【第175話 女子会は異世界で】
ある日の、大野荘の談話室にて。
リリベットは、大野荘の久乃がゴールデンウィークに入って学校が休みになるタイミングを見計らって、異世界旅行を持ちかけてみた。
「ねぇ、久乃。GWに異世界へ行ってみない?」
久乃はかなり驚いて、持っていたマグカップを落としそうになった。
「え? 異世界って、あの奥尻から行けるっていう? でも、異世界人は野蛮な人しかいないって、学校で習いましたよ?」
「それは、ゲートのある街がまだゾーン団に制圧されていた頃の話よ。今は帝国という、日本よりも法治国家がおさめてるから、日本よりも安全なくらいよ? その証拠に、ここ数年間は異世界人の脅威なんて無くなったでしょ? それに、私の知人が帝国生まれなの。その人と一緒なら、怖くないんじゃない?」
そう言ってリリベットは、YouTubeに上がっている異世界旅行系YouTuberの動画を見せながら説明をした。動画の中のYouTuber達は完璧な異世界語しか話していないので、字幕はすべて日本語になっている。
「リリベットさん、これって私もゲートをくぐれば、こんな風に異世界語に勝手に変換されるんですか?」
「そうなの。逆にあちらでは、日本語を話せなくなるの。不思議でしょ?」
動画とリリベットの説明を受けて、久乃も徐々に異世界への興味が湧いてきたのか、次第に前のめりになって画面を見つめていた。
「行きます! 行きたいです! でも、私、あちらのお金を持ってませんよ?」
「お金の心配はいらないわ! そこは、歳上である私が持つわよ! こう見えても、お金はあるのよ」
「家賃六万円コミコミの、超激安物件に住んでいるのに?」
久乃がからかうようにリリベットを冷やかす。他人から見れば、本物の姉妹のように見えてしまうほど、二人の距離感は近くなっていた。
◆
それから数日後のゴールデンウィーク当日の朝。江差港には、リリベットと久乃のほかに、帝国総督の娘であるマーガレットもいた。リリベットが久乃へマーガレットを紹介する。
「こちらは、勇者ワタルの奥さんのマーガレットよ。勇者は久乃も知ってるよね?」
「はい! 教科書にも出てますし、私、勇者のアニメを全部観てます! だから、マーガレットさんのこともちゃんと知ってます!」
「ウフフ、ワタルはもう教科書に載ってるのね? ほとんど来翔さんの手柄なのにね」
先日、ラッキーピエロで久乃にも紹介された、来翔という変なオジサンからはそんな凄い人オーラは感じられなかったので、久乃はリリベットとマーガレットにからかわれているだけだと思っていた。そこへ、遅れて鈴子も合流してきた。
「ごめ〜ん! 遅れちゃった?」
「あ、鈴子! 大丈夫よ、フェリーはまだ出ないから。久乃、こちらはラッキーピエロで何度か会ってるわよね? カウンター内にいつもいる鈴子よ」
リリベットが鈴子も久乃に紹介した。
「私、鈴子っていうの。よろしくね、久乃ちゃん」
こうして四人は奥尻島行きのフェリーに乗り込み、ゲートから異世界へと旅立った。
◆
ゲートを通過した久乃は、初めての異世界の風を肌で感じると、ちゃんと言語が異世界語になっているのかを確かめる意味で、唯一の異世界人であるマーガレットに声をかけた。
「マーガレットさん。私の言葉、わかりますか?」
マーガレットはニコッと笑って答えた。
「大丈夫。ここでは誰もが、こちらの言葉になるのよ? さあ、久乃。好きな乗合馬車を選んで良いわよ。アナタは初めてなのだから、アナタが乗りたい馬車を選ぶと良いわ」
ゲート前には、乗合馬車がズラリと並んでいた。普通の馬車から大きな蜘蛛、バッタまでいて、久乃は『バッタは跳ねて危ないんじゃないの?』などと考えながら、色んな馬車を物色していった。その中で久乃は、四人全員が乗れそうなほど大きなカブトムシを選んだ。
カブトムシは乗合馬車の中でも高価な乗り物で、かなり上品でイケメンな御者がその前に立っていた。
「いらっしゃいませ、お嬢様方」
そんな御者に、金額も聞かずにマーガレットが金貨の入った小袋をズシッと手渡した。それを重そうに受け取った御者は、ニコッと笑って「お帰りの日まで異世界を案内させて頂きます」と告げると、一人ずつ手を取り、カブトムシの背中に括り付けられた特製のシートへと乗せていった。御者自身はツノ側に取り付けられた専用シートに座り、器用にカブトムシを操って旧コナ国を目指して歩き出す。
「凄い! カブトムシに乗ってる!」
久乃は何枚もスマホで写真を撮りまくっていた。すでに何度か来翔と共に異世界を訪れている鈴子も、これほど高級なカブトムシに乗るのは初めてだったようで、緊張気味にイケメンの御者へ色々と話しかけていた。
◆
旧コナ国に入ると、リリベットの提案で冒険者ギルドへとやって来た。
「うわ〜! ここが冒険者ギルド!」
久乃は興奮気味に掲示板のクエストを眺めている。
