【第163話 ゾーンの憂鬱】
誰もいない月面で、ゾーンはほんの少しだけ苛立っていた。
(トンプソンが来ない……月との時差があるとはいえ、下手をすれば地上ではもう数ヶ月は経っているのではないか? それに、あれほど口うるさかったカリーナからの愚痴のような報告書も、しばらく届いていない……)
痺れを切らしたゾーンは、月面のゲートを通過し、久しぶりに地上へと降り立った。
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今のゾーンのアジトは、北の魔界と呼ばれる魔族領の小さな無人島にある。この島には、序列一位の戦士タイプ、ガウル。そして序列二位の戦士タイプ、ザンドスの二人しか住んでいない。
この島と月とはゲートで繋がっており、そのゲートを使うことが許されているのは、ゾーンとガウルとザンドス、たった三人だけだった。序列三位だったカリーナでさえ、勝手に月へ行くことは許されていなかったのだ。
「ボス! 突然、地上へどうしました?」
ランチ中だったザンドスが、慌ててゾーンを出迎える。
「ガウルはどうした?」
「奴なら本土へ女漁りに行ってます」
「そうか。トンプソンからの報告はあるか? あれから何日経ってる? 核ミサイルを持ってくるはずだろ?」
「そういえば……最近、トンプソンからもカリーナからも、来てませんね〜」
「ZONが倒産でもしたか? それともアメリカ政府にバレたのか? カリーナは馬鹿だから報告が遅れるのはわかる。だが、トンプソンが報告を遅らせるのは初めてじゃないか?」
「そうですね〜。核ミサイルの持ち込みに、手間取ってるだけじゃないですか? 奴の無限収納には制限があるみたいですし」
「ザンドス、オーストラリアゲートに何かトラブルがあったのかを見てこい。透明化を扱える魔道士タイプを連れて行って、なるべく騒ぎを起こすなよ。そう簡単に新たなゲートなんて作れないんだからな」
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かつて奥尻のゲートを作った天才魔道士――ヘブライの見様見真似でゾーンが作り上げたオーストラリアゲートは、それだけで膨大なMPを消費していた。ゾーンには、妹のカリーナのような『スタミナ』スキルは派生しなかった。だが彼には、幼少の頃から魔素の扱いに、他の誰よりも並外れた才があった。
この世界では、十歳を迎える頃にようやく魔素が体に馴染み、簡単な生活魔法を扱える子供がちらほら現れ始める。それがゾーンは、わずか二歳の頃には全ての生活魔法を網羅し、火・水・風魔法は四歳で完全習得。土・光・重力魔法までもが十歳を待たずして完璧に使いこなせるようになっていた。三十五代目のゾーンを襲名して以降、彼は歴代のゾーン団の中でも最強の魔道士と呼ばれるようになっていた。
この三十五代目のゾーンには、歴代のゾーンとは一線を画す気質があった。それは――勤勉さだった。魔法の研究に一度火が付くと、何週間も研究室に閉じこもり、ひたすら魔法に没頭する。蛮族らしからぬその姿勢に、反対勢力も歴代最多の数に上っていた。だが、歴代最強という称号の前では、反対勢力が束になったところで敵う道理も無かった。妹のカリーナもまた、兄に似て魔法の才に恵まれていたため、この兄妹に真っ向から張り合える者は誰一人としていなかったのだ。
もっとも、研究者気質のゾーンではあったが、配下の蛮族としての野蛮な振る舞いに口を出すことは無かった。むしろ若い頃のゾーン自身も、女を攫うことに手を染めていた時期があった。
ただ、ゾーンがコナ国を放棄した頃から、彼はすっかり月に引きこもるようになっていた。後にゾーン団が去ったあとのコナ国は、あっという間にトカゲ人類に占領されたが、その時もゾーンはまるで他人事のように、月からその様子を眺めていただけだった。
