【第166話 R-?】
「すいません! 来翔さん。やはり俺と詩音さんでは無理でした!」
基地の作戦司令室で紅茶を飲みながら待っていた来翔に、撤退してきたワタルが深々と頭を下げた。
「一応、エアウルフからの映像は見てましたよ。ワタルさんの方が押してましたけどね。ただ、相手の耐久力の差で押し切られた感じですかね」
「はい……。魔法剣の二刀は、俺の体力もチックルのMPも限界でした!」
それを聞いていた詩音が、苦虫を噛み潰したような顔で口を挟んだ。
「ワタルなんて戦闘になっただけマシよ。私なんて相性最悪。戦闘にすらならなかったし、隊員も一人失ったわ……。あとは来翔さん、貴方しかいません。お願いします!」
詩音も頭を下げる。
来翔は困った顔で、基地の司令官の顔色をちらりと伺った。
「ワタルさんと詩音さんが無理でしたら、僕も無理ですよ……。あの盾は厄介ですし、何よりもここはネオオーストラリアです。ハンターのOBとはいえ、法律的に僕は日本国内とアメリカでしか作戦に参加できませんし」
C'-Classを解雇となった今の来翔の立場は、予備役兵とほぼ同じだった。日本国内と、安全保障条約で結ばれているアメリカ国内でしかハンター活動が許されていない。だから来翔の代名詞である44オートマグも、ネオオーストラリアには持ち込めず、江差の自宅に置いてきていた。
来翔は腰の木べらを撫でながら、淡々と続けた。
「とにかく、今の僕ではこの地で好き勝手には暴れられません。なので──序列二位のザンドスは、近衛兵さんたちに丸投げしちゃいましょう」
まるで来翔らしからぬ発言に、詩音が一瞬、怒りに任せて掴みかかろうとした。だが来翔はそれを、広島カープの菊池涼介のようなトリッキーな体捌きで紙一重にかわしてしまう。周りの近衛兵たちが慌てて詩音を押さえつけた。
「来翔さん! 近衛兵達を見殺しにする気!?」
押さえつけられたまま、詩音が来翔を怒鳴りつける。
「まあまあ、詩音さんも聞いてくださいよ」
来翔は真剣な顔になって、ワタルたちに語り出した。
「僕の作戦なら、死ぬことはないはずです。まず──彼らが車を奪って向かった先には、エアーズロックがありますよね?」
来翔が淡々と作戦内容を語り始めると、ワタルも詩音も近衛兵たちも、いつの間にか唖然として聞き惚れていた。
◆
来翔が全てを説明し終えると、近衛兵達がすぐに動き出した。基地の司令官マイルスが指揮を取り、エアーズロックへ進軍を始める。ワタルと詩音、そして来翔もエアウルフで後に続いた。
エアーズロックまで残り五キロの地点で、近衛兵達は作戦の準備に取りかかった。ワタルと詩音は万が一に備えて武装を整え、来翔も腰の木べら──業務用六十センチ杓文字を軽く素振りしながら見守る。カーコとキーコもエアウルフの再点検を進めていた。
やがて時刻は深夜になった。
「来翔さん、そろそろですよ」
ワタルの囁きに合わせ、近衛兵達が音もなくエアーズロックへ近づいていく。ワタルと詩音もその後ろに続いた。元C-Classと元C'-Classの来翔、そしてカーコとキーコだけは、現場で静かに待機していた。
深夜のエアーズロックは、完全な闇に包まれていた。全員が暗視スコープを装着し、チックルが近衛兵達に次々と『加速』を付与していく。
加速を得た近衛兵達は、岩に偽装された地下秘密基地の入口──縦穴に伸びるその入口へ、上からセメントを流し込んでいった。
ドプン、ドプン、ドプン……
中からは二度と出られない。セメントを流し終えると、チックルがそのセメントにも『加速』を付与し、通常より遥かに早く固まらせた。さらに電動フォークリフトが、ネーラの『軽量化』を付与された巨大な岩を静かに縦穴の上へ積み上げていく。積み終えると軽量化は解除され、岩は元の重さのまま小山のように鎮座した。
