【第152話 米】
帰り道の足を確保できたことで、カグヤと弥生は須佐ノ国で買い付けをしたいと申し出てきた。
「我が島には調味料が少ないのと、お米も作っておりませんので、須佐の街で買っていきたいのです。このゼラーナならば、お米を持ち帰ることも出来ましょう」
どうやらヘイアンでは稲作が行われていないらしく、こうして須佐ノ国まではるばる買い付けに来ているのだという。
「あれ? 姫様が日本にいた千年前には、和人はもう米を食べてましたよね?」
「はい。そうなのですが……私はほとんどサンカの集落に匿われていましたので、稲作についての知識が無いのです」
考えてみれば、来翔自身も稲作について語れるような知識は何一つ持ち合わせていなかった。多くの日本人と同じく、来翔にとっても米はスーパーで買うものだという認識が、すっかり染みついてしまっている。
◆
そんな会話をしていると、カグヤの付き人である弥生が、ゼラーナの格納スペースを見ながら報告してきた。
「米俵なら、三十は積み込めますが……その……」
弥生が言いにくそうにしていると、カグヤが優しく問いかけた。
「どうしたの、弥生」
「その……三十俵も買い帰るだけの資金がございません……。今の手持ちの資金ですと、せいぜい十俵がやっとかと……。お砂糖を諦めるならば、十五俵は買えるかと……」
「そうですか……。それならば、十俵に致しましょう。お砂糖はもう底を尽きております。今回買って帰らなければ、しばらくはお砂糖なしで暮らさないといけません」
その会話を聞いてしまった来翔は、少し困った顔をしながらも、思わず声をかけた。
「弥生さん! 米は積めるだけ買ってください。足りない分は僕が支払います」
カグヤと弥生が、揃って顔を上げて来翔を見た。
「そ、そんな事をされても困りますわ、来翔様」
「しかし、カグヤ様! この方が支払うと仰るのなら、有難く受け取りましょう! 今のヘイアンでは、人の施しを断るほどの余裕はございません!」
そこまで言われてしまうと、来翔もますます引くに引けなくなった。
「そんなに、ヘイアンには余裕が無いんですか、弥生さん?」
弥生は真剣な眼差しで来翔に訴えかけた。
「そうなんです! カグヤ様の領土には、竹林しかございません! 竹林は、それほど多くの利益をもたらさないのです! 島にはカグヤ様の領土と、松崎氏という豪族の領土、そして梅田氏という商人の領土があり、松崎氏には石炭があり、梅田氏には貿易港があるのです。松崎氏は梅田氏の貿易港を利用しているため、この両家はズブズブの関係で……我がカグヤ様の領土だけが、何の産業も無く細々と暮らしているのです」
「石炭!? 石炭がある島なのですか?」
「はい。松崎氏の領土には炭鉱がございます。元々、月の民は月に住んでいた頃は、誰もが敵対心も無く仲良く暮らしていたのですが……月から追われて以降は、どうしても利益を求めて、この三家に分裂してしまったのです」
よそ者の来翔に喋りすぎたと察したのか、カグヤが弥生をたしなめた。
「それ以上は、来翔様にもご迷惑ですよ? 来翔様に愚痴っても仕方がありません。あのような竹林の領土しか得られなかった、私が不甲斐ないだけなのですから……」
それでも弥生は、カグヤに反発するように言い返した。
「カグヤ様! とにかく米俵については、来翔殿のお力を借りますよ! 来翔殿! 米屋に三十俵を注文してもよろしいんですよね?」
来翔は笑顔で頷いた。
「うん。他にも必要なものがあるなら、何でも買っていいからね」
その一言を聞くなり、弥生はカグヤの制止を振り切って、米屋へと一目散に走り出していった。
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そして、米屋から戻ってきた弥生は――来翔の奢りということで、米の他に清酒や醤油などの一升瓶まで、それぞれ十ケースずつ買い込んできてしまった。
弥生のあまりに大胆な行動に、カグヤは困り果てて来翔に頭を下げた。
「来翔様。申し訳ございません! 弥生も、少しは遠慮をなさい!」
「嫌です! 遠慮なく奢られます!」
そんな一悶着を黙って見ていたネーラが、不思議そうに来翔に尋ねてきた。
「ねぇ、来翔。ウホウホウホ! ウッホウッホ! ウホウッホウッホッホ!」
「ん? 僕は原始人の言葉はわからないよ?」
「チェッ! つまんないの〜! あのさ、どうしてカグヤは家具ばかり作ってるの? お米を作れば良いじゃん!」
「カグヤは名前! 家具屋さんって意味じゃないよ?」
「え? そうなの? でも、それなら暇なんでしょ? お米を作りなよ!」
それに苦笑いしながら、カグヤが答える。
「ネーラさん、私の領地には竹林しかございませんの。竹林は伐採しても、翌朝にはすぐにタケノコが育ってしまうのですわ。ですから、畑などは作れませんでしたの」
「うん! 竹は根っこが全部繋がってるから、全部を駆除しないと増え続けるんだよ!」
ネーラの口から、いきなり専門家じみた解説が飛び出したことに、来翔は思わず驚いてしまった。
「ネーラ? それはアインから習ったのかい?」
ネーラは胸を張ってドヤ顔で答える。
「鉄腕DASH!」
来翔だけが戸惑っていると、江差で漁師をしているLEONまでもが、ネーラに深く同意した。
「うむ、我が主よ。鉄腕DASHは農家だけでなく、漁師も必ず見ているほどのレベルの高い番組だ。私も田吾作も、欠かさず見ている。あの番組を毎週見続けてきたネーラの言うことは、信用しても良いだろう」
何の話かさっぱりわからないカグヤのために、来翔は丁寧に説明を挟んだ。
「姫様。今ネーラとLEONが言っているのは、農家や漁師に向けて助言をくれる人達のことを言っているんです。どうもネーラは、その助言を毎週熱心に聞いていたみたいでして……。ネーラ、竹林でも水田は作れるのかい?」
「あったり前だよ! そもそも日本の環境も、本来は竹林だらけなんだよ?」
ネーラは、鉄腕DASHで覚えたという農業論を、目を輝かせながら熱く語り始めた。
いわく――竹林でも水田は十分に可能。ただし、そのためにはパワーショベルが必須なのだという。となると、本格的に水田を作るためには、一度日本へ戻って重機を調達する必要がある、という話になった。
「来翔様、本当にネーラさんの仰る通り、我が領地でも稲作は出来るのでしょうか?」
「まあ、鉄腕DASHの知恵なら……。彼らも毎年ちゃんと、田植えを成功させてたはずだしなぁ〜。ただ、ネーラが言ったパワーショベルという重機を、こちらの世界に持ってくることは不可能なんです。ネーラ、パワーショベルはゲートを通過できないよ? パワーショベルが無くても、なんとかならないかな?」
「だって鉄腕DASHでは、リーダーがパワーショベルでやってたから、他のやり方は知らないよ? でも、パワーショベルは大丈夫! 私たちフェアリーに任せてよ! 絶対に持ってこれるからさ!」
そんなやり取りの末、世界の果てへの旅はいったん延期となり、まずはヘイアン島にあるカグヤの領地を、実際にこの目で見に行くことになった。
◆
積荷を全て積み終えると、ゼラーナはデメタの黄金の屋敷を飛び立った。目指すは、須佐ノ国よりもさらに東にあるという、離れ小島――ヘイアン島。
そんなゼラーナの姿を、雨森とデメタが、しばらくの間、空を見上げて見送っていた。
(第153話へ続く)




