【第168話 子供な名探偵】
魔法武器について、ワタルから来翔へ説明があった。
「来翔さんには魔素があるので、恐らく俺や詩音さんよりも使いこなせるはずですよ」
それを聞いていた詩音が、悔しそうにワタルへ尋ねる。
「それでもワタルは魔素無しで決断剣を覚醒させたじゃない。私なんて、未だに貫通弓の本当の力を引き出せないのに」
「うん、俺の場合はチックルから魔素を借りてるからね。チックルがいないと、決断の能力は使えないんだ」
チックルがワタルの肩の上で、ドヤ顔をしていた。
初めて異世界に渡った時、来翔は留置所で魔物肉と魔素水を口にしてしまい、魔素中毒で生死をさまよったことがある。あの時、来翔の体内には魔素が取り込まれた。その後、サイモンから生活魔導書をもらったおかげで、来翔は生活魔法を扱えるようになっていた。掃除や料理まで手伝ってくれる生活魔法は、独身男性の来翔にとって最高の支援魔法で、密かに気に入っている特技のひとつだ。おかげで来翔の家はいつもピカピカ、バイト先のラッキーピエロもピカピカ、キッチン周りも常に整理整頓されていて、ハウスクリーニング不要の最強の独身男性となっていた。
地球人にはあり得ないはずの魔素を体内に秘めた来翔なら、魔素を必要とする魔法武器も苦労なく扱えるはずだった。
ワタルが、そんな来翔に魔法武器とシンクロするコツを教えている。
「魔法武器の中にいる主――つまり、この武器にされたフェアリーの事を意識して精神を集中すると、心が繋がるんです。ちゃんと会話も出来るはずですよ」
来翔は破壊の盾を持ち、魔力をシンクロさせてみた。
すると、盾が起動したことが来翔にもはっきりと伝わってきた。
「出来た!」
来翔の言葉に反応して、詩音が盾に向けて弓を放つ。矢は、かつてザンドスが使っていた時と同じように、塵となって消えてしまった。
「凄い……矢が当たった衝撃すら無い」
初見で魔法武器を覚醒させた来翔に、詩音が嫉妬混じりに呟く。
「ワタルに続いて魔法武器の覚醒者が現れるなんて、インフレが酷くて嫌になるわ」
その破壊の盾に興味津々なワタルが尋ねた。
「来翔さん、破壊盾に魔力を流さないと、どうなるんですか? 俺の決断剣は、通常時も『斬れ味UP』の付与がありますけど、破壊盾にもきっと通常時の魔法効果があるはずですよ」
来翔が魔力をストップさせると、破壊盾は心なしかツヤを失った。
そこへ再び詩音が弓を放つ。今度は矢は消滅せず、貫通の効果を持つはずの矢が、盾のカーブに沿ってスルッと逸れ、来翔の背後へ飛んでいった。続いてワタルが魔法剣で斬りかかったが、これも盾のカーブに合わせてスルリと剣圧をいなされてしまう。
「これって『見切り』なんですかね? 魔力を流さなくても十分使える能力ですよ。ただ、周りに仲間がいると使えないですけど」
感動したワタルの言葉に、来翔も納得して呟いた。
「なるほど、攻撃を受け流しちゃうから僕だけは無事だけど――僕の横か後ろにいる人には大迷惑な効果ですね」
◆
来翔は破壊の盾を手に、何度も魔力を込めては、ONとOFFの使い分けを試していた。
「この盾は触れたものが塵となって消えてしまうから、無闇にオン状態には出来ないなぁ」
それを聞いた詩音が反応する。
「あ、そういえば、ゲートから出てきて私たちと交戦した時、ザンドスの仲間たちはすぐにゲートの中に隠れたのよ。きっと破壊盾は、ソロじゃないと使えないのかもね」
それを聞いて、来翔も少し怖くなった。
「ネーラ、この盾には触るなよ? 君たちフェアリーは好奇心の塊だから、触るなと言うとなおさら触りたがるんだろうけど、これだけは本当にダメだからね」
「そこまで私たちは馬鹿じゃないよ!」
ネーラとチックルが揃って膨れっ面になった。
そしてもう一度、来翔が破壊盾とシンクロさせようと魔力を流した時――来翔の頭の中に、誰かの意識が入り込んでくるのを感じた。
(誰だ?)
