【第141話 Vacation!】
カヤポの戦士としてサン・パウロへ降り立った三人は、早速、長老から紹介されたマリオという人物と落ち合っていた。
待ち合わせのカフェには、身長が低く小太りの、満面の笑顔がやたらと眩しい五十歳くらいの男が座っていた。コーヒーに溶けきれないほどの砂糖を放り込み、カラカラとかき混ぜている。
「こっち! こっち! カヤポの戦士の皆さん!」
三人は戸惑いながらも、その席に腰を下ろした。
「初めまして。私はレベッカ。こちらの大男がトンプソンで、小男がデビットよ。ところでマリオは、カヤポ族とはどんな関係なんですか?」
「あぁ、私の祖父が開拓民としてブラジルへ渡ってきた頃、森を切り開いていたら野蛮な食人の部族に襲われましてね。その時、カヤポの戦士に助けられたのですよ。それ以来、我が一族はカヤポには絶対服従なのです!」
「ということは、マリオの一族は開拓民なんですか?」
「そうです。私を見て、黒髪で黒い瞳なのがわかるでしょう? いわゆる日系三世というやつです!」
マリオはニコニコと続けた。
「そんな我々に、あなた方にはパスポートと仕事を与えるようにと長老から言われております。どうします? パスポートと仕事。我々が提供しても問題ないですか? 一応、FUNAIからは戸籍だけは貰えたのですよね?」
◆
レベッカがトンプソンに判断を仰いだ。
「社長、どうしましょうか? 今の我々には隠し資金もそれなりにありますし、仕事は要らないのではないでしょうか? パスポートだけにしますか?」
トンプソンは統御スキルをフル回転させていた。
(パスポートだけを貰うと、どうなる?……そうか。観光ビザしか取れないのか。それでは世界各地に飛んだとしても、三ヶ月ごとにビザの更新が必要になるな……)
「マリオ。仕事とはどんな仕事だ? まさか農園の開拓ではないのだろう?」
マリオは声を上げて笑った。
「アハハ! カヤポの戦士に農業なんてさせられませんよ! 戦士には戦士としての戦場を、我が一族なら提供できます! その戦場とは――JAPAN! 我が一族の故郷でもあるJAPANで、戦士に相応しい戦場を用意できるのです!」
トンプソンはニヤリと笑い、マリオと固い握手を交わした。
◆
それから数週間後。
三人はマリオ一族の適当な男女と、それぞれ偽装結婚をしていた。
つまり――。
三人は日系人として堂々と日本へビザなしで入国できるうえ、堂々と働くことまでできるようになったのだ。
こうして三人はマリオ一族と共に出稼ぎ労働者として、栃木県下野市にあるSONY栃木工場へ派遣労働者として送り込まれることとなった。
◆
事前の適性テストの結果、トンプソンはマシンオペレーター、デビットは製品の搬送、レベッカは検品を任されることになった。
このSONY栃木工場では、主にリチウム電池の製造を行っている。
トンプソンは、完成したリチウム電池を目視で確認し、最初の充電――プリ充電を施した後、そのリチウム電池にどんな不具合があるかを判断するポジションに就いていた。まさに『統御』スキルが最も活かされる仕事だった。
(あの適性テストというのは……満更でもないな)
トンプソンはそんなことを考えながら、毎日十時間、製品チェックを繰り返し続けた。一日に目視で確認するリチウム電池の数は、およそ三万個。
「む? こ、これは……。主任! この製品には絶縁体が一ミリほどズレています!」
主任と呼ばれた責任者が確認すると、絶縁体を担当していた流れ作業員のもとへ注意をしに走っていった。
やがて現場はすぐに改善され、完璧な製品ばかりが流れてくるようになった。統御スキルには、全てオールクリアと感知されていた。
(うむ。このマシンオペレーターという仕事は、俺の天職なのかもしれん……)
ゾーン団の戦士が、SONYの企業戦士へと生まれ変わろうとしている。そんな光景を、搬送担当のデビットが微笑ましく眺めていた。
◆
一方、レベッカは両目を顕微鏡に乗せた状態のまま、検品しているフリをして熟睡していた。
検品室の多くの労働者は、こうして検品をするフリをしながら顕微鏡の上で眠っていることが多い。
この世の不良品の多くは、こうして生まれているのだ。
レベッカもまた、この検品作業こそが天職だと、夢の中でしみじみと思っていた。
◆
派遣労働者としての生活を、本気で満喫し始めていた三人。しかし、そんな彼らにも、とても辛い現実が待っていた。
「社長! それは本当ですか!?」
「あぁ……先程、主任からハッキリと言われてしまった」
デビットがあまりのショックに項垂れる。
「社長! それでは我々はどうすればいいんですか!!」
「耐えるしかないだろうな……二週間も」
「クッ!!」
レベッカが机を叩き、悔しがっていた。
彼らが何を恐れているのか。それは――日本の夏、お盆休みだった。
多くの日本の工場では、お盆休みにおよそ二週間の強制的な休暇がある。多くの派遣労働者は時給制なので、二週間も休みがあると給料が半分になる者も少なくない。
他の派遣労働者ならば、それは故郷へ帰る一大イベントとなるのだろう。だが、レベッカもデビットも今更アメリカには帰れないし、トンプソンに至っては異世界で百億の賞金首がかかっている身なのだ。故郷どころか、うっかり空港でパスポートの名義を聞かれるだけでも冷や汗ものである。
「二週間の有給を、その時に消化せよと主任に言われていてな。合わせて、およそ二十日間の休暇となる……。こればかりは、俺の統御スキルでも回避不可能だ!」
レベッカもデビットと共に、深く項垂れた。
この日の休憩室には、暗雲が立ち込めていた。
それでも工場内では、お盆休みを目前に控えた派遣労働者たちが皆、どこか落ち着かない様子でソワソワしながら、今日もリチウム電池を大量生産し続けているのだった。
(第142話へ続く)




