【第160話 カーコとキーコ】
南部の炭鉱の街を占領した魚人海賊団は、あっという間にひょうたん型の島の最もくびれた土地に、国境を示すバリケードを築き上げてしまった。
中部を治めていた梅田氏は、領地を取り戻そうと領民たちを引き連れ、魚人海賊団と一戦交える覚悟を即座に決めていた。だが、それをカグヤが引き止める。
「おやめなさい! かの松崎様も敵わなかった相手ですよ! 我々が一致団結しても、適うはずがありません!」
というのも、松崎氏は月の民の中でも高齢とはいえ、戦場では英雄とされるほどの実力者だった。対して梅田氏は、どちらかといえば戦場よりも役所仕事が似合うタイプの男だ。魚人海賊団を相手に、勝てる見込みなど無かった。
「梅田様。今は耐え忍びましょう! 幸いにも、この北部は魚人にとって価値が無いと思われております。彼らは穀物を食べられません。ですから、我々は燃えてしまった水田を復活させることに、全力を注ぎましょう! 恐らく、奴らは我々がお米を作り始めても、何もちょっかいは出してこないはずです! 奴らにとって価値の無いお米を作り、その間に軍備を整えるのです!」
すっかり見違えたカグヤの姿が、そこにあった。月の民は、ようやくカグヤを本物の姫として認め始めていた。あれほど彼女を小馬鹿にしていた弥生でさえ、今は素直にその言葉に耳を傾けている。
「お米作りに関しては、我々にはもうその知識があります! ネーラが言っていたように、燃えた水田で――“二期作”というものを始めましょう!」
二期作という言葉を初めて聞いた梅田氏が、カグヤに尋ねた。
「姫様、二期作とは何ですか?」
「収穫後の水田で、もう一度田植えを行い、一年に二度お米を作ることを二期作と言うのです。元々、これらの水田は、収穫後にさらに田植えを行う予定でしたから」
カグヤ領民たちは早速動き出した。
「梅田様は須佐ノ国までの船の準備をお願いします! 北部にも貿易港を作ってくださいまし。幸いにもパワーショベルは無傷でしたので、それを用いて簡易的な船着場を作り、須佐ノ国へ真珠を売りに行ってもらいます! 今は次のお米の収穫までの食料が足りません! 真珠を売って、須佐ノ国より食料を調達してきてください!」
カグヤの指示は的確だった。北部で水田を作ろうが、船着場を作ろうが、国境を越えて魚人海賊団が押し寄せてくることは無かった。彼らにとって重要なのは石炭だけ。石炭で鉄の武器や砲弾を大量に作っているらしい彼らは、穀物しか作っていない隣国に、無駄弾を使いたくはないのだ。
◆
魚人海賊団が着々と鉄の武器を作り続ける中、カグヤの領土にはエアウルフの定期便がやって来た。
上空から南部の惨状を見たカーコとキーコが、慌ててカグヤに詰め寄る。
「カグヤさん! これはいったいどうしたのさ!」
「本当に申し訳ございません……! あれほど苦労して運んでいただいた仔牛を、全て死なせてしまいました……」
カグヤは涙を浮かべていた。
「あの南の緑の生き物は何なんすか?」
キーコの問いに、カグヤが切ない顔で答えた。
「あれは魚人。魚人海賊団です……。松崎様が討ち死にしてしまいまして、領土を奪われてしまったのです……」
それを聞いて、カーコとキーコは全てを察した。
「なるほど。それは辛かったね、カグヤさん! 今後の展開として、カグヤさんに策はあるの?」
「今はただ、耐えるしかないと思っております……。今はただ、来翔様が戻られた時に、どうお詫びをすればいいのか……」
キーコがカグヤの肩をポンと叩き、励ますように語った。
「来翔さんに詫びる必要は無いっす! そんな事で来翔さんは怒らないっすよ! 私と姉ちゃんが、奴らを滅ぼしてもいいすっか? こう見えて私らも、元は来翔さんと同じC-Classの異世界ハンターなんすよ!」
カーコとキーコは、完全にブチ切れていた。
「え? そんな……お二人が、魚人海賊団を? 無理ですよ。相手は軍艦を三隻も持っているのですよ?」
カーコとキーコは、親指を立ててドヤ顔で答えた。
「「エアウルフは無敵よ!(っす!)」」
◆
カーコとキーコは、梅田氏から敵の戦力について詳しく聞き込みを始めた。
「魚人ってのは、あの全裸の緑のキモい魚顔のオッサンでいいの?」
