【第142話 オープンカーで行こう!】
お盆休みまであと一ヶ月と迫った頃、レベッカが中古車を買った。
「ほう、これはまた小さな車を買ったのだな、レベッカよ」
「でも、これなら身長二メートルの社長でも乗れるんです!」
そう言ってレベッカは、愛車の幌を畳みだした。
「ほら? この幌を畳むと、オープンカーになるんです! これなら屋根がないから、社長でも乗れますよね?」
レベッカが買った車は、HONDAのCITYカブリオレという、屋根のない小型車だった。
そのオープンカーのリアシートにトンプソンが乗り込むと、屋根がないおかげで、大男のトンプソンでも難なく収まってしまった。フロントガラスからおデコがはみ出しているので、風をまともに頭で受け止める羽目にはなるが、それでもレベッカはこれでトンプソンを乗せて遠出ができると、はしゃいでいた。
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「この車でお盆休みは旅行をしませんか?」
レベッカが明るく提案した。
「ほう。旅行か……。しかし、お盆休みは道も混むし、宿も取れないと聞くぞ?」
「道路は下道ならそこまで混まないようです! 宿もキャンプ場で野宿すればいいのではないでしょうか?」
「カヤポ族の我々には、野宿は慣れているしな。実に理にかなっているぞ、レベッカよ!」
トンプソンが感心したように頷く。
「それで、レベッカ。何処までこれで走るのだ?」
「もちろん、社長の縁のある江差の――かもめ島です! かつてゾーン団が占領した土地を見に行きませんか? 社長も懐かしいでしょう?」
「クックックッ、さすがはレベッカだ! かつて我々が占領した江差を思いつくとはな! しかし、栃木県から江差まではかなり遠いはずだが、大丈夫なのか?」
「はい! 茨城県からフェリーが出ていますので、フェリーで北海道まで上陸するのが一番楽な方法かもしれません!」
こうして、彼らの夏休みの予定が決まった。
この日からレベッカは、旅のしおりを作り始めていた。
◆
それから一ヶ月後。いよいよお盆休みが始まった。
下野市から大洗港までは、国道五十号線をひたすら真っ直ぐ進むだけでいい。
レベッカが買ったCITYカブリオレにはエアコンが無かったが、そもそもトンプソン用にフルオープンで走る前提で選んだ車なので、エアコンなど端から必要なかったのだ。
真夏の国道五十号線はうだるように暑かったが、アマゾンでの生活に比べれば、走行中に吹き抜ける風はよほど心地良かった。
「うむ。この小さな車も悪くないな。いや、むしろ気に入ったぞ、レベッカ」
「良かったです! 社長。私もCITYを一目見て気に入ったんですよ。昔の日本では大ヒットした車らしいですよ」
「まあ、そうだろうな」
トンプソンはエンジン音に耳を澄ませながら、統御スキルを走らせていた。
「俺の統御スキルでも、バグらしいバグが全く見当たらんぞ。ここまでバグの無い車は久しく見ていない。今から四十年も前――一九八四年に生まれた型式の車だと統御スキルが告げているが、まるでその年数を感じさせん。総排気量千二百三十一cc、最高出力六十七馬力。数字だけ見れば決して速い車ではないが、車重はたったの八百キロほどしかない。今で言う軽自動車と大差ない軽さだ。そこに、ベースの車よりも五十五ミリも張り出した幅広のフェンダーと足回りが組み合わさっている……なるほど、数字以上にキビキビと走るように出来ているわけか」
「そうなんですか? 統御スキルはそこまでわかるものなんですね!」
「唯一のバグと言えるのは、この幌だな。新品でも多少の雨漏りはするはずだ。設計ミスなのか、幌車としての遊び心なのかまではわからんが……よく出来た車だ。エンジン音もとても澄んでいる。恐らく一度、新しいエンジンに載せ替えられているな。足回りもサスペンションもショックも、よく手入れされたうえで社外品に換装されている。スタビライザーも中々の一品が入っているぞ」
トンプソンはエンジン音や路面から伝わるわずかなガタつきだけで、統御スキルを使い、車のあらゆる“バグ”を見抜くことができるのだ。そんなトンプソンが、旧いホンダの軽量オープンカーを、心底感心した様子で褒め称えていた。
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やがて三人を乗せたCITYカブリオレは大洗港へ到着し、フェリーへと乗り込んだ。
三人を乗せたフェリーは、北海道の苫小牧を目指して北上を始めた。
