【第150話 Golden Moon】
来翔の口から「竹取の翁」という名前が飛び出した瞬間、カグヤは涙を零していた。
わけがわからず戸惑うデメタとLEONをよそに、来翔だけが全てを理解した顔で、カグヤへとある言葉を静かに投げかけた。
「姫様。池を見てください。水面に映る夕月の灯火は――月明かりではなく、月証ですよね?」
カグヤは“月証”という言葉にハッと顔を上げ、来翔の顔をまじまじと見つめた。
そして、彼女の口からも、また謎めいた言葉がこぼれた。
「貴方は……山の民なのですね」
「はい。正確には、山の民は僕の祖父の代で完全に滅んでしまいました。僕はその末裔ですが、今は日本人として生きています」
◆
話が長くなると見越したデメタが、
「ゲコゲコゲコゲコ」
と鳴くと、LEONがすかさず通訳した。
「我が家の応接室へ来い。茶を出してやると、デメタが野次馬根性丸出しで言っているぞ」
「ゲコ!」
こうして、来翔とカグヤはデメタとLEONに促されて応接室へと通された。カグヤには弥生という連れがいたので、彼女も一緒に招かれた。
デメタの指示で、LEONが皆の分の茶を淹れる。この家の湯呑みは全て純金製なので、持ち上げるとずっしりと重い。
「山の民は、千年も続いていたのですね……」
カグヤは、山の民が滅んだという事実よりも、千年もの間続いていたことの方に驚いているようだった。
その言葉を聞いて、胸ポケットの中のネーラが来翔に小声で囁いた。
「ねぇ、来翔は江差の民なのに、この人はどうして山の民なんて言うの?」
その囁きを聞き取ったカグヤが、ニコッと笑ってネーラに答えた。
「山の民という呼び方は、古い言い回しなのですよ」
フェアリーの姿が見えることに、ネーラの方が驚いた。
「え? 私が見えるの?」
「えぇ、ハッキリと。フェアリーは元々――月の民だったのですからね」
それを聞いた来翔とネーラは、揃って言葉を失った。
「フェアリーが月の民? 姫様、それは本当ですか? 実は今ここに、フェアリーの女王も来ているんですが、連れてきても良いですか?」
カグヤはニコッと笑い、「どうぞよしなに」と静かに答えた。
ネーラが来翔の胸ポケットから飛び出し、金閣寺の中を懸命に探し回って、ようやくクノンを連れてきた。
「連れてきたよ〜」
カグヤは、ネーラの後ろに控えるクノンを見つめ、嬉しそうに話しかけた。
「クノン……貴女は、初代クノンなの?」
クノンは難しいことがさっぱりわからず、キョトンとして答える。
「初代ってなあに? 私はクノン! 物をぷかぷか浮かせる名人のクノン」
「私の事を覚えていませんか? もう、あの頃よりは歳を取ってしまいましたが」
「え? 前に会ったことがあったっけ? う〜ん、思い出せないなぁ〜」
クノンは真剣に考え込んだが、やはり全く思い出せない。見かねた来翔が助け舟を出した。
「姫様。フェアリーはすぐに忘れるんですよ。数百年前のエルフ族との生活も忘れていて、サイモンという二千年以上も生きているハイエルフのことすら忘れていたほど、過去のことをすぐに忘れてしまうのです」
「まあ、サイモン殿がまだご存命なのですか?」
「姫様は、サイモンさんをご存命でご存知なのですか?」
「もちろんです。まだ月と交易があった頃には、何度かお会いしたことがありましたから」
カグヤの口から次々と語られる衝撃の情報に、さすがの来翔もどっと疲れを覚えた。
「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さい、姫様! 色々と凄いことを聞いてしまって、僕も混乱しています! 一つずつ整理させて下さい!」
◆
来翔とカグヤは、順を追って話を整理していった。
まず、エルフの祖でもあるサイモンと月の民は、カグヤが生まれる遥か前からの付き合いであること。
月の一日は地上の百年に等しく、地球で言う『竹取物語』の頃から数えても、月ではまだたったの十一日しか経っていないこと。
しかし、月へ帰郷して九日目のある日、ゾーンが単騎で月を占領し、月の民は地上へと追いやられてしまったこと。
月面ではまだ二日しか経っていないが、地上に降りた月の民は、それ以降すでに地上歴で生活しており、地上歴では数年もの間、須佐ノ国よりもさらに東にあるヘイアンという島国で、静かに暮らし続けているということ――。
もはや時間感覚がハチャメチャなこの説明に、ついていけているのは来翔だけだった。
「それで、フェアリーが月の民だったというのは?」
「フェアリーは、好奇心の塊なのです。月の真下にある地上へ、つい勝手に降りてしまうのですよ。でも、フェアリー達には、一度でも地上に降りたら月へ戻るための飛行能力がありません。降りたら、二度と登れなくなるのです。このクノンも、好奇心に負けて地上に降りたきり、帰ってくることはありませんでした」
それを聞いたクノンとネーラは、腹を抱えて笑い転げた。つられてデメタまでもが一緒に転げ回っている。
「アハハ! 私、月から落ちてきたんだって!」
「アハハ! もう戻れないんだって!」
「ゲコ!! ゲコ!!」
そんな中、笑いながらもネーラが来翔に尋ねた。
「そんな難しい話じゃなくて、さっきの『来翔が山の民』ってのが聞きたいよ〜」
