【第157話 リーダー革命】
酪農研修も終盤に差し掛かった頃、小澤はカグヤたちへ、何よりも大切な教えを授けていた。
「あのな。オマエらはホルスタインをむやみやたらと可愛がってるけどよ、アチラで飼う時は絶対に牛には名前を付けるなよ。ウチもこれだけいる牛に、名前なんて付けちゃいねぇからよ」
名前を付けるな――その真意がまるでわからず、カグヤが尋ねる。
「なぜ、名前を付けないのですか? 頭数が多すぎるからでしょうか?」
「違う! 名前を付けると、殺す時に躊躇うぞ! 躊躇うと、ミスって即死させられねぇんだわ」
その一言に、一同はさらに酪農への覚悟を深めた。
「とても良い教えでした。本当にありがとうございます、小澤様」
「まあ、頑張れや! 今のアンタらなら大丈夫! まずはやってみれ!」
自信に満ち溢れた顔で、一同は放牧中のホルスタインたちを見つめていた。
◆
それから数日後。小澤の助力によって、牛のオークションでオスメス三頭ずつ、計六頭の仔牛が買い付けられ、小澤の牧場へと運ばれてきた。
仔牛をコンテナに入れると、カーコとキーコがエアウルフでコンテナごと吊り上げ、ゲートまで運んでくれる。ゲートはコンテナを吊り下げたまま通過することがサイズ的に不可能なため、一度ゲート前にコンテナを降ろし、船渡しの要領で仔牛だけを歩かせてゲートを越えさせる。自衛隊員の協力のもと、コンテナを人力で運び入れたあと、エアウルフだけがゲートを通過し、再びコンテナを吊り上げてヘイアンを目指した。
コンテナの中の仔牛が疲れないよう、ゆっくりと飛行したため、ヘイアンまでは実に一週間もかかった。だが、カーコの天才的な操縦のおかげで、仔牛は一頭も弱ることなく、無事に完成したばかりの厩舎へと収まった。
仔牛の到来は、カグヤ領にちょっとした仔牛ブームを巻き起こした。普段はトロッコで遊んでいた子供たちまでもが、仔牛の愛らしさにすっかり夢中になり、牧場には絶え間なく見物客が訪れるようになった。
◆
季節は流れ、米も貝も酪農も、全てが順調に進み始めた頃。ある日、他領土の松崎氏と梅田氏が、揃ってカグヤ領へと視察にやって来た。
初老の松崎氏と、まだ若手の梅田氏は、様変わりしたカグヤ領を目の当たりにして、言葉を失っていた。
「松崎さん、こ、これはいったい……」
「な? 梅ちゃん。これが今のカグヤ領なのさ。俺もカグヤ姫が石炭を現金で買いに来た時は、驚いたもんさ」
「でも、どうしてこんなに水田が? あの荒地を、どうやって……」
そんな二人を見つけて、泥まみれの作業着姿のカグヤが声をかけた。
「あら? お二人がお揃いで、珍しいですわね」
泥まみれのカグヤ姫を見て、二人は思わず絶句した。
「カグヤ姫ともあろうお方が……」
「うふふ、見てください! 今はまだ仔牛ですけど、時期に大きくなると、毎日乳が出る異世界の牛なのですわ!」
カグヤ姫が心から牛の世話を楽しんでいることが一目でわかり、二人は少しばかり安堵した。
「松崎さんからは聞いてはいましたが……姫様、本当にご自分の領土で、金になることを始められたのですね!」
◆
まだ戸惑いを隠せない梅田氏に、カグヤは家の中から真珠の見本を取り出して手渡した。
「これもご覧になって下さい。この真珠も、私の領地で作っておりますの。これなら、梅田様の貿易会社でも取り扱っていただけるかしら?」
真珠を受け取った梅田は、接眼レンズでじっくりと観察しながら首をひねった。
「な、なんですか、これは! 魔石? いや、違うな……魔素が感じられん! 宝石ですか?」
初めて目にする真珠に、梅田はますます困惑を深めていく。
「うふふ、それは真珠貝という貝が作ってくれる宝石なのです。ちなみに、その貝殻もまた美しいんですのよ」
カグヤは、真珠貝の貝殻もそっと手渡した。
「これが貝殻!? 真珠と全く同じ輝きではありませんか!」
「そうなんです。貝殻でボタンなどを作っても、よく売れるようですのよ」
梅田は戸惑いながらも、自信満々にカグヤへ答えた。
「これは間違いなく売れます! 姫様! これを我が社で扱っても良いのですか?」
「はい。今はまだ数も少ないのですが、お米も田んぼを増やしていく予定ですし、牛から採れる乳製品も、梅田様の貿易会社でお願い致します」
