【第155話 トロッコ】
およそ三週間で、一反ほどの田んぼが完成した。一反から採れる米は、およそ五百キロ。米俵にして八俵分になる。それだけでも、カグヤの領民にとっては生活が一変する量だった。これまで本土まで買い付けに行っていた手間が、この先はまるごと無くなるということなのだ。あともう一反、欲を言えばもう二反ほど田んぼを増やせれば、本土への米の買い付けを完全に卒業できる計算になる。
領民たちはすっかりラジコンの操作を覚え、次々と田んぼの拡張を進めていた。
◆
田んぼのことは領民に任せ、今度はネーラとLEONは、北側の領地の海岸線をゼラーナで一周してみることにした。
「LEON! あそこ! あそこならバッチリ!」
「うむ。あの入江ならば、可能だろう」
二人が見つけたのは、北側の最北端にある天然の入江――コの字型に切り込んだ、美しい湾だった。
「ここなら、ダッシュ海岸が出来るよね?」
「ここが、カグヤ領地の最大の武器になるだろう」
◆
ゼラーナが一旦、カグヤの家の庭へと戻ってくると、ネーラは早速、木工職人の来翔へ頼み込んできた。
「来翔! イカダ! イカダを作ってよ! 竹がいっぱいあるから、イカダなんてすぐに作れるよね?」
鉄腕DASHを毎週欠かさず見ているわけではない来翔には、ネーラの言っていることがさっぱりわからない。興奮気味の二人に、来翔は恐る恐る尋ねた。
「イカダ? 川下りでもするのかい?」
「違〜う! そのイカダじゃないよ! 来翔はダッシュ海岸を見てないの!?」
「ダッシュ海岸? 確か……横浜かどこかの、汚い海を綺麗にしたんだっけ?」
「そう! それ! この辺の海は綺麗だから、綺麗にする必要は無いんだけど、貝の養殖をしたいんだよぉ〜。貝の養殖にピッタリの入り江があったから、イカダを作って! んでもって、また日本から牡蠣と真珠貝を買い付けて来て!」
そこでようやく、来翔にも話が繋がった。同時に、牡蠣と真珠貝の秘めた可能性にも気がついた。
「もしかして――オイスターソースかい?」
「そうそう。ヘイアンには調味料が無いって言ってたでしょ? だったら、ヘイアンにしか作れない調味料を作れば、砂糖と交換してもらえるよね?」
「ネーラ! それは天才的だ! 牡蠣を育てる手間を考えたら、真珠貝だって養殖できるってことだね!」
ネーラとLEONは、ダッシュ海岸から着想を得て、貝の養殖という結論に辿り着いていた。牡蠣は食用とオイスターソースに。真珠貝は食用と、真珠や貝ボタンといった工芸品に。直接、金銭に換金可能なものを生み出すというそのアイデアには、来翔も本気で舌を巻いてしまった。
「これからは僕も、ちゃんと鉄腕DASHを見るよ」
ネーラとLEONはニコッと笑い、さらにとんでもないことを言い出した。
「あのね。イカダと並行して、ここから海岸までのレールを敷いて欲しいの。あと、トロッコも!」
「は? 海岸までは、そんなに遠いのかい?」
「歩いて行ける距離じゃないんだよぉ。一番北側にあるんだもん」
ゼラーナから見た限りでも、カグヤの住む地区から最北端までは、直線でおよそ十五キロはありそうだった。そこにネーラとLEONは、ダッシュ島にもあったというトロッコを思いついていたのだ。
「最北端か……。直線でも十五キロはあるよなぁ〜。わかった。パチンコ店の釘師のドワーフに、レールのことを相談してみるよ」
◆
それから数日後、パチンコ屋の釘師であるドワーフのドンコから、一人の若い鍛冶師を紹介された。
「ランドさん。これがトロッコです。作れますか?」
来翔がトロッコの図面を見せると、ランドは食い入るように図面を眺めた。