クノンもそれに同意した。
「そうそう! 山の民とか月の民とか、カッコイイじゃん! 私は妖精の民なの?」
「ゲコゲコゲコゲコ!」
ネーラがそれを通訳する。
「あのね、デメタは“カエルの王”だってさ」
◆
来翔は、山の民について語り始めた。
「最近、日本で暮らし始めたネーラやクノンは知らないと思うけど、日本には日本人以外の民族も、昔は暮らしていたんだよ。代表的なのはアイヌ。元々、北海道はアイヌの土地だったってことは、ネーラにもわかるよね?」
「うん! ピリカダムもルスツ高原もアイヌ語だって教えてもらったもん!」
「そうそう。それらの地名がアイヌ語なのは、北海道がアイヌの土地だったからなんだ。でも、今の日本には、生粋のアイヌ民族は数えるほどしかいないんだ。日本人と結婚したりして、血が混ざり合っていったからね」
「混ぜこぜになると、アイヌはいなくなるの?」
「いなくなるっていうか、薄くなるんだ。ネーラはコーラを飲む時、氷を入れるだろ? その氷がだんだん溶けていくとコーラの味も薄まっていくように、生粋のアイヌも今では少なくなっていったのさ」
「あ、それなら、なんとなくわかるよ!」
「僕の祖父は、“山の民”と呼ばれていた……サンカという民族の出身なんだ。祖父は最後のサンカでね。祖父の代で、日本にいたサンカは全員に戸籍が与えられて、日本人として暮らすようになったのさ」
「サンカ? 日本人とは違うの?」
「うん、全然違う。アイヌに近い文化を持っていて、サンカは本州の山の中で暮らしていたから、山の民と呼ばれていたのさ。さっきの“月証”って言葉は、サンカの言葉で月明かりって意味なんだ。サンカの言葉は日本語に似ててね、月のことはサンカでも“ツキ”って言うんだけど、明かりのことは“アカシ”って言うのさ」
◆
サンカと深く交流のあったカグヤからも、詳しい話が語られた。
「おそらく、サンカについては私の方が詳しいかもしれませんね。私が日本へ落ちた時、竹取の翁という方に拾われました。竹取の翁は、当時では珍しく鉄を扱える工房の職人さんで、竹炭を作るために竹藪で竹を伐採している時に、私のことを見つけたのです。私はしばらく竹取の翁の家で厄介になっていたのですが……千年前の日本では、余所者は歓迎されませんでした。私は都を追い出されることになるのですが、その時、普段からサンカと交流のあった竹取の翁が、私の身をサンカへと託してくれたのです。千年前のサンカは、日本人と同じくらい大きな集団で、日本各地の山には必ずサンカがいました。そんなサンカのお世話になり、数年後には月からのお迎えが来て、私は無事に月へ帰ることができたのです。月ではほんの数日間の出来事だったのですが、日本ではすでに数年もの月日が流れていました。来翔様は――その時、私を匿ってくれたサンカの末裔なのです」
話がまた難しくなり、ネーラとクノンはついていけなくなっていた。
「よくわかんないけど、サンカは偉いってこと?」
カグヤはニコッと笑って答えた。
「えぇ。サンカは偉いのよ」
来翔のことを褒められて、ネーラが満面の笑みで来翔を見上げていた。
◆
そんな来翔の秘密を知ったLEONが、興味深そうに尋ねてきた。
「我が主が強いのは、そのサンカの血の影響なのか? カグヤ。我が主は――地球最強と呼ばれている」
カグヤは少し驚いたようだったが、すぐに納得したように答えた。
「そうね。きっとそうなのでしょうね。私が知るサンカの民は、よく縄文人と同等の体力があると自慢していたわ。縄文人というのは原始の日本人で、石斧だけで羆も倒していたそうですわ」
LEONも納得したように頷いた。
「我が主も杓文字だけでゾーンやトカゲを葬った。普通ではありえない。だが、サンカが原始人と同じ体力だと言うのなら――全てが納得出来る」
“来翔=原始人”という結論に、ネーラとクノンとデメタが呼吸困難になるほど大爆笑し、応接室の床を転げ回っていた。
◆
応接室の外では、いつしか辺りはすっかり暗くなっていた。夜空には金色に輝く満月が、デメタの黄金の家を、いっそう眩しく照らし出していた。
(第151話へ続く)
(あとがき)
今回登場した「サンカ(山窩)」について、少しだけ補足します。
サンカとは、かつて日本に実在したとされる、特定の定住地を持たずに山や川を渡り歩いていた漂泊の民のことです。東北・北海道を除く、日本各地にその存在が伝えられていました。
「セブリ」と呼ばれる簡素なテントを張り、自然と共に移動を続ける生活を送り、竹細工――籠や箕などを作っては里の人々と物々交換をしたり、川魚を獲ったりして暮らしを立てていたとされます。
一般社会の法とはまた別に、仲間内だけで通じる独自の言葉――いわゆるサンカ語やサンカ文字を持っていたとも言われています。
昭和の高度経済成長期、社会の近代化と定住化が進むにつれ、サンカは一般社会へと静かに溶け込み、その姿を消していきました。公的な記録がほとんど残されておらず、今なお多くの謎に包まれた存在です。
作中で語られた通り、サンカは縄文人に近い、常人離れした体力を持っていたという伝承もあります。来翔の異常な戦闘力、そして木工職人としての卓越した腕――そのどちらもが、実はこのサンカの血に由来していた、というわけです。




