【第173話 これが異世界なの?】
100話目が抜けてました!
何度もすいません!
m(_ _)m
この日、リリベットはMI6の諜報部員として、初めてのゲート通過を体験することになっていた。
来翔の案内で、江差港までやって来ている。
「来翔さん、フェリー乗り場はこちらでは?」
来翔がフェリー乗り場から離れていくのを見て、リリベットが戸惑っていると、来翔は漁船が並んでいるエリアの方から手招きをしていた。リリベットがそちらへ向かうと、一隻の漁船の前に、巨大なカメレオンが待っていた。資料で見た通りの、トカゲ人類のカメレオン族――LEONだった。
「来翔さん! こちらが、あのLEONさんですか!」
特注のウェーダーを履いた漁師風の異世界の賞金稼ぎ、LEONが漁船の準備を整えていた。
「アリャマ! さすがMI6。私の名前を、既に知っている!」
「こちらはリリベットさんだよ。僕の相棒……というか、スポンサーのお目付け役だね。さあ、リリベットさん。船に乗ってください。ゲートまでLEONさんが送ってくれます」
来翔とリリベットが漁船に乗り込むと、LEONは軽やかに船を操って奥尻島へ向けて走り出した。
◆
やがて奥尻の漁港へ到着した三人は、ゲートまでの渡し船に乗り込み、鍋釣岩の前に立った。
リリベットにとって、初めての異世界の空気だった。
「本当に、リングの中に芝生が広がってる……」
「不思議な光景でしょ? このリングを通過した瞬間からスマホは圏外になるので、本部への報告は今のうちにお願いします」
リリベットは鍋釣岩の不思議な光景に圧倒されすぎて、通過の報告をうっかり忘れるところだった。慌ててスマホを取り出し、MI6本部へ『これから通過する』と報告を済ませる。
先にLEONが通過し、芝生の上に立ってリリベットを待っていた。
リリベットは覚悟を決めて、ゲートをくぐり抜けた。
その瞬間、異世界の西風が、リリベットの金髪を揺らした。
「アリャマ! 無事に来れたな!」
リリベットが顔を上げてLEONを見ると、その頭の上には見知らぬフェアリーが呑気にとまっていた。
「ハッ! もしかして、アナタがネーラさん?」
ネーラはにっこり笑って答えた。
「あ! やっと私が見えたんだね! 良かった〜。異世界でも、私たちのことが見えない人も多いんだよ!」
フェアリーは、心が通じている者か、魔法の才能がある者にしか存在を確認できない。異世界人でも、完全に見える者は少ないのだ。
「ええ、ちゃんと見えてます。ネーラ、これからもよろしくね!」
リリベットから遅れて、来翔もゲートを通過してきた。
「初上陸おめでとう!」
来翔が通過したのを見て、リリベットが振り返ると――そこには、来翔の顔が見えなくなるほどのフェアリーが、来翔の周りを飛び回っていた。
「ら、来翔さん!? なんですか、そのフェアリーの数は!!!」
「おや? この子たちも見えるんですね? 実は僕の家にはフェアリーが数え切れないくらいいまして……。本来の僕は、こんな風にいつもフェアリー達に囲まれてるんです……」
もはやフェアリーの数が多すぎて、来翔の姿がほとんど見えなくなっていた。
「来翔さん……貴方の姿が見えません……」
「やっぱり、そうですよね……自覚してます……」
フェアリー達が大爆笑しながら、来翔の周囲を縦横無尽に飛び回っていた。
◆
リリベットは姿の見えない来翔ではなく、LEONの方に、この先のことを尋ねた。
「LEONさん。旧コナ国はここから近いのですか?」
辺りを見回すと、乗合馬車が客待ちをしていた。すると、なぜかLEONが保護色を展開して姿を消してしまう。
「LEONさんまで姿を消さないで!」
フェアリーに囲まれて姿の見えない来翔と、保護色で姿の見えないLEONの狭間で、リリベットが泣きそうになっていると、LEONが見えないながらも答えてくれた。
「私は虫の天敵なのだ。コナ国まではあのナナフシ車で行く。ナナフシ車は馬車よりも安いのだが、カメレオンである私の姿を見ると、ナナフシは怯えてしまう」
