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【第145話 あの日の約束】

 函館市でやきとり弁当を食べた三人は、日のあるうちに江差町のかもめ島へと到着していた。


 かつてゾーン団がこの地を占領した際、旗を掲げた島である。トンプソンにとっても、とても懐かしい場所だった。




「社長……ここが、かつての占領区なんですね」


「あぁ。日本政府が白旗を上げ、江差の街に国境を築いた時は、皆で祝杯を上げたのを今でも覚えている。そして、この島に我らの旗を掲げたのだ」


「この地は、日本史における“幕府”という組織のゆかりの地でもあるんですね」


「そうだな。ここで最後の幕府の軍艦が沈んだとされている。それを思うと……我々もこの地を占領した時点で、崩壊する未来しか無かったのかもしれんな。かつての幕府という組織のように」




 話が暗くなりそうな空気を察して、デビットが明るく割って入った。


「トンプソンさんもレベッカも、荷物を運んでくださいよ! ここのかもめ島キャンプ場、駐車場からテントサイトまでかなり遠いんですから!」


「あぁ、すまんな、デビット。俺の無限収納で運んでやろう」




 そう言って無限収納スキルでキャンプ道具を出し入れしようとするトンプソンを、レベッカが慌てて止めた。


「ダメです、社長! そんなところを誰かに見られたら、異世界人だとバレますよ! せっかく新たな戸籍とパスポートを手に入れたのに、こんな所でバレたら今までの苦労が台無しです! この江差には、未だに元ハンターも多いと聞きますし」


 トンプソンも反省し、素直に荷物を担いで歩き出した。


「さすがレベッカ。お前のような秘書がいてくれて、本当に助かるぞ」


 レベッカは乙女のように照れまくり、真っ赤になっていた。




 ◆




 三人がかもめ島にテントを設営し終える頃には、島全体を美しい夕日が照らしていた。


 その光景を三人で眺めながら、レベッカが奥尻島の方向を見つめて語り出す。


「社長は、もうアチラの世界には未練は無いのですか?」


 トンプソンは少し悩んでから答えた。


「未練は無い。だが……今の旧コナ国は見てみたいな。ゾーン団がコチラに来てしまったことで、コナ国はあっという間に滅んだらしい。世界で最も古い歴史を持つ国が、俺たちの代で滅んでしまったのだ。今の旧コナ国――いや、新生コナ国とやらを、一度見てみたいものだ」




 デビットも尋ねる。


「百億の賞金首というのは、時効とか無いのですか?」


「無いな。帝国と聖教国が滅ぶまで続くだろうな……」




 三人はしばらく、奥尻島の方向を黙って見つめていた。夕日はその方角へ、ゆっくりと沈んでいった。




「レベッカよ。このお盆休みに、ここへ再び来られて良かった。感謝する。次の連休も、レベッカが旅のしおりを作ると良い。日本では年末年始にも、二週間の休暇があるそうだ」




 薄暗くなりつつあるかもめ島の絶景を眺めながら、レベッカが嬉しそうに答える。


「年末年始は、何処に行ってみたいですか?」


「レベッカに、全てを任せよう」




 その旅の中で、レベッカは一番の笑顔になっていた。




 三人は夜更けまでBBQを食べながら缶ビールを飲み交わし、語り合った。普段から宿泊客の少ないかもめ島キャンプ場は、この日、三人にとって最高の聖地となっていた。




 ◆




 そして、翌朝。


 昨夜は夜更けまで飲み明かしたこともあり、三人は昼近くまで眠っていた。


 しかし、テントサイトに響き渡る不気味な鳴き声――


「ボヨボヨボヨボヨ!」


 という騒音に、真っ先に目を覚ましたのはレベッカだった。テントから顔を出すと、目の前には全長百七十センチはあろうかという巨大な鳥、ヒクイドリが、ボヨボヨと鳴きながら立っていた。




