【第172話 函館山】
100話目が抜けてました!
何度もすいません!
m(_ _)m
リリベットは、相棒である来翔が暮らす江差町で生活するため、アパートを探していた。
「カスミさん。この街でオススメのマンションなどはありませんか? コンシェルジュがいるようなグレードのマンションが良いのですが」
それを聞いたカスミは、唖然として聞き返した。
「ありゃま! こ、こ、コンシェージュツ? なんだいそりゃ? マンションってのは、アパートとは違うのかい?」
「コンシェルジュです。英国ではポーターとも言うんですけど、わかりませんか?」
「ありゃま! さっきからアンタ、何を言ってるんだい?」
日本語がペラペラなMI6のリリベットなのに、なぜか会話が噛み合わずに困り果てていると、水槽の中のアインが水面からニュッと長い口を出して答えた。
「カスミ、コンシェルジュと言うのは、マンションの住民のために色々とやってくれる便利な人のことを言うのだ」
「あぁ! 世話焼き人のことかい! リリベットは本当にお上品だから困っちゃうよ! 世話焼き人がいるような長屋が良いんだね? それじゃ、私が大家に話しといてやるよ!」
「本当ですか! ありがとうございます。それではカスミさんにお任せします!」
カスミはこの日の宿での仕事をすべて終えると、DAIHATSUのミゼットⅡに乗って家まで帰っていった。
◆
翌日。カスミの案内で、リリベットは江差町での新生活を送るための新居へとやって来た。
そこはマンションとは程遠い、二世帯住宅のような無骨で古臭い、少し大きめの一戸建ての共同施設だった。
「あ、あの、カスミさん。この『大野荘』とは何ですか?」
「世話焼き人が必要なんだろ? ここには大家も一緒に住んでるから、アンタも楽だろ? 社会人下宿って知らないのかい?」
カスミが紹介したのは、北海道の過疎地には必ずあると言われる社会人下宿だった。大家といっても、その家屋の主が住居兼貸部屋をやっているという、昔ながらの下宿宿だ。もちろん大野荘では、女将さんが毎回料理をしてくれるので三食付き。家賃は月に六万円、食費も光熱費もコミコミで、それだけだった。
リリベットが狭いミゼットⅡから降りると、大野荘のご主人と女将さんが笑顔で待っていた。
「やあ! リリベットさん。よく来たね。俺は大野。ここの大家だ。コイツは女房の悦子。困ったことがあれば、女房に遠慮なく言いなさい」
リリベットは引きつりながら、カスミに耳打ちをした。
「カスミさん! 私はマンションとお願いしたはずですよ!?」
カスミは悪びれることもなく答える。
「ありゃま! この江差町にマンションなんてあるわけないだろ! 大野荘なら来翔さんの家まで徒歩十分で通いやすいだろ? ここにしなさいよ!」
リリベットは渋々、内覧だけでもと思い、悦子の案内で下宿の中を見て回った。中に入ると、意外とパーソナルスペースは確保されていて、バスやトイレも女性専用の個室があった。希望すれば各部屋での食事も可能だという。マンションのない江差町なら、ここでも妥協してもいいんじゃないかと、リリベットは思い始めてしまった。
そして、渋々ながらも賃貸契約書にサインをし、前家賃の六万円を支払った。
「今夜からよろしくお願いいたします……」
リリベットがとりあえず挨拶をすると、悦子はニッコリと笑って答えた。
「今夜はすき焼きだから、食堂で食べましょう!」
その屈託のない笑顔を見ているうちに、リリベットも少しだけこう思ってしまった。
(悪くないかもしれない)
夕飯の時間が、待ち遠しくなっていた。
◆
夕食時間になると、悦子お手製のすき焼きが並べられた。
この下宿には大野夫婦のほかに、地元の江差高校に通っている、今金町から来ているという高校生の女の子――久乃が暮らしていた。四人ですき焼きを食べたあと、大野が「函館の夜景を見に行こう」と言い出し、久乃とリリベットをMAZDAボンゴに乗せて函館方面へと走り出した。