やがて、日本の江差を占領していた上陸部隊から「原子力潜水艦を奪取した」という謎の報告を受けた時――ゾーンだけがニヤリと笑った。まるで“原子力潜水艦”という言葉の意味を、あらかじめ理解しているかのようなその反応に、周囲のメンバーはただ困惑するばかりだった。
ゾーンはそのまま、上陸部隊に「核ミサイルが打てる状態にせよ」と命じた。命じられた側も当初は意味不明だったが、たまたま江差占領時に、どこの食堂や床屋にも必ず置かれていた漫画――『北斗の拳』を読み込んだことで、核ミサイルというものの意味を知ることになった。上陸部隊は、ゾーンがなぜそんな言葉を知っていたのかを気にも留めず、核ミサイル発射に必要なスキルの獲得に躍起になった。
そのうち、トンプソンに『統御』というスキルが派生したことで、核ミサイルのセキュリティ突破には、単純な『鍵開け』や『解読』では不可能だということが判明する。その後、勇者の妻であり帝国の箱入り娘――マーガレットが、そのセキュリティを上書き可能な『翻訳』スキルを持つことが判明し、彼女を攫うことで、ようやく核ミサイル発射の一歩手前まで漕ぎ着けていたはずだった。
だが、その報告を最後に――トンプソンからもカリーナからも、報告は完全に途絶えてしまっていた。
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「ボスは、核ミサイルをどうするので? 今でもボスは無敵でしょう?」
ゾーンは、少し呆れたように答えた。
「ふ〜〜。まだそんなことを言ってるのかよ。核ミサイルってのは、ホーリーレインの一億倍の威力だと言ってるだろ? 国ひとつが滅ぶんだよ! さすがの俺でも、そんな広範囲魔法なんて撃てんぞ!」
「ガハハ! 一億倍ってのは、オーバーですぜ、ボス!」
「ふん。信じなくても良いさ。撃ってみりゃ、お前らもひっくり返って驚くさ。あちらの世界の兵器を侮るなよ、ザンドス。あちらの世界には魔法が無い。だからこそ、兵器が発展したんだ。お前たちなら銃は効かないんだろうが、銃ってのはあちらの世界でも最弱の武器なのさ。一般兵を相手に勝ち誇るなよ。本当にヤバいのは兵士じゃない。政府とか、政治家なんだよ。ボタンひとつで、国を滅ぼせるんだからな」
自身は一度もアチラの世界に足を踏み入れたことが無いというのに、核ミサイルについて滔々と語るゾーンの様子を、ザンドスは半信半疑で聞き流していた。ゾーン自身も、この世界の人間には核兵器の恐ろしさなど理解できないということを、十分に承知していた。
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後日、ザンドスと、透明化の魔法を扱えるユマという女魔道士が、南の島オージーへと旅立った。
「ザンドスさん、私はオーストラリアへ行って、何をすれば良いんですか?」
「トンプソンかカリーナと接触できるならしてみてくれ。あまりにも奴らからの連絡が無さすぎて、ボスが気にしてるようだ」
「それって、例の核ミサイルってのが絡んでます?」
「そういうことだ。トンプソンが勇者の女房を攫ってセキュリティを上書きしたから、こちらに持ってくるはずなんだが、しばらくアメリカのZONと連絡が取れてねぇ。下手すりゃ、勇者の女房を攫ったせいで返り討ちにあってるのかもしれねぇだろ?」
「勇者が絡んでるなら、ザンドスさんも私と一緒にオーストラリアまで来てくださいよ!」
「めんどくせぇ! 俺は南の島でバカンスでもして待ってるわ! どうも偵察とかチマチマした事は好きになれん! そんな透明化でチマチマするのは、ユマに任せた! タダでとは言わねぇよ。ほら? これをやる」
そう言って、ザンドスは自分が付けていたリジェネーションリングを外し、手渡した。それを受け取ったユマは、途端に機嫌が良くなった。
「凄い! これって、序列上位の幹部しか貰えないリング……本当に良いの?」
「あぁ、持っていけ。俺は鉄壁の盾使いだからな。そんなもんが無くても、俺のHPを削れる奴なんて、この世にいるかよ!」