「久乃も鈴子も、自分のジョブを知らないでしょ? ここなら冒険者登録をするだけで鑑定してもらえるのよ。やってみない?」
「やりたい!」
久乃が即答した。
「え〜。私なんて絶対に『店員』って出そうでヤダなぁ」
鈴子はかなり躊躇っていたが、結局は自分でも気になり出し、二人揃って冒険者登録を済ませ、鑑定モノリスに手をかざした。
┌─────────────────────────┐
│久乃(16歳) │
│Lv.1 │
│【職業】見習い │
│【スキル】フレッシュ │
│【犯罪歴】無し │
└─────────────────────────┘
┌─────────────────────────┐
│鈴子(22歳) │
│Lv.1 │
│【職業】売り子 │
│【スキル】小売、計算、暗記、商才 │
│【犯罪歴】無し │
└─────────────────────────┘
二人とも、一見すると微妙なステータスだったが、受付嬢がしっかりとフォローしてくれた。
「まず、久乃さんの『見習い』は、今後どんなことをやっても学習しやすくなるという、とても恵まれたジョブです。スキルの『フレッシュ』もあるので、途中で飽きてしまうこともありません。何かを黙々と続ければ、必ず新たなジョブが派生しますよ!」
「それから、鈴子さんは『商才』と『計算』をお持ちですから、商売をすれば必ず結果を残せるはずです! 冒険者登録ではなく、商人ギルドで商人登録することをオススメします!」
自分のステータスを知った二人は、モノリスを見つめながら、とても嬉しそうに微笑んでいた。
そんな鈴子に、マーガレットが一つ提案をした。
「ねぇ、鈴子。本当に、このあと商人ギルドへ行ってみない?」
「え? 私に商人登録をしろってこと?」
「うん。私も以前から、鈴子のラッキーピエロでの働きっぷりを見ていて、どうして独立しないのかしらって思ってたのよ」
高校生の頃からずっとラッキーピエロで働いていた鈴子は、店では一番の古参だった。今ではバイトから正社員になり、店長代理を務めている。代理と言っても実質は店長業務そのもので、シフト調整もレジ締めも、すべて鈴子がこなしていた。鈴子自身、いつかは独立してカフェでもやってみたいと考えていたのだ。
「えっと……私……商人ギルドにも行ってみたいかも……。でも、このあと、パチンコ屋に行くんだよね?」
「良いわよ。パチンコ屋なんて後でも。異世界のパチンコ屋は深夜一時まで営業してるんだしさ」
マーガレットが冒険者ギルドの時計を見ると、十五時三十分を指していた。
「まだ時間はありますし、行きましょう! 商人ギルドへ!」
マーガレットが率先して冒険者ギルドを出て、カブトムシの御者に行き先を告げてしまったので、三人も外へ出てカブトムシに乗り込んだ。
◆
すぐに商人ギルドへ着くと、マーガレットが受付嬢に頼んで、ギルド長のリンガロンを呼びつけた。
「あら? お久しぶりね、ギルド長」
「お久しぶりです! マーガレット様。本日はどのようなご要件で?」
マーガレットは鈴子を紹介しながら説明する。
「この子は鈴子。今、冒険者ギルドで登録してみたら『商才』と『計算』のスキルを持っていたものだから、連れてきてみたのです。一応、商人登録もお願いできますか?」
「ほう! 商才を。それは素晴らしい。それでしたら、すぐに商人登録をしておいた方がよろしいですぞ、鈴子さん!」
リンガロンは鈴子が悩む暇も与えずに、早速書類を持ち出し、登録を速やかに終わらせてしまった。そして鈴子に、かまぼこ板のような木札を手渡した。
「これは、旧コナ国において商売を始める際に必要な営業許可証です。会社やお店を持った時には、どこか必ず設置してください。鈴子さんは、こちらの世界の税についてはご存知ですか?」
そこでマーガレットが口を挟んだ。
「ギルド長。まだこの子は、こちらで商売をするとは決めてませんの。その時が来たら、改めてお願いするわね。今日はただの様子見なのよ」
「あぁ、そうでしたか。それでは、いつか商売を始めるのでしたら、その時に……」
四人は手続きだけを済ませて商人ギルドを出ると、パチンコ屋へやって来た。
◆
久乃は当然未成年なのでパチンコは初体験で、かなり緊張していた。だが異世界のパチンコ屋には年齢制限は無いので、堂々とプレイすることが出来る。四人が台を物色していると、久乃はとあるアニメとタイアップしたパチンコ台に座った。
「このアニメ、大好きなんです!」
久乃は初めてのパチンコを、持ってきたお小遣いの中から、レート1Qの低貸し玉で打ち始めた。他の三人も、それぞれお気に入りの台を打ち始める。四人は夕飯時までたっぷりとパチンコを楽しんだあと、屋台などを見て回ってから、夕飯を食べることになった。
