【第153話 ひょっこりヘイアン島】
ヘイアン島までは、ゼラーナで約五時間の距離だった。
(恐らく、異世界の帆船だと二、三日はかかる距離なんだろうなぁ)
来翔がそんなことを考えていると、それを察したかのようにカグヤが教えてくれた。
「梅田の帆船は貨物を運ぶためのかなり大きな船なので、ヘイアンからですと四日ほどかかりますの。ですから、このゼラーナは本当に助かりましたわ。それに、お米だけではなく、清酒やお醤油まで買っていただいて……」
「それは気にしないで下さい。僕もそれなりに儲けてはいるんで」
その会話に、弥生がすかさず口を挟んできた。
「来翔殿は、お金持ちなのですか?」
「いえ、そこまでお金は持ってませんが、個人経営なので、自由に使えるお金があるんです」
「個人経営ですか? どんなお仕事を?」
「こちらの世界では古物商というか、両替屋みたいな事をやってますし、日本では宿屋を営んでます。近々、旧コナ国の新たな娯楽ビジネスにも絡んでいくつもりです」
弥生の目に映る来翔は、どこにでもいそうな中年男性にしか見えなかったので、多角経営をしていると聞いて素直に驚いてしまった。
「来翔殿は、やはりお金持ちです!」
「いや、本当に僕なんて全然ですよ」
興味を持ったらしい弥生が、グイグイと質問を重ねてくる。
「来翔殿は、独身ですか?」
「はい。お恥ずかしいですが」
「ちなみに私も独身です!」
「弥生! はしたないですよ!」
カグヤが思わずツッコミを入れるが、弥生の勢いは止まらなかった。
「来翔殿は、バツはついてますか?」
「いえ、ずっと独身なんです」
「今は、特定の誰かとお付き合いされてますか?」
「いえ、そういった方はいませんよ。今の日本では、三十歳を過ぎて独身な人は多いんです。恐らく僕も、このまま独身で終えるんだと思ってます」
弥生は満面の笑みで上機嫌になり、これ以上の質問は無いとばかりに、ゼラーナの甲板へと出て風を浴び始めた。
そんな積極的な弥生の様子を、カグヤが申し訳なさそうに詫びる。
「本当に申し訳ございません。我が領地には、男性が少ないのです」
「だと思いました。炭鉱に男衆は、出稼ぎに行ってしまうんですよね?」
「えぇ。よくおわかりで……」
「昔の日本も、似たようなことがありましたから。炭鉱の街には男衆が多く住むようになるんです。そうなると自然と色街も発展していって、あっという間に街が賑わっていくものなんですよ」
「ヘイアンでも、似たような感じですわ……」
◆
そんな会話をしているうちに、ようやくヘイアン島が視界に入ってきた。
瓢箪のような形をした島で、北と南に分かれ、真ん中のくびれが美しい湾を形作っている。
上空から見下ろすと、北と南、どちらがカグヤの領地なのか――一目瞭然だった。
北のエリアには、竹の緑しか見当たらない。対して南のエリアには、緑一つ無く、無数の人工物と広い道路が、縦横無尽に張り巡らされている。まるで長崎の軍艦島を思わせるほどの密集した発展ぶりだった。炭鉱のあたりに至っては、地面までもが茶色一色に染まっている。
そして瓢箪の中央、真ん中のくびれの湾――そこには大きな港が築かれ、幕末の頃の箱館港を彷彿とさせるほど、多くの輸送船や外国船が絶え間なく行き来していた。石炭の輸出だけで、領民の暮らしが潤っているのが手に取るようにわかる光景だった。
その反面、東側のもう一つの窪み――島の反対側の湾には、人の手が入った形跡すらほとんど無く、ただ手つかずの砂浜だけが広がっている。
(世界の果てしかない東側は、未開発なんだな……)
来翔は上空から眺めるだけで、ヘイアン島の力関係がなんとなく見えてきていた。
◆
ゼラーナは、緑一色の北エリアの一角――カグヤの家の前へと着陸した。
姫の住まいと聞いて豪華絢爛な屋敷を想像していたが、実際に目にしたのは、台風が来れば一発で吹き飛んでしまいそうな、ただのあばら家だった。他の領民たちの家も、カグヤの家と大差ない、貧しい造りのものばかりだった。
