【第149話 金ピカの城】
フェアリー達による、あの戦艦移動。
数ある戦艦のプラモデルの中で、なぜ「ゼラーナ」が選ばれたのか。その理由は、巨大化という現象がもたらす“構造の限界”をクリアできる、唯一の存在だったからに他ならない。
通常のミリタリー戦艦や宇宙戦艦のプラモデルは、外殻が完全に閉じた密閉構造で作られている。それらを単純に引き伸ばして巨大化させたところで、現れるのは入り口のない巨大なプラスチックの塊か、あるいは中身の無い空虚な空洞に過ぎない。人間が中に乗り込むためには、分厚い装甲を無理やり切り拓くか、存在しないハッチを力技で新設するしかないだろう。
しかし、ゼラーナは根本から構造が違っていた。
この船は、その設計思想からして「開放型」の戦艦だったのだ。昆虫を思わせる有機的なシルエットの側面には、広大な航空機用ハンガーが配され、艦首から中央へと長い露出甲板が伸びている。プラモデルの段階から、それらの空間はすでに“外部に対して完全に開かれた、乗降可能なスペース”として造形されていたのだ。
縮尺が現実のものとなった瞬間、その剥き出しの格納庫や甲板は、何の加工も施すことなく、そのまま人間を迎え入れる巨大なプラットフォームへと変貌した。外壁を壊す必要も、ハッチをこじ開ける必要もない。ただ、そこにある開口部から歩を進めればいいだけなのだ。
模型としての造形が、そのまま実用的な乗降口として機能する――この物理的な整合性こそが、ゼラーナだけが持つ、巨大化における絶対的なアドバンテージだった。
つまり、そんな巨大化に最適解なプラモデルを、よりにもよってクリスマスプレゼントとしてフェアリー達に贈ってしまった来翔こそが、浅はかだっただけの話なのである。
◆
「ダンバインのようなロボットは、コックピットが密閉されていて良かったよ。もしダンバインにも乗り込み可能なハッチが付いていたら、君たちのことだ、きっとダンバインに乗って江差の街を飛びまくるだろ?」
来翔がそう皮肉を漏らすと、クノンが恐ろしいことを平然と語り始めた。
「え? 何言ってんの? オーラバトラーに乗り込むことなんてしなくてもいいんだよ。だってミオの『憑依』ってスキルを使えば、私たちがダンバインやダーナ・オシーそのものになれるんだもん! ね、ミオ?」
ミオがドヤ顔で答える。
「今度、江差に帰ったら皆で巨大化したオーラバトラーになって、ダンバインごっこをしよう!」
「絶対にダメ! 巨大化しちゃダメ!」
来翔はミオとクノンとエリーへ、厳しく釘を刺した。
「プラモデルは、小さなままで戦う方が、プラモ狂四郎みたいでカッコイイだろ?」
フェアリー達は聞き慣れない“プラモ狂四郎”という単語に興味津々になり、須佐ノ国までの道中、来翔にしつこく話をせがみ続けていた。
◆
やがてゼラーナは須佐ノ国の上空に到達し、手紙に書かれていた住所へと降下していった。
すると、日本の金閣寺を思わせる派手な一戸建てが、遠くからでもはっきりとわかるほどに、燦然と輝いていた。
一方、金閣寺風の自宅の池で悠々と泳いでいたデメタは、空を飛ぶゼラーナを見て仰天し、土産物屋でガマの油を観光客に売っていた雨森を慌てて呼びに行った。
「ゲコゲコ!」
「え? でかい虫が襲ってきたって?」
半信半疑で外へ出てみると、本当に謎の昆虫型の空中戦艦が浮かんでいた。
「な、なんだ!? ありゃ!!」
ガマの油を買っていた観光客たちも騒然とする中、ゼラーナは金閣寺の前へとゆっくり着陸した。中からは来翔と、荷物運び役として同行してきたLEONが降りてくる。
「来翔さん!」
雨森が喜び勇んで駆け寄ると、LEONが龍角散と浅田飴の段ボールを開けて見せた。
「こいつはありがてぇ!」
雨森はさっそく土産物屋で龍角散と浅田飴を売り始め、来翔とLEONはその隙にデメタに連れられて、金閣寺の中をドヤ顔で案内された。
「ゲコゲコゲコ!」
LEONが通訳する。
「これは日本の金閣寺を真似て作ったそうだ」
