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【第174話 三台のハッチバック】

100話目が抜けてました!


何度もすいません!


m(_ _)m

 リリベットは、江差町の公共交通機関の無さに嘆いていた。


 そんなリリベットへ、大家である悦子が語りかける。


「北海道はねぇ。車がないと生活できないのよ」


 リリベットは、車を買うことを決断した。



 ◆



 早速、地元の中古車屋に来てみたものの、並んでいるのは全て日本車。日本車の知識のないリリベットは、久しぶりに隣町の上ノ国町に住む勇者の妻、マーガレットに車選びを手伝ってもらうことにした。


 マーガレットはすぐにSUZUKIカルタスGT-iで駆けつけてくれた。


「お久しぶりです、夫人! これが夫人の車ですか? 小さくて可愛いですね!」


「そうなの。ハッチバックって言うんだって。友達の鈴子がハッチバックが便利だって教えてくれたのよ」


 リリベットはカルタスのリアシートを倒してみて、確かに積荷が広いことを確認した。


「なるほど。これは便利かも……」


 リリベットとマーガレットで中古車屋を物色していると、どのハッチバックも割と格安だった。


「うーん。どれがいいのかしら?」


 リリベットが真剣に悩んでいるのを見かねたマーガレットが、リリベットをカルタスに乗せて、来翔がバイト中のラッキーピエロへと走り出した。



 ◆



 ラッキーピエロに着くと、カウンターには鈴子が笑顔で出迎えてくれた。


「あら? マーガレット! この時間に来るのは珍しいね」


「うん。今日はこちらのリリベットの車を選んでいたのよ。それでどの車が良いか、来翔さんに聞きに来たの」


 厨房から来翔が顔を覗かせると、マーガレットは先程の中古車屋にあったハッチバックの画像をスマホで見せて、リリベットの車を選んでもらった。


「ふんふん。こんなにハッチバックの車があったのか。リリベットさんは、雪道の運転は好きかい?」


「いえ。どちらかといえば苦手です」


「それなら、四駆の方が安心かな。この画像の中で四駆はこのストーリアX4しかないよ? 価格も四十五万円なら良いんじゃないかな」


 来翔の意見を聞いて、リリベットとマーガレットは鈴子に別れを告げ、中古車屋へ戻っていった。



 ◆



 ストーリアX4を注文して数日後、大野荘の駐車場にはDAIHATSUストーリアX4がやって来た。たまたまこの日は鈴子も休みだったので、マーガレットと共にストーリアを見に来ていた。


 大野荘の駐車場には、鈴子のNISSANマーチスーパーターボと、マーガレットのSUZUKIカルタスGT-iと、DAIHATSUストーリアX4が並んでいた。見る人が見れば、なんとも豪華なハッチバック車三台の顔ぶれだったが、当の本人たちには車の知識が全くないので、ごく普通の小さな車が三台並んでいる、という感想しかなかった。


「リリベットさんの車だけ、四ドアなんですね?」


 鈴子が珍しいものを見たという顔で尋ねてきた。


「うん。二ドアだと、やっぱり不便だもんね」


「あ、でも、来翔さんがハッチバックのドアを数える時は、ハッチバック分も数えるから、三ドアとか五ドアって言うんだって言ってなかった?」


「あ、そうそう! 来翔さんはそれを言ってた!」


 そんなマーガレットと鈴子の言葉を聞いて、リリベットも自分のストーリアが正確には五ドアだということを、この日初めて知った。



 ◆



 そんな中、マーガレットがリリベットに提案してきた。


「ねぇ、三人で国道二百七十八号線でも走らない?」


 すぐに鈴子が反応する。


「いいね! ハッチバック三台で走ろう!」


 リリベットも嬉しそうに答えた。


「行きましょう! 試運転を早くしてみたかったんです!」


 三台は大野荘を出て、海沿いの道を走り出した。先頭は地元民の鈴子のマーチスーパーターボ。真ん中は日本初心者、リリベットのストーリアX4。殿はマーガレットのカルタスGT-i。


 見る人が見れば、それなりに気合いの入った編隊だった。


 三台は海を眺めながら、ゆっくりと走り、函館の隣街にある北斗市(旧上磯町)まで走ってきた。上磯浜は波も穏やかで、三人は車を降り、砂浜を歩きながら、たわいもない女子トークに花を咲かせた。MI6であるリリベットにとって、久しぶりに感じる開放感だった。



 ◆



 上磯浜でリフレッシュしたあと、三人は江差町へ帰るために、再び国道二百七十八号線を走り出した。今度は先頭をマーガレット、真ん中をリリベット、最後方を鈴子の順番で並んでいたのだが――市街地を抜けて速度の乗る道に入った瞬間、カルタスGT-iの高回転なエンジン音の咆哮が、後続の二台にも聞こえてきた。


「え? ふ、夫人!?」


 マーガレットの後ろを走っていたリリベットは、不意をつかれて出遅れた。その直後、リリベットの視界からカルタスが豆粒のように小さくなり、一気に引き離される。リリベットも秘密諜報員の端くれとして、ど素人の運転に負けるわけにはいかなかった。


 アクセルを一気に踏み込むと、見た目が可愛らしいストーリアには似つかわしくない、暴力的な加速がリリベットをシートへ押し付けた。


「何!? この加速!!」


 リリベットは、ストーリアX4という車について、何も知らなかった。



 ◆



 それも無理はなかった。


 見た目こそ、大人しいコンパクトカーそのもの。だがその皮を一枚剥げば、中身は競技で勝つためだけに生まれた、純血のモンスターだった。


 排気量は、わずか七百十三cc。軽自動車の上のクラスとしては、あまりに中途半端な数字だ。だがこれには理由があった。当時のラリー競技には「ターボ車は排気量を一・七倍して計算する」という換算規定があり、七百十三ccにその係数を掛け合わせると、ちょうど千二百十二cc――千二百cc以下のクラスへぎりぎり滑り込ませるために、逆算されて生まれた排気量だったのだ。