「あ、なるほど。それで姿を消したのですね」
姿を消しているLEONの代わりに、リリベットがナナフシ車の御者に交渉し、三人は体長五メートルはありそうなナナフシの背中に乗り込んだ。
フェアリーまみれで姿の見えない来翔と、保護色で完全に見えないLEONと、ただの倒木にしか見えないナナフシ車の狭間で、リリベットだけが御者からハッキリと認識できるお客さんだった。道中、ずっとリリベットだけに話しかけてきた御者だったが、高齢のためか、ずっと同じ話を繰り返している。主に、去年の天気の話だった。
やがて二十八回目の去年の天気の話を聞き終える頃、かつてのゾーン団の聖地である旧コナ国が見えてきた。現在は帝国が統治しているため、見るからに治安が良い。街の至る所に、騎士姿の憲兵が立っている。
街並みも中世のヨーロッパを彷彿とさせる外観で、英国人のリリベットにしてみれば、どことなく懐かしさを感じてしまう。ところが――そんな石畳と中世ヨーロッパ風の街並みに、あまりに似つかわしくない建物が見えてきた。
『パチンコホール 遠隔屋』
リリベットの資料にもしっかりと記載されている、来翔がこの世界にもたらした新ビジネスだった。あまりに似つかわしくない、その派手な建物を見てリリベットが溜息をついていると、ようやく来翔の周りのフェアリー達が一斉にパチンコ屋へ飛び込んでいき、来翔の姿がようやく見えるようになった。
「あら? フェアリー達が全員、パチンコ屋へ行ってしまいましたね」
「はい。異世界のパチンコ屋では、フェアリー等の小さな人にも打てるように工夫をしてるんですよ。夜にはちゃんと合流できるので、我々は先に進みましょう」
◆
来翔の案内で、リリベットは旧コナ国にある日本国の大使館へとやって来た。引退済とはいえ、来翔はもともと日本国の異世界ハンターだ。それを英国が横取りした形になっている今、今後の日本国とMI6との連携についての話し合いのために、旧コナ国の大使館を訪れたのだ。
大使館の会議室に通された来翔とリリベットとLEONは、ハンターや冒険者の管理を任されている、元自衛隊出身の天下りである榊管理官という中年男性と、面談を進めていた。
「まさか、予備役である来翔さんを引き抜くとはやってくれますねぇ、英国の王女様も。まあ、そもそもC-Class以下のハンターをクビにした私らが悪いんですけどね」
榊は少しだけ自虐を交えて笑い、リリベットを出迎えた。
「日本政府は、来翔さんの戦力を把握してなかったのでしょうか? せっかくC'という特異なクラスを作っていたのに、トカゲの脅威が無くなった瞬間に契約解除するなんて、私達には考えられません……。今回のオーストラリアでのザンドス戦でも、来翔さんがいなければ世界は終わっていたかもしれませんよ?」
「ハハハ、それを言われると厳しいなぁ。我々だってちゃんと把握はしてましたよ。でも、日本という国は例外を作りたくないんです。日本のお役所は、『〇〇を除く』って一文を入れるか入れないかで大揉めする民族なんですよ……。でも、今回のRoyal-Classについては、個人的には大歓迎です! なので、今後は来翔さんが奥尻や江差町で、日本政府の要請が無くても自由に動いてもらって構いません。わかりやすく例えるなら、来翔さんはそちらのLEONさんと同じ扱いです。これも日本政府の大好きな『見て見ぬふり』ってやつです。現行の法律では異世界人のLEONさんを取り締まれないように、英国のハンターである来翔さんも取り締まれません。これからも来翔さんには、江差町を守ってもらいたい!」
そう言って、榊は深々と頭を下げてきた。
その後、色々と書類上の手続きを榊とリリベットが進めている間、来翔とLEONはその様子をぼーっと眺めていた。三十分ほどで書類仕事を終えると、リリベットが「異世界の食堂を見てみたい」と言うので、三人で大使館近くにある謎の和食レストランへとやって来た。