そう言って、ザンドスは背中の大型の盾を担ぎ直した。
「確かに、ザンドスさんがダメージを食らってるとこなんて、見たことがないもんね! それじゃ、ありがたく貰っておくよ!」
こうして、透明化の魔法を使ったユマは、単独でミスリル鉱山のゲートをあっさりと通過し、オーストラリアへと出た。
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「ここがオーストラリアか。何にもないね〜。確かゲートを出たら北西に進むんだよね〜」
オーストラリアゲートを抜けたユマの眼前には、殺風景な荒野が広がっているだけだった。ユマは透明化を維持したまま飛行魔法で宙に浮かび、オーストラリア大陸中央のエアーズロックを目指して飛び去っていった。
夏のオーストラリアは、空を移動するには少々暑すぎた。ユマは上着を脱いでカバンにしまい込み、ラフな格好のまま飛行を続けた。
やがてエアーズロックが見えてくると、ユマは観光客を警戒し、今度は魔法防壁を解除して透明化だけを展開した。幸い、真夏のエアーズロックに観光客の姿は無く、ユマは堂々と隠し扉を開けて中へと入っていった。
ゾーン団は、トカゲ軍の撤退によってオーストラリア大陸が無人島となった直後、いち早くこの大陸へ進出し、エアーズロックの地下に秘密基地を築いていたのだ。
中に入ると、同じ女魔道士のイヨナが、パソコンの前で呑気にゲームに興じていた。
「イヨナ! 久しぶり!」
「ユマ? どうして異世界に?」
「アンタさ、アメリカ部隊からの連絡が無いんだけど、なんか知らない?」
「それが……私も何も知らなくて。少し前にマローとゼロスが勇者にスパイとして近づいたんだけど、カリーナさんが来てから行方不明なのよ。だから私としては、てっきりカリーナさんに連れられて、とっくの昔に出世してコナ国に帰ったのかと思ってたのよ」
「は? マーガレット誘拐は成功したのよね?」
「したはずよ? その後、トンプソンさんから、核ミサイルの件が成功したからボスに届けるために、オーストラリアのゲートを使いたいって連絡が来てたもの。まさか、まだ着いてないの?」
「それって、いつのこと?」
「今はこの世界は十二月なんだけど……トンプソンさんがゲートの使用許可を求める連絡をくれたのは、八月ね。もう四ヶ月前のことよ?」
「は? 四ヶ月前!? イヨナ! 来てない! 来てないんだよ! トンプソンさんも、トンプソンさんの配下も! ヤバいよ、それ! トンプソンさんは百歩譲って消えても良いんだけどさ! 核ミサイルは!? 核ミサイルはどうしたのよ?」
「え? 私に聞かれても……。私はてっきり、トンプソンさんがボスの元へ届けたものかと……」
「わかったわ! とにかく、私はアメリカのZONに行って、カリーナさんに聞いてくる! ほら? あの二人、仲が悪かったでしょ? どっちがボスに核ミサイルを献上するかで、揉めてる可能性が高いわね! 私の分の身分証とかパスポートとか、あるわよね?」
「うん、あるよ!」
そう言って、イヨナはユマ用に偽造した身分証とパスポートを取り出してきた。
「それじゃ、アメリカまでの飛行機の予約をしておくから、空港まで急いで!」
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ユマは大急ぎで身分証とパスポート、そしてスマートフォンを受け取ると、飛行場まで飛んだ。連続して飛行魔法と透明化を使ったせいで、MPは枯渇寸前だったが、ギリギリのところで空港へと辿り着いた。
アメリカ行きの飛行機に無事乗り込むと、ユマは極度の疲労から、機内でたちまち深い眠りに落ちていった。
もはやトンプソンも、カリーナも、ZON社そのものすら存在しなくなったアメリカへ向けて――ユマは、何も知らないまま飛び立ってしまったのだった。
(第164話へ続く)