(私はオリマー)
(盾になった子かい?)
(そう。私のスキルは『断捨離』。お家の中を綺麗にするよ!)
(断捨離だって? それって、生活魔法だろ?)
(うん。私は整理整頓が大好きなの……あら? 貴方にも同じ力があるのね?)
(うん。僕も生活魔法が扱えるんだ。だから『断捨離』も持ってるし、『整理整頓』も持ってるよ。『掃除』とか『お料理』も全部できるのが生活魔法だからね)
(凄い、凄い! 私よりもたくさんスキルがあるんだね。でも、もう貴方には『断捨離』があるのなら、私は要らないんだね? 私を断捨離しなくちゃね!)
(な、何を言ってるの? 君を断捨離なんて出来ないよ)
(ダメ。私は整理整頓が大好きなの。断捨離が二人もいるなんて無駄。私の断捨離を貴方の断捨離に整頓するね。じゃあね!)
その瞬間――ミスリル製の大型の盾が、来翔の目の前から消えてしまった。
「き、消えた!」
ワタルと詩音も、盾が来翔の手の中へと吸い込まれるように消えていくのを、はっきりと見ていた。
「来翔さん! 今のは何なんですか!」
戸惑いながらも、来翔は自分の中に残っているオリマーの意識に語りかける。
(オリマー、このまま消えてしまうのかい?)
(私の断捨離と貴方の断捨離が、一つになるだけ。私は消えない。貴方と一つになるだけ)
それだけ言うと、オリマーの『断捨離』が、そのまま来翔の持つ『断捨離』スキルへと溶け込んでいくのがわかった。
(ありがとう、オリマー)
目の前の盾が消えたことに戸惑うワタルと詩音へ、来翔が語りかけた。
「破壊の盾は、この世から消えました」
「は? どうやって!?」
「どうやら僕の生活魔法の『断捨離』と、破壊の盾のフェアリーの『断捨離』が被っていたようで――僕の中の断捨離に、統合されてしまいました」
「そ、そんな事が出来るんですか?」
「はい。断捨離スキルの持ち主さんは整理整頓が好きな子で、断捨離が二個もいらないからって、僕の断捨離とフェアリーの断捨離を一つに纏めてしまいました。おかげで僕の断捨離スキルと整理整頓スキルが、爆上がりしちゃいました」
「そ、それって、来翔さんに破壊の盾は相性最悪だったってことですか?」
「いや、むしろ相性は最高だったんじゃないでしょうか。結果的に盾は失ったけど、僕の生活魔法のレベルは上がりましたから」
同じ『決断』というスキル名を持つ決断剣とチックルの関係を思い出し、ワタルは一瞬、決断剣もチックルの中に消えてしまうのではないかと不安になった。
「チックルは……決断剣と統合しないよな?」
チックル本人もかなり戸惑っている様子だったが、それに代わって来翔が答えた。
「ハハハ、ワタルさん、それは大丈夫ですよ。破壊の盾のオリマーが整理整頓が大好きな子で、断捨離を二個もいらないって統合しちゃっただけです。オリマーだからこそ、断捨離で盾を捨てたんですよ」
「なるほど……整理整頓が好きだから、統合されたと」
それを聞いて、ワタルとチックルが安堵した。
来翔は腰の業務用八十センチ杓文字を手に取り、ワタルと詩音に見せつけるようにフルスイングしてみせた。
「それに、盾を持つと、僕はこうしてフルスイング出来ませんからね。僕にはこれしかありませんから」
ワタルと詩音にとって、それはゾーン団やトカゲ人類を屠ってきた、何度も見てきたフルスイングだった。
かつてそのフルスイングに命を救われた詩音が呟く。
「それでこそ、地球最強の男よ。そのフルスイングに、私は命を救われたんだもん。私も、来翔さんには盾は似合わないと思う」