◆
「リリベットさんは、魔物肉とこちらの水は飲まないでくださいね。マジで死にますから」
「魔素が含まれているんでしたっけ?」
「はい。今は世界樹の貯水槽や食器があるので浄化は出来るようにはなってますが、それでも少しでも残留魔素があると中毒になります」
リリベットがメニューを見ると、ちゃんと異世界人用と現地人用の項目に分かれていた。
来翔とLEONは現地人用の水を飲み、来翔は現地人用のオーク肉のステーキを、LEONは異世界カンパチの刺身を頼んだ。リリベットも異世界カンパチにはそそられたが、そこはちゃんと自重して、異世界人用の『一番人気!』と書かれたボンカレーを頼んだ。水もボルビックを選んだ。
異世界まで来て、地球産のものを食べるのがバカバカしくなり、リリベットは思わず笑ってしまった。
「異世界ではグルメ旅が出来ないから、つまらないでしょ?」
来翔にそう言われて、リリベットは苦笑いしながら答えた。
「ええ。でも、来てみて良かったです。逆に、ここまで日本からの物資が流通してるのが、何だか面白いです。今度、オフの日には私の同居人の久乃も連れてきてあげようかと思ってます」
「うん。若い子なら、異世界はそれなりに楽しめるかもね」
「若い子と行くなら、オススメはありますか?」
来翔はニコッと笑って答えた。
「そこはやはり、小説家になろうでもお馴染みの冒険者ギルドじゃないですかね? 今の若い子は異世界転生とか好きでしょ?」
「冒険者ギルドですか! 確かに私も行ってみたいです!」
◆
食事を終えた三人は、冒険者ギルドへとやって来た。
旧コナ国の冒険者ギルドは、ゲート関連の仕事で溢れていて、今は帝都よりも栄えていると言われている。クエストで溢れた掲示板を見ながら、リリベットもかなり驚いていた。
「こんなにクエストが溢れてるんですね! コナ国って最南端の国だと聞いていたので、もっと寂れてるのかと思ってました」
トカゲ人類の占領時代、冒険者ギルドは開店休業状態だった。ギリギリ、その時の様子を実際に見ていた来翔も、今の賑わいには驚いていた。
「ほら? ゲートが、税金さえ払えば誰でも通過出来るようになったでしょ? 地球側から来る観光客は、冒険者ギルドで護衛を雇わないとコナ国から出られません。なので、今はその護衛のクエストで賑わってるんですよ。あとは、冒険者ギルドなら正確な鑑定モノリスがあります。日本にも導入されてる携帯型のモノリスとは違って、誤差がほぼ出ません。それに、異世界で鑑定した方が、異世界版のジョブが派生します。わかりやすく例えると、江差町の猟師が異世界で鑑定すると、狙撃手というジョブを得られました。たぶん、その人は江差で鑑定すると、普通に猟師と鑑定されていたはずです。つまり、猟師は既に猟師なので、地元で鑑定しても何の旨みもないんですが、狙撃手というジョブを獲得した猟師は、スキルの幅が広がるんです。なので、リリベットさんも江差で鑑定すると諜報部員と出るはずなんですが、異世界で鑑定すると斥候とか暗殺者とか、レアなジョブが派生するんじゃないですかね? ちなみに、ワタルさんはここで『勇者』というジョブを獲得しました」
それを聞いたリリベットは、興奮気味に答えた。
「やりたいです! 鑑定! あ、でも、私のジョブを久乃が見たら、MI6だとバレちゃうかな?」
「大丈夫ですよ。基本的にモノリスでしか他人のステータスは見れませんので、もし、ここでリリベットさんのジョブが『スパイ』と出ても、モノリスを見せなければバレません。やってみますか?」
リリベットは覚悟を決めて、深く頷いた。
受付嬢に頼んで鑑定モノリスを用意してもらい、リリベットは緊張気味にモノリスへ手をかざした。
┌─────────────────────────┐
│リリベット(29歳) │
│Lv.1 │
│【職業】役人 │
│【スキル】他国語、エリート、サバイバル、射撃、暗器、偽装、鍵開け│
