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【第170話 ものづくりの国】

100話が抜けてました!

何度もすいません!

m(_ _)m

 三十五代目のゾーンとなった坂本には、誰にも言えない悩みがあった。


 自由の国、コナ国に生まれたときは、超法治国家である日本で長年暮らしてきた身には、それだけで嬉しかった。


 欲しいものは奪う。抱きたい女は襲う。こんな自由の国は最高だと、当時は本気でそう思っていた。


 だが、大人になるにつれて、坂本にもコナ国の欠点が見えてくるようになった。



 ◆



 聖教国の聖騎士と揉めたという理由で処刑された父親。その揉め事の真相を、坂本は後になって知った。


 相手の聖騎士の娘を、父親が拐かしたのだという。


 これは殺されても仕方がない――坂本はそう思った。だが、コナ国では、これが正義だった。むしろ父親の行為は、コナ国の中では評価されるべき武勇伝の一つだったのだ。


 しかし、法治国家で長年生きてきた坂本には、それが世間的には決して許されない行為であることが、痛いほどわかっていた。


 父親の処刑から数年後、母親もまた復讐のために聖騎士へ突貫し、あっけなく死んだ。


 その頃、坂本はすでにゾーンを襲名していた。「ボスの母親の仇を討つ」と、坂本の制止を振り切った若いゾーン団の面々が、次々と聖教国へ突貫していき、そのたびにあっけなく殺されていった。


 ゾーンは、唯一の妹であるカリーナに、そんな愚痴をこぼしたことがある。


「はぁ……カリーナ。我が国の民は、どうしてこんなに直情的なんだろうな。聖教国には聖騎士と聖魔道士の軍隊があるんだから、個々でぶつかっても意味がないのにさ」


「キャハハ! アニキこそ、何で戦わないのさ! 私もアイツらと一緒に行きたかったよ〜。私もそろそろ十四歳なんだから、戦わせてよ〜!」


 我が妹ながら、コイツもダメだ――坂本は痛感した。



 ◆



 そんな馬鹿で直情的な蛮族しかいないコナ国にも、坂本のような異端児が一人だけいた。それが、若き日のトンプソンだった。


 トンプソンは戦士タイプでありながら、魔法を極めようとしている。坂本は自分に近しい人間だと感じたが、そんなトンプソンでも、欲しいものは奪うし、抱きたい女は攫ってきていた。


(せっかく理知的なのに、勿体ないな)


 いつかは誰かの恨みを買って早死にする――坂本はそう思っていた。だが、ゲート選抜部隊に選ばれたトンプソンは、異世界に行って、誰よりも早く「新しい体験」をすることで簡単にスキルを手に入れられることに気づいた。日頃から自分と同じように研究に没頭できるトンプソンだからこその発見だった。


 そんなトンプソンが参謀を務める選抜部隊は、あっという間に江差町――ゲートの門前街を占領した。当時の奥尻ゲートは厳戒態勢で、透明化を持つ魔道士でなければ通過すら出来なかったが、幸いにも透明化出来る魔道士が選抜部隊に加わっていたおかげで、江差町とその周辺の状況は、逐一坂本の耳にも届いていた。


(やっぱりトンプソンは適任だった。強敵に遭遇しても、ちゃんとクレバーに逃げることを選んでいる。これは評価できる)


 この頃のトンプソンからの報告で、坂本は早い段階で「木べらの戦士」について学んでいた。


『出会ったら逃げろ』


 それは坂本にとって、最高の情報だった。強敵と見ればなりふり構わず突貫するゾーン団において、強者に遭遇した時に「逃げる」という選択を選べる者は、あまりに稀だった。自分の母親がそうだったように、ゾーンの民には自分と相手の力量を測れない者が多すぎる。


 そんなトンプソンの報告書だけは、いつも他の面子のそれとは一線を画していた。他の団員の報告書といえば、愚痴や自慢話ばかりの、小学生の日記のようなものしか来ない。それに対して、今の日本や世界の状況を事細かく報告してくるトンプソンの報告書は、まるで毎回新聞を送ってきているのかと思うほど、よく出来ていた。



 ◆



(そうか。今は俺が死んでから、もう二十年以上も経っているのか……)


 異世界の一年は三百六十日しかない。だから地球よりも、若干早く歳を取る。多少の時差はあるが、時の流れそのものは、地球と異世界でほぼ同じだった。極端に時間の流れが遅いのは、月だけだ。


(たった二十年で、日本はこんなに変わったのか……。派遣法なんてものまである。俺が一人死んだくらいで、季節労働も派遣も日雇いも、無くなるわけがないか)


 坂本の中で、何かがふつふつと湧き上がってきた。


(非正規雇用のせいで、俺は死んだ。いや、俺だけじゃない。日本は「ものづくりの国」だとか言ってるが、結局のところ、それを支えてるのは季節労働者と派遣社員じゃないか。なぜ、季節労働者や派遣社員が泣かなくちゃいけないんだ? 日本の車を、誰が作った? 設計者か? デザイナーか? 違うだろ。俺たち非正規雇用者じゃないか。家電だってそうだ。メイドインジャパンは、全部、非正規雇用者や小さな町工場の工員が作って、国を支えてきたのに――派遣法だと? 三年で雇用を切る? 意味がわからん)