こうして、せっかく手に入れた破壊の盾は、来翔の持つ断捨離スキルに統合され、静かに消滅してしまった。
◆
そんな来翔の元へ、MI6のリリベットがやって来た。
「ワタルさん、お久しぶりです」
「やあ! リリベット、本当に久しぶり! 今日はどうしたの?」
「はい。本日は、来翔さんに今後の事をご説明するために参りました」
リリベットは来翔に、MI6のものと同じ身分証を手渡した。
「これは、来翔さんのR-Classとしての身分証です。私共のものと同じ効力があります。公共の交通機関はこれを見せるだけでご利用いただけますし、お金もすべてのATMから無条件で引き出すことが可能です。とはいえ、ちゃんと保安予算からですけどね」
「それじゃあ、僕はMI6の管理下に入るのかな?」
「いえ。管理下ではなく、MI6と同レベルの独立機関です。一応、月に三万ポンドの報酬も英国から支給されます」
「三万ポンド?」
来翔がスマホで換算しようとすると、リリベットが先回りして答える。
「相場にもよりますが、日本円で六百万円以上です」
実業家としての稼ぎも今やそれくらいはあるのだが、C'-Classの頃と比べると六倍の報酬は素直に嬉しかった。
「C'の頃より六倍ですよ!」
嬉しそうな来翔に、詩音が容赦なく追い打ちをかける。
「あら? 我々A-Classは、月の報酬は一千万円よ?」
「は?」
戸惑う来翔に、ワタルも苦笑いしながら追い打ちをかけた。
「すいません、来翔さん。俺の場合は魔法武器の覚醒手当も付いて、二千五百万円です……」
「は? 覚醒手当?」
「はい。地球人には魔素がないので、基本的に魔法武器の覚醒は出来ません。俺が唯一の覚醒者なもので……」
「え、僕も世界で唯一のR-Classなのに……」
あまりの金額差に、リリベットが引きつった笑顔で答える。
「今の英国王室は、日本の皇室のようにそこまでの財力はないのです。もう、大英帝国ではありませんので」
「あ、なるほど……。でも、僕にしてみれば六百万円以上は破格です。ありがとうございます、リリベットさん!」
話は一通り終わったので、そろそろ帰るのかと来翔もワタルも詩音も思っていたのだが、リリベットが一向に帰る気配を見せない。痺れを切らした詩音が尋ねた。
「リリベット。話は終わったのなら、帰っても良いのよ?」
「いえ。私は来翔さんのパートナーとして、日本へ一緒に参ることになりました。当面の間は、来翔さんの宿屋でお世話になります。すでに日本のカスミ様宛に、私の荷物は発送済みです」
来翔は唖然として叫んだ。
「ありゃま!」
◆
その頃、異世界の月の上では、ゾーンのイライラがピークに達していた。
月から下界のエジントン聖教国へ向けて、無作為にホーリーレインを放っている。
「ホーリーレイン!」
聖教国の一部の都市に光の雨が降り注ぎ、数十人の被害者が出てしまった。
「クソッ! ホーリーレインではこんなものか。やっぱり範囲攻撃に関しては、核ミサイルが最強だな」
突然、月から光の雨が遥か彼方へ放たれたのを北の無人島で目撃したガウルは、焦って月へのゲートを通過し、無断で月に上がってきた。
「ボス! 何ですか、今のは!」
無断で月に上がってきたガウルを見て、さらにイライラを募らせたゾーンが、土魔法で巨石を何発もガウルへ放つ。
「メガリィズフォールン!」
月面に巨石がエンドレスで降り注いだ。
ズシーン! ズシーン! ズシーン!……
ガウルはそれをヒラリヒラリとかわしながら、ゾーンに怒鳴った。
「ボス! ちょっとイライラし過ぎです! 土の最強魔法なんて当たったら死にますよ!」
