【第147話 槍を黙々と】
ある日、来翔は溜まっていた公共料金の払込票を整理していた。その中に、見覚えのない一枚の請求書が紛れ込んでいた。
差出人は――追分寿司。
『三十四万円也』
来翔が身に覚えのない金額に呆然と固まっていると、その様子を見ていたクノンがすかさず声を上げた。
「アハハ! 来翔が固まってる〜! お寿司屋さんの請求書を見て固まってるよ〜! 皆、ご馳走様を言おうね!」
「「「「ご馳走様でした!」」」」
フェアリー達が一斉に、来翔へお礼を述べた。
「は? まさか、君たちが勝手に寿司屋に行ったのかい? でも、寿司屋の大将は君らが見えないはずだ。どうやってオーダーしたんだい? それに、君らだけで三十四万円分も食べられるはずがない!」
唖然とする来翔を見て、クノンはケラケラと笑い転げながら答えた。
「マーガレットと、変なオジサンが、私たちの代わりにオーダーしてたよ」
「変なオジサンが!? ワタルではなくて?」
「うん! ワタルじゃない、変なオジサン!」
(まさか! 不倫か!?)
来翔は、マーガレットが元々アチラの世界では貴族令嬢だったことを思い出していた。
(貴族には、変態が多いって言うしな……。でも、不倫は不味い! ワタルに知られることがないようにしなくちゃ!)
◆
まずは口止めも兼ねて、来翔は自ら代金を支払いに寿司屋を訪れた。
「大将! ちょっと教えて下さい! この請求書の日は、マーガレットさんが来ていたんですよね?」
「へい! そうですよ。男性二名と若い女性一名で来てくれてましたよ。妖精さんは何人いたのかはわかりませんが、妖精寿司を三十人前頼んでましたね」
「四人で!? それはどんな人でしたか?」
「どうも訳ありって感じでしたよ。仲良く会話してる感じでもなく、四人は黙って寿司を食べてました」
(江差にはハプニングバーは無かったはずだけど……出会い系のアプリか? 函館なら出会い系アプリも盛んだって噂もあるしなぁ……)
来翔は寿司屋の大将の話を聞いて、マーガレットの不倫を、心の中でほぼ確定させてしまった。
◆
そんな不倫妻を問い詰めようと、来翔はワタル不在の家へと向かった。
「あら? 来翔さん。ワタルならいませんよ?」
亭主不在にもかかわらず、あっさりと来翔をリビングに上げてしまうマーガレット。その無防備さを見て、来翔はますますマーガレットに『不倫』のスキルが派生しているのだと確信を深めた。
「マーガレットさん、ワタルはいつも何週間も留守にしますよね? その事が不満だったりしますか?」
マーガレットは少し考えてから答えた。
「不満ではないの。寂しいだけかな?」
「だからと言って、変なアプリとかやってませんよね?」
「変なアプリ? それはどんな?」
「ヤリモクとか……」
来翔は、恐る恐る言ってみた。
マーガレットは聞き慣れないその言葉を、翻訳スキルで解析にかけた。
(ヤリモク? 何かしら? 初めて聞くけれど……ヤリとモク? 槍を黙々と? 来翔さんはワタルが剣を使うから、私には槍を極めることで近距離と中距離をカバーできるとでも言いたいのかしら?)
「わかりました! 来翔! 私! 今後はヤリモクを極めますわ!」
来翔としては、浮気が本気の不倫になるくらいなら、ただのヤリモクの方がまだ後腐れがないと考え、ここは譲歩するしかなかった。
「そうですか……。不倫よりはヤリモクの方がマシです。男も風俗には行きますから」
結局、来翔はマーガレットを完全に更生させることは出来なかったが、元貴族のマーガレットにも、セフレの一人や二人くらいは大目に見てやろうと考え、この日は撤退した。
◆
来翔が帰ったあと、マーガレットはふと、ガレージにある魔法槍のことを思い出していた。
(そう言えば、うちのガレージにはワタルが使っていない魔法槍があったわね……)
その槍には、来歴があった。
かつて最強のA-Classハンターと呼ばれていた坂上が愛用していた『貫通』の魔法槍。函館山の決戦で坂上が斃れたあと、その槍は一度LEONの手に渡っていたが、やがて詩音がLEONから貫通槍を譲り受け、自らの武器とした。そして詩音が新たな武器を得たことで、貫通槍は再び二転三転し、最後にはワタルの管理下に落ち着いていたのだった。
その魔法槍が、誰にも使われることなく、ガレージの片隅で静かに次の持ち主を待ち続けていた。
マーガレットはその貫通槍に、そっと魔力を流し込んでみた。
するとガレージのアスファルトの床に、槍の穂先がスゥと吸い込まれるように突き刺さった。
「これは凄いですわ! 槍を黙々と……か……」
マーガレットはそれから、魔法槍で黙々と突きの稽古を始めた。
「えいや! こりゃや! えいや! こりゃや!」
それを見ていたヒクイドリのファルコまでもが、真似をするように鳴きながら付き合っていた。
「ボヨ! ボヨ! ボヨ! ボヨ!」
そんな槍の素振りが、いつしかマーガレットとファルコの日課になっていった。
本来、魔法武器とはマーガレットのように魔素を持つ者が使ってこそ真価を発揮するものだ。魔素の無いワタルや詩音のような者が使っても、その本領は引き出せない。この貫通槍もまた、魔力を通すことで初めて本来の力が目覚める代物だった。ワタルの決断剣が魔力を流すと二刀に分裂するように、この貫通槍にも、まだ誰も知らない秘めたる力があったのだ。
