【第161話 平面の世界線】
魚人海賊団を殲滅したあと、南部の炭鉱は、ドワーフのランドが治めることになった。土魔法も扱えるランドは、まさに適任だった。ただし、ランドは月の民ではない。本人も一度は遠慮して辞退したのだが、カグヤにどうしてもと頭を下げられては、もはや断ることも出来なかった。
ランドはさっそく、ドワーフの国から馴染みの鍛冶師や、酒造りを生業とする職人たちをかき集めてきた。酒造りが出来る職人が移住してきたことで、水田をさらに拡張し、酒米まで作ることになった。カーコとキーコが日本から山田錦という酒米を取り寄せてくれたことで、ヘイアン島でも新たに酒造りが始まった。
魚人海賊団との戦いで命を落とした者たちのために、慰霊碑も南部の海岸に建てられた。
来翔が留守にしている間も、ヘイアン島は着々と、自分たちの力だけで復興を遂げていった。
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一方、世界の果てを目指していたゼラーナは――ついに、その姿を捉えた。
世界の終わり――エンド・オブ・ザ・ワールド。
そこには、グランドキャニオンを思わせる巨大な絶壁がそびえ立ち、その一部からは轟音と共に海水が滝のように流れ落ちている。絶壁の下へと、巨大な虹が幾筋も伸びていた。
「ここが……世界の果て」
絶壁に立ち、世界の終わりを肌で感じた瞬間、来翔には本能的に理解できた。この先には――もう、何も無いのだ。ビッグバン以前の世界が、間違いなくその向こうに広がっている。
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来翔は、滝から流れ落ちていく海水の行方が気になり、絶壁の下を覗き込んでみた。
すると――巨大な虹の向こうに、見覚えのあるフェアリー達の姿が見えた。来翔は一瞬フリーズしたが、彼女たちが世界の終わりに向かって、迷うことなく突貫していく様を目にしてしまい、思わず大声を張り上げた。
「クノン!! 世界の終わりに飛び込むなー!!!!!!」
だが、巨大な虹に阻まれ、フェアリー達の姿は――笑い声と共に、あっという間に見えなくなってしまった。
絶壁に残された来翔とLEONは、唖然として顔を見合わせた。ゼラーナはすでに着陸してしまっている。ネーラまでもが、好奇心に負けて世界の終わりへと飛び込んでしまったのだ。
「LEONさん、ヤバい! クノンもネーラもいなくなった!」
「アリャマ! この絶壁で暮らすしか無くなった! しかし、ダイワの釣具だけはゼラーナに積んでいる。釣りは出来る」
「LEONさん、めちゃくちゃ前向き過ぎて逆に怖いよ」
「アリャマ……」
◆
来翔が絶望に打ちひしがれていると、絶壁の下から、フェアリー達の笑い声が戻ってきた。
すぐに覗き込んでみると――巨大な象の鼻に乗ったフェアリー達が、絶壁の上まで運ばれてくるところだった。
「え? 象の鼻!?」
「キャハハ! デッカい象さんに、めっちゃ怒られたー!」
フェアリー達は大はしゃぎで絶壁に帰ってきた。というより、象の鼻によって、強制的に送り返されてきたのだ。
ネーラが大爆笑しながら説明する。
「世界を支えてる象さんが、ここから落ちた人を鼻で戻してるんだってさ!」
「世界を支える象? まさか――この世界を、象が支えてるってこと?」
「当たり前じゃん!」
来翔は、かつて地球でも天動説が信じられていた時代があったことを、ふと思い出していた。人々は地球こそが宇宙の中心であり、太陽や星々の方が地球の周りを回っていると信じ、その世界観をめぐって、時には命懸けの論争すら起きていた時代があったのだ。
(嘘だろ……この下には本当に、世界を支える象がいるっていうのか?)
◆
来翔は、その象の姿を何とか見ようと絶壁から身を乗り出した。すると、確かに巨大な鼻だけが見えた。
「あ! 鼻だ!」
それを見たLEONが、来翔の身体を舌で絡め取り、バンジージャンプの要領で絶壁の下へと落としてくれた。
「我が主、私に任せてくれ!」
絶壁の縁から見るよりも、ほんの少しだけ下へ回り込めたおかげで、来翔にもようやく――世界の果ての、さらに向こうの光景が見え始めてきた。
その瞬間、勢い余って舌を伸ばしすぎたLEONが耐えきれなくなり、LEON自身もまた絶壁から落ちてしまった。突然、世界の終わりへ真っ逆さまに落下していく二人は、思わず叫んだ。
「うあああ!」
「アリャマァァァー!」
落下しながら、絶壁の果てが見えてきた頃――来翔とLEONの目に、ついに巨大な象の姿がはっきりと映った。あまりにも巨大すぎて全体像は捉えきれず、足元に至っては遠すぎてまるで見えない。それでも、この世界を支えているのが本当に象であるという事実だけは、二人の目にはっきりと焼き付いた。そんな巨大な象が、幾頭も並び立ち、この世界を支え続けていたのだ。
落下中の二人と目が合った象は、器用にその鼻で二人を受け止めた。
「落ちたらダメだゾウ」
「あ、ありがとう! 象さん」
「ここから先へは、行かせられないゾウ」
そう言うと、象は鼻を絶壁の上まで伸ばし、二人を丁寧に運んでいく。絶壁に送り届けると、象は最後に「もう落ちたらダメだゾウ」とだけ告げて、二人をそっと降ろした。
そんな一部始終を眺めていたフェアリー達は、大爆笑していた。
◆
再び絶壁から下を覗き込みながら、来翔がふと尋ねた。
「こんな象がいるのに、姫様はどうやって日本まで落ちたんだ?」
すると、鼻を引っ込めながら、象が少し照れくさそうに答えた。
「オイラたちだって……寝ることもあるんだゾウ……」
「あ、そうなんだ……」
「そうだゾウ……」
それだけ呟くと、象の鼻は、もう二度と見えなくなっていた。
◆
来翔はスクッと立ち上がると、ゼラーナから、無人島で拾っていたヤロンの実を十個、全て絶壁の下の象たちへと投げ入れた。そして、世界の終わりに向かって、大きく声を張った。
「今はそれしかないけどさ!! 次来る時は、七飯町の美味しい蜜りんごを持ってくるよ!!!! じゃあな!!」
象の鼻が、まるで手を振るように、ゆらりと揺れて応えていた。
来翔はフェアリー達とLEONに向き直った。
「ここまで連れてきてくれて、みんな! ありがとう! 見たいものは見れたよ! さあ、ヘイアンに寄ってから江差に帰ろう!」
世界の果てを見届け、すっかり満足した一同は、ゼラーナへと乗り込んだ。そして、来た道を――西へ、西へと戻っていった。
この世界は、平らだった。そして、その果てを支えていたのは――何頭もの、大きな大きな象たちだったのだ。
(第162話へ続く)