 その小さなエンジンブロックから叩き出されるパワーは、千二百ccクラスでは最強格の百二十馬力。リッターあたりに換算すれば、当時の名だたるスポーツカーすら凌駕する数字になる。ダイハツ自慢のターボユニットは、高回転域でブースト圧が跳ね上がると、背後から巨大なハンマーで叩かれたような、鋭い過給の一撃をドライバーに叩きつける。


 しかも車両重量は、たったの八百四十キログラム。普通ならタイヤが空転して、まともに前へ進めないほどの馬力を、機械式のリミテッドスリップデフを備えたフルタイム四駆が、四輪すべてで路面へ力ずくで伝えていた。ギアチェンジのたびに、専用設計のクロスミッションがエンジンを最もおいしい回転域へ叩き込み続ける。


 つまりこの車は、お買い物用のおしゃれなコンパクトカーなどではない。ナンバープレートの付いた、正真正銘のラリーカーだったのだ。


 カルタスGT-iの高回転な自然吸気サウンドが「フォーーン!」と空へ抜けるなら、ストーリアX4は「ドッ!」という過給音とともに空間を切り裂く、暴力の塊だった。


 そんな市販ラリーカーを、車好きの来翔がリリベットに勧めていたのである。



 ◆



 諜報員として運転技術の訓練を受けていたリリベットでも、競技車で高速道路を走るのは初めてだった。だが、ど素人の主婦であるマーガレットに負けるわけにはいかない。必死でアクセルを踏み込んだ。


 圧倒的な加速の前では、過給器のないカルタスも分が悪い。すぐにリリベットはカルタスのスリップストリームへ入った。ルームミラー越しに、マーガレットの視線とリリベットの視線が交わる。


 マーガレットには『爆走』というスキルがある。こんな緊迫した高速道路上でも、そのスキルのせいで恐怖心がまるでない。ルームミラーに映る顔を見る限り、まだ余裕があるようにリリベットには見えていた。


「夫人! ただのツインカムエンジンのくせに!」


 リリベットがスリップストリームから抜け出し、カルタスを追い抜こうとタイミングを計っていると――突然、マーチスーパーターボがリリベットとマーガレットをあっさりと抜き去り、先頭に躍り出た。鈴子だった。


 高回転ツインカムでもなく、市販ラリーカーでもない、技術の日産が生み出したこの世で唯一のターボ+スーパーチャージャーの前では、カルタスもストーリアも手も足も出なかった。


 先頭に立った鈴子は、ルームミラー越しに後ろのカルタスとストーリアへ、無言の視線で怒りをあらわにしていた。


『スピードの出しすぎです!』


 その静かな怒りを汲み取ったマーガレットとリリベットは、鈴子の先導で時速八十キロまで速度を落とし、大人しく走り出した。


 江差町に着いた後は、当然、マーガレットとリリベットは鈴子に猛烈に叱られた。


「高速道路だからって、馬鹿みたいにスピードを出さないで! マーガレットはいつもそう! リリベットさんも、マーガレットの挑発に乗るなんて恥ずかしいと思わないの!?」


「「すみません……」」


 リリベットは鈴子に謝りながらも、自分の買ったストーリアが、すっかり気に入ってしまっていた。



 ◆



「鈴子、マーガレット。今度、三人でル・マンでも走ってみない?」


 リリベットが冗談で、ル・マン24という世界最大の自動車レースの話を持ち出してみた。だが、レースにも車にも全く興味のない二人は、ごく自然にこう答えた。


「海外旅行? 行きたい! 私、北海道から出たことないんだ」


 鈴子がワクワクしながら答える横で、マーガレットも尋ねてきた。


「私はオーストラリアなら行ったことがあるのだけれど、ル・マンってどの辺りなのかしら?」


 リリベットは(レースにも車にも興味が無いのに、あの腕前……)と、半ば呆れてしまった。


「ル・マンはフランスよ。私の地元にもマン島というところがあるのだけれど、三人で行くならル・マンが良いわね」


 フランスと聞いて、江差の田舎者である鈴子が俄然やる気を見せた。


「フランス! 行きましょう! 三人で!」


 リリベットは、ル・マンがワークスチーム以外でも出場可能なレースだったことを思い出しながら、本気でこの三人でル・マンを目指すのも面白いかもしれない、と少しだけ感じていた。


 そんなリリベットの思惑には全く気づいていない鈴子は、懸命にフランスについてマーガレットへ熱く語り続けていた。


 三台のハッチバックのエンジンが、静かに冷えていくのを、三人はしばらくの間、黙って見つめていた。



(第175話へ続く)






(あとがき)


【ダイハツ・ストーリアX4(M111S型)スペック】

・車両型式:GF-M111S

・エンジン型式:JC-DET

・エンジン形式:直列4気筒DOHCターボ

・総排気量:713cc

・最高出力:120ps/6,400rpm

・変速機:5速MTクロスミッション

・駆動方式:フルタイム4WD(機械式LSD標準装備)

・車両重量:840kg


・全日本ラリー選手権のAクラス(当時1200cc以下)を制するためだけに、ターボ換算後の排気量が1200ccちょうどになるよう逆算して設計された、ラリーホモロゲーションモデルです。

・見た目のコンパクトさに反して、中身は完全な競技専用設計。街乗りにはややオーバースペック気味という説もあります。

・リリベットが「何も知らずに買った車が実はモンスターだった」というのは、この作品の車ネタでは定番の展開になりつつあります。



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