【第171話 江差町の不思議な宿屋】
100話が抜けてました!
何度もすいません!
m(_ _)m
リリベットは江差町に来てみて、かなり驚いていた。
「ここが、地球最強の戦士が住む街ですか……?」
英国人のリリベットにとって、日本のイメージといえば東京のような超近代都市か、京都のような厳かな街並みだった。だが函館空港から江差町までの道のりには、信号機どころか民家すら見当たらなかった。ただの山道をひたすら進み、急に視界が開けたと思ったら、そこが超田舎街の小さな小さな江差町だった。
先にエアウルフで帰ってきていた来翔が、笑顔でタクシーを出迎える。
「お疲れ様です、リリベットさん。英国からだと時差ボケも酷いでしょう? さあ、お部屋を用意してますので、まずはお休みください」
来翔の案内で宿屋に入ると、ロビーには不気味な熱帯魚――エレファントノーズフィッシュの入った水槽が目に入った。
来翔はその水槽の前で、なぜか誇らしげに紹介を始めた。
「コイツがアインです。何か困った事があれば、コイツに聞いてください」
リリベットは来翔なりの冗談だろうと思い、とりあえず愛想笑いで誤魔化そうとした。その瞬間――アインが水面からニュッと長い口を突き出し、中年男性の魅力あるイケボで話しかけてきた。
「やあ、リリベット。私がこの宿の支配人をしているアインだ。今、君は『支配人?』と聞いて困惑しているのかもしれないな。本来なら支配魚と言うべきなのだろうが、残念ながら支配人というのは役職名であり、私が魚である事とは全く別の話なのだ。君たちMI6が六人以上いるのにMI6と呼ばれるように、私も魚でありながら役職名は支配人と言う。この宿での疑問があれば、なんでも答えよう。まあ、暇な時にはクロスワードパズルでどうしても分からない事が発生した時にも、ヒントくらいなら答えてしんぜよう」
リリベットは驚きのあまりフリーズしてしまった。だが来翔は特に解説もせず、
「さあ、部屋まで案内しますよ」
と、そのままリリベットを部屋まで連れていってしまった。
◆
部屋に通され、布団の上に横になっても、リリベットは先程の不思議な喋る魚のことが気になってしょうがなかった。
(魚が喋った……? 気のせい? 時差ボケで夢でも見てたの?)
好奇心に負けたリリベットは、アインのいるロビーへ降りてきた。ソファに座って新聞を読むふりをしながら、アインの観察を始める。
(やっぱり、ただの熱帯魚だわ)
水槽の中のアインは、ヒラヒラと優雅に泳いでいるだけだった。
そこへ、対面のソファにエルフのリスタオールが腰を下ろした。
「アナタが新しい来翔さんの相棒ね?」
事前情報にあった名前と一致し、リリベットはすぐにわかった。
「あ、リスタオールさんですね! 私はリリベットです。今日からアパートが見つかるまで、こちらでお世話になります!」
リスタオールは、同性のリリベットでさえ見惚れるほどの美しい微笑みで答えた。
「今後は英国から来翔さんへお給金が振り込まれるのでしょう? その毎月のお給金のうちから天引きで、私の口座へ毎月五百万円ほど振り込んでくださる?」
「は?」
「ですから、来翔さんのお給金から毎月五百万円を、私の口座へ天引きしてください」
「そ、それは、もしかして、リスタオールさんは来翔さんの奥様という立場なんでしょうか」
リスタオールは、ますます美しい笑みを浮かべた。
「私が? 私はこう見えて八百歳ですのよ? 私から見たら来翔さんは、まだよちよち歩きの赤ちゃんですわね。来翔さんがあと百五十年早く生まれていたら、そのような関係になれていたかもしれませんわね」
「でも、奥様でもない方に五百万円もお渡し出来ません! 来翔さんのお給料は、約六百万円から六百五十万円程度なんですよ!?」
「ウフフ、それは大丈夫なのですわ。私、来翔さんに三億円ほど貸しがあるのですわ」
「さ、三億円も!?」
「ウフフ、私の本業はヒーラーですの。来翔さんはこれまでに何度も大怪我をしてますの。その都度、私が治して差し上げてますの。ちなみに私の治療費は一回一千五百万円。腕がもげても、足がもげても治して差し上げますので、リリベットさんも痛いところがあれば、いつでも私に声をかけてくださいね」
それだけ告げると、リスタオールはふわりと優雅に立ち上がり、自室へと戻っていった。
リリベットは渋々、本国へスマホで天引きの件を要請した。
◆
スマホで報告している間、テーブルに放置していた新聞紙を、セキセイインコのレフトが齧って端をボロボロにしていた。