黙々と素振りを続けるうちに、マーガレットにも少しずつ、その力の気配がわかるようになっていった。
「そうなのね……。アナタの、秘めたる力を解放したいのね……」
貫通槍は、マーガレットの言葉に応えるように、淡く輝いていた。
◆
一方その頃、来翔の宿では、LEONが漁船から大量のイカを水揚げしていた。カスミがそれを素早くイカ刺しにさばき、道南の夏の風物詩でもある、美しく透き通ったイカ刺しを、皆で朝から堪能していた。宿泊中のフェアリー達も、大喜びでイカ刺しを頬張っている。
「クラーケンなのに美味しいね!」
クノンが嬉しそうに呟く。
「ハハハ、確かにフェアリーから見ると、普通のイカもクラーケンに見えるんだね」
体格差を考えれば、道南で獲れるごく普通のスルメイカでさえ、フェアリーの目にはダイオウイカ並みの巨体に映るのだ。そんな“ダイオウイカ”や“クラーケン”を前にして、フェアリー達は大はしゃぎだった。
あまりにも大量のイカにクノンが不思議そうに尋ねた。
「ねえ、来翔。どうしてこんなにたくさんクラーケンが採れるの? クラーケンって、海のボスなんでしょ?」
「ハハハ、この辺の海には夏になるとイカがたくさん現れるのさ。それにこれはスルメイカと言って、海のボスというよりは――捕食される側の生き物なのさ。この辺の海じゃ、ブリやマグロやイルカが、このイカを食べて暮らしてるんだよ」
クノンは、目の前のこんなに美味しいイカが捕食される側だと聞いて、なんだか切なくなってしまった。
「こんなに美味しいのに……」
女王のそんな切ない表情を、同じフェアリーのエリーが見逃すはずもなかった。
◆
その日のうちに、エリーは江差沖を泳いでいた一匹のスルメイカに、こっそりと巨大化スキルを付与した。
それから数分後――かもめ島にクラーケンが襲来し、江差町には避難命令が発令された。
当然、江差の基地は勇者ワタルへ出動要請を出そうとしたが、あいにくワタルは長期出張中。代わりに電話に出たのは、マーガレットだった。
「ごめんなさいね。今はワタルは首都で仕事中なの。もし良かったら、私が出動しましょうか?」
電話の向こうで、自衛隊員が思わず呆気にとられた。そして、つい流れで「お願いします」と言ってしまったのだった。
◆
マーガレットは槍をカルタスに積み込もうとリアシートを倒してみたが、あと少しのところで槍が収まりきらなかった。仕方なく、槍を背中に背負ったまま、ママチャリで出動することにした。
そんなママチャリを追いかけるように、ヒクイドリのファルコも猛然と走り出す。
「ボヨボヨボヨボヨ!」
「あら? ファルコも行くの?」
二人は、がむしゃらにかもめ島へと急いだ。
◆
三十分後。ママチャリでかもめ島に到着したマーガレットは、目の前に展開していた一〇式戦車隊の隊員に声をかけた。
「あの〜。勇者の妻ですが……」
ママチャリで槍を背負い、エプロン姿のまま現れた新妻を見て、自衛隊員たちも騒然となった。
「ほ、本当に、奥さんがクラーケンを? 戦車の砲撃にも耐える程の強敵ですよ?」
マーガレットはママチャリを降りると、背中の槍を右手に構え、「ファルコ、少し離れていてね」と一言だけ告げてから、かもめ島に上陸していたクラーケン目掛けて、思いきり魔法槍を投げつけた。
「えいや!」
貫通槍はクラーケンの両目の間、眉間へとまっすぐ突き刺さり、そのまま貫通して江差沖の海中へと消えていった。眉間を貫かれたクラーケンは、たったの一撃で真っ白になり、その場でバタンと倒れ込んだ。いわゆる、活け締めにされてしまったのだ。
この貫通槍の本来の使い方は、魔力を流すことで敵の急所を正確に貫くという、いわばチート級の能力だった。その力をフルに引き出せば、マーガレットのようにただ適当に投げつけただけでも、狙い違わず急所を貫いてしまう。
槍投げ一発でクラーケンを討伐した勇者の妻は、多くの自衛隊員から、勇者に勝るとも劣らない賞賛を浴びていた。
マーガレットは少しだけ照れながら、ファルコと共にママチャリで上ノ国へと帰っていった。
◆
当然のように、マーガレットには新たなスキルが派生していた。
『やり投げ』ではなく――
『投げやり』
つまり、何事も適当なマーガレットに、これ以上なくお似合いのスキルが派生したのだった。
もっとも、元々が適当な性分の彼女には、この『投げやり』スキルの恩恵も、不利益も、何一つ影響が無かった。正真正銘、良くも悪くも無風のまま終わるゴミスキルだった。
一方、せっかく巨大化させたイカを“捕食される側”から脱却させてやりたかったエリーは、討伐されたクラーケンが後日、自衛隊員たちの手でイカフライにされて食べられている様子を見て、
「やっぱり捕食されるんだね!」
と、涙を流しながら笑い転げていた。
そして、坂上の形見である貫通槍だけは――今もなお、江差沖の海底に静かに沈んだまま、次の持ち主が現れるのを、じっと待ち続けているのだった。
(第148話へ続く)




