるんですよ?」
「え? そうなの?」
「年齢的にもピッタリですからね。英国では恐らく、来翔さんに英国国籍を取得させようとしたんだと思います。もちろん、私本人には色仕掛けをしろなどの命令はされてませんので、ご安心を。実は私、面食いですし、来翔さんは狙いません!」
「遠回しにディスってるよね?」
ネーラが胸ポケットで腹を抱えて笑っていた。
この日、リリベットは本国のMI6本部と、深夜まで長いオンライン会議を繰り広げていた。
◆
そして翌朝。リリベットは本部からの回答を持って、朝の来翔家のダイニングへとやって来た。鈴子がいれてくれたコーヒーを飲んでいる来翔と、仕込み中の鈴子の前で、コホンと咳払いをしてから発表を始めた。
「コホン。それでは、昨日の件を本部と掛け合いまして、決まったことをお知らせいたします。まず、挙式については英国で行われることになりました。国王が直接祝福をしてくださるそうで、世界各国からの要人も出席なさいます。日程は十一月。来翔さんには、英国に城も与えられる予定です」
その報告を聞いていた鈴子は、コロッケを仕込みながらよく聞き取れていなかったが、「来翔さんに城が与えられる」という一節だけは耳に入った。
「すご〜い! 来翔さん! お城が貰えるなんて、夢のようですね!」
「鈴子はお城が好きなの? 与えられるのは結構古い城なのよ?」
「古城? 最高じゃない!」
リリベットは、友達として鈴子が喜んでくれて良かったと思った。
(昨日、本部を説得して良かった……。こんなに喜んでくれてる……)
そんな思いをしみじみと噛み締めていると、来翔から急に現実味のある話をされ、感情が急に冷めてしまった。
「リリベットさん。古城って、固定資産税とか億単位でかかるんじゃないの?」
リリベットは深い溜息をつきながら、覚めた顔で答えた。
「英国では古城に固定資産税は掛かりませんが、カウンシル・タックス――地方税・住民税に相当するものが、安くても六十万円から百万円ほどかかります。税金面はかなり優遇されてますが、古城というのは維持費が毎年軽く一億円は必要になります」
「は? 維持費だけで一億円!?」
「はい。でも、古城を潰して一戸建てに建て替えることも、法律上出来ません。内装工事すら許可が必要ですし、外観をいじることは百パーセント出来ません」
「めちゃくちゃお荷物じゃないですか! 古城は遠慮します!」
「せっかく奥さんがあんなに喜んでるのに、断るんですか!? 亭主関白すぎませんか!」
リリベットは、日本男児のこういう亭主関白な文化が大嫌いなのだ。奥さんに断りもなく即座に古城を断ろうとした来翔の振る舞いは、許されることではなかった。友達の鈴子があれほど喜んでくれた古城を、この中年男性はあっさり断ろうとしている。
「そうだね。ごめん、リリベット。それじゃ、鈴子ちゃん。君は本当に古城が欲しいかい? 年間に維持費が一億円もかかるんだよ?」
突然、なぜか自分に古城のことを聞かれた鈴子は、かなり困惑気味に答えた。
「え? 何故、私に聞くんです? 私は部外者ですし、返答に困ります!」
「「ん? 部外者?」」
来翔とリリベットが同時に答えた。
「だって、私なんて来翔さんとはただの同僚だし、来翔さんの資産についてとやかく言うことは出来ないですよ!」
「「え? ただの同僚?」」
また、来翔とリリベットが見事にハモった。
リリベットが恐る恐る、鈴子に尋ねる。
「鈴子、アナタは来翔さんと結婚するのよね? 今、アナタと来翔さんの挙式について話し合ってたんだけど?」
「は? 私が来翔さんと? 何故!?」
鈴子はコロッケの成形をミスるほど驚いてしまった。
「だって、鈴子からプロポーズされたって、来翔さんから聞いたわよ? アナタ、昨日、来翔さんにプロポーズしたのよね?」
「してないよ?」
そこに来翔も口を挟む。
「したよ! 僕の家に永久就職するって言ったよね?」
昨日の会話を、鈴子は必死に思い出していた。
「そんな事、言ったっけ?」
悩んでいる鈴子に、昨日のやり取りを傍から見ていたネーラが語り始めた。