「なるほど。レールを敷くことで、摩擦抵抗が手押し車に比べて遥かに軽減できるというわけか! これなら数百キロの貨物でも、一人か二人で運べるというわけだな! この島は竹林故に足場も凸凹だからな! レールを敷くことでフラットに輸送出来るというわけか! これは、こんな小さな島だけで終わらせていい技術ではないぞ? それこそ、南側の炭鉱でも応用可能ではないか! これさえあれば、輸送の際に魔道士の力が要らなくなる!」
こちらの世界では、重い荷物は戦士タイプのマッチョマンか、重力魔法を扱える魔道士が運ぶのが常識だった。このトロッコは、ごく普通の作業員でも重い荷物を輸送できてしまう、画期的な発明だったのだ。
図面を見たランドは即答した。
「任せろ! 鉄と、鉄を溶かす石炭を買い占めろ!」
◆
こうして、石炭を買い付けるために、来翔は初めて南側の松崎氏の領土を訪れることになった。来翔はあくまでただの資金提供者という立場なので、きちんと正装をして、カグヤも同行している。
ゼラーナで松崎氏の館へ乗り付けると、当然のように、領民たちが物珍しさに館の前へ集まってきた。ゼラーナからカグヤが降り立つと、領民たちはすぐにカグヤの正体に気づいたようで、皆の視線がそちらへ集中した。来翔が降りたことには、誰も気に留めていないようだった。
そんな来翔に、松崎氏の秘書らしき女性が声をかけてきた。
「松崎がお待ちです」
案内された応接室には、初老の男性が腰掛けて出迎えていた。
「お久しぶりです、カグヤ姫。ようやく私の嫁になる決心がつきましたかな?」
見るからに老齢の松崎から、うら若きカグヤへの奇妙なアプローチに、来翔は思わず困惑してしまった。だがカグヤは堂々とした態度で、それをきっぱりと断った。
「何度もお断りした通り、私はもう月の姫ではありません! ただの女なのです! 政略結婚をお考えでしたら、お門違いですわ!」
「ハハハ! 確かにそうだ! 今のカグヤ姫には価値など無かったな。だが、月の姫と婚姻を結ぶということは――我が松崎家にとっては、価値の無い姫であろうと名誉にはなる! まあ、それも今となっては、どうでもいいことなのかもしれないがな、カグヤ姫」
「そうですわ。もう月の民の中でも、月に帰りたいと考えている者はおりません。このまま地上人として、儚く暮らしましょう。私は、地上で普通の人間として歳を取る方が良いと考えます。松崎様も、そうなのでしょう?」
「それを言われると――確かにそうかもしれん。月の時の感覚は、地上に慣れた今となっては、もう戻りたくはないな。悠久の時を生きるなど、やはり不自然だったのだ……。そんなことよりカグヤ姫。今日はどんな用件なのかな? お主からわざわざ来ることなど無かったではないか。まさか、男衆を返せなどと言うつもりもあるまい?」
ここからは、カグヤに代わって来翔が交渉を進めた。
「姫様はまだ、我々がやろうとしていることを完全には把握していないので、ここからは僕が説明しますね。率直に言うと――北側で、石炭を買い取ります。ちゃんとQでお支払いします。これまでのような物々交換ではありませんので、ご安心ください。差し当たって、手付金として一千万Qを持ってきました」
来翔が風呂敷から一千万Qを取り出して差し出すと、貧しいはずのカグヤ領から現金が出てくるとは思っていなかっただけに、松崎氏も困惑を隠せなかった。
「カグヤ姫! この金は、どうやって?」
カグヤも申し訳なさそうに答える。
「こちらの来翔様が、色々と支援をしてくださっているのです……」
松崎氏が改めて来翔を観察してみるが、なんの特徴も無いただの中年男性にしか見えない。松崎氏はカグヤを気遣うように尋ねた。
「カグヤ姫、コヤツは信頼しても良いのだろうか? 詐欺師などの可能性は無いのだろうか?」