(俺の死を、無駄にしたのは誰だ。政治か。既得権益者か。……クソッ、イラつくな)


 その怒りは、坂本自身にもどうしようもなく、腹の底で燻り続けていた。


(今のゾーン団なら、日本を滅ぼせるか? ……いや、ダメだ。木べらの戦士が江差を守ってる。上陸直後にゾーン団なんて壊滅するだろう。俺もまだまだ強くなろう。それに、あの木べらの戦士も所詮は人間だ。あと三十年もすれば消える。俺は月にいる限り、何年でも待てる。今はその時じゃない。木べらの戦士が消えるまで、月で魔法のレベルを上げよう)


 坂本はますます魔法の研究に没頭していった。



 ◆



 ところが――連絡係として活動していた選抜部隊の、透明化を扱える魔道士のエースが、木べらの戦士に討ち取られたことを、坂本は後に知ることになる。


 定期報告が途絶えたことをきっかけに、上陸メンバーたちが総力戦を仕掛けてゲートを死守した。その時、一度に百人以上のゾーン団を引き連れて、江差町の占領に成功したという。


 しかも、その配下からは「原子力潜水艦を奪取」という、本人もよく意味をわかっていない様子の報告が届いた。


(原子力潜水艦だと? 核兵器ごとか? いや、日本だから核兵器は非搭載か?)


「おい、お前、トンプソンの配下だよな? いつもの透明化のアイツはどうした?」


「はい、アイツは木べらの戦士にやられました。なので今回は、選抜部隊を総動員してゲート前に岩を積み上げ、強引に死守しつつ、報告と若い団員を連れ帰るために来ました。あと、今回は透明化の魔道士も数人連れていきます。上陸部隊には、もう透明化が出来る奴がいないので!」


「透明化のエースを……木べらの戦士がか。そんなに強いのか?」


「はい! トンプソンさんが手も足も出なかったほどです。魔道士と戦士が二対一で戦闘になったこともありましたが、その時も木べらの戦士には傷一つ付けられませんでした。それどころか、魔道士の方が死にました。江差町上陸部隊の連中の間では、木べらの戦士を見たら逃げるのが、もう常識になってます」


「うん、そうだね。その方がいい。俺でも逃げるかもな……」


 ゾーンは少しだけ笑って、続けた。


「それならさ、ますます、君たちは凄いものを手に入れたよ。今回の報告にあった原子力潜水艦ってやつ、艦内を全部トンプソンに調べさせて。その時に、艦内に『核ミサイル』ってものが搭載されてるか、調べて欲しいと伝えてもらえる? あと、潜水艦があるなら、いっそ江差町を放棄してアメリカにでも行って、ごく普通の地球人として暮らしてみてよ。とにかく、ゲートのある国からは離れておいてもらえるかな。ちょっと君たち、大胆な行動をしすぎたからね。地球には人工衛星というものがあって、空の上から君たちの動向は全部見られてるはずさ。一般人に紛れて、地球からゾーン団のことを忘れさせよう。こちらからは、我々の身代わりになる新たな強敵を、ゲートから強襲させるよ。……そうだなぁ。トカゲ人類なんて日本に現れたら、ゾーン団のことなんて、すぐに忘れるはずさ。日本には『人の噂も七十五日』って諺もあるくらいだからね。とにかく、君たちは潜水艦に乗って、日本以外の国で一般人として暮らしてくれ。一般人なんだから、悪さもするなよ?」


 トンプソンの配下は、数人の透明化を扱える魔道士とともに、ゲートへ向かっていった。



 ◆



 北の魔族領の無人島では、坂本がガウルに命令をしていた。


「ガウル。今聞いた通りに、トカゲ人類へ『今のコナ国なら簡単に堕ちる』って情報を拡散してもらえる? アイツらは馬鹿だから、必ずコナを攻め落とすよ。そこで必ずゲートを見つけて、奥尻島への侵略を始めるからさ」


 江差町上陸部隊が操縦スキルと鍵開けスキルを身につけたことで手に入れた原子力潜水艦――その価値を、ゾーン団の中で唯一理解している坂本は、しばらくの間、一人でニヤリと笑っていた。


(潜水艦が核兵器搭載なら、聖教国、帝国でテストを終えたあとは――俺の死を無駄にしやがった、かりそめの「ものづくりの国」、クソ日本を、核兵器で更地にしてやる)



 ◆



 それから数週間後。


 透明化が得意な魔道士からの定期報告に、トンプソンからの報告書が添えられていた。そこには『核兵器搭載』と、はっきり記載されていた。


 坂本は、しばらくの間、笑いが止まらなかった。



(第171話へ続く)






(あとがき)


・今回は「ゾーン団がなぜ江差町を一度占領しておきながら、忽然と姿を消したのか」という長年の謎の答え合わせでもありました。

・坂本の怒りは、決して坂本一人だけの特殊な感情として書いたつもりはありません。非正規雇用、派遣切り、三年雇止め――このあたりのワードに、心当たりのある方も多いのではないでしょうか。



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