「キャアアアア!!」


「ボヨボヨ!」




 レベッカの悲鳴に、ヒクイドリも驚いて鳴き返す。その声を聞いてデビットとトンプソンもテントから飛び出してきたが、見た目がもはや魔物としか思えない巨大な鳥を前に、二人とも完全に戸惑ってしまった。




「なんなのだ、これは!」


「トンプソンさん! コイツ、確か世界一危険な鳥って言われてるヤツです!」


「世界一危険だと? なぜだ!」


「確か……攻撃性が強すぎるとかで……すいません、私もあまり詳しくないです! トンプソンさんの統御スキルはどうですか?」


「わからん! そもそも統御スキルは、ある程度の知識があって初めて機能する。こんな鳥は俺は知らん!」




 その時、ヒクイドリを追ってきた飼い主らしき人影から、声が聞こえた。


「こら! ファルコ! キャンプしてる人を驚かせちゃダメよ!」




 テクテクと呑気にヒクイドリを追いかけてきたのは――毎朝ここで早めのランチを食べているマーガレットだった。


 マーガレットは、三人の見覚えのある“悪党”の顔を見て、目を丸くした。


「あら? どうしてトンプソン一味が? あなた達、アメリカで失踪中のはず……」




 三人もかつて拉致したことのあるマーガレットの姿を見て、慌ててキャンプ道具をその場に放り出したまま、CITYカブリオレへとダッシュした。




「不味い! レベッカ! デビット! 勇者の嫁だ! 行くぞ!」


「社長!」「トンプソンさん!」




 三人はオープンカーに飛び乗り、乙部町方面へと逃げ出した。




 ◆




「危なかったな。まさか勇者の嫁が、かもめ島に来ていたとはな……。奴は隣町の上ノ国に住んでいるはずだが」


「そうです、社長。私も彼女のことはちゃんと調べましたが、江差ではなく上ノ国に家があったはずです!」


「隣町なら、たまたま遊びに来ていたんじゃないですかね?」


「きっとそうですよ。でも、無事に逃げられて良かったです! キャンプ道具は失いましたが、あれらはドン・キホーテで買い揃えた安物ですから安心してください!」




 だいぶ走ってきたことで余裕が出てきたのか、レベッカがバックミラーを覗き込んでみると――謎のハッチバック車に乗ったマーガレットが、般若の形相で三人を追ってきていた。しかも助手席には、怒り顔のヒクイドリがちょこんと座っている。




「た、大変です、社長! 後ろからマーガレットがハッチバック車で追ってきました!」




 トンプソンが後ろを振り返ると、本当にマーガレットが物凄い形相で迫ってきていた。




「待てー! デビッカソ〜ン!!」


「止まりなさ〜い! デビッカソ〜ン!!」




 オープンカーのCITYカブリオレには、後方からのマーガレットの声が容赦なく届いてしまう。


「デビット、なんだ? あの“デビッカソン”とは!」


「トンプソンさん! 恐らく、私とレベッカとトンプソンさんの名前を纏めて略したのでしょう。翻訳スキルで……」


「クッ! やはり厄介だな、翻訳スキルは! 急げ、レベッカ! 勇者の嫁を振り切れ!」




 だが、レベッカがどれだけアクセルを踏み込んでも、マーガレットのカルタスGT-iを振り切ることはできなかった。それどころか、最終的にはあっさりと追い抜かれてしまう。


 追い抜いたマーガレットは、カルタスで道を塞ぎ――呆気なく、デビッカソン一味を捕らえてしまった。




 ◆




 観念したレベッカが、車を降りてマーガレットに語りかける。


「お久しぶりね、マーガレット。こんな所で貴女に会ってしまうなんて、私たちも運の尽きね……」




 マーガレットは、無垢な笑顔で答えた。


「運の尽き? そんなことより、約束を守らせて、レベッカ」


「約束? なんの事?」


「ほら? あの日、レベッカは『江差に来たらお寿司を奢ってあげる』って言ったじゃない!」




 ようやくレベッカは、遠い記憶の底からその約束を引っ張り出した。


 あの日――まだZONの潜水艦の中で、核兵器を奪おうと必死だったあの頃。マーガレットのAlexaがようやく街のATMを上書きできた日。二人でカード無しの一万ドルを引き出して、高級フレンチでランチをした、あの日。