「うん! 昨日は確かに、鈴子はここで永久就職するって言ったよ? だってここが鈴子のセントラルキッチンだもんね。商売が上手くいったんだもん。ラッキーピエロを辞めて、このセントラルキッチン一本でやってくんだよね?」
今度はそれを初めて聞いた来翔が、困惑していた。
「な、なんだって!? そのセントラルキッチンって!?」
そんな来翔の問いかけに、ネーラが大爆笑して転げ回った。
「あのね! セントラルキッチンっていうのは、お店で料理を一から作るんじゃなくて、鈴子みたいに別の場所である程度の仕込みをしてから店舗で売るやり方をセントラルキッチンっていうんだよ。そんな事も知らなかったの、来翔! フェアリーでも知ってるのにね! アハハ!」
「セントラルキッチンは知ってるよ! ラッキーピエロもそれと同じ事をしてるからね。僕が言ってるのは、何故ウチがセントラルキッチンになってるのかを聞いてるんだよ……あ! そういえば毎朝、鈴子ちゃんが朝飯を作りに来てたのって……ウチがセントラルキッチンだからか!! だから!! 毎朝!! コロッケか!!! 全ての謎が解けた! でも、いつの間にウチのキッチンがセントラルキッチンになったの?」
この家の主である来翔が、セントラルキッチンについて何も聞いていなかったことを、ようやく鈴子もリリベットも理解した。
鈴子が申し訳なさそうに、許可取りの経緯を語り始めた。
「ごめんなさい。来翔さんは何も聞いてなかったんですね。実は、来翔さんの家の使ってないキッチンをセントラルキッチンとして使用させてもらえるよう、マーガレットさんに頼んだんです。それで、マーガレットさんからは『来翔さんからOKもらったよ』って聞いてたんで、毎日、勝手に使わせてもらってました……」
◆
リリベットは電話でマーガレットを呼び出した。マーガレットは『爆走』スキルを発動させたSUZUKIカルタスGT-iで、わずか十五分で来翔家に到着した。
「え? 来翔さん、レフトから何も聞いてないのかしら?」
悪びれもなく、マーガレットは犯人がレフトだと告げてきた。
鳥かごの中のレフトが「ビービー!」と叫んでいる。ネーラが来翔に通訳をした。
「えっとね。レフトは『毎朝、美味しいコロッケを作りに来るよ』ってオリジナルソングを『♪ピピピピピ♪』って毎朝歌ってただろ! って怒ってるよ」
レフトは所詮インコなので、セントラルキッチンの意味など最初からわかっていなかった。マーガレットからは「毎朝コロッケを作りに来るよ」としか聞いていない。懸命に来翔へ歌に乗せて報告していたつもりだったが、そのレフトの歌声に反応していたのは、フェアリー達だけだったのだ。
事の顛末をすべて理解した来翔は、マーガレットに一言告げた。
「マーガレットさん。今後、僕に伝言がある時はレフトではなく、アインの方にお願いします……」
エレファントノーズフィッシュのアインは、レベルアップを重ねて人間よりも遥かに高い知能を持っている。レフトもレベルアップはしているのだが、所詮はインコ。セントラルキッチンなどという概念を理解できるはずもなかった。
レフトとマーガレットは二人揃ってしょんぼりしてしまったが、そんな二人に来翔が優しく声をかけた。
「僕も、毎朝美味しいコロッケを食べられたんだ。結果的には良かったよ! ありがとう、二人とも」
途端に、レフトとマーガレットは笑顔になった。
鈴子もいつもの朝のように、せっせと仕込みを再開する。
来翔家の朝は、いつも通りの、コロッケの匂いのする風景に戻っていった。
(第179話へ続く)
・来翔さんの「アインに伝言してほしい」という学習は、この家における今後の伝言ルートの新常識になりそうです。
(あとがき)
・結婚の誤解は無事に解けましたが、代わりに「英国王室からの縁談準備」というかなり大掛かりな誤解の後始末が発生してしまいました。リリベットさんのMI6本部への説明が、今から思いやられます。
・レフトは今回も悪意ゼロ、理解度もゼロのまま、結果的に事態をさらにややこしくしてしまいました。彼にとってはただの「コロッケの歌」でしかなかったのです。
・マーガレットの『投げやり』スキルは、本人の心根の優しさと組み合わさることで、周囲を振り回す最恐スキルになりつつあります。




