【第143話 星空の下の優しさ】
セコマカードを作り終えた三人は、江差方面へと車を走らせた。
苫小牧から江差までは、下道で約四時間。お盆休み中とあって国道は混んでいたが、北海道では逆に高速道路の方がスムーズだったので、レベッカは室蘭から高速道路に乗った。
「高速なら三時間で江差に着きそうですね」
地図を見ていた助手席のデビットが答える。
「いや、伊達からは高速道路が片側一車線になるぞ、レベッカ。伊達からは混むかもしれないぞ?」
そんな二人に、リアシートのトンプソンがニヤリと笑って告げた。
「まあ、良い。今日中に江差まで着かなくても、お盆休みは二十日もあるのだ。ゆっくり行こうではないか」
◆
地図を眺めながら、デビットが江差までの道のりにキャンプ場が無いか調べる。
「トンプソンさん。それでしたら、礼文華キャンプ場というのがちょうど中間地点にありますよ。海水浴場に隣接していて、海で泳げるそうです」
泳げると聞いて、レベッカが目を輝かせた。
「海水浴ですか! 良いですね! 途中の街で水着を買いましょう!」
伊達市で高速道路を降り、三人はシマムラへと直行した。
水着売り場に着くと、トンプソンとデビットはサイズだけを見て適当に一枚選んでしまったのだが、唯一の女性であるレベッカだけは、そうもいかなかった。
シマムラには色とりどりの水着が所狭しと並んでいる。花柄のビキニ、フリルのついたワンピース、リゾート風のパレオセット――それらを前にして、レベッカはもうテコでも水着売り場から動かなくなってしまった。女性の本能というものは、地球の女もカヤポの女も、大差ないらしい。
試着室のカーテンが、シャッ、シャッと何度も開いては閉じる。そのたびに、少しだけ困ったような、でもどこか楽しそうなレベッカの声が漏れてくる。
「社長、これはどう思います?」
「うむ、悪くない」
「デビット、こっちは?」
「あ、いや……その、似合ってると思います」
トンプソンとデビットは呆れながらも、最後までしっかりと付き合ってあげていた。
「また試着してますよ、トンプソンさん……」
「まあ、良いではないか。のんびり行こう。お盆休みは二十日もあるのだからな」
そうして散々悩み抜いた末に、レベッカが選んだのは――アメリカでは見たことのない、紺色のワンピース水着だった。いわゆる、スクール水着というやつである。控えめな襟の切り替えと、胸元にちょこんと縫い付けられた小さな名札用のゼッケンホルダーが、やけに初々しさを際立たせていた。
「これが一番安かったので」
散々選んだ挙句、レベッカは最終的に、価格で決めていた。
◆
伊達から礼文華キャンプ場までは、約一時間で到着した。
途中のスーパーではBBQの食材も買い込み、キャンプ場に着くとテントを張った。夏休み期間とあって、キャンプ場には家族連れが多く、目の前の海には子供たちがたくさん泳いでいる。
そして、いよいよレベッカが例のスクール水着に着替えて出てくると――浜辺にいた子供たちの女の子の多くが、まったく同じ紺色のスクール水着を着ていた。
「この水着は流行っているのですね」
レベッカは、うんうんと一人で納得していた。
紺色の生地に灼けた白い肌がよく映え、波打ち際を駆けるレベッカの後ろ姿を、デビットがついチラチラと見つめてしまう。トンプソンがそれに気づき、フンと鼻を鳴らした。
「デビット。カヤポの戦士たる者、あまりジロジロと見るものではないぞ」
「い、いえ! 別にそんなつもりは!」
三人は夕暮れまで海水浴を満喫し、夜にはBBQで腹を満たし、寝転がって満点の星空を眺めていた。
◆
そんな夜空を見上げながら、デビットがぽつりと語り始めた。
「トンプソンさん。我々が買ったスペースシャトルって、大爆発したんですよね……。本当に勿体ないことをしますよね、カリーナ派閥の奴らって」
「クックックッ、基本的にゾーンの奴らは蛮族なんだ。金銭的な損得勘定など無い。シャトルの価値も理解できん。連中にとっては、シャトルも自転車も、同じ乗り物でしかないからな」
「社長はこうしてみれば、原子力潜水艦とスペースシャトルを両方手に入れた男なんですよね。これって、地球ではかなり凄いことなんですよ?」
「それは大袈裟だぞ、レベッカよ。原子力潜水艦は手に入れたが、実際に操縦スキルを獲得できたのは俺ではない。俺はサイズがデカすぎて車の運転も苦手だからな。最後まで操縦スキルも運転スキルも獲得できなかった。それに、スペースシャトルに関しては勇者資金があってこそだ。俺とデビットは、勇者という盾を使ってNASAと駆け引きをしただけに過ぎん」