「あら! ダメよ、インコちゃん!」
レフトのくちばしによって、新聞紙の端が次々とちぎれていく。
そこへ、水槽の熱帯魚が水面からニュッと口を出し、イケボで語り始めた。
「まあまあ、リリベットよ。そのくらいは許してやれ。インコにとっては新聞紙とは、クッションプチプチのような存在なのだ。気泡緩衝材と言えばわかるか? 英国ならバブルラップとも呼ばれているな。人もあれを見れば思わず潰してしまうだろう? インコにとってのプチプチが、その新聞紙なのだ。『バリッ!』や『ザグッ!』という小気味よい音と破壊衝動を満たしてくれる、ストレス発散方法なのだよ」
「やっぱり、喋ってる!」
思わず反応したリリベットに、アインが答える。
「先程も挨拶は済ませたではないか。そこまで私が喋る事がおかしいのだろうか? ちゃんと支配人としての仕事を全うするには、日本語も異世界語も話せないと業務上困るのでな。今後も喋らせてもらうが、構わないか?」
「あ、アナタは魔物なんでしょうか?」
「ハハハ! 確かに私は不細工な熱帯魚ではあるが、残念ながら魔物ではないし、魚人でもない。ごく普通のペットショップで二千円程度で売られている、観賞用の魚だ」
「いや、普通の魚は喋りません!!」
「ハハハ、MI6ではエレファントノーズフィッシュについて、全くの無知のようだな。我々の知能の高さについては、Wikipedia等で調べてみると良い。そんな事よりも、先程のリスタオールの件だが――現在、来翔にはリスタオールに三億円以上の借金があるのだ。リスタオールは毎月の給与から天引きと言っていたが、ボーナスも全てリスタオールに振り込んでやると良い。前回のアメリカ出張では、今、そこで夢中で新聞を齧っているインコのレフトも死にかけた。その時もリスタオールが回復魔法で治したのだが、レフトの飼い主であるネーラには支払い能力が無い。そこでリスタオールは、ネーラの飼い主である来翔に治療費を請求しているのだ。その時は来翔自身も傷だらけになった。その費用も含めて、今は三億円を突破したのだ」
「というか、アナタはなぜ喋れるんですか!」
「ああ、確かにエラ呼吸で声帯のない私が喋る事は、不思議に感じるのかもしれないな。それは私が電気を操ることが出来るからなのだ。エレファントノーズフィッシュは電気信号で仲間とコミュニケーションを取っているのだよ。つまり、今のこの声も、静電気を利用して人の声に聞こえるよう調節しているのだ。空気による声ではなく、静電気による空気の振動なのだ。エレファントノーズフィッシュの電気の能力についても、Wikipediaに書いてあるのでよく読むと良いだろう」
「いや、発声方法じゃなくて……その、なんというか。アナタはどうして魚なのに、新聞とかお金の事を知ってるのよ! 水槽の中から世界を見てるだけで、そこまでわかるはずがないわ!」
するとアインは、なぜか水槽の底に沈んでいたスマホを長い口でつつき始めた。すると間もなく、リリベットのスマホからLINEの受信音が鳴り響いた。
本部からの返信かと思い画面を見ると――目の前のアインから、勝手に友達登録されたメッセージが届いていた。
『去年のクリスマスにサンタクロースという謎の人物からSHARPのAQUOSスマホをいただいたのだ。AQUOSシリーズは全て完全防水されており、魚の私でもYouTubeを見たり、こうしてリリベットのような可愛い女子とLINEで繋がることが出来るのだ』
こんな魚とは思えないメッセージに、リリベットも思わず笑ってしまった。
「これを今、アインが打ったの?」
アインは再び水底のAQUOSを長い口でポンと押し、笑顔のエレファントノーズフィッシュのスタンプを送ってきた。それから水面からニュッと口を出し、
「それは私が作ったスタンプだ。LINEのスタンプショップで売っているから、是非、買ってくれ」
それだけ言うと、アインはヒラヒラと快適そうに水槽の中を泳ぎ出した。
リリベットはしばらくの間、その謎の熱帯魚を見つめ続けていた。テーブルの上の新聞紙の端は、レフトの嘴によってすっかりギザギザにされていたが、リリベットはそれを咎めることなく、黙って齧らせ続けていた。
◆
そこへ、家政婦のカスミが怒鳴り込んできた。
「ありゃま! レフト! またやってる! こんなに散らかして!」
「ピヨピヨ!」
「ありゃまじゃないよ、ピヨピヨでもないよ! 全くもう! 早く来翔さんを呼んでおいで!」