「あぁ……あのATMの日! 確かに約束したわね。でも! 貴女、勇者の奥さんでしょ? 私たちを捕まえないの?」




 少し悩んでから、マーガレットは答えた。


「私、ワタルからはそういう政治的なことは何も聞いてないの。あの最終決戦の日、あなた達が消えたことは知ってるけれど、あの時、ワタルも来翔さんも、あなた達を追わなかったの。だから、私もあなた達のことを捕まえたりしない。それに、ワタルはしばらく首都にイベントで出てるし、来翔さんもアチラ側へ野球がどうのこうのって出張中なのよ。今の道南に、あなた達を捕らえられる人なんて、きっと誰もいないでしょうね」




 マーガレットはにっこりと続けた。


「さあ、お寿司屋さんに行きましょう。悪いんだけど、フェアリー達も同席してもいいかしら? トンプソンは、フェアリーが見えるのよね?」




 その無垢な笑顔を見ていると、三人は本気で逃げようとしていたことが、なんだか馬鹿らしくなってしまった。




 ようやくトンプソンが、諦めたように口を開いた。


「あぁ、俺は魔素があるからな。フェアリーのことは見えているぞ。ところで、フェアリーが寿司なんて食えるのか?」


「もちろん! 大好きなのよ! 江差の追分寿司ってところだから、カーナビで探して待ち合わせしましょ! 私はフェアリー達を誘ってくるからね! 行こう、ファルコ!」


「ボヨボヨ!」




 マーガレットはカルタスを颯爽と発進させ、あっという間に走り去っていった。


 後に残されたレベッカとトンプソンとデビットは、しばらくその後ろ姿を呆然と見送っていた。




 ◆




 三人は追分寿司を目指し、ゆっくりと走り出した。




 追分寿司に着くなり、フェアリーの見えるトンプソンだけが派手に驚いた。


「な、な、なんなんだ、この数は!」


「ウフフ、フェアリーの国の子らが皆、来翔さんの家に泊まってるのよ」


 マーガレットが平然と答える。フェアリー達はすっかりこの店に慣れたもので、勝手に個室を占領して飛び回っていた。




「あ! 変な三人組!」


「あ! デッカいオッサンと小さいオッサン!」


「あ! 一人だけ女の子だ!」


「あ! 外国人なのにお寿司食べられるかな?」


「あ! ワサビ食べたら泣くかもね」


「あ! 醤油とコーラと間違えそう!」


「あ! ガリのことを生姜って言いそう!」


「あ! 高級寿司なのに『イナリ!』って注文しそう!」




 レベッカとデビットにはフェアリーの姿が見えないので、何も気にならなかった。だが、全てのフェアリーが見えてしまうトンプソンにとっては、この騒がしさは煩わしさ以外の何物でもなかった。


 完全にイライラが頂点に達したトンプソンは、二人の配下に命令を下した。


「レベッカ、デビット。寿司を食いまくれ! 食って食って、勇者の嫁を破産させろ! 俺は今、イライラが頂点に達している!」




 この日の会計は、無垢な笑顔のままマーガレットが、全て来翔のツケで済ませてしまった。マーガレットとしては、フェアリー達は来翔の家の居候なのだから、来翔が支払うのは当然のこと。悪びれもせず、寿司屋の大将に「来翔さんがお支払いしますわ」と、堂々と告げていた。




 奇しくもこの日、トンプソンは宿敵である来翔へ――初めて、確かなダメージを与えることに成功したのだった。




 (第146話へ続く)



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