【第165話 序列二位】
「あれ? ザンドスも帰ってこないけど、どうなってんの?」
地上に降りてきたゾーンが、八つ当たり気味にガウルへ声をかけた。まだ眠っていたガウルは飛び起き、珍しく地上にゾーンが降りてきたことに驚いた。
「ボ、ボス! ザンドスですか? そういや最近見てませんが……」
「南の島のゲートに行ってもらったんだよ。月にいると時差が凄すぎて何日前だったかは忘れたけど、結構前に頼んだっきり帰ってこないんだよ」
「ああ、月は時間が止まってるんでしたっけ?」
「正確には止まってるっていうより、めちゃくちゃゆっくり動いてる感じだよ。そんな事よりも、ザンドスが帰らないから誰か南の島に行かせてよ! 透明化が使えるやつは、まだいる?」
「ノックがいますね。でも、ノックが最後の透明化を使える魔道士ですよ? 温存しておかなくて良いんですか?」
「良いさ! 透明化なんて戦闘には役に立たないし、ザンドスを失うよりはマシだ! まさかザンドスが死ぬこともないとは思うが、もう帰ってきてもおかしくないくらいは待ったんだ。きっと何かトラブルがあったんだと思う! ノックと適当な戦士タイプの二人を、オーストラリアに派遣しておいてくれ」
◆
ガウルはすぐに配下への手配のため、小さな手漕ぎ船で本土へと渡った。
着いた先の行きつけのバーでは、チャーミングなサキュバスがカウンターに立ち、ガウルをVIPルームへと通した。VIPルームにはゾーン団の連中がたむろしていて、その中に透明化を使える魔道士タイプ――ノックの姿もあった。
「おい、ノック。オーストラリアゲートに行ってザンドスを探してこい。適当な戦士タイプも連れて行け」
それを聞いたノックはすぐに立ち上がり、隣の女戦士ミーコにも声をかけた。
「ガウルさん! 俺とこのミーコで行ってきます! ザンドスさんはエアーズロック基地にいるんですか?」
「それはわからん。ボスが直々にオーストラリアゲートに行かせたらしいんだが、もう何週間も帰ってこないらしい」
「何週間も? ザンドスがオーストラリアへ行ったのは、いつなんですか?」
「わからん。ボスも例の月との時差で、正確な日にちは覚えてないそうだ。だが、間違いなく数週間は経っているらしい」
賞金首の身であるノックとミーコは、コソコソと乗り合い馬車や渡し船を乗り継ぎ、数日間かけて南の島へと辿り着いた。
ゲートのある鉱山の街のバーに入ると――そこには、オーストラリアに渡ったはずのザンドスが、女を侍らせて優雅に酒を飲んでいた。
「あれ? ザンドスさん?」
「おお! ノック! よく来たな! こんな島まで何しに来た?」
「え? 何やってるんすか、ザンドスさん! オーストラリアに行ってるはずですよね!」
オーストラリアゲートの話題が出た途端、ザンドスは周りの女たちに「今日は帰れ」と告げてチップを手渡し、全員を下がらせた。
「おい! ゲートの街で簡単にオーストラリアとか言うな! この島は今は“オージー”って言って、アチラのオーストラリアから名前を取ってるんだ。その辺の市民でも、オーストラリアというアチラの世界があることを知ってるんだぞ!」
「あ、そうか、すみません。それで、オーストラリアへ行ってるはずのザンドスさんが、何故ここで豪遊してるんですか?」
「オーストラリアにはユマ一人で行かせたんだ。今回の任務は、トンプソンとカリーナに会いに行くだけだったからな。ユマなら、逆に一人の方が透明化にかかるMPも少なくて済むだろ?」
ザンドスはMP消費を抑えるためだと説明したが、本当の目的は南の島でのバカンスだった。それを満喫しているうちに、蛮族らしく時の経過をすっかり忘れていただけなのだ。催促の使いがやって来て、ようやく何週間も経っていたことに気づいたというわけだった。
「ノック。ボスは、なんか言ってたか?」
「わかりません。俺たちはガウルさんからの指示でここへ来ただけですからね。ただ、ボスのいつものクセで、月との時差でザンドスさんにいつ命令したのかを覚えてないみたいですよ」
それを聞いたザンドスは、思わず笑みをこぼした。
「そうか。それなら良かった! おい、ノック。三人分の透明化のMPはあるのか?」
「えぇ、出来なくはないですが、オーストラリアに着いてからは、もう俺は戦えないですよ?」
「大丈夫だ! 戦闘になったら、俺一人を残してお前らはゲートから逃げろ」
◆
こうして三人は、鉱山のゲートを抜け、オーストラリアのロンドンアーチの前に立った。
透明化していたはずの三人だったが、やがてノックのMPが尽き、その姿が浮かび上がった。すると、ゲート前を守っていた近衛兵たちが、一斉に砲撃を開始する。
ノックとミーコは指示通りにゲートへと戻り、射程圏外へと逃げ込んだ。残されたザンドスは、背中の盾を使うことなく、両腕でガードしながら、近衛兵たちの砲撃を平然と耐え続けていた。
その近衛兵たちに混じり、詩音も貫通弓を放つ。矢は見事にザンドスの胸へ命中し、貫通した。だがザンドスは平然とした顔で言い放った。
「ほう。俺の身体を貫通する武器があるんだな。魔法武器か?」