カグヤの貧しい領地と、南側の炭鉱の街の目を見張るような発展ぶり――その落差を目の当たりにして、来翔はこのヘイアンに来た意味を、改めて強く実感していた。
「姫様、僕は大工ではないんですが、木工職人です。材料さえあれば、皆さんの家の手直しくらいは出来るんですが……この島には、木が無いんですよね?」
鬱蒼と生い茂る竹林が広がる北側の領地には、驚くことに、木というものが一本も生えていなかった。
「東側の窪みの湾には、松林が見えましたけど……あれは、誰の領地なんですか?」
「中部は、梅田氏の領地ですわ。東側は、梅田氏も手つかずですので……もしかしたら、松を何本か譲っていただけるかもしれません。あと……これも来翔様には申し上げにくいのですが、我が領地には竹炭と竹細工の工芸品しか、取引材料がございません。梅田氏がそれに応じてくれる可能性は、正直、低いと思います」
それを聞いたクノンが、ゼラーナの船体をバンバンと叩いて答えた。
「いいよ、カグヤ! もう一回、須佐ノ国に行ってゼラーナに乗せられるだけの材木を買ってくるよ! お金は来翔にお任せだよ! どうせ来翔はサンカなんだし、お金はいらないんでしょ?」
そこへネーラも口を挟んだ。
「クノン! 来翔! ダメ! この地は、そんな応急処置的な事をしてもダメなの! もっと本格的に攻略しなくちゃダメ! 鉄腕DASHの米作り編じゃなかったんだ、この島は! この島は――ダッシュ島だった! ゼロから始めなくちゃダメなのよ! この北側の領地は、はっきり言って怠惰なの。何もしてきてない未開発地区なのよ! 戻るなら須佐ノ国じゃないよ、日本! まずは日本に戻って、必要なものを全て持ってこなくちゃ! 来翔もクノンも、ダッシュ島を舐めすぎ!」
そのネーラの意見に、LEONも深く同意した。
「我が主よ。ダッシュ島と同レベルということは、TOKIOクラスの猛者が五人がかりでも難しいミッションなのだ。私も、日本からのやり直しに賛成だ。この北側は、あまりにも怠惰だ」
ネーラとLEONに揃って“怠惰”と言われてしまったカグヤは、顔を真っ赤にして俯いた。
「申し訳ございません……。私は月では本当にただの姫でしたので……何も出来ないのです……」
来翔の身近にも、ワタルの奥さんであるマーガレットという、元帝国の姫がいる。箱入り娘の姫が何も出来ないことくらい、来翔は十分に理解していたので、笑顔で答えた。
「姫様。金銭面に関しては、僕に任せてください。その代わり、これから伐採した竹を使って、ここで割り箸を生産して、うちの宿に卸して下さい」
「割り箸を? そんな事でよろしいのですか?」
「ちゃんと適正価格で卸してもらいます。何十年もかかるかもしれませんが、利息無しで貸し付けますので、姫様の領地では、うちの宿に卸す割り箸を作り続けてください。ヘイアンと日本への輸送は、僕に心当たりがあります。ヘイアンからは割り箸を。日本からは定期的に調味料を届けます。後々、米を輸出できるくらいまで採れるようになれば、その米もうちの宿で買い取りますよ」
◆
来翔からの提案を、カグヤはすぐには即答できず、領民たちと話し合いの場を持つことにした。その間、ネーラとLEONは鉄腕DASHで培った知識をフル回転させ、意気揚々と領地の探検を始めていた。
「LEONは、この竹藪をどう見る?」
「まるで福島のダッシュ村だ。これならば、稲作は可能だろう」
「そうそう! ここはかつてのダッシュ村だね! これならやっぱり、リーダーがやってたみたいにパワーショベルも必要だよね!」
「草刈機も必要だ。この地なら、家畜も飼えそうだ」
「うん! アヒル隊長とか?」
「アヒル隊長が最高だ!」
領民との話し合いも無事にまとまり、割り箸作りの提案を受け入れてもらえたところで、ゼラーナは必要な資材を調達するため、一度日本へ戻るべく、ヘイアンの空を飛び立った。
ただのプラモデルに過ぎなかったゼラーナは、いつしか――ヘイアン島北側の領民達にとって、確かな希望の象徴となっていた。
(第154話へ続く)




