【第176話 異世界で朝食を】
異世界の朝を迎えた久乃は、プリメを起こして、迎賓館の庭園を二人で眺めていた。
「今朝、朝ごはん貰えるかな? ここってお金持ちの家だから、貰えると良いね」
プリメが心配そうに尋ねると、久乃が優しく答える。
「ウフフ、大丈夫よ。朝はパンと卵を貰えるってさ」
プリメが大喜びで庭園内を飛び回っていた。そこへ鈴子も起きてきて、久乃に声をかけてきた。
「すごい庭園だね! 久乃」
迎賓館の庭園には、地球上には無い植物や宝石のような岩などがモダンに配置されていて、近代アートのような佇まいになっていた。
「はい! 異世界に来たって感じがしますよね!」
二人は広すぎる庭園を歩きながら、久乃は恐る恐る鈴子に尋ねた。
「鈴子さんは、江差が異世界人に占領された頃から住んでいたんですよね?」
鈴子は少しだけ懐かしそうに答える。
「そうだよ。実はあの日、私はちょうど久乃と同じくらいの歳でね。ラッキーピエロでバイト中だったの。そしたら、異世界人が街を攻めてきて、私も攫われかけたの。異世界人の肩に担がれて、街をしばらく歩いてたからさ。街が燃えてる様子も、全部見てた。このまま攫われて、あいつらの好き勝手に弄ばれるんだと思って怖かったんだけど、そこへまだC-Classだった来翔さんが一人で立ち塞がって、私だけ逃がしてくれたんだ。私を担いでた大男は、何人も自衛隊員を相手にしても傷一つつかなかったのに、来翔さんだけは逃げずに私を守ってくれた。私は来翔さんを見捨てて逃げちゃって、その後どうなったのかは知らないけど、全てが終わった後で自衛隊の偉い人から、来翔さんがあの日、その大男を撃破してC'という唯一のクラスに昇格したって教えてもらったの。私の命の恩人であり、ラッキーピエロの同僚って訳わかんない人が、地球人で最強の戦士なんだって……」
「あんな変なオジサンが?」
「そう、あんな変なオジサン! ウフフ」
その後も鈴子から来翔のエピソードを山ほど教えてもらった久乃は、ほんの少しだけ、あのラッキーピエロの厨房で見かける変なオジサンのことを見直していた。
◆
その後、迎賓館で用意された朝食を食べ終えると、この日はリリベットがレンカとミーネルに所用で会いに行くとのことで、ビリーの館へ立ち寄った。
現役の賞金稼ぎでもあるレンカへ、MI6が握っている地球に残るゾーン団残党の資料を手渡したあと、ミーネルが四人に紅茶を出してくれたので、しばらく四人と魔族のレンカとミーネルとの女子会に発展していた。
「そうなの。久乃は初めての異世界なのね? それなら、セイレーンの私を見たら、少しだけ怖いかもね?」
そう言ってセイレーンのレンカは、猛禽類のような足をわざと久乃の目の前で見せつけた。
「いえ、レンカさんは平気です。むしろカッコイイです! セイレーンってやっぱり、歌が上手いんですか?」
レンカは少し困ったように答える。
「上手いか上手くないかで言うと、上手いわよ。でも、私の歌には男を惑わせるデバフがあるの。戦場でしか歌えないわね」
そんなレンカに、ミーネルが口を挟む。
「ここには女しかいないんだし、ワンフレーズ歌ってあげなさいよ。アンタの歌は、女にはほとんど効果は無いんだしさ」
「いや、でも、効くやつには効くこともあるから、辞めとくよ」
そんなことを言われると、四人もますます聴きたくなってしまい、久乃が期待感たっぷりな笑顔でレンカに訴えかけた。
「ワンフレーズとは言いません。鼻歌程度でも良いから、聴いてみたいです!」
困り果てたレンカは、その美しい歌声をほんの少しだけ歌い始めた。その歌声は、同性であってもかなり魅了されてしまう。四人は、その歌声にすっかり夢見心地になってしまった。
「はい、おしまい! これ以上は本当にヤバい! リリベットなんて、ウットリしてんじゃん! アナタ、男性ホルモンが強いんじゃないの?」
リリベットは顔を真っ赤にして俯いてしまい、その場は笑いに包まれた。
その時、プリメが叫んだ。
「あ!!!」
久乃が驚いてプリメに話しかける。
「どうしたの、プリメ?」
「スキルが! 歌を聴いたらスキルが出た! 『冷静5%up』だって!」
久乃が、プリメの姿が見えない鈴子とリリベットにも説明をした。
「今の歌声で、プリメにスキルが出たみたいです。『冷静5%up』ですって!」
それを聞いたレンカが、冷静スキルの意味を理解したように解説を始めた。
「なるほど! 私の魅了をレジストするために派生したんだね。プリメ、リリベットに冷静を唱えてごらん」
プリメはリリベットに『冷静』スキルを付与した。
「落ち着きなさ〜い!」
リリベットにはプリメの姿も声も聞こえないので、今の自分に付与魔法をかけられているという自覚は無い。そんなリリベットに向けて、再びレンカが歌い始めた。すると、先程よりもほんの少しだけ、魅了されずに冷静に歌声を聴くことができた。ただし、わずか五パーセントなので、本当にほんの少しだけ。気持ち程度だった。
それでも、レンカはプリメに語りかけた。