「はい。そうです。ですが、水中には人魚もいます! 人魚は上半身が美しい女性なのですが、下半身は魚。見た目は美しい女性なので弱そうに見えますが、緑のキモいオッサンよりも遥かに凶暴です。水の中では、人族に勝ち目はありません! そして……これを言うと怖気付くかもしれませんが、人魚は人を喰います。緑のキモいオッサンは魚が主食なのですが、人魚は魚よりも人の肉を好むのです」
「なるほど。人魚については、私らの世界とほぼ一緒だね」
「そっすね。でも、エアウルフでは水中に攻撃は出来ないっすよ? 姉ちゃん!」
カーコとキーコが頭を悩ませていると、カグヤが姉妹に提案を持ちかけた。
「エアウルフでリバイアサンをおびき寄せては来れませんか? この近海には、リバイアサンという海龍が生息しています。リバイアサンは、人魚を好物としているのです。エアウルフで上空からリバイアサンを探すことは出来ませんか?」
それを聞いた瞬間、カーコとキーコがニヤリと笑った。
「エアウルフのマルチセンサー・システムには、空対空・空対地レーダーだけじゃなく、水中索敵用のソナー機能――ディッピング・ソナー投下や、電波探知も備わってるんだよ。水深数百メートルに潜む潜水艦すら正確に捉えるスペックだから、巨大なリバイアサンの馬鹿デカい動体波形や水流の乱れなら、一発で画面にターゲットロック出来るよ!」
「姉ちゃん! サーモグラフィーも使えるっす! やっぱりエアウルフは無敵っす!」
カグヤと梅田氏には、二人の言っていることの詳細はさっぱりわからなかった。だが、とにかくリバイアサンを見つけ出すことが可能だという点だけは、しっかりと伝わっていた。
「それで、カグヤさん! そのリバイアサンを見つけたら、どうやって連れてくる? 餌とか用意出来る?」
「それでしたら、餌などはいりませんわ。リバイアサンを怒らせるだけで、必ず追ってきます。一度怒ってしまうと、敵の血を見るまで怒りは収まりません。ですので、エアウルフで軽く石でもぶつければ、そのまま追いかけて来ますわ!」
「それなら得意っす!」
こうして、カーコとキーコは着々と、魚人海賊団壊滅の作戦を練り上げていった。
◆
そして、作戦決行当日。
エアウルフは近海を飛び回り、ソナーとサーモグラフィーがリバイアサンの巨体を完全に捉えていた。
「姉ちゃん! いたっす! 超デカイ! もう撃って良いっすか?」
「うん! 間違って殺さないでよ!」
「OKっす!」
キーコが複座からエアウルフの三十ミリチェーンガンを一発だけ発射する。
(ズバッ!)
見事にリバイアサンの背中に命中すると、リバイアサンは即座にエアウルフ目掛けて水魔法を放ってきた。エアウルフはギリギリのところで水球をかわす。
「ヤバッ! アイツ、魔法を使えるじゃん! そんな事、カグヤさんから聞いてないよ〜!」
「でも、ストリングフェローホークの申し子の姉ちゃんなら、あんな遅い攻撃魔法はかわせるっすよね?」
「あったり前! 行くよ、ドミニク!」
「OK、ホーク! 魚人海賊団まで逃げるっすよ!」
エアウルフはリバイアサンに追いかけられながら、魚人海賊団が根城にしている南部の海岸まで、まっすぐに誘導していく。
◆
海岸までリバイアサンをおびき寄せたところで、水中に潜んでいた人魚たちが慌てて陸へと上がってきた。だが、その人魚と半魚人たちは、エアウルフの三十ミリチェーンガンの餌食となっていく。水中に隠れていた人魚もまた、次々とリバイアサンに食われていくのか、海面がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。
エアウルフが四十ミリキャノン砲で海賊船三隻を木っ端微塵に吹き飛ばすと、続けて鉱山や街に潜む半魚人たちを、サーモグラフィーで一体ずつ捉えて撃ち抜いていく。エアウルフの索敵から漏れ、地上を逃げ惑う半魚人たちは、睦月と如月が刀で次々と斬り伏せていった。
そんな一方的な蹂躙は、わずか四十分で決着がついた。
「姉ちゃん、これが本物のエアウルフっすね!」
「そうさ! エアウルフを輸送ヘリ代わりに使おうとしてる来翔さんの方がおかしいのさ! さあ、睦月さんと如月さんをピックアップして、北部へ帰ろうか! きっとカグヤさんが心配してるからね!」
エアウルフは地上の睦月と如月を回収すると、北部へ向けて飛び立った。
炭鉱の街には、半魚人たちの遺体が生々しく野ざらしになっていた。だが、カーコとキーコはそれを振り返ることなく――エアウルフを北部へ向け、マッハ三の速度で飛び去っていった。
(第161話へ続く)