「久乃とリリベットは、函館の夜景は見たことあるかね?」
今金町出身の久乃が元気に答えた。
「あります! おじいちゃんが函館の人なので、夏休みに来た時に一度だけ見ました! 凄く綺麗だったけど、頂上は外国人観光客でいっぱいで、まだ私、小さかったから、迷子になりそうで怖かったなぁ」
リリベットも答える。
「私は無いですね。でも、英国人の私でも『Hakodate City』の名前だけは知ってますよ」
大野と悦子はニコッと笑って言った。
「それなら、リリベットは夜景を見たらびっくらこくんでないかい?」
「そんなに綺麗なのですか?」
悦子が答える。
「私ら夫婦は海外なんて行ったこと無いけどさ。きっと函館の夜景よりも綺麗な夜景は無いんでないのかなぁ」
それには久乃も同意した。
「そうですよ、リリベットさん! 函館の夜景は本当に凄いです! 呼吸が止まるくらい圧倒されますよ!」
◆
およそ二時間後、四人を乗せたボンゴは函館山を登っていった。
「この時間なら、マイカーでも登れるんだわ」
大野が得意げに登山道をボンゴで登っていく。マイカーで登るのには理由があった。函館山のロープウェイは夜の二十一時で終わってしまうため、それ以降はマイカー登山しか方法がないのだ。
頂上に近づくにつれて、夜景がちらほらと見え始め、リリベットはすでにその美しさに圧倒されつつあった。
(世界中を飛び回ってきたけど……本当に美しいわ)
ボンゴが頂上の駐車場に停まり、展望台に上がってみると――リリベットは久乃が言っていた通り、本当に呼吸が止まってしまった。
(これが……函館の夜景……)
リリベットだけでなく、隣の久乃も息を飲んで固まっていた。
そんな二人に、大野が自販機で買ってきた缶コーヒーを手渡す。
「な? すげーだろ?」
リリベットと久乃は夜景から目を離すことなく、静かに頷いて缶コーヒーを受け取った。
◆
夜景を眺めながら、リリベットはあることに気づいた。
「あら? 久乃は確か、観光客が多くて迷子になりそうだったって言ってたけど、今夜は観光客がまばらなのね?」
辺りを見回すと、観光客はせいぜい十人程度しかいなかった。
「ロープウェイが止まってるからかしらね?」
リリベットがそう結論づけると、大野がそれを否定した。
「いいや、リリベット。そうじゃねぇ。この山は、かつてトカゲ軍が根城にした山なんだ。この山はもともと世界大戦までは軍事要塞でな。トカゲに占領された時には、誰も手出し出来なくなったんだわ。だから、この頂上にいた百人以上の観光客も逃げられなくてな……トカゲの餌食になっちまった。それの記憶がまだ残っててな。頂上からは逃げられない、そんな怖いイメージが払拭できないから、誰も寄り付かなくなっちまったんだ」
リリベットは、MI6として当然、函館山決戦の詳細を知っていた。ただ、その後の風評までは知らなかった。
「そうですか。あれから数年も経っているのに、まだ……」
まだ十六歳の久乃には、数年前の函館山の惨劇についてあまり知識が無かったので、久乃が恐る恐るリリベットに尋ねてきた。
「リリベットさんは、ここで起こった事件について知っているの?」
「ええ。知っているわ。この山を守った人も、よく知ってる」
「え? この山を? トカゲから?」
「そうよ。たった一人でね。その人はA-Classでも、B-Classでもなく、C'というちょっと変わったClassのハンターでね。江差町の人なのよ?」
「江差町の人が? この山を守ったんですか?」
「ウフフ、今度、久乃にも会わせてあげるね」
そう答えながら、リリベットの脳裏には、報告書で読んだあの日の出来事が、静かに蘇っていた。
◆
(あの時――来翔さんは、詩音さんと桜井さんという二人の弓使いを取り戻すために、函館山を単身で登ったのよね)
