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【第167話 R-Classハンター】

 エアーズロック封印から二ヶ月が経過した。


 中からの音は、完全に消えていた。


 長年あの地下に潜伏していたイヨナが「食料は常に二ヶ月分は備蓄していた」とあっさり白状していたこともあり、ちょうどその二ヶ月目を迎えて、近衛兵達の緊張も少しだけ緩み始めていた。


「あと少しで、奴らは死ぬだろうな」


 誰かがぽつりと呟いた。


 その言葉に、来翔が平然と答える。


「普通の人なら、もう死んでるだろうね…」


 近衛兵達が一斉に来翔を見た。


「あれだけ密閉したんですよ? 空気の方が先に尽きてます」


 全員が顔を見合わせ、妙に納得してしまった。司令官のマイルスが来翔に尋ねる。


「それならば、もう中を開けてみてもよろしいのでは?」


「いや、それはダメです。僕が言ったのは、普通の人ならばって話です。あの中には魔道士がいました。風魔法で空気を作り続けているかもしれません。水魔法が無から水を生み出せるなら、風魔法も無から空気を生み出せてもおかしくない。ここは無難に、彼らが出られないことだけが確定してるんです。焦らずのんびり待ちましょう。日本には『やぶをつついて蛇を出す』って諺がありますからね。余計なことをしないのが吉です」


 ワタルと詩音も同意して頷いた。



 ◆



 それから一週間後、来翔にはさらなる試練が訪れていた。


 司令官からそれを聞かされた瞬間、さすがの来翔も顔を青ざめさせ、本気で逃げ出そうとしたほどだった。


「え? あれを僕が? 無理無理無理無理! 無理です、マイルスさん!」


「ダメです! 我が国では神聖な儀式として、必ず受けていただかなくてはなりません」


 来翔を怯えさせていたもの――それは『ナイト爵授与式』と呼ばれる、王女から肩へポンと剣を乗せられる、映画でお馴染みのあの儀式だった。


「来翔さんは、アン王女の私兵になられるのですから、ネオオーストラリア国民、そして英国国民に対しても、正式な式典として公表しなくてはならないのです!」


 嫌がる来翔を見て、ワタルと詩音も思わず笑ってしまう。


 ネーラとチックルに至っては、すでに爪楊枝を剣に見立てて王女ごっこを始めていた。


「ネーラくん。君に爵位を授けます」


「ありがとう存じます、チックル王女様」


 フェアリー達のままごとを見て、来翔の顔はますます青ざめていった。



 ◆



 エアーズロックの地下基地が完全に沈黙してから二ヶ月と三週間。


 ついにその日は、ネオオーストラリアの現首都・シドニーの大聖堂にて、全世界へ生中継される中で執り行われることとなった。


 ネオオーストラリア国王たるアン王女の私兵であり、世界で唯一無二の存在――『Royal-Classハンター』の誕生と、その男への『ナイト』の爵位授与。歴史に残る式典である。


 大聖堂の外には数万人の観衆が詰めかけ、沿道はネオオーストラリアと英国の国旗で埋め尽くされていた。カメラのレッドライトが一斉に灯り、荘厳なパイプオルガンの音色が高い天井へと響き渡る。


 だが――主役である来翔の控室は、地獄のような惨状を呈していた。


「頼むから脱がせてくれ! マイルスさん、一生のお願いだから!!」


「ダメです、来翔さん! これはネオオーストラリア王室に伝わる、最も格式高い正装ナイトドレスなのです!」


 姿見の前に立たされた来翔は、己の姿に絶望していた。


 鏡に映っていたのは、フリルのついた上着に膝上の半ズボン、パンパンに張った白いタイツを合わせた、どこからどう見ても五分刈りの五十代のおじさんだった。


「プッ……くふっ……! ダメだ、耐えられない……!」


 控室の隅で、ワタルが必死に口を押さえて肩を震わせている。


「いいじゃない、来翔さん。白いタイツ、意外と足のラインが締まってて素敵よ? 小学校の発表会みたい」


 詩音がスマホを構え、容赦なく連写音を響かせた。


「やめて詩音さん! 撮らないで! 江差の皆が見たら馬鹿にされます!」


 頭上ではチックルとネーラが爪楊枝を手に舞い踊っている。


「さあ、お召し替えは済みましたか、白タイツの来翔王子?」


「うむ、大聖堂へまいりましょう、タイツの騎士よ!」


「君たちまで僕を弄ぶのか――!」


 来翔の叫びも虚しく、重厚な扉が開かれ、儀礼兵たちが左右にずらりと並んだ。


「――Royal-Classハンター、異世界ハンター来翔閣下、ご入場!」


 ファンファーレが鳴り響く。


 腹を括るしかない来翔は、生きた心地のしないまま一歩を踏み出した。


 ズッ……ズッ……


 白タイツの摩擦音を足に感じながら、赤絨毯のバージンロードを歩く。


 政財界の要人、各国の大使、近衛兵たち――大聖堂を埋め尽くした人々が、息を呑んで来翔を見つめていた。


(みんな、この格好を見て笑いを堪えてるんじゃないのか……。頼むから、誰も僕の足元を見ないでくれ……)


 来翔の胃はキリキリと痛んでいたが、列席者たちの目には全く違う光景が映っていた。


 無駄な肉を一切削ぎ落とした身のこなし。幾多の修羅場を潜り抜けてきた者だけが纏う、静けさの奥に秘めた圧倒的な覇気。何より――『破壊盾のザンドス』率いるゾーン団を、一滴の血も流さず一枚岩の底に永久封印してみせた、地球最強の男の威厳。