「うるさい! どうせ全部かわすくせに!」
巨石の雨がようやく止んだ頃、ガウルがゾーンの前まで歩み寄る。
「ボス、何を怒ってるんですか」
「ザンドスだよ! もうこれだけ待っても帰ってこないってことは……まさかとは思うけど、もう死んだんだよ!」
「そういや、あれからもう何ヶ月も経ってますなぁ」
「呑気に『ますなぁ』とか言うなよ! 核ミサイルが来ないと、聖教国も帝国も滅ぼせないんだぞ!」
「俺とボスなら、帝国だけなら何とかいけませんか? 帝国は数だけの軍隊しかいませんよ」
「それは滅ぼしたとは言わないの! 一時の敗戦なんて、人は乗り越えるんだよ。今、俺たちが帝国を占領出来ても、次世代では必ずやり返される。占領ってのは、制圧することしか出来ないんだよ。心までボッキリと折らなくちゃ、必ず人は次世代でそれをひっくり返してしまうのさ。その人の心をへし折るのが核ミサイル。たった一度の攻撃で、人は二度と逆らわなくなる。それが核兵器なのさ。ほんの一瞬だ。瞬きしてるうちに、世界は一瞬で変わるんだよ」
いつものゾーンの夢物語を、ガウルは話半分で聞き流していた。
「それにしても、ザンドスが死んだとなれば、ザンドスを殺せるほどの奴が向こう側にいるってことですよね? 核ミサイルで殺されたんですかね」
「アホか。核ミサイルは個人には使えないよ。コスパが悪すぎるだろ。ほら、前にトンプソンからの報告で『木べらの戦士を見たら逃げろ』って、不思議な報告書があったろ? ザンドスの性格からすると、逃げずに真っ向勝負とかしてそうなんだよなぁ」
経緯はまるで違うが、ゾーンの見立て通り、ザンドスは来翔の策略によって死んでいる。ゾーンの推理は、あながち間違いではなかった。ゾーンという男は、部下からの細かい報告書のすべてに目を通すほど勤勉な男だった。ゾーンの民の中で、これほど勤勉な男は他に一人もいない。
「ふぅん、そんな恐ろしい男がいるんですね。ザンドスなんて、真っ向勝負したらボスでも勝てませんよね?」
「当たり前だ。あの盾は最強の魔法武器だ。あれに勝てる奴なんて、この世にいるわけがない。だからこそ、トンプソンがわざわざ報告書に『逃げろ』って書いてんだろ」
「ザンドスが負けたってことは……その最強の盾も、敵に奪われたってことですよね」
「そういう事! あの日、ガウルがいれば、俺はガウルを派遣したかったんだぞ! もうそろそろ、お前も女漁りは辞めろよ」
「はい? 女漁りを辞めたら、ゾーンの男として恥ずかしくないですか? ボスもたまには女漁りをしませんか?」
「うるさい! 俺はもう歳なんだよ。歳だからこそ、この時間がほぼ止まってる殺風景な月で暮らしてんだぞ?」
見た目はまだ三十歳ほどのゾーンを見て、ガウルは思わず笑ってしまった。
「ボスはまだまだ若いじゃないですか。むしろ男盛りです。月で暮らすには早すぎますよ」
「見た目は子供、頭脳は大人。名探偵ゾーンなんだよ、俺は! もういい! これ以上、ゾーンの民を異世界で失いたくない! 魔族領で、異世界での隠密行動が出来そうな奴を探してこい! 魔族なら、ゾーンの民に匹敵するような強者も多いだろ?」
こうしてガウルは下界に降り、北の魔族の領土へと出かけていった。
◆
月面でたった一人、ゾーンが魔法の反復練習をして気を紛らわせていた。
「メガリィズフォールン!」
「メガリィズフォールン!」
「メガリィズフォールン!」
「メガリィズフォールン!」
ゾーンの民で唯一無二の勤勉な男は、MPが尽きるまで、月面を岩だらけに埋め尽くしていった。
(第169話へ続く)




