【第151話 来翔(ライト)】
来翔が原始人だったという面白プロフィールは、瞬く間にネーラとクノンの手によって、フェアリー全体に広まっていた。
「みんなー! 来翔が原始人だった!」
「ウッホウッホって言ってマンモスを焼いて食べてたんだって!」
金閣寺中のフェアリー達がひっくり返って大笑いし、その笑い声はしばらく家中に響き渡っていた。
それでも来翔とカグヤ、そしてLEONだけは、真面目に会話を続けていた。
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「月の民はゾーンに追いやられて地上に降りてきたと、サイモンさんから聞いていましたが……月では何があったんですか? まだ、月に逃げ遅れた人などはいませんか?」
「そんな事を、来翔様が知ってどうするのです?」
どこか警戒しているのか、カグヤは月のことをすんなりとは語らなかった。それを見かねて、LEONが横から補足する。
「カグヤ、我が主は日本において、ゾーン団とトカゲ軍を退けた最強のハンターなのだ。月に逃げ遅れている者がいるのなら――主は迷わずに月へ向かう男だ」
それを聞いたカグヤは、少しだけ安堵した表情を浮かべた。
「なるほど。来翔様は、そのようなお人でしたか……。『ライト』というお名前は、サンカの言葉では『取り締まる者』でしたよね?」
来翔は照れくさそうに答えた。
「ハハハ、よくご存知で。僕の父親が警察官だったので、ライトと名付けたと聞いてます」
それを聞いて、カグヤも表情を緩め、ゆっくりと語り出した。
「安心してください、来翔様。月の民は、全員が地上へ降りております。……というよりも、ゾーンが我々全員を、月から追い出してしまったのです。それから、月に住んでいたウサギ達も、全て月から排除されました。今の月には――ゾーン、ただ一人しか住んでおりません」
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カグヤが千年前の日本から空飛ぶ車、飛車で月へと帰還してまもなく、突如、何処からともなくゾーンが月面に現れた。
月面にもそれなりの強者は揃っていたが、ゾーンの前ではまるで歯が立たず、月の民は殺されるだけの運命かと思われた。
だが、ゾーンは月の民にこう告げたのだという。
『全ての生物は、地上へ降りろ』
これを聞いた月の民は、一斉にパラソル片手にウサギを抱え、地上へと降りていった。それ以降の月がどうなったのかは、当の月の民にすらわからないという。
地上に降りた月の民は、無人島であった東の果て――ヘイアン島という小さな島への移住を決めた。その島には見事な竹林が広がっていたため、今では竹細工や竹炭を作って生計を立てているのだという。
「そうですか。姫様や月の民の皆さんが、今は幸せに暮らしているなら――姫様をお守りするための山の民である僕からは、何も申しません」
それにはLEONが口を挟んだ。
「主は、ゾーンを追わないのか? 百億の賞金首だぞ?」
「実は僕には、金欲というものが無いんだよ。これもサンカの血なんだ。サンカの教えには『持たざる者は、奪われることもない』というものがあってね。山の民は、金銭感覚とか金銭欲というものが、そもそも欠落しちゃってるんだよ。それに、今のところゾーンは月を支配しただけで、まだ何もしてないしね。一番の配下だったカリーナも、もう死んだわけだし」
そんな来翔のことを、ずっと近くで見てきたLEONも、妙に納得してしまった。これまでの来翔が、金銭を自分のために使ったところなど見たことが無かったからだ。稼いだ金は常にネーラやレフト、カスミやリスタオールへと分け与えてしまう。来翔の所有物といえば、せいぜい中古の軽自動車くらいのものだった。
「そうか。さすがは我が主。何処ぞの成金カエルとは、訳が違う……」
その言葉を隣で聞いていたデメタが、気まずそうに小さくなっていた。