本人の目の前でそこまで堂々と言われては、来翔も苦笑いするしかなかった。
「まあ、確かに僕は変なオジサンにしか見えませんよね……。でも、お金は本物ですよ。調べてみてください」
松崎は秘書に紙幣を鑑定させた。しばらくして、秘書が全て本物だと報告する。
「まあ、ウチとしては金さえ払うなら売るしかない。好きなだけ買ってくれ。それにしても一千万Qとは……戦争でも始めるのか?」
「戦争ではなく、物流です!」
来翔がニコッと笑って答えたが、松崎氏もカグヤも、揃って首を傾げるばかりだった。
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鉄に関しては、ランドが故郷のドワーフの国にツテがあるということで、来翔は初めて、北方にあるというドワーフの国へ、ゼラーナで降り立つことになった。
街には鍛冶屋がずらりと軒を連ね、職人街としての活気に満ちている。木工職人である来翔にとっては、まさに夢のようなテーマパークだった。
「ランドさん! この国は最高です!」
「そうだろ! ドワーフの国こそ、職人にとっての聖地! 来翔も職人だから、きっと喜ぶと思ってたぜ!」
さらに来翔を驚かせたのは、職人街の裏通りに入ると、そこには今度はBARがずらりと建ち並んでいたことだった。
「本当に、ドワーフは酒が好きなんですね」
「おうよ! 酒と職人の街だからな! さあ、こっちだ! 着いてこい!」
ランドに連れられて辿り着いたのは、鉄鋼の卸問屋だった。
「いらっしゃい!」
愛想の良い店員とランドがてきぱきと鉄鋼の話をまとめていく。すぐに商談が成立し、ランドが来翔に告げた。
「レール分の鉄鋼を買い付けたぜ! 全部で五千五百万Qだとよ。金はあるのか?」
来翔は店員に五千五百万Qを支払い、ゼラーナへの積み込みについても話をつけた。数日後には、無事に鉄鋼までも全て揃ってしまった。
◆
これで全ての準備が整ったかと思っていた矢先、鉄腕DASHにすっかり魅了されたネーラとLEONが、来翔にトドメの一言を告げてきた。
「石炭と鉄鋼が揃ったら、今度は反射炉だね!」
「は?」
「石炭と鉄鋼が揃ったら、今度は反射炉だね!」
「二度も言わなくても聞こえてたよ! 反射炉? 何それ!?」
ランドとネーラとLEONは、揃って呆れ顔で答えた。
「鉄を溶かさないと、加工も出来ないじゃん!」
「そ、そんな大事なことを、最後に言わないでくれ……。僕は、石炭と鉄鋼が揃えばそれで終わりかと思ったんだ。それに、TOKIOが反射炉なんて作るわけないだろ? 反射炉って確か、世界遺産になるくらい珍しいものなんだろ?」
それを聞いたネーラとLEONは、大爆笑しながら答えた。
「その反射炉を、無人島にTOKIOが作ったんだよ! 本当にTOKIOは頑張り屋さんなんだよ!」
唖然とする来翔に、救いの声が飛んできた。
「来翔。安心しな! 炉については、俺が作れる! ドワーフだからな! 炉に関しては、全面的に俺に任せてくれ!」
それを聞いてホッと胸を撫で下ろしつつも、来翔は、TOKIOが無人島に反射炉を建てたというその回を、いつか自分でも観てみたいと思ってしまった。
「なぁ、ネーラ。その反射炉って、いつ頃の鉄腕DASHを見れば良いの?」
「う〜んとね……。まだ山口って人がいた頃だよ。彼っていつの間にかいなくなっちゃったね」
ネーラの口から“山口メンバー”というキーワードが飛び出してきたことで、随分と昔――かつてTOKIOが無人島に反射炉を建設していた事実を知り、来翔はようやく、鉄腕DASHという番組の底知れなさを本気で思い知らされ始めていた。
(まだまだ、世界の果てまでは遠そうだな……)
(第156話へ続く)