ワタルが山頂へ潜入して人質を救出する間、来翔は千畳敷で派手に暴れ、トカゲ軍全員のヘイトを一人で引き受けた。ワニ男とコモド男を相手に、腰の杓文字でたった一人、正田耕三や北別府の名を借りたスイングを叩き込み続けたと聞いている。
(軽量化スキルを使ったフルスイングで、コモド男を二頭も戦闘不能にしたのよね。それも、たった一羽の妖精と二人だけで)
その裏で、坂上とタコ助という二人のハンターが、すでに命を落としていたことも。詩音と桜井が身ぐるみを剥がされ、弓すら奪われかけていたことも。すべて、報告書には冷たい文字で記録されていた。
(人質は当初、百十三人。生きて帰れたのは、そのうちの三十四人だけ……)
リリベットは、久乃には言えない事実を胸の内だけで噛み締めた。
あの日、来翔はKeiワークスに乗り込み、トカゲ軍をわざと展望台の外へおびき出し、函館山名物のヘアピンコーナーを武器にして距離を稼ぎ、詩音と桜井の狙撃で仕留めさせた。カメ族の頑丈な甲羅相手にも、ワタルの魔法剣と坂上の遺した槍を駆使して、確実に仕留めていったという。
(あの人が、あの脂の乗った身体一つで……。それでもきっと、本人はそんな風には言わないんでしょうね)
夜景を見つめる久乃の横顔と、あの惨劇の記録が、リリベットの中でどうしても重ならなかった。今、目の前に広がっているのは、ただただ美しい光の海だ。だが、その光の一つ一つの下に、あの日の記憶を抱えたまま暮らしている人達がいる。
(この街の人達は、きっと誰も知らないでしょうね。函館山を守った「あの中年ハンター」が、実は今も普通に江差町でご飯を食べて、お風呂に入って、あくせく働いてるだけの人だってこと)
リリベットは、缶コーヒーを一口飲んで、そっと息をついた。
(早く、久乃たちにも会わせてあげたいわ。……きっと、想像とは全然違う人だから、驚くでしょうね)
◆
そして、数日後。
すっかり姉妹のように仲良くなったリリベットと久乃は、二人で江差町唯一のファーストフード店であるラッキーピエロへとやって来た。
カウンターでシェイクとポテトを頼み、席でそれを食べていると、厨房からバイト中の来翔がエプロン姿で現れた。
「おや? リリベットさん。こんにちは」
来翔がラッキーピエロでバイトしていることを知らなかったリリベットは、鼻からシェイクが飛び出るほど驚いてしまった。
「ゲホッ! ゲホッ! な、何してるんですか! 来翔さん!」
「何って、バイト中だけど……」
「バ、バ、バイト!? 何故!?」
「あ、言ってなかったっけ? ハンターを首になった時に、ここで拾ってもらったんだよ」
「あ、そういえば来翔さんはC'だから、奥尻基地の縮小と共にクビになったんでしたっけ……。あ、それで、Royal-Classに復帰……そういう流れだったんですね」
来翔は忙しそうに厨房へと引っ込んでいった。
久乃が不思議そうに尋ねた。
「今のおじさんは?」
リリベットは、厨房でフライヤーの前で揚げ物をしている来翔を見つめながら答えた。
「あの人が、函館山を守ったC'-Classハンターの来翔さん。あんな中年アルバイターに見えるけど、あれでも地球最強と呼ばれてるのよ……」
久乃はリリベットの冗談だと思って話半分に聞き流し、目の前のラキポテをムシャムシャと食べ続けていた。
地球最強の男が揚げたポテトは、間違いなく美味かった。
(第173話へ続く)
(あとがき)
・大野荘のような社会人下宿は、北海道の過疎地に今もちらほら残っています。食事付き・光熱費コミコミという安心感は、都会のワンルームには無い魅力です。
・函館山の夜景については書くまでもないくらい有名ですが、実際に見ると「写真より現物の方が凄い」数少ない観光地だと思います。
・リリベットが函館山決戦のことを詳しく知っているのに、久乃たちには詳細を明かさないのは、MI6としての立場もありますが、単純に「楽しい夜景デート中にする話じゃない」という気遣いもあります。
・地球最強の男が揚げたポテトの味は、たぶん来翔さん本人が一番気にしていません。




