【第164話 現行犯逮捕】
ユマがシアトルに着くと、そこにはもう、ZON社などどこにも存在していなかった。
「え? どういう事?」
地元の不動産屋に、ZONがあったはずの倉庫群の本社について尋ねてみると――すでにベンチャー企業に買収され、倒産していたことがわかった。
魔道士タイプとはいえ、ユマも蛮族の女。企業買収という言葉のニュアンスくらいは理解できたが、買収したというTdカンパニーについてまで詳しく調べようとは思いつかなかった。もしこの時、ユマがTdカンパニーの内情まで調べていれば、社員の大半が元ZONの人間だと気づけたかもしれない。だがユマは、ただ「ZONが倒産した」という事実だけを胸に、オーストラリアゲートへと引き返した。
◆
エアーズロックの基地に戻ったユマは、イヨナにZONの倒産を告げた。
「イヨナ、大変だよ! ZONが倒産してた!」
「は? まさか! だってZONは資金だけは腐るほどあるじゃん」
「私にもわかんないけど、ちゃんと不動産屋からベンチャー企業に買収されて無くなったことを確認したんだよ! 本社があった場所には別の会社が建ってたしさ! とにかく、私はすぐにこの事をボスに報告してくるよ!」
その時――虚空の中から、女の声が聞こえてきた。
「それはやめてもらえる?」
ユマとイヨナは驚いて声の主を探したが、基地内には間違いなく二人しかいないはずだった。
「ユマ、今の声、アンタじゃないよね?」
「知らないよ! 気味悪い!」
次の瞬間、ユマの太ももに強烈な痛みが走った。見ると、太ももの裏から表にかけて何かに貫かれた傷跡があり、血がタラリと流れ落ちていた。
「痛い!」
ユマは片膝をつき、うずくまった。
「ユマ! どうしたの!?」
そこへ――基地の入口から、堂々と勇者ワタルが姿を現した。
◆
「ゆ、勇者!?」
イヨナが慌てて魔法防壁を展開し、ユマを庇うように立ち塞がる。
「ユマ! しっかりして! 勇者だよ! 勇者が来た!」
ユマの太ももの傷は、リジェネーションリングの効果で徐々に塞がり始めていた。ユマはとっさに自らへ透明化の魔法を唱え、姿を消した。そのまま地下二階の倉庫へと逃げ込み、傷が完全に治るのを待とうとする。
(ここで、傷の回復を待とう……)
ところが、透明化したユマの太ももへ、再び何かが貫通し、新たな傷が刻まれた。
「痛い!」
痛みのあまり、透明化の魔法が解けてしまう。
「誰かいるの!?」
虚空の中から、魔法弓を手にした詩音がゆっくりと姿を現した。
「残念ね。姿を消せるのは、アナタだけの専売特許じゃないのよ」
そう言い残すと、詩音は再び虚空へと溶け込み、消えてしまった。
「き、消えた!?」
パニックに陥ったユマは、四方八方へ炎魔法を連発した。
「炎なら、姿が消えてても関係ないんだよ! バーカ!」
地下二階は、瞬く間に炎に包まれた。
◆
その頃、地下一階では――ワタルが、魔法防壁を展開するイヨナに対し、二刀のバスターソードを何度も打ち下ろしていた。
(ガギーーン! ガギーーン! ガギーーン! ガギーーン! ガギーーン!)
次第に魔法防壁にヒビが入り始め、イヨナはパニックになりながらも防壁を重ねがけし、必死に勇者から距離を取ろうとする。
「ねぇ、君。無駄な抵抗は辞めないか? 俺も出来れば女子は切りたくないんだよ。それに、もう一人のお仲間も早めに降参しないと……詩音さんは容赦ないから、殺されるよ?」
勇者が明らかに手加減してバスターソードを振るっているのは、イヨナにもハッキリと伝わっていた。彼女は涙声で答える。
「わ、わかりました! 降参です! 降参! 私は魔道士タイプですけど、戦闘要員ではないんです!」
そう言って、イヨナは魔法防壁を解除した。
◆
その頃、地下二階では――密閉空間で炎魔法を連発し続けたユマが、酸欠のあまり失神して倒れていた。
とっくの昔に地下一階へ避難していた詩音は、「静かになったわね」と呟きながら、床下のハッチを開けた。気を失っているユマを見つけると、ニヤリと笑って独り言をこぼす。
「本当に野蛮人なのね。密室で炎を使うなんて、中学生でもこうなることがわかると思うんだけど……」
そう言いながら、詩音はユマを担いでハシゴを登ってきた。
こうして魔道士タイプを二人とも生け捕りにしたワタルと詩音は、二人にミスリル製の手錠を掛け、詠唱ができないよう猿轡もはめた。
◆
ユマは気を失っているため、まずはイヨナから尋問が始まった。
「素直に答えてくれたら、処刑されないと思うから――素直に答えて欲しいな」
ワタルが優しく語りかけると、それを聞いた詩音が不満そうにワタルの脇腹を肘で突いた。
「勇者は甘すぎ!! 私が尋問するわよ! 猿轡で話せないなら、イエスかノーで答えなさい!」
イヨナは何度も頷いた。
「あの偽造パスポートは、ゾーン団全員分のものがあるなら、全部ここに出しなさい!」