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ひとまずゾーンには危険性を感じないと判断した来翔は、次に単純な疑問をカグヤへぶつけてみた。
「姫様達はパラソルで地上まで降りてきたと言いますが……この世界の宇宙には、空気はあるのですか?」
それを聞いたカグヤは、驚いたように聞き返した。
「え? そちらの宇宙には、空気が無いのですか?」
「はい。地球から一歩外に出ると、空気も重さも無くなります。ちなみに、昼も夜も無くなりますし、上下という概念すら無くなるんです」
その説明に、カグヤと弥生、そしてLEONまでもがかなり困惑した表情を浮かべた。
「来翔様? それは御伽噺なのですか? 重さとか、昼も夜も無くなるとか……ありえませんわ」
「我が主よ! それならばなぜ、レフトは太陽まで飛ぼうとしたのだ? 息が出来ないではないか?」
そこまで言われると、来翔にとっても異世界側の宇宙の方がよほど不可思議な空間に思えてきて、自分で語っていながら、だんだんと訳がわからなくなってきた。
「それでは姫様、聞き直します。ここから月まで行こうとすると、どのように行けば良いのですか?」
「それなら簡単ですわ。一番手っ取り早いのは、クノンのスキル。彼女の浮上なら、月が真上に来る時に浮上を使えば、約二日後には月面に辿り着けます。あとは“飛車”という月面にある空飛ぶ車に乗ることですね。こちらなら、約一日の距離ですわ」
クノンが女王であるという事実の重みが、来翔にもようやく実感として伝わってきた。
「なるほど! クノンの浮上は、本来はそんな使い方をするんですね?」
「そうですわ。クノンは我々月の民にとって欠かせない存在でしたのに、ある日、突然消えましたの。まあ、私も数年間、日本に落ちていた過去がありますから、人のことは言えませんけれどね」
◆
「姫様は、日本に落ちたのですか? 月から?」
「えぇ。と言っても、私が落ちたのは――少し特殊なのです……」
カグヤから語られたのは、こういう話だった。ある日、カグヤはいつものようにパラソルで地上へ降りようとしたのだが、たまたま強い風に流され、世界の果てまで運ばれてしまったのだという。
「世界の果て? ですか?」
「えぇ、世界の果て。世界の淵とも言いますね。本来ならば、世界の淵から落ちることなど不可能なのですが……あの日は何故か、世界の淵からも落ちてしまいましたの」
カグヤの口から、あちら側の宇宙の神秘よりもさらに凄まじい神秘が飛び出し、来翔だけが完全に置き去りになっていた。
「あの〜。先程から世界の淵とか、世界の果てとか言いますが……この世界には、本当に端っこがあるということなんですか?」
慌てる来翔を見て、カグヤがクスッと笑った。
「えぇ、ありますよ? 世界の端っこ。機会があれば、見に行くと良いですわ。我々が住むヘイアンから、ひたすら東へ進むと――世界の端っこが見えますわよ?」
その一言を聞いた瞬間、欲の無いサンカの末裔である来翔でさえ、ニヤニヤが止まらなくなってしまった。
「姫様! ヘイアンへお帰りになる時は、僕がゼラーナでお送りしましょう! そして、姫様をヘイアンでお降ろしした後は――僕らは、世界の果てまで行ってみます!」
隣で話を聞いていたLEONもまた、興奮気味に何度も頷いていた。
◆
カグヤは付き人の弥生と共に、早速、帰りの旅程を調整し始めた。来翔はその間に、クノンとネーラに向かって、世界の果てまでゼラーナを飛ばす計画を語っていた。
「世界の果て? 来翔は、そんなところを見たいの?」
「見たい! そのためには、君たちの力が必要なんだ!」
自分たちを必要としてくれたことに、ネーラもクノンも思わずドヤ顔になり、二つ返事で引き受けていた。
窓の外には、相変わらず黄金の月が、静かに美しく輝いていた。
その光の向こうには、まだ誰も見たことのない――世界の果てが、確かに待っている。
(第152話へ続く)