レフトは大慌てで来翔の部屋へと飛んでいった。羽ばたきの拍子に、細かくちぎれた新聞紙の切れ端がテーブルの上から舞い上がって散らばった。
「本当にもう! 油断も隙もないね〜。アンタ、インコの前に新聞紙を置くんじゃないよ!」
カスミに一喝され、リリベットも思わず恐縮してしまう。
「すみません。あちらの魚が、インコは新聞紙が好きだと聞いたもので……」
「ありゃま! アンタ、あんな魚の言うことを真に受けてるのかい? これからここで暮らすんだろ? ペットの言うことを鵜呑みにしちゃダメさ! アインもいい加減な事をこの子に教えちゃダメだよ!」
気まずそうに、アインは何食わぬ顔をしてヒラヒラと水槽の中を泳いでいる。
「アンタ、イギリスから来たんだろ? 和食は食べられるのかい?」
「はい。私はMI6なので、常に世界中を飛び回っておりますので、どの国のお料理も割と平気ですよ」
「ん? えむあい? えぬあい6ってのはなんだい? AKB48みたいなもんかい? アンタ、美人だもんね。アイドルしてたんかい!」
「え? AKB48……? なんですか、それは。私はMI6と言って、アイドルなどではありませんが」
「ありゃま! そうかい。確かにアイドルにしちゃ歳をとってるなぁとは思ってたよ。それじゃあ、えぬあい6ってのは、Jackson5みたいなバンドか何かだね! アンタ、今度のデイサービスに来て、何か一曲歌っておくれよ! リスタオールと私は週に二回、デイサービスに通ってんのさ! シンガーソングライターが来てくれると、デイサービスのお年寄りたちも喜ぶよ!」
カスミからの無茶振りに、リリベットが返答に窮していると――カスミとお揃いの割烹着を身にまとった来翔がやって来た。
「うわっ、レフト。またこんなに散らかして! すぐに片付けるよ。リリベットさんも、カスミさんも、レフトがすいませんね。僕がすぐに生活魔法で掃除しますね!」
そう言うと来翔は『清掃』の魔法詠唱を唱え、キビキビとした手際で散らかった新聞紙の切れ端を片付け始めた。花柄の割烹着の裾がひらひらと揺れる。エプロンの紐は、来翔の腰回りに合わせてカスミが特別に長さを調整してくれたものらしい。
その姿を見て、リリベットは何とも言えない表情を浮かべた。
(本当に、この人が地球人最強なのかしら……?)
肩の上のレフトが、申し訳なさそうに「ピヨピヨ」と鳴いている。
ふと、リリベットの脳裏に、あの荘厳な大聖堂での授爵式の光景が蘇った。全世界が見守る中、聖剣を肩に受け、Royal-Classハンターとして讃えられた、あの神々しい姿。
(あの時の来翔さんと、今、割烹着でせっせと新聞紙のゴミを集めてる来翔さんが、同一人物だなんて……)
破壊の盾を持ったザンドスすら塵にする男が、今は割烹着姿でインコのフンならぬ新聞紙の切れ端を、几帳面に一枚ずつ拾い集めている。その生活魔法の手際の良さは、どんな凄腕の家政婦にも引けを取らないように見えた。
「はい、これでピカピカです」
来翔が満足げにそう言うと、カスミがうんうんと頷いた。
「相変わらず手際が良いね、アンタは。死んだうちの旦那にも見習わせたいくらいだよ」
「いやぁ、生活魔法があるからですよ。カスミさんの方が本職なんですから、僕なんてまだまだです」
そんな謙遜する来翔の隣で、水槽のアインがヒラヒラと泳ぎながら、こっそりとリリベットにだけLINEを送ってきた。
『どうだ、リリベット。これがこの宿の日常だ。世界で唯一のRoyal-Classハンターも、この宿の中では、ただの割烹着姿のオジサンなのだよ。悪くないだろう?』
リリベットは思わず、声を出さずに笑ってしまった。
オーストラリアで序列二位のザンドスに圧勝し、Royal-Classとなっても――来翔と仲間たちの日常は、何一つ変わることはなかった。
江差町の程よい田舎の景色は、今日もいつも通り、ゆっくりと流れていく。
(第172話へ続く)
(あとがき)
・エレファントノーズフィッシュは実在の魚で、微弱な電気で周囲を探知したり、仲間とコミュニケーションを取ったりする、実際にかなり賢い魚として知られています。もちろん、喋ってスマホを操作するのはフィクションです。
・支配人ならぬ支配魚のアインですが、実は水槽の中から一番、来翔さんの宿の経営状況を把握しているという噂もあります。
・リスタオールの治療費三億円について、来翔さんは特に気にしていない様子ですが、いつか回収編が来るかもしれません。
・割烹着姿の来翔さんは、地球最強の男の素顔としては、たぶん一番平和な姿です。