「素晴らしい……。あのお姿……まさに一切の無駄を削ぎ落とした真の騎士……!」


「あの白タイツすら、己の肉体美と余裕を誇示するためのものに見える……!」


 要人たちが感嘆の溜息をこぼしながら囁き合う。


 ついに来翔は、最奥の祭壇へと辿り着いた。


 そこには、絢爛豪華なドレスに身を包んだアン王女が、白銀に輝く聖剣を手に静かに佇んでいた。


「頭を垂れよ」


 マイルスの促しを受け、来翔は意を決して祭壇の前に膝をついた。半ズボンから伸びた白タイツの膝が、静かに赤絨毯へ着地する。


 パイプオルガンの音が止み、大聖堂は完全な静寂に包まれた。世界中の数億人が、画面越しにこの一瞬を見守っている。


 アン王女がしずしずと歩み寄り、聖剣の身を来翔の右肩へ静かに乗せた。


 ポン。


 重みのある金属音が、静寂に響いた。


 続いて、左肩へ。


 ポン。


 アン王女は凛とした声で、全世界へ向けて宣誓した。


「汝の叡智と勇気は、我がネオオーストラリアを破滅の淵から救い上げたり。ここに、全土の民と神の名において誓わん。異世界ハンター来翔――汝に、世界唯一たる『Royal-Classハンター』の称号と、我が王室が誇る『ナイト』の爵位を永久に授与する」


 静まり返る大聖堂。荘厳と神聖が極限に達した、歴史に刻まれるべき瞬間だった。


 アン王女は優しく微笑み、来翔を見下ろした。


「――立ち上がりなさい、我が騎士よ。この栄誉を受け入れるか?」


 ここで「謹んでお受けいたします」と気品ある一言を返せば、ネオオーストラリアの歴史に残る完璧な戴冠式となるはずだった。


 しかし――あまりの緊張と、白タイツの恥ずかしさと、全世界からの視線の重圧により、来翔の脳内は完全にパンクしていた。


(やばいやばいやばい! 何て返せばいいんだ!? 日本語!? 英語!? 時代劇口調!?)


 混乱の極みに達した来翔の口から飛び出したのは、絞り出すような、妙に威勢だけはいい一言だった。


「――つかまつりござる!!!」


 ……。


 …………。


 大聖堂に、形容しがたい静寂が駆け抜けた。


「……え?」


 アン王女の完璧な笑みが、ピシリと凍りついた。


 列席の要人たちは「ツカマツリ……ゴザル……?」と顔を見合わせ、同時通訳ブースでは通訳者たちが「えー……『I will do it, deござる』……?」と頭を抱えて大パニックに陥っていた。


 後方の席では、ワタルが「ぶはっ……!」と吹き出して聖堂の壁に頭を打ち付けて悶絶し、詩音は「駄目だこいつ……早く何とかしないと……」と顔を覆って崩れ落ちていた。


 頭上のフェアリー二匹は「つかまつりござる~!」「ござる~!」と大喜びで大聖堂の天井を飛び回っている。


 荘厳なるナイト授爵式は、一瞬にしてカオスな学芸会へと変貌を遂げたのだった。


 こうして来翔は、全世界にR-Classハンターとして知れ渡ることとなった。ちなみに、その年の流行語大賞には「つかまつりござる」がノミネートされる予定だという。



 ◆



 そして、エアーズロック封印から四ヶ月が経過した。


 中からは、もう何の音もしない。エアウルフのサーモグラフィーにも反応はなかった。


 いよいよ封印の解除が始まった。巨石を退かし、固まったセメントを崩していく。あまりに厳重な封印だったため、最初の近衛兵が中へ突入するまでには、およそ二十時間もかかった。


 最初の近衛兵が現場を目視した瞬間、無線からは嗚咽する声だけが聞こえてきた。しばらくして、ようやく落ち着きを取り戻した近衛兵が報告する。


「三人の遺体を確認。女性と見られる遺体のみ、白骨化しています。……どうやら……」


 言葉が詰まった近衛兵に、司令官が問いただす。


「おい、どうした!」


「女性は、男性二人に食われた模様。女性の遺体のみ、肉片は一欠片も残っていません」


 それを予想していたのは来翔だけで、その無線を平然と聞いていた。


「ま、そうなるよな……」


 来翔が呟くと、ワタルが尋ねた。


「来翔さんは、これも予想していたんですか? だから、四ヶ月も待ったんですか?」


「そうです。極限状態の人間が何をするかわかりませんからね。女性が食べられたのは、彼女が戦士タイプだったからです。もう一人の男は生かされていたはずです。おそらく、この男が魔道士タイプだったからでしょう。つまり、風魔法で酸素を作り続けていたんです。でも、どちらかが先に死んだ。飢えなのか、病気なのかはわかりません。仮に盾の男が先に死んでいたら、魔道士は一人きりになって生きる気力を失い、風魔法を維持することも忘れて眠ってしまった。そして、そのまま酸欠で意識を失い、眠るように死んだんでしょう。逆に、魔道士タイプが先に死んだのなら、その時点でもう空気の確保はできません。盾の男も、同じように眠るように死んでいったんだと思います」


 ここまで展開を読み切った上での封印作戦だったのかと、傍で聞いていたワタルと司令官は、改めてR-Classハンターとしての来翔を見直していた。


 そこへ詩音が、不意にとある質問を投げかけた。


「あの破壊の盾って、来翔さんが使うのかしら?」


 来翔は首を傾げた。


「僕が!?」


 ワタルは何かに納得したように、何度も頷いていた。



 白タイツの一件から一転、今度は魔法武器である破壊の盾まで手にすることになりそうな来翔が困惑する様子を見て、チックルとネーラは愉快そうに笑い転げていた。



(第168話へ続く)







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