「うん、わかるよ! 庭までそっくりだもん」
「ゲコゲコゲコ!」
「金箔は、金閣寺よりも多く使ったらしい」
「うん、わかるよ! 目が眩しくて痛いもん」
そんなデメタの自慢話に来翔とLEONが付き合わされている間、フェアリー達はとっくに勝手に金閣寺の中へ入り込み、縦横無尽に飛び回っていた。
「金ピカだね」
「眩しくて綺麗だね」
「池も広いね」
「家の中もピカピカだね」
「二人暮らしなのに広すぎだね」
「ちゃんとウォシュレットだね」
「バストイレも別だね」
「バリアフリーだね」
「来翔の家よりも広いね」
フェアリー達の勝手な感想を聞いて、デメタはますますドヤ顔になり、その金歯が誇らしげに輝いていた。
◆
そんな中、来翔の耳に、一人の美しい女性観光客の呟きが飛び込んできた。彼女は金閣寺を見上げながら、不思議なことを口にしていた。
「これはいとおかしですわ。東大寺の大仏さんのような輝きですわね……」
デメタの自慢話が続く中、来翔は思わずその声のした方を振り返った。日本人のような着物と髪型をした美しい女性が、金閣寺を見上げて立っている。来翔は気づけば、彼女に声をかけてしまっていた。
「お姉さんは、もしかして日本人ですか?」
突然、見知らぬ男に声をかけられた女性は、一瞬だけ身構えた。だが、目の前の男には何故か妙な信用が置けると感じ、つい素直に答えてしまった。
「いえ、私は日本人ではないのです。ただ、育ての親が日本人なのですわ。私も、幼少期は日本で暮らしておりましたの」
「は?」
来翔は愕然とした。ゲートが二千年前から存在していたことは、以前サイモンから聞かされていた。だが、ゾーンの民以外にもゲートを使ったことのある者がいたと知り、驚きを隠せなかった。
「お姉さんは、コナ国のゲートから日本へ?」
女性は不思議そうに首を傾げた。
「ゲートとは、なんでしょう……。私はコナ国などには、行ったこともございませんのよ?」
「で、でも……それなら、どうやって日本へ来れたんですか!?」
珍しく来翔がナンパのようなことをしているのを見て、デメタが「ゲコゲコゲコ!」と鳴きながら、背中の――がま口財布から一枚のチケットを取り出し、女性に手渡そうとした。LEONがそれを通訳する。
「そのチケットは、我が家の客間に入るためのチケットだ。来翔と共にしけこんでもいいぜ!」
来翔はデメタとLEONの頭を、コツンと軽く叩いた。
「馬鹿なことを言うんじゃない!」
そんなカエルとカメレオンの息の合ったコントに、女性は思わず声を上げて笑ってしまった。すると、すっかり警戒心が解けたのか、彼女は静かに名を名乗った。
「ウフフ、いと楽しいカエルさんとトカゲさんですわね。私はカグヤ。元月の民の、カグヤですわ。アナタたちは、日本の事をご存知ですの?」
その名を聞いた瞬間、来翔は驚愕のあまり、その場に固まってしまった。デメタとLEONはそんな来翔を放置したまま、それぞれ呑気に自己紹介を続けている。
「ゲコ! ゲコ!」
「彼の名はデメタ。この家の主だ。そして、私は日本で漁師をしているLEONだ」
カグヤは笑顔で、デメタとLEONの手――前脚と鉤爪――をそれぞれ握り返していた。
ようやく落ち着きを取り戻した来翔が、改めて名乗る。
「僕は来翔。日本人です。もしかして、アナタの育ての親の名は――竹取の翁さん? またの名を、讃岐造という人ではありませんか?」
今度は、カグヤの方が固まる番だった。
やがて、彼女の瞳にじわりと涙が浮かび上がる。
「なぜ、貴方様は、それを……?」
「やっぱり、貴女はカグヤ姫なのですね……? 本物の、なよ竹のかぐや姫……」
「はい……」
美しい姫の瞳から、涙がひとすじ、こぼれ落ちた。
金閣寺の池には、夕月が淡く輝きながら、その水面にゆらゆらと映し出されていた。
千年以上の時を超えて語り継がれてきた、あの物語の主が――今、確かにここに立っている。
(第150話へ続く)