「良いスキルだね。これからレベルアップすると、プリメは一級の付与術師になれるよ!」
それを聞いたプリメは大喜びして飛び回っていた。
◆
そんな中、ひょんなことから、昨日鈴子が商人登録をしたという話になった。
「は? 鈴子にもレアスキルが?」
マーガレットがドヤ顔で答える。
「そうなの。『商才』と『計算』のどちらも持ってたの。だから、すぐに商人登録しちゃったのよね」
それを聞いたレンカとミーネルが顔を見合わせて、内輪の話を始めた。
「あの事を相談しても良いんじゃない?」
「ミーネルの魔眼で、鈴子の将来性までは見えないのかい?」
「私の魔眼は、数秒先のことしか見えないのよ。そこまで万能じゃない。けれど、『商才』と『計算』があるのなら間違いないよ!」
そんな内輪の話をしている二人に、マーガレットが口を挟んだ。
「お二人さん、急にどうしたのですか?」
ミーネルが説明をする。
「実は、うちでやっているパチンコチェーン店にも、日本のパチンコ屋みたいに食堂を併設したいと思っていたんです。でも、うちのパチンコ屋には日本からのお客さんが多いので、現地の食堂にテナントを貸しても、水や食材にそこまで神経質に気を使えないから、魔素中毒を出してしまう恐れがあって、今まで手を出せなかったの。そのパチンコ屋の食堂を、鈴子が出来ないかと思ってね。どうかな、鈴子?」
鈴子の『商才』と『計算』が、瞬時に最適解を導き出していた。
今の日本のパチンコ屋では、食べながらの遊戯が出来ない。飲酒出来るホールもほとんど無い。打ちながら食べて酒が飲めるようになれば、稼働中にわざわざ席を立たなくても良くなるし、酒に酔うと判断力が鈍るので客も負けやすくなる。そんな日本では出来ないことが、異世界では出来るのだ。負けている人は利用しないかもしれない。けれど、勝っている人は湯水のように利用するだろう。鈴子は今、自分のスキルの凄さに、ようやく気づき始めていた。
鈴子は笑顔になり、マーガレットに向き合った。
「マーガレット! オーナーになって! 私には資金が無い! マーガレットがオーナーになってくれるなら、私、異世界のパチンコ屋でテナントを借りたい!」
マーガレットは深く頷いて答えた。
「もちろん良いわよ! 私も鈴子のスキルは信じてる! それに、パチンコ屋さんでの食堂なんて楽しそう! 暇な時は私も手伝うわよ! それで、どんな食堂にするの?」
「ハンバーガー&ドーナツ! パチンコを打ちながらでも食べられるでしょ? アルコールも、日本から缶ビールや缶チューハイをそのまま売るだけで良いの。お客さんは熱くなればなるほど、お酒も進む!」
そこへ、今金町出身の久乃も口を挟んだ。
「鈴子さん! 私の実家がじゃがいも農家です! ポテトも打ちながら食べられます! ビールにも合いますよね?」
鈴子の『商才』と『計算』が、カチッとハマった。
「それだ! 久乃の実家と契約して、今金男爵を卸してもらうわ! 実は私、コロッケ作るのも上手いのよ! コロッケも絶対に売れる! やろう、マーガレット!」
マーガレットがニッコリ笑って答える。
「資金は任せてね」
久乃もそれに続いた。
「夏休みは私もバイトさせて下さい!」
◆
ミーネルが早速、パチンコ屋へ案内し、貸しテナント用のスペースを四人に見せた。
もともとマルハンを視察した際に見た、パチンコ屋に併設された食堂をイメージしていたので、そこそこ広いスペースが確保されている。ガスもプロパンで使え、電気も確保済み。水はすべて魔素が浄化されていて、安全性も高い。
「これなら、すぐに始められそうですね! あとは、江差町にセントラルキッチンも借りないと……」
そこへリリベットが提案する。
「それなら、来翔さんの宿屋のキッチンが余ってるので、そこをセントラルキッチンとして借りてはどうかな? あそこは宿泊客用のキッチンと、来翔さんの自宅用のキッチンがあって、自宅用のキッチンは誰も使ってないはずよ?」
鈴子とマーガレットが顔を見合わせ、完全同意した。
「「そこに決めよう!」」
こうして、来翔不在のまま、江差町のセントラルキッチンが決定された。
このセントラルキッチンで、ポテトとコロッケの仕込み、ハンバーガー用のバンズの成形まで一気に済ませ、現地の店舗では冷凍または半調理の状態から揚げと仕上げだけを行う――そんな二拠点式のオペレーションが、鈴子の頭の中ですでに組み上がっていた。江差で仕込み、コナ国で揚げる。魔素の心配がある食材と水は、すべて日本側で完結させてしまえばいい。
マーガレットと鈴子とミーネルが契約書にサインし、すべての契約を終えると、鈴子は明日からでも営業可能となった。パチンコ屋の食堂カウンターの片隅には、昨日商人ギルドで貰った木札が、ひっそりと貼り付けられた。
その木札を眺めて、鈴子はしばらくの間、ニマニマと微笑んでいた。
この日のパチンコホール遠隔屋も、ほぼ満席状態で稼働していて、客たちは全員が熱く台を見つめていた。
鈴子の『商才』と『計算』が、ビシビシと反応しているのを、鈴子自身も感じていた。
(第177話へ続く)