そう言って、カグヤは梅田に深々と頭を下げた。
「一応、今でもアナタは姫様なのですから、頭など下げないで下さい! 真珠も米も、我が社で責任持って扱います!」
激変したカグヤ姫と、その領民たちの姿を、梅田氏はすっかり見直していた。
◆
そんな梅田に、今度は松崎氏が頼み込んだ。
「梅ちゃんに今日は、俺からも頼みがあるんだ。今日ははっきり言うと――カグヤ姫の売り込みに来たんじゃない」
そう言って松崎氏は、真珠貝の養殖地からカグヤの家のある集落まで伸びているレールへと、梅田を案内した。
謎の二本の鉄の道を見て梅田が首を傾げると、カグヤがニッコリと笑い、トロッコ遊びをしていた子供たちを大声で呼んだ。
「みんなー! トロッコを返して!」
すると、遥か彼方からギッコンガッコンと、子供たちがトロッコを漕いで戻ってきた。
「姫様ー! 来たよー!」
「ありがとう。少しだけ、トロッコを貸してちょうだい。さあ、梅田様。トロッコへどうぞ」
カグヤは梅田氏と松崎氏をトロッコへ乗せた。松崎氏は何度か経験があるのか落ち着いていたが、梅田氏は恐る恐る乗り込んだ。
「松崎さん、これはなんなのですか? 玩具ですか?」
「梅ちゃんへの頼みってのは、これなのさ。さあ、カグヤ姫、養殖地に行きましょう」
松崎氏は慣れた手つきでトロッコを漕ぎ出した。トロッコはグングンと進み、あっという間に十五キロ先の養殖地に到着した。
「これが僕に頼みたいことなんですか? この玩具を他国に売れと? 玩具にしては大掛かりだし……貴族用の玩具ということですか?」
戸惑う梅田氏に、松崎氏は笑いながら答えた。
「まあ、見てなよ、梅ちゃん。さあ! カグヤ姫。貨物車を連結させましょう!」
養殖地の作業員たちが、トロッコに牡蠣をぎっしり積んだ貨物車を連結させていく。一人ではとても運べない量の牡蠣が積まれた貨物車を前に、梅田氏はますます首をひねった。
松崎氏がニヤリと告げる。
「帰りは、梅ちゃんが漕いでみな」
「まさか、この貨物車を僕一人で?」
半信半疑のまま梅田氏がトロッコを漕ぎ出すと――トロッコは、あっさりと動き出した。
「え? 軽い!」
「な? 凄いだろ? このトロッコってのは! 玩具に見えるが、玩具じゃないのさ」
「まさか、僕に頼みっていうのは……」
知恵の回る梅田氏には、すぐに松崎氏の思惑が読めてしまった。
「そう。梅ちゃんの領土にも、この鉄の道を通させて貰いたいのさ。カグヤ姫の領土から俺の領土まで鉄の道を伸ばして、俺の領土にはカグヤ領から食料を運んで、俺の領土からはカグヤ姫の領土へ石炭を売りたいってわけさ。それに梅ちゃんにも、米や真珠の貿易にも役立つし、俺のとこの石炭も、これからはトロッコで運べるんだぜ?」
梅田の頭の中では、すでに輸送費の予算組みが着々と進んでいた。
「わかりました! 姫様! 松崎さん! この鉄の道にかかる費用は、全てウチで負担します! このトロッコの製作費用も、ウチで負担します!」
小さな島でありながら、物流革命の予感に興奮した梅田氏は、トロッコを漕ぎまくりながら、勢い込んで続けた。
「松崎さん! この物流革命は、この島だけで終わる話じゃありませんよ! トロッコの利権は――僕の総取りで構いませんよね?」
“総取り”という一言に、これまで何も出来なかったはずのカグヤ姫が、ニコッと笑って答えた。
「それならば、我が領土がレールの独占製造権を主張致しますわ。このレールを作れるのは、現在、我が領民であるドワーフのランドただ一人ですのよ」
成長したカグヤ姫の姿に、松崎氏も梅田氏も、嫌な顔ひとつせずニコッと笑って答えた。
「やっと、姫らしくなられましたね」
「な? 梅ちゃん。来てみて良かっただろ?」
「はい! 月を追われてから――ようやく、月の民がひとつになれそうな気がします!」
興奮気味にトロッコを漕ぎ続ける梅田氏を、カグヤ姫と松崎氏が、笑いながら見つめていた。
◆
カグヤ領の稲穂も、そろそろ頭を垂れ始めていた。豊作を予感させる美しい黄金の水田が、レールの両サイドいっぱいに、どこまでも広がっていた。
(第158話へ続く)