│【犯罪歴】無し │
└─────────────────────────┘
「なんか、当たり障りのない『役人』というジョブでした……。スキルも全部、自覚してる特技だけで、真新しい物はありませんでした……。あと、年齢が出てるので、モノリスは見せたくないです……」
そんなリリベットをフォローするように、受付嬢が答えた。
「ジョブは役人ですが、スキルは多彩なので、ジョブチェンジする可能性は高いですよ! これだけスキルが揃ってるなら、盗賊系のジョブに変化するんじゃないですか?」
そのフォローに、リリベットも笑顔で答える。
「私は盗賊を取り締まる側でいたいのよ。だから、実は『役人』ってジョブも嫌いじゃないの」
その答えに、来翔も同意した。
「うん! 良いですね、役人。僕も自分の『職人』というジョブを気に入ってます」
こうして、『職人』と『役人』の相棒が誕生した瞬間だった。
リリベットは自分のモノリスをしばらく見つめたあと、受付嬢に返却した。
◆
三人は冒険者ギルドを後にして、亡きビリーの館へとやって来た。
ビリーが死んだあとは、館はビリーの秘書をしていた魔族のミーネルが管理している。賞金稼ぎギルドは、レンカとミーネルがビリーに代わって運営していて、この館が賞金稼ぎギルドの本部として使われていた。
LEONが来翔とリリベットを案内し、パチンコ屋で別れたフェアリー達と客間で合流した。
「めっちゃ出たよ!」
「GAROの初代を打ったよ!」
「煙管なのにハズレた!」
「擬似連が続かない!」
「ラオウを選べばリュウケンしか出ないね!」
「カイジ沼は漫画と同じだね!」
フェアリー達に囲まれて、来翔は再びリリベットからは全く見えなくなっていた。
なので、リリベットはLEONに話しかけた。
「ここが賞金稼ぎギルド本部なんですね。超豪華なホテルみたいです」
「死んだビリーは、こちらの世界では人族最強と呼ばれていた。稼いだ賞金は貯めることなく使い切るのが、ヤツのやり方だった。賞金稼ぎは、いつ死ぬかわからないからな」
そんな会話をしていると、セイレーンのレンカがリリベットへ挨拶にやって来た。背中に広がる白い翼が、客間の灯りをふわりと反射している。彼女が一歩踏み出すたび、猛禽類のような足の爪が、絨毯を静かに引っ掻いた。
「こんばんは。アナタが来翔の新しい相棒ね? 私はご覧の通りの魔族のレンカ。死んだビリーの相棒だったの」
レンカとリリベットは、簡単な自己紹介を済ませた。
しばらくすると、ビリーの秘書だった魔族のミーネルが夕食の支度が整ったことを告げに来た。彼女の瞳は普段は落ち着いた色をしているのだが、話をしながら数秒先を見通す魔眼をわずかに働かせたのか、一瞬だけ金色にきらりと光った。
「夕食の準備が整いましたので、ダイニングルームへどうぞ。……あら、リリベット様は、あと少しでお椅子から立ち上がろうとしてらっしゃいますね?」
「え? まだ立ってすらいませんが……」
「ふふ、数秒先のことは、大体わかってしまうんです。戦闘には使えない、ただの世間話向きの魔眼ですけどね」
一同はダイニングルームへ移動した。ちゃんと、フェアリー達のための小さな食卓も用意されている。
ところが、地球人用にと用意された夕飯は――チキンラーメンだった。
異世界では大人気商品なので、ミーネルにも悪気は無いのだが、リリベットと来翔は苦笑いしながらチキンラーメンを啜った。LEONには生きたままのうさぎが出されたので、LEONはリリベットに気を遣って、自室にうさぎを持っていってそれを食べた。
初めての異世界は、案外と小説のような派手な体験は出来ないんだなぁと痛感しながら、リリベットはチキンラーメンを啜っていた。
(パチンコ、レトルトカレー、即席麺……。休みの日のオジサンの一日みたい……)
そんなことを思ってしまったリリベットは、何だか少しだけ面白くなっていた。
(第174話へ続く)