加速の恩恵を受けた近衛兵達は、この一連の作業をわずか一時間ほどで終わらせてしまった。
「撤収!」
司令官の号令で、近衛兵達とワタル、詩音もエアウルフの拠点へと戻ってきた。
「こんな事で、序列二位を倒せるんでしょうか」
近衛兵の一人が、不安げにワタルへ尋ねる。
ワタルは苦笑を浮かべた。
「これが、地球最強の男の戦い方なんですよ。全てのゾーン団からも、全てのトカゲ軍からも恐れられた男が──来翔さんなんです」
エアウルフの前で、心配そうな顔で見守っている来翔を見て、その近衛兵は思わず笑ってしまった。あまりにも、普通のオジサンだったからだ。
「見た目は、ただの普通のオッサンでしょ?」
ワタルが言うと、近衛兵も笑いながら「そうですね」とだけ答えた。
◆
その後は朝を待った。もしかしたら力技で脱出してくるかもしれない、という警戒だった。
太陽が昇り、近衛兵達が緊張に包まれる中──エアーズロックからは、誰も出てこなかった。
世界最大の一枚岩の内部に秘密基地を掘っていたことが、ゾーン団にとって致命的な誤算だった。
夕方まで待っても、誰も出てはこなかった。
三日間、厳戒態勢で五キロ地点から見守り続けたが、それでも誰一人として姿を見せることはなかった。時折、爆発音らしき音がエアーズロックの奥から聞こえてはくるものの、世界最大の一枚岩を打ち破るほどの大魔法は使えないらしい。
約二週間が経っても、誰も出てはこなかった。
日に日に、近衛兵達の中で来翔の印象は塗り替えられていった。ただのオッサンだったはずの男が、地球最強の男へと。それは基地の司令官も同じで、司令官は幾度となくアン王女への打診を続けていた。
そして、エアーズロック作戦から約二ヶ月後──ようやく司令官の元に、アン王女から直々の勅命が下された。
┌─────────────────────────┐
│来翔氏へRoyal-Classの称号を与える。 │
│R-Classはアン王女の私兵であり、 │
│全世界での活動を許可された世界唯一のハンターである。│
└─────────────────────────┘
司令官がすぐに来翔へその旨を伝えると、来翔は照れくさそうにその勅命を受け入れた。
誰よりも喜んだのは、来翔のハンター解雇に元々不満を抱いていたワタルだった。
「やったー! 来翔さんがハンター復帰だー! しかもR-Class! 何かよくわからないけど、C'よりはめちゃくちゃ凄そうに聞こえますよ!」
「僕よりもワタルさんの方が喜んでるじゃないですか」
「当たり前です! 俺は初めて会った時に言いましたよね。援護射撃には来翔さんが最高だって! あの日、追分会館で貴方を一目見た時から──俺の隣には貴方しかいないと思ってたんですよ!」
そんな情熱的な告白を聞いて、詩音がぽつりと呟いた。
「ウゲッ。まさかのBLだったし……。奥さん聞いたら泣くわね」
ワタルと来翔は同時に顔を真っ赤にして俯いた。
その様子を見て、チックルとネーラが転げ回って大爆笑していた。
エアーズロック作戦の完了とともに──世界で唯一のRoyal-Classハンターとして、来翔がカムバックを果たした。
(第167話へ続く)
(あとがき)
・実在するエアーズロック(ウルル)は、世界最大級の一枚岩として知られています。
・現地では先住民アボリジニにとって古くから神聖な場所とされていて、現実の観光地としても登山は禁止されています。
・作中のように「中に基地を掘って閉じ込める」なんてことは、当然フィクション上のお話です。