イヨナは涙目のまま、視線でロッカーを示した。詩音がロッカーを漁ると、まだ異世界にいるであろうゾーン団の面々の偽造パスポートが見つかった。
「これで全員分? これだけの数が、まだ異世界にいるってこと?」
偽造パスポートは十二個あった。イヨナは首を横に振った。
「それじゃ、十二人以上も残党がいるってこと?」
イヨナは首を横に振った。
「ん? どういう事? 残党の数は十二人であってるの?」
イヨナは、また首を横に振った。話が一向に進まないので、ワタルが優しく猿轡を外してやると、ようやくイヨナの口から詳しい数が語られた。
「ボスの分のパスポートだけありません。ですのでボスを入れるとアチラには十三人のゾーン団がいますが、団員ではない旧コナ国の若者にも、ゾーンに入りたいという者がかなりの数います」
「それじゃ、今後も数は増えるのね?」
「いえ、今のボスは増やすつもりが無いそうなので、増えないと思います」
「それはなぜ?」
「私たちにもわかりません。領土も奪われて、ゾーンの民は肩身が狭いからかもしれません」
その時、ようやくユマも目を覚まし、猿轡と手錠をされている状況を悟って観念していた。
◆
目を覚ましたユマを横目に、詩音はイヨナへの質問を続けた。
「アナタは戦闘要員じゃないと言ってたけど、こっちの透明化出来るやつは戦闘要員なんでしょ?」
「はい」
「コイツの序列は? 確か透明化出来るのはエースクラスだって聞いたけど?」
「ユマの序列は、二十五だったと思います」
詩音はユマの太ももの傷を眺めながら、その指に光るリジェネーションリングを見て、イヨナへ質問を続けた。
「コイツの持ってるリジェネーションリングって、本人じゃなきゃ外せないのよね? それなら、わたしがコイツの指を引きちぎって強引に奪えばどうなるの?」
その一言に、イヨナとユマは完全に震え上がった。
「そ、それは……指を引きちぎっても、引きちぎられた指自体が再生しようとするので、外せないと思います……」
あまりにも二人が怯えきっているので、詩音も少しだけ反省し、質問を続けた。
「とりあえず、今回はこの偽造パスポートで通報が入ったから、シアトルからは序列二十五位を尾行できたんだけど――この偽造パスポートは、アナタ達のスキルで作ったの?」
「はい……。『偽装』というスキルを持つ仲間が作りました……。彼の作る偽造パスポートは、本物と全く同じなはずだったんですけど……」
「そう。確かに、完璧な偽造パスポートだったのよ。ただ、アナタ達が間違えたのは――今のオーストラリアは、もう“旧”オーストラリアなの。今はアン女王が統治する、ネオオーストラリアっていうのよ。国旗も国名も、トカゲがいなくなってから変わってるのよ? その辺りが蛮族には難しすぎて、わからなかったのかもしれないけど……ちゃんと情報ってのは、アップデートしなくちゃね!」
毎日、エアーズロックの秘密基地でゲームばかりしていたイヨナは、新聞もニュースも一切見ることなく、ただオーストラリアゲートだけを見守り続けていた。国家の名称が変わっていたことなど、知る由もなかったのだ。
そんな古いオーストラリア時代のパスポートを持たされたユマが空港に現れた際、空港から通報が入り、A-Classハンターの詩音がオーストラリアからの便をアメリカで待ち構えていた――というわけだった。
かくれんぼという特技で姿や気配を消せる詩音は、ロサンゼルス国際空港に降り立ったユマを、ずっと尾行し続けた。ロスからシアトル、シアトルからロス、そしてオーストラリアのエアーズロックへ。詩音は勇者ワタルと落ち合いながら、こうして秘密基地の在り処を暴いてみせたのだった。
◆
今度はワタルが、静かに問いかけた。
「君たちは、コチラ側に寝返る気は無いかい?」
イヨナは戸惑いを見せていたが、戦闘要員で序列も上位のユマは、猿轡をされたままでも何とか魔法詠唱を試みようと、詩音を睨みつけていた。
その刹那――詩音が腰の鉈を引き抜き、横薙ぎに振るった。
ユマの喉元が、ザックリと斬り裂かれる。
ユマは喉から血を吹き出し、そのまま前のめりに崩れ、失神した。
それを隣で見ていたイヨナは、恐怖のあまり失禁し、完全に心が折れてしまった。
「わ、わ、わ、私は寝返ります!!」
ワタルも思わず呆れて呟いた。
「詩音さん……ちょっとやり過ぎだよ」
「ふん! どうせリジェネーションリングで死なないんでしょ?」
「いや、死ねないからこそ――この子達には、一生消えないトラウマになるよ」
「だから、勇者は甘すぎるっていうのよ!」
そんな会話を交わしているうちに、アン王女の近衛兵たちが合流し、二人を連行していった。
「さあ、日本へ帰ろうか」
「そうね……。あの二人が寝返ってくれれば、あちら側の情報が色々と見えてくるんじゃない?」
素直に連行されていく二人の背中を見つめながら――A-Classハンターのワタルと詩音は、静かにそう呟いていた。
(第165話へ続く)