街のメインストリートには、色んな屋台が並んでいる。異世界の珍しい屋台を見ているだけでも、四人はとても楽しめた。そんな中、四人はフェアリーが売られている屋台に出くわした。
「マーガレットさん! あれって人身売買してますよ!」
久乃が、虫カゴの中でフェアリー達が売られている様子を見て、悲しそうな顔で訴えかけてきた。
マーガレットは優しく笑って答える。
「ウフフ。フェアリーっていうのは好奇心の塊で、フェアリーの里から抜け出して、ああやって自分を誰かに売り込んでるの。フェアリーって、人間社会では一人で生きていけないでしょ? お金も一人では大きくて持てないし、パンも大きすぎて買えないでしょ? だから、あんな風に人に買ってもらって寄生するの」
マーガレットと久乃がそんな会話をしている中、鈴子が困惑して尋ねる。
「え? 久乃ってあの虫かごの中のフェアリーが見えるの?」
「え? 鈴子さんは見えないの? リリベットさんは?」
鈴子は即答した。
「全然見えない。私は一応、来翔さんのネーラは見えたんだけどなぁ」
リリベットも見えないようで、
「久乃、本当に見えてるの? 私も全く見えないわよ?」
久乃は一つの虫かごを、顔を近づけてじっと覗き込んだ。
「この子のことはハッキリ見えます! 他の子はぼやけていて顔まではわからないけど、この子とは目が合っちゃいました」
すると、虫かごの中からフェアリーが、久乃へ恐る恐る声をかけた。
「アナタ、私を買ってくれるの?」
「え?」
戸惑った久乃は、マーガレットへ助けを求めた。
「マ、マーガレットさん! この子って、私でも買えるんですか?」
「うん、良いんじゃない? ワタルのチックルも、屋台で買ったフェアリーなのよ? 映画やアニメでは劇的に出会ってたけど、実際の出会いってこんな風に屋台なんですって」
屋台のオジサンが久乃に説明した。
「この子はまだスキル覚醒前だよ。だから、八百Qでいいよ。他の子はスキル覚醒済みだから、千五百Qだけどね」
「スキル無し……」
久乃が思わず呟くと、フェアリーは泣きそうな顔で必死に久乃へ謝ってきた。
「ごめんなさい……私、何にもできないの……」
そんないたいけな姿を見てしまっては、久乃にはもう買うという選択肢しか残されていなかった。
「オジサン。買うわ!」
屋台のオジサンはニコッと笑って千Qを受け取ると、二百Qのお釣りと共に、虫カゴごと久乃に手渡してくれた。
「よろしくね、妖精さん。私は久乃。異世界人なの。異世界には美味しいお菓子が沢山あるから、期待しててね」
虫カゴの中から、フェアリーもニッコリと笑って答えた。
「私はプリメ。スキルは無いけど、本当に良いの?」
「良いよ、そんなの。私は学生だから、戦うことも無いの。友達になってくれる?」
「うん! それなら簡単だ! なるなる!」
◆
その後も色んな屋台を巡り、リリベットはミスリル製のサバイバルナイフと、ミスリル製の折りたたみナイフを買っていた。
そのあとはマーガレットのオススメの高級レストランで、異世界人用のフルコースを堪能した。さらに、勇者と総督のコネをフル活用して、マーガレットが日本大使館の迎賓館を今夜の宿にしてしまった。もちろん、榊が丁寧にマーガレットを出迎えてくれた。
リリベットは、先日とはまるで別人のように腰の低い榊を見て、思わず笑ってしまった。
「ウフフ、榊さん。そこまでかしこまらなくても、マーガレットは大丈夫ですよ。普段からとても気さくな主婦なんですから」
それを聞いても、榊は腰を低くしたまま答える。
「勘弁してください、リリベットさん。私も外交官の端くれですよ? 総督の娘さんに悪印象を与えただけでクビですよ……」
それを聞いていたマーガレットが口を挟んだ。
「大丈夫ですよ、榊さん。私の父こそ、おべんちゃらやゴマすりを嫌う人です。超法治国家の政をしていますのよ? 頭の中身が六法全書で出来てますから、私に失礼なことをしたとしても、それが法に触れていなければ何もしてきません。本当にそんな父なんですよ。来翔さんなんて、普段から父にはざっくばらんに話をしてますが、それで気を悪くする父ではありませんからね!」
そう言われても、榊はかしこまった態度のまま、四人を迎賓館まで案内してくれた。
屋台から一転、超豪華な迎賓館での宿泊に、一番喜んでいたのはプリメだった。客間に置かれたお菓子を、虫カゴの中から食べたそうに見つめている。それに気づいた久乃が、ようやく虫カゴから出してあげて、テーブルの上のお菓子を説明しながら手渡していった。
「これは日本のお菓子で、アルフォートよ。ちょっと大きすぎるから、割ってあげるね」
久乃は細かく割ってから、プリメにアルフォートを手渡した。それを食べたプリメは、あまりの美味しさに腰を抜かしてしまったが、それでもアルフォートを手放すことなく、一心不乱に食べ続けていた。
久乃にとって、忘れられない高校一年のゴールデンウィークとなった。
(第176話へ続く)