そう言うと、ザンドスは背中の――全身が隠れるほど巨大な盾を構えた。
「リジェネーションリングをユマにやっちまったのは、失敗だったな」
胸を貫かれてなお余裕の笑みを浮かべたまま、ザンドスは盾を構えて前進する。詩音が貫通弓を連射するが、盾に触れた矢は目に見えない粒子となって、音もなく散り消えていく。
「カハハ! 残念だったな! この盾も魔法武器よ! 破壊の盾と言ってな!」
その瞬間、ザンドスは目の前の近衛兵の一人に、盾を押し付けた。触れた瞬間、その近衛兵の身体もまた矢のように散霧し、塵と化して消えてしまった。
それを見た詩音が、鋭く叫んだ。
「全員、撤退!!!」
詩音は貫通弓を今度は上空へと連射し、頭上から矢の雨を降らせて近衛兵たちの撤退の時間を稼いだ。自身もバイクに跨り、素早く戦線を離脱する。
撤退しながら、詩音は無線でワタルへ報告を入れた。
「捕虜の言うことが正しいなら、ゲートを通過したのはザンドス! 破壊盾のザンドスよ! 私の弓はまるでダメ! あとは頼んだわよ! どうぞ!」
「了解! どうぞ!」
◆
詩音のバイクと入れ替わるように、漆黒の超音速ヘリコプター――エアウルフが姿を現した。四十ミリキャノンを連射するが、これもまた破壊盾に触れた瞬間、砲弾ごと塵となって消えていく。
「エアウルフでもダメっす! あとは勇者ワタルさんだけが頼りっす!」
複座のキーコが叫ぶ中、ワタルは二刀の決断剣を手に、エアウルフから飛び降りた。
「ほう。剣士か。お前が噂の勇者か?」
「うん。君は序列二位のザンドスだよね?」
「お? 俺の事を知っててくれるのかよ。今は二位だが、タフさはボスよりもタフだぜ」
会話の途中、ワタルは先制の一手として、チックルの『加速』を付与したバスターソードを、目にも留まらぬ速さで投げつけた。剣は真っ直ぐ破壊盾へと突き刺さったかに見えたが――それは、剣先から静かに塵となって消えていくだけだった。
「やっぱり、魔法武器でも塵になるのか!」
ワタルは、盾の性質を確かめるために、あえて一刀を投げたのだった。
二刀から一刀になったワタルを見て、ザンドスも思わず笑ってしまう。
「おいおい! いきなり武器が半分になってどうすんだよ!」
ところが、ザンドスの目の前で――ワタルの決断剣は再び真っ二つに分裂し、たちまち二刀に戻った。
「おいおい! それは卑怯だぜ、勇者さんよぉ。まさか、永久的に分裂すんのかよ。この俺の破壊盾にとっちゃ、相性最悪じゃねぇか!」
◆
ワタルはザンドスの軽口を聞き流し、一気に間合いを詰めて斬りかかった。だがあっさりと盾に受け止められ、また一刀を失う。だがすぐに剣を二刀に分裂させ、休むことなく斬りかかっていった。
盾に触れるたびに一刀を失いながらも、即座に分裂させて剣を繋ぐ――そんな異様な剣戟が、ザンドスとの間合いの中で幾度となく繰り広げられた。何度かはザンドスの身体に浅い傷を刻むことに成功したが、彼のHPはまるで底無しであるかのように、致命傷にはほど遠かった。
エアウルフの三十ミリチェーンガンも、時折ザンドスの背中へと命中するが、これもほとんど効果は無いに等しかった。
「クソッ! キリが無い!」
激しい斬り合いの末、先に疲労の色を見せたのは――勇者ワタルの方だった。
そこへ、エアウルフからワイヤーが垂れ下がってくる。ワタルは悔しそうに顔を歪めながらも、ワイヤーを掴み、エアウルフと共に戦線を離脱するしかなかった。
勇者の敗走を見送りながら、ザンドスは声高らかに笑い続けていた。
◆
勇者や近衛兵の姿が消えると、ノックとミーコもゲートから顔を出した。全身傷だらけのザンドスを心配し、ノックが自分のリジェネーションリングを差し出そうとするが、ザンドスはそれをあっさりと断った。
「いらん! こんなものはかすり傷だ。俺、前からそのリジェネーションリングは嫌いなんだよ。傷跡が残らねぇからよ。やっぱり戦士は、傷跡がある方が良いだろ?」
そう言って、ザンドスは今の戦闘で刻まれた傷跡を、二人に誇らしげに見せつけていた。
「それにしても、勇者と言っても弱かったですね! 魔法武器は地球人なのに使いこなしてましたけど……」
「いや、確か報告では――勇者よりも強い奴がいるらしいぞ。トンプソンからの報告では、木べらの戦士という中年男性で、透明化した魔道士も簡単に屠ったと聞いている」
「え? 勇者よりも強い奴がいるんですか?」
「あぁ、トンプソン程の戦士が手も足も出なかったみたいで、報告書には『出会ったら逃げろ』とハッキリ書かれていた。走るスピードは遅いらしいから、逃げ切るのは簡単らしい。お前らも、もし木べらの戦士に出会ったら速攻で逃げろよ」
ザンドスは、いまだ興奮冷めやらぬ様子で二人に言い聞かせると、大きく伸びをした。
「さて、エアーズロックの基地へ向かうとするか! ノックはまだ飛べないんだろ? ミーコは運転のスキルはあるのか?」
「えぇ、前に来た時に運転スキルは獲得しました」
そう言って、ミーコはゲートの詰所に放棄されていた車を奪い取り、三人はエアーズロック基地へ向けて走り出した。
(第166話へ続く)