「それでも、どちらも手に入れた社長は、本当に尊敬できます!」
デビットもレベッカに同意した。
「そうですよ、トンプソンさん! 私はこんな壮大なプロジェクトに参加できて、良かったですよ! 一般人が原子力潜水艦になんて、なかなか乗れませんからね。でも、スペースシャトルは最後まで打ち上げたかったなぁ……もう二度と、宇宙には手が届かないんでしょうね」
「クックックッ、我らがSONYも、もしかしたらいつかは宇宙に工場を建てるかもしれんぞ? 実はな、リチウム電池というのは不純物の混入こそが最大の天敵なのだ。だからこそ、SONY栃木工場は完全無菌室でリチウム電池を作っているだろう? だとすれば――本来リチウム電池こそ、完全無菌な宇宙空間で作るべきなのだ。国際宇宙ステーションのような工場を作れば、完璧なリチウム電池が作れるのだぞ」
「うふふ、社長! 休暇中ですよ! 仕事の話はアメリカ的には厳禁です! アメリカなら組合が怒ってくるレベルですよ!」
三人は満点の星空の下で、大笑いしてしまった。
その時だった。
キャンプ場の山側のテントから、悲鳴が上がった。
『ギャァァァ!!! 子供が!!!』
母親のような女の悲鳴が、深夜のキャンプ場に響き渡った。
◆
三人は飛び起きた。周囲の他のキャンパーたちも次々とテントから這い出てくる。
山側のテントスペースをよく見ると、暗闇の中に大きな羆がノシノシと歩いていた。その傍らには幼い子供が、背中に爪痕を刻まれて血だらけになり、泣き叫んでいる。
それを見た瞬間、トンプソンが二人に指示を飛ばした。
「レベッカは子供の治療! デビットは子供の家族を熊から引き離せ!」
そのままトンプソンは、羆目掛けて一直線に走り出した。
◆
三百キロクラスの巨大な羆を、トンプソンは力任せにぶん殴った。だが、野生の羆はそんなもので倒れはしない。むしろ羆は完全にトンプソンを敵と認識し、後ろ足で立ち上がって威嚇した。
その隙にデビットが血だらけの子供の家族を誘導し、自分たちのテントまで子供を運び込む。レベッカは、デメタから護身用にと貰っていたガマの油を、爪痕にそっと丁寧に塗り込んでいった。
すると、傷口はみるみるうちに塞がり始める。それを見ていた子供の家族も、深夜番組の通販で見たあのガマの油だと気づき、安堵の表情を浮かべた。
「それは……通販のデメタの油ですか?」
母親がレベッカに尋ねる。
「はい! デメタ本人から貰ったんです!」
「本当に効くんですね……。あんな通販番組、偽物しか売ってないのかと思ってました……」
「でも、デメタの油は傷口が治るだけで、流れた血までは戻りません! 一応、救急車は呼んでくださいね!」
母親は急いでスマートフォンで救急車を呼んだ。
父親は、羆と互角に渡り合っているトンプソンを見て、デビットに尋ねる。
「あちらの人は……大丈夫なんですか? あれは羆ですよ?」
デビットも少しだけ心配そうな表情を浮かべつつ、父親を安心させるように答えた。
「大丈夫です。あの人なら、死なない!」
半信半疑のまま、父親は羆とトンプソンの死闘を見つめ続けた。
◆
羆の爪を受けても、トンプソンの腕にはミミズ腫れができる程度で、致命傷には至らなかった。トンプソンは羆が弱るまで、コンパクトなパンチを鼻っ面に何度も何度も打ち込み続けていく。
次第に羆の動きが鈍くなっていった。
そして、ついに羆は負けを認めたのか、山の中へと全速力で逃げていった。
素手で羆を追い払ったトンプソンを見て、キャンプ場の客たちから大歓声が沸き起こる。
子供の両親からは、涙ながらに何度も感謝された。ほどなくして救急車が到着し、親子はそのまま病院へと運ばれていった。
両腕に熊の爪痕でミミズ腫れを作っていたトンプソンに、レベッカがガマの油を塗ると、それもすぐに治ってしまった。
◆
三人は気を取り直し、再び横になって満点の星空を見上げた。
「社長? 本気なら、羆くらいは殺せたでしょ?」
レベッカが横目で尋ねる。トンプソンはニヤリと笑って答えた。
「当たり前だ。だがな、レベッカよ。この礼文華キャンプ場には、たくさんの子供たちがいるだろう? 子供の前で殺生はしない。俺はもう――昔の蛮族ゾーン団ではないのだからな」
満点の星空が、いつまでも三人のことを静かに照らし続けていた。
(第144話へ続く)