甲板では、遠ざかっていく大洗港を眺めながら、トンプソンとデビットがぽつりぽつりと呟いていた。
「かつては原子力潜水艦を持っていた我々が、こんな普通のフェリーに乗るなんて思ってもみませんでしたね、トンプソンさん……」
「あぁ、そうだな。しかし、この太平洋フェリーは、潜水艦よりも遥かに快適ではないか。俺は潜水艦よりも、こちらの方が好きだぞ?」
「ハハ! 確かに、快適さはフェリーの方が圧倒的ですね!」
そんな二人を呼びに、レベッカも甲板に出てきた。
「何やってるんですか、社長、デビット。早く部屋に入りましょう! せっかく個室を取ったんですから、個室でくつろぎましょう! あと、船内バイキングは高いので、部屋にカップラーメンを用意していますので、皆で食べましょ!」
豪華なフェリーの、豪華な個室の中。三人はズルズルとカップラーメンを啜っていた。
そんな三人は、約二十時間後、北海道の苫小牧港へと上陸した。
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「社長! 船内ではカップラーメンでしたので、せめて苫小牧では贅沢しましょう!」
そう言ってレベッカは、地元のコンビニ――セイコーマートへと車を走らせた。
「社長も江差を占領時にはセイコーマートはありましたよね? 私とデビットは初めてなので、オススメを教えて貰えたら嬉しいです!」
トンプソンは、当時のことを思い出していた。
トンプソンが初めてゲートを通過した時、彼はまだただの野蛮なゾーン団の戦士の一人に過ぎなかった。奥尻島に選抜された六人の中の一人として、ゲートから現れたのだ。その後すぐに江差へと渡り、街を破壊し尽くした。
そんな時に初めて足を踏み入れたのが、セイコーマートだった。
ホットケースに並んでいたカツ丼とフライドチキンの美味さに驚愕したことを、トンプソンは今でも鮮明に覚えている。腰の虫カゴに入れていたフェアリーのネーラには、カツ丼はさすがに大きすぎたので、代わりにフライドチキンを一粒だけ与えたところ、ネーラもモグモグと美味そうに頬張っていた。
トンプソンは苫小牧のセイコーマートの看板を見上げながら、当時の感動をまざまざと思い出していた。
「オススメか……もしも腹が減っているのなら、カツ丼一択だ! それから、フライドチキンもアメリカのものよりも遥かに美味い! まあ、騙されたと思って食ってみるが良い! さあ、レベッカよ! デビットよ! このセイコーマートのカツ丼を、食い尽くしてみよ!」
デビットとレベッカとトンプソンは店内に入り、オレンジ色の買い物カゴを手に取ると、カツ丼を三つ、フライドチキンを三つ、それにカツゲン五百ミリリットルという乳酸飲料を放り込んだ。
「良し! 完璧だぞ、レベッカ」
「はい! カツ丼があってよかったです!」
代表してデビットが会計を済ませると、三人はCITYカブリオレに乗り込み、その場ですぐにカツ丼を頬張った。
まずはレベッカが一口食べて、唖然とした。
「社長! なんですか、このカツ丼は! 蕎麦屋のカツ丼よりも美味いじゃないですか!」
「そうであろう。俺も地球に来て最初にそのカツ丼で驚いたからな! 他のゾーンの連中も、皆このカツ丼には驚いていたぞ」
次にフライドチキンを口にしたデビットが、本気で目を見開いた。
「な、何故、アメリカのフライドチキンよりも美味いんだ……」
「俺もよくは知らんが、北海道とは唐揚げ文化が独自の進化を遂げた土地らしい。俺の統御スキルでも、このフライドチキンが――良い意味でのバグだと、ハッキリ告げているぞ」
三人は北海道上陸一発目にして、セイコーマートという最高の早めのランチを、心ゆくまで満喫していた。
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カツ丼とフライドチキンを食べ終えたトンプソンは、二人に向かって勝ち誇ったように告げた。
「飯を食ったら、次はセコマカードを作ってこい! 旅の記念になるからな! セコマカードはポイントを集めても換金できんが、それで良い。ただ、カードを持つことで、北海道に来たことが誰の目にも証明されるのだ!」
デビットとレベッカは、再び店内へと小走りで駆け込んでいった。
トンプソンもゆっくりとCITYカブリオレから降りながら、ぽつりと呟いた。
「俺も……カードを今日くらいは、奪うのではなく、正式に発行して貰うとするか」
三人の財布の中には、キラリと輝くセコマカードが、いつまでも収まっていたのだった。
(第143話へ続く)




